贅沢好きの婚約者に愛想がつきました。
ラウド・ハルトス公爵令息は焦った。
王宮からの帰り、迎えの馬車に乗ろうとしたら四人の男達に囲まれていたからだ。
奴等は変…辺境騎士団四天王の
情熱の南風アラフ
北の夜の帝王ゴルディル
東の魔手マルク
西の三日三晩エダル
変…辺境騎士団は屑の美男をさらって教育するというとんでもない騎士団だ。
どこの王国にも属していない。
奴等がさらうのは王子や高位貴族の金髪美男を好むという。
それも女を泣かせる屑男をだ。
そんな男達がラウドを囲んで、
「さぁ、我が騎士団へ行こうか」
「正義の教育を受けさせてやる」
「触手がうずうずしているよ」
「三日三晩だな」
ラウドは悲鳴を上げて逃げ出した。
ラウド・ハルトス公爵令息の歳は18歳。ディアーナ王女の婚約者である。
ディアーナ王女も同い年のそれはもう美しい金髪碧眼の王女で、ラウドも自分の容姿には自信があった。
金髪碧眼、整った美しい容姿を褒められる事は多々あって。
ディアーナ王女をハルトス公爵家に嫁に迎えるという栄誉も受けて、人生満帆、怖いものなしの生活を送っていた。
一年前、ディアーナ王女の婚約者に選ばれた時、胸がときめいた。
ずっと憧れだった。
公式の場で、キラキラ光る銀色のドレスを着て、美しいティアラを着けて現れるディアーナ王女。
あんな美しい女性が自分と結婚したら、なんて幸せなんだろう。
あの王国民に向ける優しい微笑みを自分に向けて欲しい。
それに、自分は名門ハルトス公爵家の嫡男だ。もしかしたらチャンスはあるかもしれない。
同じ王女でも、ミレイア王女はくすんだ金髪に地味な顔立ちと目立たない王女だ。
姉妹なのに雲泥の差だなと。やはり結婚するなら、華やかディアーナ王女がいいと、そう思ったものだ。
だから、両親に頼んだ。
ディアーナ王女様と結婚したいと言い続けた。
そうしたら、17歳の春にその想いが叶った。
王家からディアーナ王女と婚約をしてほしいと、申し込みがあったのだ。
嬉しい嬉しい嬉しい。
ずっと憧れていた。
そのディアーナ王女が自分の婚約者になる。
王宮で改めてディアーナ王女と顔合わせをした。
ディアーナ王女は美しい微笑みで、
「ディアーナです。貴方がわたくしの婚約者のラウドね。貴方が美しい素敵な男性で嬉しいわ。よろしくお願いね」
天にも昇る心地だった。
だからディアーナ王女の為に精一杯の事をしようとラウドは誓った。
しかし、ディアーナ王女との交流が増えていくにつれ、その恋心はあっけなく冷めて行った。
ラウドは嫡男である。
父にハルトス公爵領の事を学び、いかにして、領民が豊かに暮らせるか、ハルトス公爵領を発展させることが出来るか、勉強中だ。
付き合ってみて解ったのだが、ディアーナ王女は贅沢好きだった。
色々な指輪やアクセサリーを会うたびに着けてくる。
さぞかし高いアクセサリーだろう。
ハルトス公爵家に嫁いでくるのに、金遣いが荒くては困る。
だから、ディアーナ王女と会うたびに、
「我が公爵家に嫁いで来るのならば、贅沢は控えて頂かないと。領民の税なのです。それで生活をしているのです。それなのに、王女様が今のような金銭感覚で生活をされてしまうと、公爵家としては困ります」
王宮のテラスでお茶を飲みながら苦言をすれば、ディアーナ王女は笑って、
「わたくしの指輪を見て。蒼光石を使って作った指輪なのよ。とても高かったの。でも、わたくしを飾るのならば相応しい指輪だと思わない?貴方ってわたくしに対する贈り物は本当に安物で嫌になってしまうわ。この間の緑の宝石の指輪、あれ何?あんな安物、着けるのも恥ずかしいわ」
「あれは緑青石を使った指輪で、決して安いものではありません。私が職人に頼んで、デザインも薔薇の花をイメージし、細かく彫り込んで石を飾って貰ったものです。お気に召しませんでしたか?」
「あんな小さな石、着けるのも恥ずかしいわ。わたくしにふさわしいのは大きな石の指輪よ。ほら、見て頂戴。何て大きくて綺麗な指輪でしょう」
そこへ、弟のジェラルドが現れた。
金髪碧眼の弟も容姿はそれはもう美しくて。
ジェラルドはディアーナ王女の隣に腰をかけて。
「王女様。私の贈り物を気に入って下さったようで」
ジェラルドが蒼光石の指輪を贈った?あの石は珍しくて相当高い贈り物になったはずだ。
ジェラルドは微笑んで、
「私は兄上のようにケチではありませんから。可哀そうに。さぞかし悲しい思いをしたでしょう。婚約者に小さな石の指輪をプレゼントされて」
「お前、王女様の指輪の金はどうした?」
「借金しましたよ。当然でしょう。私はディアーナ様を愛しております。ディアーナ様の為なら借金の一つや二つ」
弟の事だ。高い利子を取る金貸しから金を借りたのだろう。
尻ぬぐいはいつも両親がやってきた。
両親は弟に甘い。
幼い頃、病弱だった弟ジェラルドは両親に甘やかされて育ったのだ。
それに比べて、ラウドは、跡継ぎという事もあり、家庭教師をつけられて厳しく育てられた。
だから、ジェラルドは17歳。ラウドと一つ違いの弟なのに、甘やかされて金遣いも荒くてどうしようもない男に育ってしまった。
ジェラルドはディアーナ王女の手を取って、
「私が貴方の婚約者なら、貴方を悲しませないのに」
「ああ、嬉しいわ。わたくし、ラウドには泣かされてばかり」
ディアーナ王女が涙を流す。
ラウドは慌てて、
「私が差し上げた指輪がそんなに、お気に召さなかったのですか?」
ディアーナ王女は首を振って、
「指輪だけではないわ。ドレスをプレゼントしてくれたのだって、あんな安物。わたくしにはふさわしくないわ。わたくしに恥をかかせるつもりで贈ったのでしょう」
「違います。私なりに、精一杯、デザインも最新のものを取り入れて作らせました。王女様の好きな桃色の春らしいドレスを。でも、着て下さらなかったですね」
「あんなドレス。宝石が一つもついていないじゃないの。わたくしの普段のドレスを見て頂戴。いつも宝石が飾られているでしょう。腰にも裾にもキラキラと」
確かに夜会で踊るディアーナ王女のドレスには宝石が沢山着けられていた。
しかし、公爵家の令嬢だって、宝石をドレスにちりばめるのはあまりにも高く着くので、皆、そのような贅沢はしないのが、このブラール王国の風潮だった。
でも、ディアーナ王女はそれを無視して、派手で豪華なドレスを好んだ。
昔はそんなキラキラしたドレスを着たディアーナ王女の事がとても綺麗で、憧れだったけれども、それが高い宝石で飾られたドレスだと思うと‥‥‥
ディアーナ王女はさめざめと、
「わたくしの婚約者がジェラルドだったらよかったのに。わたくしの望みを何でも叶えてくれて、わたくしを泣かせたりはしないでしょう?ジェラルド」
ジェラルドはディアーナ王女の手の甲にキスを落としながら、
「勿論です。ディアーナ様。私は貴方を泣かせるようなことは致しません。貴方の為ならどんなものでも手に入れて見せます」
ジェラルドはこちらを見てニヤリと笑った。
ジェラルドとは仲の悪い兄弟だ。
ジェラルドに借金はやめろと、何度言ったことか。
ジェラルドは金遣いが荒い。
街で派手に遊んで、あちこちに借金をしてくる。
その尻ぬぐいは結局、両親がやっているのだ。
ラウドは何度も注意した。
でもジェラルドは、
「いいではありませんか。兄上。父上母上が私が使った分だけ払ってくれますし」
両親にも訴えた。
「ジェラルドを甘やかしすぎです。借金の尻ぬぐいは止めて下さい」
父は頷いて、
「確かにそうだが。借金をそのままにしておくのも」
母は涙を流しながら、
「あの子は死ぬか生きるかの病を乗り越えてきたのです。わたくしはジェラルドの為になら少しぐらいの出費は許してあげたいわ」
少しじゃないだろ。
ラウドは頭が痛かった。
何で周りは金にだらしがないんだ。
ハルトス公爵家の為にも領民の為にもしっかりと、金を管理して、役立てないとならないだろう。
それなのに、無駄な金ばかりジェラルドは使って。
両親も借金の尻拭いをしてやっているし。
ディアーナ王女もどうしようもない。
婚約した当時は天にも昇る心地だった。
あの美しいディアーナ王女と婚約だなんて。
恋していた。あの優しい笑顔に、恋していたのだ。
だから、自分の出来る範囲のお金で精一杯、指輪やドレスを贈った。
安物だから気に食わない?
ディアーナ王女の金銭感覚なら公爵家が終わる。
恋心なんて天の果てまですっ飛んでいったぞ。
イライラして迎えの馬車に乗ろうとしたら、
四人の男達に囲まれたのだ。
金髪美男のアラフが、
「お前が屑の美男だという情報があった。だからお前に正義の教育を施してやる」
大男のゴルディルが、がしっとラウドを捕まえて肩に担ぎ上げた。
「さあ、行こうか」
マルクの触手がラウドの足に絡みつく。
「それにしても綺麗な男だな」
エダルが担がれたラウドを見上げて、
「四天王フルコースで教育をするか?」
ラウドは担ぎ上げられて逃げられない。誰かが、自分を屑の美男だと変…辺境騎士団へ売ったんだろう。弟か?それともディアーナ王女か?
ラウドは思わず叫んだ。
「私は屑ではない。屑ではないはずだっ」
アラフがラウドに、
「でも、女性を泣かせた屑だろ?違うのか?」
「どういう情報を持って女性を泣かせた屑だと?」
「ディアーナ王女様が泣いているって言っているぞ。お前。贈り物もろくなものをやらないって」
「誰から聞いたんだ?その情報。ディアーナ様が贅沢好きだから、ろくな物をやらないんじゃなくて、ディアーナ様の要求が高すぎるだけだ。宝石をじゃらじゃら着けたドレスなんてプレゼント出来ないっ。それを持って王女様が悲しんでいて、私が屑だと言うのなら、何を私は反省すればいいんだ?」
アラフ達は黙り込んだ。
そこへ変…辺境騎士団情報部長オルディウスが現れて、
「だから、待てと言ったのに。この男について詳細を調べた。この男は屑ではない」
四人は驚いた顔をして、
「えええ?騙されたのか?」
「屑ではないのか?」
「触手が泣いているっ」
「三日三晩はどこいった?」
オルディウスはゴルディルの肩から降ろされたラウドに向かって、謝罪してくれた。
「こちらの手違いで怖い思いをさせて申し訳ない。間違った情報にアラフ達が踊らされたようだ」
アラフが謝罪した。
「四天王を代表して謝罪する。お前は屑ではなかったんだな。すまなかった」
ラウドは首を振って、
「王女様が贅沢すぎるだけだ。私は精一杯、王女様に対して誠意を尽くしている」
そして、嫌な予感がして、
「急いで家に戻らないと。もしかして弟が‥‥‥」
ラウドが慌てて王都にあるハルトス公爵家に戻ると、ジェラルドがディアーナ王女の腰を抱き寄せながら、両親に向かって話をしているところだった。
客間のドアを開けて入って来たラウドを見て四人は驚いた顔をした。
父と母は、
「お前は変…辺境騎士団にさらわれたと聞いた。無事だったのか?」
「そうよ。ジェラルドが貴方はさらわれたから、家に戻らないとっ」
ラウドは慌てて、
「この通り、私はさらわれておりません」
ジェラルドが叫んだ。
「兄上は屑の美男ではないのか?だから変…辺境騎士団がさらっていったはずだ。何故、戻って来た?」
ディアーナ王女も、
「そうよ。貴方はわたくしを泣かせたわ。わたくしの望む贈り物をして下さらなかった。わたくしに恥をかかそうと。酷い男。何で戻って来たの?わたくしはジェラルドと結婚するとお話をしていたのよ」
この二人が自分を変…辺境騎士団へ売ったのだ。
ジェラルドは言ってやった。
「私は屑ではない。ディアーナ様には精一杯、婚約者として尽くして来た。でもディアーナ様はお気に召さなかったようで」
父と母に向かって、
「私はこの通り無事です。私に落ち度はありません。私はこの二人にはめられました。どうか父上母上。ハルトス公爵家の為にも真実をしっかりと見極めて、ジェラルドに罰を与えて下さい。それからディアーナ様。貴方とは婚約破棄を致します」
ディアーナ王女は青い顔をして、
「わたくしは王族よ。貴方から婚約破棄なんて出来ないわ」
「今回の件を国王陛下に訴えます。私を変…辺境騎士団に売って、ジェラルドと結婚しようとしたでしょう。私は貴方を許しません。国王陛下も真実を知れば、貴方を婚約破棄したことを認めて下さるでしょう」
ディアーナ王女はギリギリと歯ぎしりし、
「貴方がいけないのよ。ジェラルドはわたくしの望むものをプレゼントしてくれたわ。わたくしは贅沢がしたいの。望むものを手に入れたいの。それの何がいけないと言うの?」
ジェラルドも、
「兄上なんて変…辺境騎士団へ行けばいいんだ。兄上なんて邪魔なだけだっ」
父であるハルトス公爵が護衛達を呼びよせて、
「ジェラルドを部屋に閉じ込めておけ。ディアーナ王女様。どうかお帰りを。我が嫡男ラウドとの婚約は無かったことに致します。それからジェラルドと貴方が婚約を結ぶ事もありません」
ハルトス公爵はそう言って、護衛達にディアーナ王女を王宮に送っていくように命じた。
ディアーナ王女は部屋から連れ出されながら、
「わたくしはジェラルドと結婚するのっーーー贅沢をするのよっーーー」
ジェラルドも同じく部屋から連れ出されながら、
「母上っーーー。私を助けてっ。父上と兄上が私をっーー」
ハルトス公爵夫人である母は、
「ねぇ。ラウド。今回はジェラルドを許してやって頂戴。あの子は貴方の弟なのよ」
と言ってきたので、ラウドはきっぱりと、
「私を陥れようとした弟なんていりません。そもそも母上がジェラルドを甘やかしたから今回のようなことが起きたのです。反省して下さい」
ばっさりとそう言ってやった。
まだ父が話が解る人間でよかったと思えるラウドであった。
ラウドとディアーナ王女は婚約解消になった。
王家が婚約破棄にしないでくれと嘆願してきたからだ。
しかし、今回の件が社交界に広まって、ディアーナ王女は修道院へ行かされた。
王家としても、そうせざるを得なかったのであろう。
王家は代わりにミレイア王女をと紹介してきた。
ラウドは王家から嫁を貰うのは嫌だったので、断りたいと思ったのだが、父であるハルトス公爵が受けてしまった。
ミレイア王女はディアーナ王女の一つ下の妹だ。
ミレイア王女の事は見かけたことがあるが、地味な容姿でおとなしい感じの王女様だった。
以前のラウドなら本当にミレイア王女との婚約なんて、考えられなかっただろう。
今だって王家の王女に凝りているので、婚約は嫌だった。
でも、父が受けてしまったので仕方ない。
王宮のテラスでミレイア王女と会った。
「ミレイアですわ。姉がご迷惑をかけたようで申し訳なく思っております」
そう言ってまずは謝罪をされた。
ラウドはミレイア王女に向かって、
「有難うございます。謝罪は受けておきましょう」
ミレイア王女ははっきりと、
「わたくしは貴方にふさわしいとは思っておりません。この通り、容姿は地味ですもの。でも、ハルトス公爵家の為に役立ちたいと思います」
そう言ったミレイア王女に何だか好感が持てた。
付き合っていくにしたがって、彼女の金銭感覚が自分と近いという事に気づいた。
ハルトス公爵領の為に何が出来るか、ミレイア王女は相談に乗ってくれた。
互いに意見を交換したりした。
なんていう違いなんだろう。
自分はディアーナ王女の何をもって恋をしていた?
単に見かけだけだ。
ミレイア王女にとある日、心を込めて小さな石だけれども指輪を贈った。
指輪の石は彼女の好きな黄緑光石。綺麗な花びらをあしらった飾りを石の周りに配置して。
ミレイア王女に贈ったら、涙をポロポロと流して。
「まるで春のような素敵な指輪。凄く嬉しいですわ。有難うございます。宝物にします」
そう言って薬指に着けてくれた。
なんて心根の優しいのだろう。
ラウドは愛しさを感じてミレイア王女をぎゅっと抱き締めたのであった。
母の傍で監視されて暮らしていたジェラルドが姿を消した。
何でも変…辺境騎士団に屑の美男だということで、さらわれたらしい。
確かに弟は屑の美男だから、今頃は正義の教育を受けているだろう。
母は悲しんでいたけれども、役にも立たないごく潰しの弟を母のお金で養っていくのも嫌だったので、変…辺境騎士団には感謝した。
もうすぐ、ミレイア王女と結婚式を挙げる。
彼女は、
「式は地味で構いませんわ」
「でも、さすがに王族の王女様相手に地味にする訳にはいかないだろう」
結婚式は盛大にするつもりだ。
仮にも王女様を妻に迎えるのである。
公爵家として他の貴族達にお披露目もしなければならない。
必要な所には金を使う。
これは贅沢ではないはずだ。
ミレイア王女が真っ白なウエディングドレスを着て、幸せそうに微笑む姿を見たい。
想像しただけで、胸がドキドキしてしまった。
君に恋している。
君の笑顔に恋している。
ラウドは幸せを感じながら、結婚式の準備の打ち合わせに、ミレイア王女に会いに行く支度をするのであった。




