62話〜何かあったのかい?~
いつもご愛読下さり、誠にありがとうございます。
今回は他者視点となっております。
「まぁ、あの者だろうな」
です、です。
カラオケを断られた時は凄くショックだったけど、代わりにカフェを提案してくれた時には心が高鳴った。寧ろ、彼と会話する時間が増えるから、カフェの方が良かったと思う。
ナイスチョイスよ、虎二君。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「2名です」
早速入ったお店は、オーク調の落ち着いたデザインで統一されており、凄く大人でオシャレな雰囲気のカフェだった。
こんなお店もあったのね。前にセイジ達と来た時は、あいつがラーメン食べたいとか言い出したから、ここら辺を見て回る余裕すらなかったわ。
「ノゾミさん。ソファー側をどうぞ」
お店の内装を見回していると、虎二君が手で奥側の席へと導いてくれる。そして、私が座るとすぐ、私にメニュー表を渡してくれた。
ああ、もう、凄く嬉しいわ。さりげない彼の優しさが、一つ一つの動作から見て取れる。私を思ってくれる彼の温かさが、私の心にも伝わってくるみたい。
あいつの時はどうだったっけ?先にお店入っちゃって、自分だけ席に着いて注文していたよね。それで先に食べ終わったら、人が食べているのもお構いなしにペチャクチャ喋ってきて…。私達が喋れないって分かると、スマホ弄り始めてピコピコゲームし始めてぇ…。
ああ、もう、やめやめ。折角、虎二君と楽しいひと時を過ごせるって言うのに、あんな奴の事を考えてイライラするのは勿体ないわ。早く、何を頼むか決めないとだし。
ええっと…色々あるのね。軽食にケーキにコーヒーに紅茶…。
「…虎二君。先に決めてもらってもいい?私、ちょっと迷っちゃって」
「そうかい?なら、一緒にメニューを見ようか」
彼はそう言って、私から受け取ったメニュー表を開いて、2人が見やすいようにしてくれた。
「お腹の空き具合はどうかな?ノゾミさん」
「ええっと…結構空いているんだけど、夕飯もあるから…」
「ではケーキにしようか。おっ。ケーキだけでも、結構種類があるんだ」
「本当ね。どれも美味しそうで、目移りしちゃう」
う~ん…どれが良いだろう?季節限定マンゴーケーキ?イチゴのタルトも美味しそう。あっ、レアチーズも捨てがたいし…。
「ええっと…虎二君はどれにする?」
「俺はレアチーズかな。コーヒーに合いそうだ」
「あっ、良いわね。じゃあ私も、一緒のにしようかなぁ…?」
ああ、でもやっぱり…。
一緒のにするって言っておきながら、私の心はまだ迷っていた。
そんな私の視線を察してか、虎二君が聞いて来てくれる。
「何か、別ので迷ってる?」
「うっ…ごめんなさい。ちょっと、マンゴーも美味しそうだなって思っちゃって」
〈限定〉って書かれているし。
「確かに美味しそうだ。では、もしノゾミさんが良ければなんだけど、互いに分け合いっこしないか?」
「あっ、それ良い」
私の悩みは一気に消えて、楽しみが溢れ出した。
もしかして、それって…彼との間接キスが狙えたり?
そんなイケナイ策略を巡らせている間にも、虎二君はサッと注文を済ませて、机の上を片付けてくれる。そうしているとすぐに、ケーキとコーヒーと、分け合う用の取り皿まで運ばれて来た。
そこまで注文してくれちゃったの?
「ノゾミさん。どれくらい食べられそう?半分くらい?」
あっ…先に取り分けちゃうのね。
そうだよね。気遣い上手の君なら、そうしちゃうよね。
今だけはもう少し、ガサツでも良かったのに…。
「ええっと…半分以上いけるかい?」
「あっ」
私が心の中で違う事を考えていると、それを虎二君は勘違いしてしまった。
「ごめん。2口くらいで良いわ。虎二君はどれくらい食べる?」
「俺もそのくらいで。ああ、そんな良い所を俺にくれなくていいよ?」
「良いの、良いの」
君には特別に、一番おいしそうなところをあげるからね。
「どう?虎二君。マンゴー美味しい?」
彼がケーキを口に運ぶのを見てたら、ついそう聞いていた。
彼は何度か咀嚼した後、小さく頷く。
「うん、美味しかった。マンゴーの甘酸っぱさが丁度いいよ」
どれどれ?
「…うん。本当ね。これならいくらでも食べられちゃう。…うん。こっちのチーズも美味しいわね」
「ああ、俺も食べてみるよ。…うん。確かにこれは、チーズのうま味が濃厚だ。コーヒーにも合うね」
虎二君が優雅にカップを傾ける。そのカップが置かれていたお皿には、お砂糖とミルクが置かれたままになっていた。
ブラックコーヒー。ジュンが言っていた通りだ。
大人っぽくて格好良い。
私も…。
「…うっ」
苦い。いつも飲むコーヒーの味と全く違う。砂糖とミルクが包み込んでくれていた苦みが、私の舌に直接突き刺さってる。
これが、虎二君の好きな大人の味なのね…。
「無理をしない方がいいよ?」
私が小さく唸っただけで、心配そうな顔をした彼が、私を見てくれていた。
彼の優しい瞳が、私の手元に注がれる。
「コーヒーの好みは人それぞれだ。ブラックだから格好いいとか、砂糖を入れるとダメだとか、そんなことはない。好きな物に境界線はないんだからさ」
「ありがとう。でも、私は飲めるようになりたいの」
少しでも、貴方に近付きたい。貴方が感じている物を体験したいし、貴方が見ている世界を私も観たいの。
少しでも貴方に、好かれる為に…。
「うむ。そうか。では、何度も飲んでいる内に慣れることに期待するか。もしくは…」
彼は小さく笑って、食べかけのケーキ皿を持ち上げる。
「幸せな気持ちと共に食すと、好きになる事もあるよ」
「幸せ…」
私はケーキを一口食べて、もう一度コーヒーを口に運ぶ。
「…うん。本当だ。少しだけ、苦みが薄れたかも」
「ああ、慣れたんだね」
いいえ。違うわ、虎二君。幸せを嚙み締めたから、苦くなくなったのよ。貴方を好きな気持ちが、コーヒーも好きにさせてくれたのよ。
君と一緒に居るから、好きになれそうなの。
ああ、この気持ち…。
「温かい…」
「うん?もしかして、寒かったかい?」
私の呟きに、虎二君が心配そうな顔をする。
私は反射的に否定しようと、両手を顔の前まで上げた。でも考え直して、その手で両腕を摩る動きをする。
「…うん。ちょっとだけ」
「そうか。もしよければ、これを使ってくれないか?」
虎二君はそう言って、上着を脱いで私に差し出してくれた。
「良いの?ありがとう!」
受け取った私は、直ぐに着込んだ。彼のぬくもりと香りが、私を優しく包み込む。まるで、彼に抱きしめられているみたい。
ああ、幸せ。優しい彼だから、きっとこうしてくれるって思ってた。
今度はちゃんと、思い描いた通りになったわ。
「暖かい…。ありがとう、虎二君」
「そいつは良かった。ただ、汗臭かったらごめんね」
「ううん。大丈夫だよ」
寧ろ、そっちの方が良い。彼をもっと感じられるから。
私は静かに、そして思い切り、鼻から息を吸い込む。すると、彼の匂いとは別の匂いも感じてしまった。
この匂いは、女子?もしかして…ジュンの?
「…ねぇ、虎二君。最近、ジュンに会ってる?」
「うん?…ああ、会っているよ」
ふ~ん。そうなんだ。やっぱりあの子、そういう所はちゃっかりしてるんだね。私よりもちょっと早く、虎二君と仲良くなったってだけなのに。
ほんのちょっとだけ、私より彼の近くに居る彼女。
なら…。
「虎二君。私の隣に来てくれない?まだ寒くて」
「そいつは不味いな。店を出るかい?」
「いいえ。それは大丈夫。まだケーキも食べたいし。だから、ほら、来て?」
私がソファーをポンポン叩くと、彼は静かに立ち上がり、そこに座ってくれた。
本当に、素直で可愛い。
私は我慢できなくなって、彼の胸に飛び込んだ。
うふふ。温かい。彼の匂いが、より強く感じられる。
彼にも感じて欲しい。私の熱を、私の想いを。こうして彼にくっ付いて、私の匂いをたっぷり擦り付けるんだ。
この人は私のモノだって、分からせる。クラスの女子達に。学園の女性達に。
ジュンの匂いを、上書きしちゃう。
「ノゾミさん?何かあったのかい?」
…えっ?何かって?
「何も、無いけど?」
「本当か?何か…例えば、上郷君に何か言われたりしたんじゃないのか?」
えっ?セイジ…に?
あれ?もしかして、心配してくれてるの?私がセイジに何かされたと思って?
そう言えば、虎二君は球技大会の時も私を守ってくれたんだ。セイジが私の肩を強く引っ張った時、あいつを怒ってくれた。あれは凄く嬉しかった…んだけど。
それを、今もしてくれるってことなの?
なら…。
「ごめんなさい。詳しくは言えないの。でも…」
「…でも、なんだい?俺で助けになるのなら尽力するよ?言ってはくれないか?」
ああ、もう。そんな必死に私を見詰めてくれるなんて…。
やっぱり、彼は優しい。私がピンチって思ってくれるだけで、何時もよりもっと優しくなっちゃうんだ。
こんなに私を、見てくれるんだ。
「なんでもしてくれるの?」
「何でもって…まぁ、俺が出来ることならね」
「なら、撫でてくれない?」
「撫でる?それは…君の頭をかい?」
「そう」
私は頭を下げて、彼の手元に置く。
頭上から、彼の不規則な息遣いが暫く聞こえていたが、やがて暖かくて少しゴツゴツした手が、私の頭を撫でる。
ゆっくりと、丁寧に。まるで髪の毛を整えるみたいに、優しく撫でてくれる。
あいつとは大違い。ガサツで、全部台無しにするあいつとは全然違う、優しい手つき。優しい心遣い。
優しい彼の、温もり。
それが全部、彼の手から伝わって来る。
「痛くないかい?」
「うん。とっても気持ち良いわ。だから、もっとして」
もっと私を、甘やかして。
君の熱で、私を溶かして。
私を、君だけの物にして。
「辛かったんだね。ノゾミさん。こんなになるまで頑張って」
「ううん。大丈夫。君にこうして貰えるなら、私は大丈夫だよ」
だから、ほら、もっと撫でてよ。
虎二君に絡ませた腕に力を入れると、彼の体に力が入った。
なんだろうと思って見上げると、真剣な彼の瞳とぶつかった。
紫色の瞳。
こんな綺麗な目をしていたのね…。
「教えてくれ、ノゾミさん。何故そこまでして、上郷の近くに居るんだ?彼に何か、"魅力"を感じるのか?」
えっ?魅力?
…えっ。待って。これって、嫉妬してるの!?私がセイジから雑に扱われても離れないって、妬いてくれてるの?あの優しくて大人な虎二君が?
もしかしてこれって、チャンスなんじゃない?ジュンを出し抜く、最大のチャンス。
…よし。
「正直、分からないの。あいつがどうしようもない奴って分かっているのに、離れられない。幼馴染だからかもしれないし、ダメな奴だからかもしれない。自分のことなのに、自分が分からないの」
私は顔を伏せる。呼吸を乱して、体を小さく震わせる。クズ男に振り回される彼女を演じる。
すると、彼の大きな手が私の肩を優しくタップする。
見上げると、彼は優しく微笑んでくれていた。
「大丈夫だ、ノゾミさん。焦る必要はない。ゆっくりで良いから、自分の中の感情を整理して行こう。もっと周りを頼って、接していこう。勿論、俺も全力で協力する」
「良いの?虎二君。私、あんな奴の近くに居るのに、君を頼っても」
「寧ろ頼ってくれ。その為に俺は"ここに"居るんだから」
「…うん…うん。分かったわ」
再び私は、虎二君の胸の中に顔を埋める。彼の心に向けて、囁く。
「抱きしめて、虎二君。私が迷わない様に」
私が誰にも奪われない様に、強く抱きしめて。
私もそうするから。
君を、誰にも渡さないから。




