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恋友達  作者: 青砥緑
12/13

12.

「そういえば、先生。最近彼氏できたでしょ」

 授業終わりの帰り道で、秋生に断言された。

「何よ、急に」

「いいから、いいから。で、できた?」

「できない」

 むすっとして答えると、彼は「あれえ」と言ってまじまじと私を見た。

「うそお。絶対そうだと思ったのに」

「何を根拠にそういうことを言いだすのよ」

 すると秋生は一つ鼻を鳴らして「だってさあ」と言った。

「香水変えたでしょ?」

 どきりとした。香水は変えたのではなくて、使い始めたのだ。部屋の中から沈香の匂いが消えたときに、急に無臭の世界が寂しくなって生まれて初めてブランド物の香水を買い求めた。つけすぎないように注意していたつもりだった。大学では誰にも指摘されていない。

「恋人ができたら香水を変えるなんてどっからの情報よ。これはそういう気分だっただけ。残念でした」

 本当に残念なのは秋生じゃなくて恋敵が去ったことを寂しがっている私だ。

「なんだ。先生、好きな人もいないの?」

「調べてどうすんの。良い人紹介してくれるわけ?」

 すると秋生はおどけて笑った。

「えー、中学生がいいの?」

「それはちょっと若すぎるけど、でも将来有望なら会うだけ会っておこうかなあ。あと何年かすれば大人になるんだし」

 冗談で返したのに、秋生は目を剥いて一歩私から遠ざかった。全く失礼な態度だ。別に私は秋生を取って食ったりしない。

「条例違反はしません」

「先生、年上好きって言ってたのに年下でもいいんだ。何でもありだね」

「嫌な言い方しないでちょうだい。でも本当に好きなら、年齢なんてどうでもいいでしょ」

 秋生に教える義理はないが、木崎さんなんて性別だってどうでもいいのだ。「好き」はすごく自由だ。

「意外と情熱的」

 秋生はまるで知らない人を見るように私を見た。

「でも、上手く行くかどうかはまた別の問題よ? 好きなだけじゃだめだからね」

 好きになるには何の条件もいらないのに、それが成就するまでにはたくさんの条件がある。成就させても良いと認めてもらうことさえできないことだってある。


 赤信号で足が止まったときに秋生がぼそりと呟いた。

「でも、他にできることあんのかな」

「え?」

 一瞬、何を聞かれたのか分からなくて秋生と見つめ合ってしまった。

「好きになる以外に、自分でできることって他になんかあんの?」

 私はたっぷり息を吸って、それをなるべくゆっくり吐き出した。驚きと興奮を宥めてから声を出す。

「秋生は、すごいね。ときどき本当にすごいこと言うよね」

「は? 何、急に」

 私は恋愛がうまく行くために必要なことの中に、好きになる以外にできる努力があることも知っている。それでもたぶん、好きになるより大事な条件はない。だからこそ、それより強力な武器もない。秋生の言い分は未熟な分だけシンプルで力強く響いた。

「今のちょっと、かっこいいよね」

 横断歩道の真ん中で振り返ると、秋生は変な顔をした。

「どこが?」


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