6話〜だいじょーぶ?〜
「ぐぇ〜…足が死んだンゴ…」
「いきなり無茶し過ぎっすよ、虎二さん」
放課後となり、俺はヒデちゃんとマモちゃんに支えられながら階段を降りる。
確かに、体育では少々張り切り過ぎた。最後の方は小走りになってしまったし、終わった後に靴を脱いだら、足先が血まみれになっていた。急に慣れない事をして、体が付いて来なかったのだ。
でも、
「無茶だろうと、歩みを止めてる時間は無いからな」
これまで怠惰に過ごしてしまったのだ。挽回する為には、人より早く、そして多く動く必要がある。
遅れを取り戻す。そして、健全な学生生活を手に入れる。
何より、正さねばならない目標があるのだから。
「なんかカッコイイっすね、虎二さん」
俺がヨロヨロと階段を降りていると、急にヒデちゃんがそんな事を言い出す。
俺は首を振る。
「何処がだよ。今の時代、70過ぎの爺さんだってもっと元気な階段下りをするぞ?」
「いやいや、考え方の事っすよ。なんか前向きって言うか、すげぇ明るくなった気がします」
「そう言うヒデちゃんも、今朝と比べると雰囲気が柔らかく感じるな」
「あっ、済みません!失礼でしたね…」
おっと。また元に戻ってしまった。
どうやら、今朝は俺の機嫌を取るために無理していたみたいだ。
いいや、今朝だけじゃないな。今までもずっと、俺は彼らを顎で使っていたんだ。だから、表情が硬かったのも仕方がないこと。
友達として接した俺に、少しは心を開いてくれていたってことか。
「何を言ってんだ、ヒデちゃん。俺達、ダチだろ?なぁ、マモちゃん」
「そだねー」
うんうん。マモちゃんはノリがいいな。
「なぁ、ヒデちゃん」
「そう、っすね。じゃあ、今日は何処に行きます?カラオケですか?それともモールのゲーセン?」
「うん?これから?」
「そうですよ。何時も遊んでから帰るじゃないですか」
なんと、帰宅部の虎二は普段、家へ直帰せずにそのまま遊び歩いているらしい。
記憶を引きずり出してみると…確かに、何時も夕食ギリギリまで家には帰らず、母親には図書館で勉強していると嘘を付いているみたいだった。
通りで、教科書も頭の中も真っ白な訳だ。
「それで、今日はどうします?虎二さん」
「あ、ああ」
あまりの事でフリーズしてしまったが、俺は何とか「今日からは家に帰ろう」と言葉を絞り出した。
途端に、2人の表情が和らぐ。
うわぁ…。無理やり付き合わせてたんじゃん、今までの俺。
「俺はここで帰りの車を待よ。2人は先に帰ってくれ」
「えっ?良いんですか?」
「良いよ、良いよ。ここまで来たら、流石の俺も階段から転げ落ちたりしないからね」
俺が腹を叩くと、2人は引き攣った笑みを浮かべる。
ふむ。まだこういう自虐ネタはダメか。
徒歩で帰る2人を見送り、俺はエントランスの端に座って教科書を開く。
思った通り、数学に関しても頭空っぽだ。寧ろ、数字の羅列を見ていたら頭が痛くなってきた。
拒否反応か?そんな物が出なくなるくらい、空っぽの頭を数字で埋め尽くしてやる。
「だいじょーぶ?」
数学との乱戦を繰り広げていると、鈴を転がした様な声が聞こえた。
顔を上げると、俺の顔をつぶさに見詰める大きな瞳と視線がかち合った。
なっ、いつの間に…。気配が全くなかったぞ?
驚いた俺は、慌てて体を引く。すると、その瞳が可愛らしい少女の物だと分かる。
小学生…いや、この学校に入れるのだから、中学生か?
あどけない表情に、透き通る様な肌。髪色は薄い銀髪で、まるでお人形さんの様に整った可愛らしさが彼女にはあった。
「どしたの?」
「えっ?ああ、済まない」
俺は暫し、思考を止めてしまった。
あまりに可愛らしい彼女の容姿に見惚れていた…のは虎の感情だけ。
俺は、その腑抜け野郎から流れてきた情報に閉口していた。
彼女の名前は、大田志陽。大きな神社の娘さんで、それなりに大きな家の人間だ。虎とも、パーティーや催し物で何度か出会っている。
そして、
「高校1年生で…ハーレムの一員か」
「ハーレー?」
「おっと、済まない。何でもないよ」
俺は苦しい言い訳をする。
今日だけで、セイジハーレムの3人と接触してしまい、動揺を隠しきれなくなっていた。
また彼女も間違いなく美少女だから、俺達を取り巻く周囲の目が気になってきた。最悪、目の前の少女が悪漢に襲われていると勘違いされるかもしれない。
であるなら、ここは…。
「変な事を口走ってしまって済まなかったね。俺のことは気にしないでくれ」
リスク回避の為、俺は早々に話を切り上げるつもりでいた。
だが、次に紡がれた彼女の言葉で、それも失敗に終わる。
「頭痛い?魂、2つあるから?」
「…なに?」
俺はつい、彼女の発言に喰らいついてしまった。少女に、厳しい視線を送っていた。
魂が2つとは、俺と虎二の事を言っているのか?彼女には、何か見えているのか?
「大田さん。良ければ、詳しく聞かせて貰えないだろうか。魂が2つとは、どう言う意味だ?」
「んー。よく分かんない。でも、普通の人となんか違う?なんか、フワフワユラユラ重なって見える」
小首を傾げるコハルちゃん。
要領を得ない喋り方だが…もしも彼女の言うフワフワユラユラってのが魂だとしたら、俺の中で2つの魂が重なっているって事か?
俺はビンタで目覚めてから、自分がどう言う存在か幾つかの仮説を立てていた。その内の1つに、虎の中に眠っていた前世の記憶が呼び覚まされたのではないか、と言う説だ。こいつが忘れていただけの、内なる炎が俺なのではと。
だが、もしもこの少女の言うように、俺と言う別の存在があるとしたらどうだ?俺は、虎の体を乗っ取ってしまっているのではないか?
「教えてくれ、少女よ。俺は虎を…この体を乗っ取ってしまっているのか?」
「のっとる?よく分かんない」
…そうだよな。そんなスピリチュアルな事までは、分からんよな。
俺が落胆する先で、コハルちゃんは「でも」と続ける。
「君のユラユラ、嫌な感じしない。真っ黒で優しいユラユラ」
「真っ黒…で、優しい?」
それって、なんか矛盾してない?普通、黒とか闇って、悪役の象徴じゃないのか?
コハルちゃんの感性についても疑問が出てきた時、背後から誰かが駆け寄ってくる足音がした。
次いで、強烈な怒気も。
「く、そ、あ、に、きぃ〜〜!!」
「うん?舞花?」
そこには、怒りの形相でこちらに駆け寄ってくる妹の舞花がいた。彼女は直前で飛び上がり、こちらにドロップキックの構えを見せた。
危ない!避けろ!
そう、俺の中に危険信号が灯るも、俺は動かなかった。動けば、彼女がドロップキックを失敗して怪我を負ってしまう。それに、こんなに彼女が怒っているのだから、何か理由がある筈。
避けるのは有り得ん。ここは、あえて受けるしかない!
「ぐぉっ!」
俺のふくよかなボディに、妹のドロップキックが突き刺さり、俺の体は吹き飛ばされる。
ゴロゴロと地面を転がった後に顔を上げると、そこにはコハルちゃんを抱き寄せる妹の姿があった。
(何をしやがる!コノヤロウ!)
そんな怒りの感情を押さえつけ、俺は徐に立ち上がる。
「良いドロップキックだ、妹よ。このワガママボディが無ければ即死だった」
「死ねば良かったのよ」
尚も強い怒りを向けてくる妹に、俺は肩を竦める。
「教えてくれないか?舞花。君がそこまで怒る理由を」
「理由?そんなの、自分の胸に手を当てて考えてみなさいよ!」
烈火の如く怒るじゃないか。こんなの、俺が目覚めた時以来の…。
いや、もしかして…?
「まさか、俺が手を出そうとした舞花の友達と言うのは、大田さんの事なのか?」
「白々しい。そうやって忘れた振りをして、許されるとでも…」
「申し訳ありませんでした!!」
状況が理解出来た俺は、すぐさま彼女の元へと駆け寄り、そのまま流れるようなジャンピング土下座を決めた。
まさか、こんな幼気な少女に手を出そうとするとは…これは想定以上に深刻な問題だ。虎はもしかして、ロリコンだったのか?いや、一個下だから、ロリコンではない?でも見た目は…。
頭を地面に擦り付けながら、俺の思考はグルグルと回る。
そんな俺の頭を、誰かがペシペシと叩く。
「何してるのー?」
コハルちゃんだ。
「貴女に、誠心誠意謝っているのです」
「何をー?」
ええっ?
俺がゆっくりと顔を上げると、俺を不思議そうに見下ろす大きな瞳とかち合う。
マジで言っているのか?この子。俺に何を言われたかは分からないが、この子にとっては記憶にも残らないような些末なことだったのか?
…そもそも俺の存在が、彼女の中では些末なものなのかもしれないが。
「みんな見てるよー?」
「えっ?ああ、本当だね」
いつの間にか、エントランスで待っていた学生達が人集りを作り始めていた。校舎の方からこちらを見下ろしている集団も居る。
こんなお嬢様お坊ちゃま学校だから、土下座が珍しいのだろうか。もしくは、誰の修羅場なのかと興味津々なのか。
俺が周囲の様子を俯瞰していると、今まで停止していた妹が慌てて駆け寄ってきて、俺の腕を掴んだ。
「あんた、何してんのよ!」
「何って、彼女に先日の謝罪をしているのだが?」
「それは…まぁ、そうだけど…いや、そうじゃなくて!ああ、もうっ!とにかく早く立って、行くわよ!」
そうして、俺は更に怒りのボルテージを上げた妹に腕を掴まれて、校門の方へと引っ張られる。
俺の行動が恥ずかしかったのかは知らんが、妹よ。君のしているこれも、かなりの注目を集まてしまっているぞ?




