絶望からの生還
目の前に、赤いなにかが飛んできた。
鉄臭く生臭い、粘りけのある液体が。
目の前の君の腕から飛び出てきたんだ。
その血は、私の頬を打ち、ドロリと流れ落ちていく。
その感触に、私はただ叫んだ。
ひきつった笑い顔で。
私の手には、薄い刃が握られて。
その刃は君の腕から生えていた。
違う。
私が君に刃を突き立てたんだ。
ニヤリと笑った、その顔で。
その時の君の顔は、面白いぐらいに普通だった。
何も見ていないような、そんな顔。
そんな顔の君に、私は笑いながら刃を突き立てる。
刺す、斬る、えぐる。
楽しそうに笑いながら、私は君を殺していったんだ。
俺は刺された。
狂ってしまったお前に。
笑いながら、何回も何回も。
そんなお前を、俺はただ冷めた目で眺めていた。
狂いきったお前の声は、俺の耳に響く。
狂いきったお前の目は、俺の目に響く。
狂いきったお前の腕は、俺の心に響く。
だけど、俺はお前を見捨てない。
必ず、俺はお前を絶望の縁から救ってやるから。
だから、待ってろ。
必ず、俺は生き延びて見せるから。
ふいに暖かくて冷たい、そんな両手に包まれた。
目の前にいる君が、その血だらけの両手で、私を包む。
力なんか入らないはずなのに、力一杯抱き締めてきた。
お前を必ず、引き戻してみせる。
そう願って、両腕を動かした。
感覚なんて全く無いのに、それでも動くこの両腕。
ただそれだけに頼って、お前を力一杯抱き締めた。
私はまだ、笑っていた。
泣きながら、君を突き刺しながら、笑っていた。
軽くなっていく体の感覚に、戦慄を覚えた。
それでもなお、刃を振るい続けた。
痛い。
そんな感覚はなくなったはずなのに、確かに体が痛かった。
ズキズキと血を流すお前の心を、感じるこの体が。
その痛みに、俺も涙を流したんだ。
君の血に混じる涙を見たとき、私は何かが切れた気がした。
笑いも涙も刃をも。
何もかもを忘れ、ただ呆然としていた。
動かなくなったお前。
その瞬間に、耳元で囁いた。
「大丈夫。大丈夫だから。お前には、俺がついてるよ」
心を込めて、お前の心を、救ってやるから。
君の言葉で、私は思い出した。
全てを。
本当の意味で、ようやく理解した。
なぜこんなことをしたのか。
その時、私は思いっきり泣き叫んだ。
「ごめん。ごめん。ごめん。…だから、死なないで」
お前の声を聞きながら、俺の意識は落ちていく。
暗い意識の渦に飲まれながら、たくさんの声を聞きながら、俺は意識を失った。
ある晴れた日の事。
私はとある場所にいた。
そこは、私が君を殺そうとした場所。
そこで私は、目を伏せて泣いていた。
どうすれば良いのだろう。
どうやれば良いのだろう。
それだけが、私の心を支配していた。
「バーカ、泣いてんじゃねーよ」
風に乗って、君の声が聞こえた。
泣いたままだったけど、私は驚いてその声を探した。
もう二度と聞けないと思っていた声。
その声に、私は泣いた。
俺の腕はなくなった。
肩から全て、何もかも。
でも、それでも良いんだ。
お前を助けることができたのだから。
ただ、それだけで満足なんだから。
だから、泣いてるお前を見たときに、少しだけ腹が立った。
だから言ってやったんだ。
「お前、泣くぐらいなら笑え。俺が惨めになるだろうが」
「…うん…うん…!」
「ったく、こんなときにハンカチすらも渡せねーんだからよ。泣くな」
「…ごめん…ごめんね…」
「もういいよ。けど、一生お前についていくからな。お前は、俺の腕になれ。いいな?」
「…うん!」
涙をぬぐったお前の笑顔は、とても綺麗だった。
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