狭い部屋
『狭い部屋』
――――眩い閃光が迸る。体中に電撃が走る。その時初めて目を開き、その時初めて世界を知った。目に余るほど鮮やかで、恐ろしいほど美しい。そんな風景が、いつまでも続いているその中ほどで、一人立ち尽くすわたしは、底なしの孤独を覚え一人怯えた。
見渡せば、地平線の彼方に一本の木が見えた気がして、わたしは、芝生の丘を駆け降りる。空を仰ぎ見れば、絵の具を垂らしたような青、一色に染まっていて、酷く不気味だったけれど、風は湿っていて、微かに雨の匂いがした。
芝生もどことなくぬかるんでいて、気を抜くと足を滑らせそうになる。みすぼらしい薄皮の靴は、靴下なしでは靴ずれを起こしてしまいそうで、走るには向かなかった。
けれどわたしは駆け抜けた。何度も転び、その都度頭を打ち付ける。
それでもわたしは駆け抜けた。尚もわたしは駆け抜けた。
どうしてかなんてわからない。考えても、答えはでない。
いっそ頭を振って無心になろう。精一杯、力を込めて、踏み出した――――はずだった。
わたしはまた、足を滑らせたらしい。緑の地面が迫りくる。目を瞑っても、額の痛みは変わらなかった。顔を上げるとあの一本の木は、未だ地平線の果てにあり、距離は大して縮まっていない。手を付いて立ち上がり、ひとまず呼吸を整える。
強くなった雨の匂いを肺一杯に吸い込んで、ゆっくりと、溜め息をつくように吐き出す。
わたしは走るのを止め、静かに歩きだした。
*
――――ほどなくして、わたしは辿り着いた。恐る恐る手を伸ばし、指先で軽く触れてみる。
「え?」
その奇妙な感触に、思わず間の抜けた声が上がってしまう。硬く、ざらざらとしたその木には、凹凸がなかった。慌てて向こう側に回り込もうとすると、わたしは、何かにぶつかって尻もちをついてしまう。酷く嫌な予感がして、わたしは青ざめた。
木の向こうにも広大な芝生が広がっている、ように見えるのは、わたしだけではないはずだ。木の向こうの、何も無い空間に手を伸ばす。コツンと小さく音がして、それ以上、手を伸ばすことは叶わなかった。
地平線の彼方。景色を描いた冷たい壁が、ただ、そこにはあった。