63話~その1人には誠実であるべき~
「送ってくれてありがとう、虎二君。また月曜日に、学校でね」
車から降りたノゾミさんは、幾分か明るくなった笑顔を浮かべ、俺に向けて手を振った。
でも、その笑顔の裏に黒い感情を隠しているように見えた俺は、彼女を引き留めたい衝動に駆られる。
「ノゾミさん。週末も何かあれば、相談してもらって構わないよ?体は空いていないが、相談を聞くことはいつでも出来るから」
「うん。ありがとう。でも…週末はアレがあるから」
アレ…。
言っていたな。明日はセイジ達と遊びに行くと。一方的に決められたスケジュールに、ノゾミさんはとても困っている風だった。
そして今も、彼女は俺に泣きそうな顔を向けていた。
それに、俺は首を振る。
「隙間時間でも、夜でも構わんさ。人に話すことで、救われることもある。本当にヤバそうなら…俺も動くから」
「ありがとう、虎二君。ちょっと心が軽くなったわ」
憂いた表情だったノゾミさんが、少しだけ笑った。安心したみたいで、「じゃあ、またね」と言って自宅へ帰っていく。
俺はその背中を見届けてから、車の窓を上げた。
「ふぅ…」
心の中のモヤモヤを追い出す為に、俺は長い溜息を吐き出す。
全く、おかしなことになっている。
ノゾミさんから聞いたが、最近のセイジは何処か苛立っているらしい。
今まで当たり前のように侍らせていたハーレムだったが、連休明けからジュンさんが遠のき、最近ではノゾミさんまで宿泊学習の準備で疎遠となっていた。
それが、奴からしたら自分を蔑ろにしているとでも見えたみたいで、かなり不機嫌なのだと、カフェでノゾミさんが嘆いていた。
だから、明日はハーレムメンバーで遊びに行くことを強要されたらしい。
宿泊学習の準備がやっと終わったと思ったら、今度はあいつの世話をしなくちゃいけないと、彼女は疲れたお母さんみたいな愚痴を零していた。
そんな駄々っ子でどうしようもないセイジだが、彼女は奴から離れられないらしい。奴から離れる選択肢が、そもそも頭の中に無かったと。
これがセイジの魅了。頭で理解し、感情が拒否しても惹き付けられてしまう異常な力。
これこそが、バグ。
俺に抱き着き、あれほど甘えたノゾミさんでさえもまだ、惹き付け続ける魔性の力。
「過ぎた力だ」
本当に、人間が手にするには持て余し過ぎる。
これは、ジュンさんも同じ状況と見た方が良いだろう。最近は、俺に対して好意的な反応を見せてくれる彼女だが、それでもセイジに惹かれて可能性は非常に高い。
もっと彼女を惹き付けないと、セイジの魅力からは引き剥がせない。
「更なる努力が必要だ」
「まだやるつもりですか?」
助手席から、不満げな久保さんの顔が覗く。
おや、珍しい。この人が、こんな顔を俺に向けるとは。
「そのつもりだけど…何か言いたそうですね?」
「もう充分に努力されたんじゃないですか?坊ちゃん。あんな可愛い彼女を2人も作っておいて、他に臨むものなんてないって、俺は思いますけど?」
うん?ああ、そう言う事。久保さんは俺が、ハーレムでも作ろうとしていると勘違いしてしまっているみたいだ。ジュンさんとのやり取りを見守って来た彼からしたら、ノゾミさんにも気を遣う俺が不誠実に見えたのだろう。
理解した俺は、彼に向けて軽く手を振る。
「ノゾミさんもジュンさんも、俺の彼女と言う訳ではないよ。良くて親友。下手すりゃ知人だ」
「そりゃ、あまりに鈍感過ぎやしませんかね?坊ちゃん」
そう言ってくれるな、久保さん。俺だって、セイジの力が無けりゃ、もっと己惚れて考えてたさ。
それに、
「仮に複数人から好意を寄せられたとしても、不器用な俺が愛せるのは1人だけ。それで精一杯だ」
「そうですか?なら、その1人には誠実であるべきだと、俺は思いますよ」
ふむ。なるほどな。確かにそいつは、大事なことだ。
仕事においても、恋愛においてもな。
「ありがとうございます、久保さん。良いアドバイス…いえ、人生の先輩からの教え、肝に銘じます」
「いえいえ。しくじった先輩の未練だと思ってください」
未練って…。
一体、何があったんだよ。久保さん。
〈◆〉
『安心して努力していい。心の炎を燃やせる我々の才は、きっと己を輝かせるものだから!』
「んふふ」
スマホの画面で、あたしの好きな人が拳を振り上げて演説している。これを直接見られなかったのは凄く残念だけど、こうして何度も彼に会えるのは凄く嬉しい。録画してくれた小林君には感謝しないと。
「もっかい、見ちゃおうかな?」
今日はランチでしか彼に会えなかったから、少しくらい良いよね?もう1時間もテスト勉強してるし…。
あたしは言い訳を並べながら、動画の再生ボタンを押そうとする。でもいきなり、画面が通話モードに切り替わった。しかも、その画面に出る名前は、あたしが想いをはせていた人の物。
「えっ!あっ、どうしよう…」
テンパったあたしは、何故か髪の毛を梳かしながら、暴れる心臓を落ち着ける為に深呼吸をした。
そして、電話に出る。
「も、もしもし?虎ちゃん?」
『こんばんわ、ジュンさん。今、電話良かったかな?』
電話口から彼の声が聞こえて、あたしの心臓が高鳴る。
でも、さっきまでの緊張は無くなっていた。代わりに、気持ちの良い高揚感と安心感が入り混じる。
ちょっとだけ、いたずらしたくなっちゃう。
「良いけど、どうしたの?もしかして、放課後会えなかったから寂しくなっちゃった?」
『…ああ、そうだね。とても寂しいから、君をディナーに招待したいくらいだ』
「あははっ。ダメだよ~、虎ちゃん。ママの夕飯がもうすぐだからさ」
『それはイカンな。では、またの機会にしよう』
あれ?今あたし、ディナーデートの約束が取れちゃったの?
『今日はごめんね、ジュンさん。急に予定をキャンセルしてしまって』
「えっ?あ、ううん。そんなの気にしないで。それより、虎ちゃんは大丈夫だった?保健室に呼び出されたんでしょ?」
ダイエットもかなり無理していたから、膝とかやっちゃったのかな?
そんな不安が膨らんだけど、虎ちゃんが直ぐに『問題ない』って否定したから、直ぐに萎んだ。
だけど…。
『それは問題なかったんだが…実はその後、委員会で遅くなったノゾミさんと鉢合わせてね。ショッピングモールで買い物とお茶をしたんだ』
「えっ…」
あたしの心臓が、キュッて苦しくなる。
「えっと…それで?どうなったの?」
ドクンッ、ドクンッて、心臓が嫌な音を立て始める。この話の先を聞くのが怖くて、でも聞きたくて、あたしの口が勝手に質問を吐き出していた。
もし虎ちゃんが、ノゾミと付き合う事になった…とか言い出したらどうしよう。あたしはその時、どうしたら良いんだろう?
そんな怖い妄想が、勝手に膨らんでいく。
でも、
『カフェに入って、上郷君の話になってね。彼に随分と手を焼かされていると、彼女の愚痴を聞かされたんだ』
あたしが想像したようなことにはならなかった。虎ちゃんは申し訳なさそうに、でも包み隠さずにノゾミとの出来事を教えてくれた。
その真っすぐで誠実な姿勢が、あたしを安心させてくれる。流石に、ノゾミが抱き着いて来て、頭を撫でて慰めたと聞いた時は、凄く不安になった。けれど、それと同時に彼の優しさも伝わって来た。
そうだよね。虎ちゃんなら、困ってる人を放っておいたりしないよね。あたしがセイジに泣かされた時みたいに、優しく包み込んでくれるのが君なんだ。
心寂しく思うと同時に、少しだけ嬉しくなる。そんな中、虎ちゃんの母さんから貰った言葉が、あたしの頭の中で響いた。
【手綱はしっかりと握っておきなさい。良い意味でも悪い意味でも、あの子は優しい子だから】
悪い意味でも、優しい子。
そうか。セリカさんが言っていたのは、この事だったんだ。
虎ちゃんは優し過ぎるから、こういう事を断れない。困っている人を見たら、何とか救おうと頑張ってしまう。そして、彼は強くて凄い人だから、きっとその人を助け出しちゃう。
そして、その人から感謝されて惹き付けてしまう。それが異性なら、余計に。
『済まない、ジュンさん。君との約束をドタキャンしておいて、俺だけ遊ぶような真似をしてしまった…』
「ううん。虎ちゃんは悪くないよ。ノゾミを元気付けてくれたんでしょ?あの子、凄く元気になったんじゃない?」
『どうだろうか。帰り際も、何かを隠しているような表情をしていたからね。彼女が抱える悩みを、完全に払しょくできたとは思えない』
虎ちゃんはため息混じりにそう言うけど、本当にそうなのかな?ノゾミも虎ちゃんが好きだって言っていたから、もう上郷君には何の思い入れもないと思うけど。
実際、最近は上郷君に対してかなり冷たい対応が目立つし、あの人の為にウジウジ悩んだりしない筈。
じゃあ、どうしてそんなに落ち込んでいるんだろう?最近の上郷君が、それだけ荒れているって事?それとも、虎ちゃんの気を引きたくて、ノゾミが大げさに言っているだけ?
もしそれがノゾミの嘘だとしたら、ちょっと許せない。虎ちゃんの優しさを利用しようとするなんて、親友でも…ううん。親友だからこそ、許しちゃいけない。
「ねぇ、虎ちゃん」
『うん。なんだい?』
「あのね、ノゾミの事で…」
あたしは、ノゾミに気を付けてって言おうとした。
でも、止めた。
そんな告げ口みたいな事をしても、虎ちゃんは喜ばない。ノゾミがそう言う手で虎ちゃんの気を惹こうとするなら、あたしは正々堂々としていなくちゃ。
虎ちゃんみたいに、努力で彼に認めてもらわないと。それがきっと、彼の傍に立てる唯一の方法だから。
「あたしもノゾミみたいに、デートがしたいなって、思ってさ」
言ってしまって、あたしは全身が熱くなるのを感じた。心臓が破裂しそうで、虎ちゃんに聞こえちゃうんじゃないかって心配になった。
ううん。それよりも、虎ちゃんが受け入れてくれるかの方が心配だよ。もしも拒否されたら、あたし…。
ダメ。弱気になったらダメだよ。あたしは戦うって決めたんだから。
ノゾミに、そして自分自身に打ち勝たないと。
「どうかな?虎ちゃん」
あたしは恐怖を押さえつけて、彼に聞く。
すると、
『勿論OKだ。是非とも、その提案に乗らせてもらいたい』
勇気を出したら、虎ちゃんは真っすぐに答えてくれた。
やっぱり彼は、あたしが思っていた通り優しい人…。
『いつ行こうか?俺は今からでも構わんよ?夜景の綺麗なレストランでディナーとか、夜の遊園地とかも粋だと思うのだが…?』
あたしが思っていた以上に、熱い人だった。
「ちょっと待って、虎ちゃん。あたし、今からママの晩御飯だって」
『うぉっと、そうだった。済まん…』
「あははっ!もう、焦り過ぎだよ、虎ちゃん」
でもそれだけ、あたしとのデートを楽しみに思ってくれたって事だよね?そう思うと、凄く嬉しいよ。
ああ、でも…。
「すぐは難しいよね?虎ちゃん、明日は議員さんのパーティーでしょ?再来週は期末テストが始まるし…」
『明日は難しいが、その翌日の日曜日なら大丈夫だ』
「良いの?慣れないパーティーで疲れているんじゃない?」
『君とのデートだ。そんな疲れなんて、吹っ飛んでしまうよ』
うっ…。
また君は、そんな嬉しい事を平気で言うんだから…。
『それに、君とのデートが翌日にあると思えば、明日のパーティーも乗り越えられるさ』
「もうっ!分かったから」
これ以上は許して。あたしの心臓が持たないよ。
「じゃあ、明後日の日曜日ね」
『ああ。楽しみにしているよ』
「うん。あたしも…楽しみだよ」
そう言ってしまって、急に恥ずかしくなる。
堪らず、「じゃあね」って言って電話を切ってから、暫く放心状態だった。怒涛の展開に、頭が追い付かなかった。
でもそうしていると、段々と実感が湧いて来る。
やった。虎ちゃんとデートだ。
「こうしちゃいられない」
あたしは教科書を閉じて、立ち上がる。クローゼットを開いて、服を引っ張り出す。
う~ん。明後日は何を着て行けばいいんだろう?
〈◆〉
「うぉっし!やったぞ、久保さん。ジュンさんとデートだ!」
「ええっ!?なんでそうなるんです?普通、怒られません?」
「誠実に謝ったからね。久保さんがアドバイスしてくれたお陰だよ」
「それは…良かったんですけど…なんで俺の時はダメだったんだ…」
…本当に、何があったんだよ?久保さん。
ナイス!久保さん!
貴方は2人のキューピッドです。
「作者が登場人物に肩入れして良いのか?」
作者じゃありません。私は、彼ら彼女らの活動報告を書き綴るだけの、筆者です。
「そうであったな」




