59話~また音…なのか~
次の日。旅行会社にお願いしていた見積もりが、早くも届いた。考えていたプランに寄って金額は多少異なるが、全て予算内に収まっていた。
流石はプロだ。
加えて、お願いしていたホテルの方もしっかりと対応してくれて、温泉付きの最高級ホテルをリーズナブルなお値段で確保してくれていた。観光地へのアクセスもし易く、送迎用のバスも手配している手際の良さ。
これがプロの力か。彼女に任せて良かった。
「凄い…もう殆ど出来上がっているじゃない」
放課後の教室。
渡した資料を見たノゾミさんは、その完成度に驚きの声を漏らしていた。
彼女の言う通り、バス会社から貰った行き帰りの見積もりに、今回旅行会社から貰った各プランの見積もりを合わせれば、旅行の大枠が見えて来る。
後は、細かいところを詰めていけば良いだけになっている。
これなら、学級委員の話し合いだけで決められるだろう。時間が無くとも、何とかなる。
「ありがとう、虎二君。これを、学級委員会で議論してくるわね」
ノゾミさんは意気込んで、臨時学級委員会へと向かった。
その後ろ姿を、セイジが恨めしそうに見送る。
「なんだよ。あいつ、まだ忙しそうだな」
「寧ろ、今からが忙しいだろうよ。細かい時間調整や、2年次全員の動かし方、ルールの制定やしおり作りなんてのもあるだろうから」
「お前は行かないのかよ?」
「そりゃな。ここからは学級委員の仕事だ」
俺がそう言うと、セイジは嬉しそうな顔をこちらに向けた。
なんだよ?
「まぁ、そうだよな。接点が無けりゃ、お前なんかがノゾミ達の隣に居ていい筈ないもんな」
「…人の縁という物は、どうなるか分からんものだぞ?」
「まぁ、お前らはそうだろうなぁ」
まるで、自分はそうじゃないとでも言うように、セイジは俺を見下ろしてほくそ笑む。そのまま「ノゾミの手伝い、ご苦労さん」と軽く手を上げて、教室を出ていった。
なんだろうな。今回は随分と、敵意を向けて来た。これは今までにない事だ。
マヌケな奴だと思っていたが、流石に危機感を覚え始めたか。それで何かアクションでも仕掛けてくるようなら厄介な相手なのだが…さて、どう出てくるかな?
「虎ちゃん」
奴の出て行った入口を見詰めていると、そこからジュンさんの顔がひょっこり現れた。
「帰ろ?」
「ぐぉっ」
俺はつい、声を出してしまった。それに、ジュンさんは驚いた。
「ど、どうしたの?」
「今の言い方、可愛いが過ぎる…」
「も、もうっ、虎ちゃん。こんなとこで、変な事言わないでよ」
ジュンさんは顔を真っ赤にして、教室のあっちこっちに視線を飛ばす。そして、「ほら、もう行こっ」と俺の袖を引っ張る。
済まん。ノンデリな発言だった。でも、その必死な動作も可愛いな。
俺はジュンさんを連れて、放課後の廊下を歩く。
でもその途中で、見慣れた背中を見付けた。
「おーい。ヒデちゃん。マモちゃん」
「あっ、虎二さーん」
「うっす」
「どうしたんだ?2人ともジャージ姿で」
もう放課後だ。帰るだけだろ?
そう思ったのだが、ヒデちゃんがバツの悪そうな顔をする。
うん?どうした?
「実は、その…あっしら、部活に誘われてしまって…」
「僕はバスケ部で、ヒデちゃんはバレー部に誘われてるんだ。僕はどうするか考えてるんだけど、ヒデちゃんは入るみたいだよ?」
「マモ!もういいっすから」
「ヒデちゃんは、エリさんと一緒に入るんだって」
「マモ!いい加減にするっす!」
ははーん。そういうことね。
「そいつは良い。2人とも、球技大会でいい動きをしていたからな。是非、活躍してくれ。俺も応援している」
「虎二さんは何処か入らないんで?陸上部からオファー来てましたよね」
おい、ヒデちゃん。それは言うな。
「えっ?虎ちゃん、そんな事になってたの?」
「虎二さんはねー。色んな部活から引っ張りダコだったんだよー。バスケと陸上と空手と、あと剣道と」
「ああ、もう良いから、マモちゃん」
嬉しそうに報告するマモちゃんに、俺も声を上げてしまう。そして、早く部活に行きなと2人を見送る。
「ねぇ、虎ちゃん。入らないの?部活」
「うん?まぁね」
「なんでぇ?」
「そりゃ」
折角、ジュンさんとの時間が作れる様になったのに、部活に入ったらまた、接点が失われるからね。
なんて正直に言えば、彼女の心に負担がかかる。
「そりゃ、興味が無いからさ。剣道なんてやったら、きっと竹刀が腹に突き刺さるし」
「ええ?剣道苦手なの?」
「うん。なんかねぇ、傘とか持つだけで凄い不安になるんだよ」
「えぇ〜?そうなの?」
何故かジュンさんが、嬉しそうに笑う。
どしたの?
「あっ、ごめんね。別に、虎ちゃんをバカにした訳じゃないんだよ?なんか安心したんだ。完璧だと思っていた虎ちゃんにも、苦手なことがあってさ」
ああ、そういう事か。
確かに、完璧な人間って、傍から見たら不気味だからね。何か欠点がないと、まるで作られた人間みたいに見える。
まぁ、その点。
「俺は欠陥だらけだよ?剣道だけじゃなくて、絵も投擲も苦手だし」
「あっ、そう言えば。それでバレーの練習してたんだもんね」
「そうそう。それにきっと、ダンスも苦手だ」
俺が胸を張って言うと、ジュンさんはまたクスクス笑う。そして、ニコリと笑みを向けてくれる。
「じゃあ、苦手じゃ無くなるように、今からレッスンしようね?」
「うっす!コーチ。おなしゃす!」
と言うことで、ここから夜まで、勉強会に加えてダンスのレッスンを始める。
「じゃあ、先ずはステップの練習だよ!」
黒沢家の運動場で、動きやすい格好に着替えたジュンさんが、気合の入った声を上げる。
それは有難いんだけど…。
「ジュンさん。その恰好は?」
「これ?お気にのスポーツウェアだよ♪可愛いでしょ?」
「うん。凄く可愛い」
俺が大きく頷くと、ジュンさんはとても嬉しそうに「えへへ。ありがと」と微笑んだ。
余計に可愛さが増す。
俺はスマホを取り出して、彼女を指さす。
「可愛いから、写真を撮らせてもらっても良いかな?」
「いいよぉ。でも、どうせなら動画を撮ったら?そっちの方が、虎ちゃんお得意の学習方法でしょ?」
「確かに」
と言う事で、ジュンさんが刻むステップを撮影させてもらう。彼女はステップだけと言っていたが、腕を振り、上半身でリズムを取って軽快なダンスを披露する。
「これがツーステップって奴で、シンプルだけどリズムに乗り易くて、とっても便利なステップだよ」
「ふむふむ。これなら俺にも出来そうだ」
俺も試しにやってみるけど…なんだろうな。違和感が凄い。
ジュンさんに撮ってもらった俺の動きを見返すと、その違和感がより鮮明に見える。これは…。
「上半身の動きが堅いんだね。リズムがズレちゃってるから、なんだがギクシャクした動きに見えちゃってるよ」
「ふむ…リズムか」
「音楽掛けながらやってみる?」
「そうだな…おーい!久保さん!」
遠くで見守っていた久保さんを呼んで、ラジカセを持ってくるように依頼する。
あっ、でも…。
「しまったな。丁度良い音楽が入ってるカセットテープが無いか…」
持ってきてもらったラジカセを見て、今更の事に思い付く。
そもそも、カセットテープ自体を我が家で見たことがないぞ?どうするか。
「大丈夫だよ?虎ちゃん。この子、Bluetooth対応の奴だから、スマホからデータ飛ばせるよ?」
「なにぃっ!?」
最近のラジカセは、テープが要らないのか!?
「坊ちゃん。貴方、何時代の人なんです?」
「ツッコまんでくれ、久保さん。俺が一番ショックを受けてるから」
アレだな。学校の勉強ばかりでなく、こういう身の回りの物にも関心を向けないとな。何せ俺は、高校生なのだから。
「じゃあ、かけるよ?虎ちゃん」
俺がショックを受けている間にも、ジュンさんは着々と設定を済ませて、音楽を掛けてくれる。
何だか聞きやすい曲だな。ダンス用の曲だろうか?
「この音に合わせて、ステップを刻んでね。タン、タタン。タン、タタンって」
「ふむ。タン、タタン…ね。こうかな?」
「うんうん。合って来たよ、虎ちゃん。その調子」
よしよし。俺もなかなか出来るものだな。ダンスは苦手と思っていたが、そうでもなかったのかも?
そう思ったけど、次に見せてもらったステップで、また躓いてしまった。
「ポップコーンっていうステップだよ。こうやって、膝を曲げて伸ばしてを繰り返して、元気に飛び跳ねるみたいに踊るの」
「おっ、おお。膝の曲げ伸ばし…か」
俺に出来るのか?と思いながらやってみると、見事に外した。動画を見返してみると、出来の悪いロボットが踊るカクカクダンスに成り下がっていた。
「ちょっと、音を外しちゃったね」
「また音…なのか」
良く分からんな。ステップの順番と動きをトレースしたら良いように思えるのだが、それだと全体のバランスが崩れてしまう。
「難しいな」
「大丈夫だよ、虎ちゃん」
俺が悩んでいると、ジュンさんが優しく声を掛けてくれる。
「ダンスは難しくないよ。だって、こう動かなくちゃいけないって決まりはないから。音を聞いて、そこから生まれるイメージ?みたいのを体で表したらいいんだよ」
「うむ。その自由と言うのが難しい。音を聞いても、俺には明確なビジョンなど生まれないからな」
何でもいいと言うのが一番困る。夕食の献立と一緒だ。特に俺には、そういう方面のセンスが無いから。
「あたしも、そんな凄いの持ってる訳じゃないよ?でもさ、こうやって音楽を聴いて、そのリズムをしっかりと耳に入れて、ワンツー、ワンツーって足と手を動かすんだ。そうすると…ほら。なんか踊ってる風に見えるでしょ?」
「おお、確かに」
ただリズムに合わせて歩くだけなのに、なんか踊っている風に見えるぞ。
「ダンスってリズムが大事で、そのリズムは音楽に合わせることで生まれるんだよ。だから、先ずはリズムに合わせて動くことに集中して、後は色んな動き方とかを組み合わせるんだ」
ああ、なるほど。音楽を聴くと言うのは、音をもっと細かく分解すると言う事だったのか。音楽のリズム、いわばビートをしっかりと聞いて、その8ビートだか16ビートだかに合わせて体を動かすことが大事らしい。
ふむ。こんな感じ?
「そうそう。上手だよ、虎ちゃん」
「ありがとう、ジュンさん」
「じゃあ次は、ランニングマンをやってみよう!」
ぐおっ!一気に難しい動きになったぞ?付いて行けるのか?俺。
「あら?式部先輩」
俺が難しいステップに四苦八苦していると、運動場の入口が開いて、舞花が現れた。
「何か音がすると思って来てみたら…お楽しみ中でしたか、虎兄さん」
「言い方!舞花、言い方!」
全く、こいつは。
ニヤニヤ笑う舞花を見て、色んな意味で疲れを感じる俺。
そんな俺を通り過ぎ、舞花はジュンさんの前へと駆け寄る。そして、制服のスカートを摘まんでカーテシーを行った。
「お久しぶりです、式部先輩。今日は兄と、何をされているのですか?」
「ダンスの練習だよ。ほら、今度のパーティーの為にって、虎ちゃんの練習に付き合っているの」
「今度の、パーティー?」
「あれ?舞花ちゃんは聞いてないの?虎ちゃん、議員さんの誕生パーティーに出るんだよ。宿泊学習の行き先を京都にする為に、お父さんを説得してくれて」
ジュンさんの説明を聞いて、舞花はクルリと振り返り、俺に硬い微笑みを向けてくる。
「どういうことです?虎兄さん。そんな面白そうな事、何故私には教えてくれないのです?」
「そうやって、お前が愉悦に浸ると分かっていたからだ」
知ってしまえば、貪り食らいに来るだろ?お前なら。
「酷いですわ、兄さん。私は純粋に、貴方を心配しているのです」
本当か?
俺は疑いの目を向けるが、妹はそんな事お構いなしで、好奇心に満ちた目で見詰めてくる。
「それで?何故そんなカクカクダンスを踊ってまで、行き先を変更しようとしているのです?京都なら、中等部の修学旅行でも行きましたよね?」
「あたしが行けなかったからだよ、舞花ちゃん」
俺が舞花に詰められていると、ジュンさんが助け舟を出してくれる。
でも、その船に乗ったのは俺ではなかった。
「ええ~!そう言う事ですの?虎兄さん」
水を得た魚の如く、舞花は小悪魔スマイルを浮かべる。自身の体を抱きしめて、クネクネと体を踊らせた。
「愛しの式部先輩を喜ばせる為にと、その体を張ってらしたのですね?虎兄さん。ああ、なんて健気なのでしょう」
「いっ、愛し…」
後ろで聞いていたジュンさんの顔が真っ赤に染まる。
おいおい。
「舞花よ。それ以上軽口を叩くなら、たとえ実妹と言えど容赦はせぬぞ?」
「あら?私、何か間違ったことを言ったかしら?」
「ぐぬぬ…」
何も間違っていないから、言い返せない。これ以上言えば、墓穴を掘ってしまうから。
2人とも黙ると、舞花は喜びを表すようにクルリと1回りする。そして、宣言した。
「そう言う事でしたら、私も参加しますわ。このダンスレッスンに。そして、その議員のパーティーにも」
「「えっ?」」
どういうつもりだ?舞花よ。
愉悦に心躍らせる実妹を見て、俺は眉を顰めた。
「我の気のせいか?最近、文字数が多くなっている気がするぞ」
ええっと、はい。実は5000字を超えることも増えてきて…。
「ふむ。文章が収まらぬか。色々と活動しているからな」
はい。
読者の皆様。申し訳ありません。当初の規約を変更させて頂きます。
(変更前)1話3000〜4000字
↓
(変更後)1話4000〜5000字
宜しくお願い致します。




