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恋友達  作者: 青砥緑
1/13

1.

 女だらけの高校を卒業し、お嬢様然とした制服を脱ぎ捨てた私は真っ先に耳たぶにピアスをあけた。鏡の中でファーストピアスを確認しながら過去のものとなった校則に向かって「ざまあみろ」と細い顎を逸らす。もうお前は私に手が出せない。お化粧もアルバイトも異性とのお付き合いも、これからは誰に咎められることもない。私は自由だ。未来は明るい。




 晴れて大学生となった私の前途は洋々としていた。しかし、人生の大海原を満たしていたのは希望だけではなかった。荒れ狂う海へ乗り出した私は、真っ先に素敵なキャンパスライフに不可欠な男子学生との交流に取り組み、そして躓いた。何せちっとも話が合わない。小さな自慢話に終始する会話ともいえない会話は疲れるし、どんな話を聞いても「でも、そういうのってさ」と持論を展開して相手より優位に立とうとする見え透いた戦略は鬱陶しい。発情期の雄のらしく自分を誇示する男の子達の競い合いは暑苦しいばかりだった。彼らを魅力的に感じるらしい女の子達が多いことはもっと問題だ。恋人を作るどころの話じゃない。友達だって作れるかどうかと怪しんだ。

 私はハーレム形成に余念のない強い雄と、その取り巻きから離れるために教室では空いている前へ、前へと移動した。ただ、一つだけ積極的に前列に座った授業がある。その授業だけは逃げるためではなくて、近づくために前に向かった。


 その人は荻野(おぎの)()さんと言った。彼の指定席は窓際の最前列で、いつもまっすぐに背筋を伸ばしていた。私が彼を見るときにはいつも窓の向こうの中庭の木立が背景になっていた。そのせいか、彼の印象は豊かな木々の緑と分かちがたく結びついている。彼の纏う空気はとても静かだった。際立っていた。私はすぐに目が離せなくなった。そして私に気づいて欲しい、他の学生とは違う一人の女としての私を見つけて欲しいと切望した。その想いは、これまでに経験した何よりも鮮烈な感情で、紛れもない恋だった。

 彼は受講生ではなく教授の助手としてそこにいた。忙しい教授のために百人近い受講生の質問の受け答えや煩雑な提出物の授受を代行する。自ずと学生にとって彼は教授と自分たちの橋渡しをしてくれる便利な先輩という立場になる。

「荻野谷さん、試験の過去問ってないんですか?」

「昔のレポート、見せて下さいよ」

 二度や三度のやりとりを経て馴れ馴れしく甘えはじめる学生相手に、彼は穏やかに首を横に振る。彼は厳しくされると不満を漏らし、甘やかすとすぐに調子に乗る学生の相手に慣れていた。講義の後、甲高い声の女子学生が軽くあしらわれていく姿から目を逸らした。

 私はあんな風に子供扱いされたくない。質問をするなら、彼が目を瞠るくらい鋭い質問がしたい。でも、今日はそんな質問がないから、声をかけないだけ。

 誰に聞かせるでもない言い訳が何か月も続くうちに前期は終了し、私と彼の接点は一度、あっけなく絶たれた。


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