60話~それに、初めましてですね?~
「良いね!舞花ちゃん。とっても上手!」
「ありがとうございます。式部先輩」
自分もレッスンに参加すると言った舞花は、本当にジュンさんの指導を受け始めた。
そして、なかなかに上手い。少なくとも、俺のへなちょこダンスに比べたら、月とスッポンレベルだ。
「舞花ちゃんは、踊り方が様になってるね。何か習い事をしているの?」
「小学生の頃に、バレーダンスを少々習っていました」
「なるほどね。だから、動きがしなやかなんだ」
なるほどね。だから、お前のドロップキックは強烈なんだな。
納得する俺の前で、女子2人が楽しそうに微笑み合う。
「この分なら、あたしなんて直ぐに追い抜いちゃうんじゃないかな?」
「それは謙遜し過ぎですよ、式部先輩。このような激しいダンスは経験がありませんので、先輩の動きを見様見真似でやっているだけです」
真似だけでそれだけ踊れるのか…。やはりセンスの違いを感じてしまう。
「それじゃ、舞花ちゃんは今の動きを繰り返して、体に覚えさせて」
「分かりましたわ、先生」
「先生は大袈裟だよ」
「では、ジュン姉様で」
…なんか、いつの間にか仲良しになってない?
「ごめんね、虎ちゃん。待たせちゃって」
「いやいや。舞花まで見てくれて、こちらこそ済まない」
「気にしないで。あたしも楽しいから。なんか、本当にダンス教室の先生になったみたいでさ」
「うん?もしかして、教室に通ってたのかい?」
「うん。小さい頃にだけど」
道理で、基本がしっかりしている訳だ。
そんな理想的な先生が教えてくれるも、やはり俺は出来の悪い生徒だった。簡単なステップはマネできるのだが、ちょっと複雑になるだけで上半身と下半身がバラバラな動きになってしまう。舞花の奴を見た後だと、それがより顕著だ。
「焦らなくていいよ、虎ちゃん。他人じゃなくて、自分自身に勝つことが大事だからね?」
それ、前に俺が前に言っていた言葉だね?覚えてくれていたのか。
「ありがとう、ジュンさん」
心が温かくなり、動き辛かった肩が軽くなった気がする。ちょっとだけ、動きがマシになった気もしてきたぞ。
「上手い、上手い。ちょっとずつステップも踏めるようになってきたよ、虎ちゃん」
「ありがとう、ジュンさん。でも、少々甘やかし過ぎではないかね?」
マシにはなって来たけど、まだまだ褒められたレベルじゃないぞ?
そう思うけど、ジュンさんの優しい微笑みは変わらない。
「虎ちゃんが頑張っているから褒めるんだよ?大丈夫。サボっていたらお尻を叩くし」
それも、何時か俺の言った言葉だ。
「もし虎ちゃんが挫けそうなら、抱きしめてあげるから」
「…マジで?」
抱きしめてくれるん?
「あぁ~、ちょっと挫けそうだぞ?」
チラッ、チラッ。
「えぇ~?挫けたフリじゃ、騙されないからね?」
くっ…。
「演技力が試されるのか。もっと努力せねば」
「変な方向に努力しないで!」
そんな軽口を叩きながらステップを踏んでいると、視線を感じた。
顔を上げると、ニヤニヤと笑みを浮かべた舞花が、ジッとこちらを見ていた。
なんだよ?
「羨ましいですわ。私も、お2人みたいに素敵な恋をしたいものです」
「こっ、恋って…!」
ジュンさんの顔が真っ赤だ。また、舞花に乗せられそうになっている。
「舞花。そう言う君は、心を寄せる人は居ないのか?」
「あら?そんなプライベートなことを、乙女に聞くものじゃありませんよ?虎兄さん」
そう言うお前はいつも、我々のプライベートに不法侵入しているがな。
おっと。舞花のペースに乗るところだった。俺も集中しないと。
「虎ちゃん。笑顔だよ、笑顔」
俺が下を向いてステップを踏んでいると、顔色が戻ったジュンさんがアドバイスをくれる。
ふむ。いつの間にか表情が硬くなっていたか。このままでは、またリズムを外してしまう。
「虎ちゃん。楽しまないと」
むむ。確かにそうだな。
俺は反省する。
ステップを覚える事ばかり集中して、気持ちが固くなっていた。最初に、ジュンさんが言ってくれたではないか。ダンスはリズムであり、自由な感覚が大事なのだと。もっと視野を広く持ち、楽しまねば。
「楽しむ、か」
そうだな。それは大事なことだ。踊っている時、俺は劣等感を抱いていた。漠然と、この種目は俺に合わないと考えていた。
違う。そうではない。ダンスも一種のスポーツなのだから、バスケや格闘技と同じ様に得意にも出来る筈だ。同じ体を動かす競技なら、共通点があるのだから。
つまり…。
「あれ?動きが変わったね、虎ちゃん」
「おっ、分かるかい?」
「うんうん。なんかね、凄くキレが良くなったよ」
凄いな、ジュンさん。ちょっと動いただけで、もう分かってしまうのか。
「考え方を変えたんだ。ダンスのステップを型で覚えるのではなく、似た動作に置き換えてみたんだ」
「似た動作って?」
「格闘技だよ」
空手、柔道、合気道、ボクシング…。それら格闘技にも独特の足運びがある。それらと近い物に当て嵌めて動いてみると、何となくしっくり来た。
「例えばこのボックスの動き、こいつはカポエラの動きに似ている。こうやってね」
なかなか覚えられなかった足運びをやってのけると、ジュンさんはパチパチと手を叩いてくれた。
「凄い!ちゃんとリズムにも乗れてるよ、虎ちゃん」
「ありがとう」
「ヒップホップダンスって言うよりは、ブレイクダンスっぽくなってるけどね」
あらら?
「ジャンル違いになっちゃったか?」
「良いの、良いの。その方がカッコイイと思うし、あたしは好きだよ」
「よっしゃぁ!俺はブレイクダンスで世界を取るぞ!」
「あははっ!単純すぎだよ、虎ちゃん。お腹苦しい」
お腹を抱えて笑うジュンさん。その横で、舞花が首を傾げる。
「確かに良くなったと思いますけど…兄さん。貴方、格闘技なんて習った事ありました?」
…えっ?
「痛いのは嫌だと言って、龍兄さんが通っていた道場から逃げ帰ったではありませんか」
…あっ、本当だ。ちょっと技を掛けられただけで泣いてしまった記憶がある。それもあったから、今までの虎は表立った復讐をしなかったみたいだ。
「荒事の一切から逃げていた兄さんが、何処でそのような足技を習われたんです?」
「…俺もアレだ。見様見真似って奴だ。テレビとかの」
本当は、俺の魂に染みついている経験からだけどさ。
俺は何とかはぐらかそうとするも、舞花は訝しむ瞳を向けて来る。
そうしていると、再び運動場の入口が開いた。そこに居たのは、着物姿の母親だった。
えっ?何故貴女がここに?今まで、運動場に近付きすらしなかったのに…。
「お帰りなさいませ、お母さま」
俺が動けずにいると、舞花が母に向けて一礼する。慌てて、俺とジュンさんもそれに続いた。
「ただいま帰りました。虎、舞花。それに、初めましてですね?」
「えっ?あっ、はい。あの、あたし、式部純です。虎ちゃ…虎二君の、友達…と言いますか…」
突然の母親乱入に、ジュンさんがしどろもどろになってしまっている。
俺はすかさず彼女の隣に立ち、自己紹介を引き継ぐ。
「ジュンさんはとてもお世話になっている人です。以前お話させて頂いたと思いますが?」
「ええ、そうね。あの不思議なお話の、ヒロインの子よね?」
「不思議なお話?」
ジュンさん。それについては何時か話すよ。
そして母よ。大丈夫だとは思うが、要らんことは言ってくれるなよ?
俺は戦々恐々の思いで母に笑みを向けるも、母は「心得ています」と言うように、ゆっくりとお辞儀をした。
「式部さん。いつも虎と仲良くしてくださって、ありがとうね」
「あっ、いえ。寧ろ、あたしが仲良くしてもらってると言うか。虎ちゃんにはいつも、助けてもらってて」
「あら、そうなのね?」
母は目をキラリと光らせて、俺の方を見る。
「虎、貴方はダンスのレッスン中ですね?早く戻りなさい」
「えっ?いや、お母様がいらっしゃったので、その対応を…」
「何か?」
「いえ。訓練を再開します」
良く分からんが、母から「お前は邪魔だ」オーラが出ている。何を話す気か知らんが、いつでもジュンさんを救い出せる距離で踊らせてもらおう。
母親と言えど、彼女に何かしたら全力で阻止しますよ?
〈◆〉
「さて、あの子も行きましたし。改めてよろしくしね、式部さん」
「あっ、はいっ。こちらこそ、よろしくお願いしますっ」
あたしがカチコチになりながらお辞儀すると、虎ちゃんのお母さんは「ふふっ」と笑った。
「あまり緊張なさらないで?私も貴女の事を、ジュンさんとお呼びしてよろしいかしら?」
「どっ、どうぞ、どうぞ」
何を進めているのか分からないけど、あたしは両手で差し出すジェスチャーをする。
「ありがとう。貴女も、私のことは芹花と呼んでちょうだい」
それはちょっと、あたしにはハードルが高いなぁ。
どう返せばいいんだろう?って、あたしが迷っていると、セリカさんの視線があたしから外れる。向こうで、ブレイクダンスっぽい物を踊る虎ちゃんへと注がれた。
「虎は学校でどうです?イジメられていたりしないかしら?」
「ええっと、それは大丈夫だと思います。虎ちゃん、いつも男の子達と楽しそうにしていますし、この前の球技大会でも大活躍していましたから」
「そう。良かったわ」
セリカさんが小さく微笑む。
「あの子、小さな頃から繊細で、ちょっと気が弱いところがあるの」
えっ?気が弱い?
おかしいな。ナツさんの脅しにも動じない虎ちゃんが、小さい頃は違ったの?
「それでもね。私が床で伏せていると、庭で摘んだ花を持ってきたりして、私を喜ばせようとしていたわ。まだ幼稚園にも通う前の事よ?」
「へぇ。やっぱり虎ちゃんは、小さい頃から優しかったんですね」
あたしのイメージ通りの子供で、ちょっと嬉しかった。
でも、セリカさんは顔を強張らせ、小さく首を振った。
「私はそれを見て、嬉しい反面、不安も覚えたわ」
「えっ?不安…ですか?」
「ええ。だって、そんな小さな頃から女性を喜ばせる方法を知っていたんですもの。誰に教わる訳でもなく身に着けたその才覚に、あの人を感じてしまって…」
あの人って…誰のこと?
セリカさんの不安が分からず、あたしは彼女の横顔を見詰める。すると、虎ちゃんに向いていた視線がこちらに戻って来た。とても真剣な瞳が、あたしを映す。
「ジュンさん。男性とお付き合いをするなら、その人がどんな人間なのかをしっかりと見極めなさい。感覚や感情だけに流されると、必ず後悔するから」
「しっかりと、見極める…」
「ええそうよ。特に注意しなくちゃいけないタイプは、貴女を見ている様で見ていない人」
見ている様で見ていない。
それを聞いて、あたしは真っ先にアイツを思い出した。あたし達の話を全く聞いてなくて、あたしが何を好きなのかも知らないあの人。もうかれこれ1年の付き合いなのに、あたしのことを全く見ていなかった男子。
「心当たりがありそうね?」
「えっと…はい」
「そう。それは、あの子?」
「違います!」
つい、強い口調で答えてしまった。それに、セリカさんは安心した様に微笑んだ。
でも、直ぐに表情を戻す。
「そういう人には近付いちゃダメ。人を利用することしか考えていないから。そして、もし貴女の想い人がそうでなくても、安心してはダメよ?男なんて、すぐに心変わりするから」
「虎ちゃんはそんな人じゃありません!」
言って、あたしはしまったと両手で口を塞ぐ。お母さんの前で、口が大滑りしちゃった。
顔が火照るのを感じながら、あたしは恐々とセリカさんへ視線を戻す。
すると、彼女は口を押えて笑っていた。
「ありがとう。でも、手綱はしっかりと握っておきなさい。良い意味でも悪い意味でも、あの子は優しい子だから」
「はいぃ…」
ああ、もう。全部バレバレじゃん。あたしのバカ、バカ!
あたしが項垂れていると、タッタッタと足音が聞こえた。
「ジュンさん!」
虎ちゃんだ。
慌てた様子で駆けつけた彼は、あたしとセリカさんの間に入って、セリカさんを睨みつけた。
「お母様。ジュンさんに何を言ったんです?こんなに落ち込ませて…」
「虎二。女性同士の会話に、殿方が割って入るものではありません。ねぇ?ジュンさん」
「虎ちゃん。大丈夫だから、向こうに行ってて」
「ええぇ…」
折角駆けつけてくれた虎ちゃんには悪いけど、早く離れて欲しい。あたし今、顔真っ赤だもん。
あたし達2人に追い返された虎ちゃんは、渋々練習に戻っていく。その背中を見ていると、本当に申し訳なく思う一方、それだけ心配してくれることに喜びを感じた。だから…。
セリカさん。やっぱり虎ちゃんは、貴女が心配するような男の子じゃないですよ。
お母さん、何があったんでしょうね。
「あの人とは、父親の事であるな」
あのお父さんにも、何があったんでしょう?




