8話~どういうつもりなんだよ?~
俺が目覚めてから、1週間が過ぎた。
初日は2㎏のダンベルを持ち上げるだけで悲鳴を上げていた体も、今では4㎏のダンベルを持っても筋肉痛にならなくなってきた。
俺の無茶振りに慣れてくれたのだろう。嬉しい限りだ。
そうやって基礎体力が付いて来たからか、体重も少しずつ落ち始めた。まだ80㎏を下回っただけだが、着実に脂肪が落ちている…と思う。少なくとも、ベルトの穴が一つ締まるようになったのは確かだ。
勉学の方も、少しずつではあるが遅れを取り戻してきている。どうやら1年の2学期辺りから授業をサボっていたみたいで、今は授業の復習に加えて、空白の期間を少しずつ埋めていっている所だ。
お陰で、2回目に受けた数学の小テストでは、クラスで10番以内に入れた。英語の小テストはまだ平均点を超えることが出来ていないが、着実に点数を伸ばしている。
やはり、俺が提唱する筋トレ勉強法が良い方向に向かっているのではないだろうか?
そんな風に己惚れ始めていたら、ちょっと出鼻を挫かれる出来事があった。
体育の授業だ。
「よーし、お前ら。今日は体力測定をやるからな。全力を出せよ」
「「「えぇ~…」」」
「「よっしゃぁ!」」
女子は不満そうに頬を膨らませるが、男子は気合を入れて力こぶを隆起させていた。
女子に格好いいところを見せるつもりかな?確かに、それは一定の効果はあるかもしれないが…。
「セイちゃん、頑張ってね!応援してるよ」
「セイジ。いいとこ見せようとして、怪我とかしないでよ?」
彼らが一番に見て欲しいだろう学園のアイドル達は、既に応援する人を決めている様子だった。
それを見て、男子達は歯噛みする。
「くそぉ…上郷の奴。いつもいつも、ノゾミさんを独り占めしやがって」
「しかも、ジュンさんにまで応援してもらって…」
「ゆるせねぇ~~」
殆どの男子が恨みがましくセイジ君を睨みつける。
それでも、彼はどこ吹く風で「ふっ、怪我なんかするかよ」と、ノゾミさんの心配を跳ねのけていた。それが余計に、男子達の黒いオーラを増幅させていた。
そして、その黒いオーラは俺の内側からも湧き上がってくる。
(なんで、あいつばかりモテるんだ。芸能人みたいに顔が良い訳でもないし、金も持っていない貧乏人。勉強も運動も並以下で、そこらの奴と何も変わらないじゃないか。なのに、なんでノゾミちゃんやジュンちゃんはあんな奴ばかり構って、俺の方は見向きもしてくれないんだ…)
「くっふっふ。青春だなぁ、虎。だが、あまり他人ばかり見ていると、己の道を踏み外すぞ?」
あまりにも悲痛な心の叫びを聞いて、俺も殴る気力を削がれた。暴れる胸に手を当てて、荒んだ心を慰める。
そうしている間にも、体力測定が始まる。
俺も気持ちを紛らわす為に、率先して競技に望んだ。
50m走、反復横跳び、立ち幅跳び…。
少しずつ体重が減ってきているとはいえ、まだまだ運動をするには重荷過ぎる。俺なりに精いっぱいやってはいたが、記録は無残にも最低ラインを行ったり来たりしていた。
これが現実か。
俺は、自分がまだまだ途上であることを認識させられた。
そう感じたのは、俺だけではなかった。
「うわっ。50m走12秒って、遅すぎだろ」
「小学生かよ」
俺の無残な結果を見て、周囲の男子生徒達が友達同士で笑い合っていた。
俺は内なる怒りを抑え、そいつらに膝を叩いて笑って見せる。
「おいおい、俺の体重を舐めるなよ?今の俺なら、小学生にだって余裕で負けるぜ?」
「いや、負けるんかい!」
「体重自慢してる暇あるなら、少しは痩せろ!」
「大きなお世話だ!」
俺が怒ったフリをすると、男子生徒達は隠すことを止めて笑い声を上げる。すると、さっきまで危ない光を孕んでいた目が、随分と丸くなったように見えた。
笑われるのはムカついてしまうが、こうしてクラスの雰囲気が明るくなるのは良い事だ。道化を演じた甲斐があったと言うもの。
そう思っていたのだが、最後の種目であるハンドボール投げは更に酷い結果となった。
俺は一番に名乗りを上げて、みんなに「見とけよ~、見とけよ~」と言うように、片手を上げてやってやりますアピールをする。
すると、女子達からは冷めた目で見られてしまったが、男子達からは「良いぞ!やれやれ!」と囃し立てられる。
俺はオリンピック選手にでもなった気分で片手を上げながら定位置に着き、もう片方の手でボールを鷲掴みにする。大きく振りかぶって…投げる!
おりゃ!
すると…。
「あれ?」
ボールが見えない。
おかしいな?見えなくなるくらいまで吹っ飛んで行ったのか?
そう思って周囲を見ていると、ポンッと軽い衝撃が頭に加わり、探していたボールが足元に転がった。
どうやら、俺は垂直に投げてしまったらしい。投げる行為が絶望的に下手くそだぞ?この体。
俺が呆然していると、
「「「だっははははは!」」」
周囲から、大爆笑が起きた。
「やべぇ、上に飛んでったぞ!」
「あんな投擲、見たことねぇぜ!」
「天才だ!黒沢君、マジで天才だ」
腹を抱えて笑う男子達。
俺も、それに便乗することにする。記録を付けていた体育教師に向って手を上げる。
「先生!今の記録は幾つですか?」
「0だよ!0!なんで前に投げたボールが上に吹っ飛ぶんだよ?どういう投げ方したらそうなる?」
「多分、肩が温まってなかったんだと思います。もう一投させて下さい!」
「いやいや、そういう問題じゃねぇだろ」
先生とのやり取りを見て、男子達は更に爆笑する。とうとう野球部の子が出て来て、俺にレクチャーし始めた。
「黒沢君。良いか?こうやって投げるんだぞ?」
「なるほど、こうかな?ありがとう。よっしゃ、もう一発行くぞ!おりゃ!」
「うわっ!あぶねっ。今度は後ろに飛んで来やがった。逆にセンスあるぞ、お前」
「「「どっはははは!」」」
みんなに腹を抱えて笑われながら、俺は退場する。
結局、ハンドボール投げの最高記録は0mとなり、見事に学年最下位が決まってしまった。
でも、収穫はあった。俺が物を投げるセンスが皆無と周囲が理解してくれたことと、男子生徒達の好感度が上がったことだ。
「よぉ、黒沢君。お前、マジでボール投げるのセンスねぇんだな」
測定が終わり、使った道具を片付けていると、ちょっとヤンチャしてそうな男子達が絡んで来た。
普段マトモに会話したことない人達だったので、少々警戒してしまった。でも、彼らも体育用具を手に持っていたので少しだけ安堵する。
どうやら、彼らも先生から片付けを言いつけられたみたいだ。
俺は彼らに「そうなんだよ」と軽い口調で返答する。
「俺も、自分の才能の無さにビックリだよ」
「いやいや、ある意味才能有るぜ。こんなに笑ったの、本当に久しぶりだよ」
「それそれ。ホント笑ったわ」
「黒沢君って、結構面白い奴だったんだな。今まで俺らに近づこうとすらしなかったから、知らなかったぜ」
「お前らそれ、絶対に褒めてないだろ?」
そんな軽口を叩き合いながら、俺達は片付けを行う。
すると、彼らから気になる話題が飛び出す。
「しっかし、アレだな。今度の球技大会。黒沢君はドッヂボールには出しちゃダメだな」
「あー、それな。仲間殺しになっちまうぜ」
「それ言うなら、バスケも無くね?パス出せねぇじゃん」
「じゃあ、バレーボール固定か。そもそも黒沢君、今年の球技大会は出るの?」
「ええっと、球技大会って?」
俺が質問すると、ヤンチャ男子達は快く教えてくれた。
それによると、球技大会とはクラス対抗で行われる小さな運動会みたいなものらしい。クラスの中でバレーボール、バスケットボール、ドッヂボールの3競技に分かれて出場し、優勝を目指すレクリエーションのようなものだとか。
「レクリエーションっつっても、どのクラスも本気で来るけどな」
「優勝と総合優勝には豪華賞品が出るからな」
「賞品?商品券とか?」
俺が聞くと、男子達は「そんなんじゃねえ!」と強めに否定する。
「噂では、生徒会長から何か貰えるらしいぞ?」
「あの万江村会長から手渡ししてもらえるなら、俺はチリ紙でも欲しい」
「みんなそうだろ?こりゃ、例年以上に盛り上がりそうだな」
「そ、そうなのか」
男子達の意気込みに、俺は曖昧に頷くのがやっとだった。
そんなに人気なんだな、この学校の生徒会長って。
「兎に角、俺らは優勝目指してんだ」
「去年はボロ負けだったけど、今年は精鋭が揃ってるからな。俺達2年2組なら、3年だろうと負けやしないさ」
なるほど。動機はどうであれ、やる気なのは間違いなしと。
で、あるなら。
「なら俺は、バレーボールの方が良さそうだね。この体でジャンプしたら死んじゃうけど、転がることは出来るからさ。リベロになって、来た球全部上げてみせるよ」
「おっ、いいね黒沢君。期待してるよ」
「その脂肪だったら、手じゃなくても相手のスパイクを受け止められそうだな」
「転がる時は注意してくれよ?巻き込まれ事故だけはごめんだぜ」
「そいつは脂肪フラグって奴だぞ?」
俺がお腹を摘まんで言うと、男子達はまた爆笑する。そして、手早く用具を片付けると、次の授業へと向かった。
俺も彼らに習って用具を置き、彼らの後に続こうと走り出した。
でも、ふと目端に気になる物が映ったので立ち止まった。
校舎の裏側。そこに、制服姿の男子生徒達が入り込んだのが見えた。それだけなら何でもない事だが、その内の1人は体操服を着ており、しかも背中を丸めて怯えた様子に見えたのだ。
…後ろ姿だから、確かではないけれど。
取り越し苦労ならそれで良しと考えて、俺も校舎裏へと忍び寄る。建物の陰からこっそりと覗いてみると、制服の男子達は険しい顔で、体操服姿の1人を取り囲んでいた。
「お前よぉ、いつもいつも調子に乗りやがって。どういうつもりなんだよ?なぁ!」
取り囲んでいる制服男子の1人が、怒気を孕んだ声で怒り上げる。
思った通り、あまり好ましくない状況だな。
これは来て良かったと、俺が準備運動をしていると、体操服を着た男子の声が聞こえた。
「何のことだよ!?俺が何時、調子に乗ったって言うんだ?」
その声を聞いた途端、俺の中にも怒りの感情が生まれる。
忘れもしない、宿敵の声。
呼び出しを食らっていたのは、上郷清治その人だった。
「…放置でよかろう?」
いやぁ、どうなんでしょ?




