57話~黒沢、なんか?~
宿泊学習のプラン作成は順調だ。ノゾミさんの提案で朝から開始したこともあり、プラン自体はすぐに出来上がった。
次にする事は、宿を押さえる事だ。
とは言え、300人を収容できるホテルなんて限られており、時期がない今では困難を極める。
「どうするの?虎ちゃん」
「先生に相談した方がいいんじゃない?」
放課後の図書室で、2人が不安そうに俺を見つめる。それに、俺はメモ帳を開いて彼女達に見せる。そこには、幾つかの電話番号が書かれていた。
「ノゾミさんが言う通り、ここは先生方の知恵を借りるべきだ」
そう思ったで、既に俺は先生方からアドバイスを頂いていた。彼らが言うには、毎年お世話になっている旅行会社の方がおり、何時もはその人達に旅行のプランニングや見積もり等を取って貰っているらしい。
なので、
「プランナーが提示してくれるホテルの中から選ぶのが、一番安全で効率的だ」
他にも、我々が考えた旅行プランで見積もりを出して貰えたり、予約を取って貰う事も出来るらしい。
勿論、旅行会社を経由すればそれだけ費用は嵩むし、彼らが提示する既存プランを推奨されるだろう。
だがそれでは面白くない。折角予算5倍なのだから、我々のプランで旅行を作りたいではないか。
だから俺は、プランナーと交渉できる様に事前準備をしていたのだ。
「ってことで、今から電話するからね」
「ありがと!虎ちゃん」
「貴方のそういう所、本当に格好良いわね、虎二君」
そんなウットリと見詰めないでくれ、ノゾミさん。まだ交渉成立した訳じゃないんだから。
俺はベランダに出て、電話をかける。本当は1人で電話をかけるつもりだったが、何故か2人も着いてきて、俺に期待の籠った視線を向けて来る。
中で勉強していていいのに、交渉するところを見たいとかなんとか。
物珍しいのかな?まぁ確かに、学生の内で企業に電話を掛ける機会って案外少ないのかも。
「あっ、もしもし。何時もお世話になっております。私、四葉学園所属の黒沢と申します。宿泊学習の旅行プランについてご相談したいのですが、尾崎様はいらっしゃいますでしょうか?…はい、そうです。はい、お願い致します」
そうして、すぐに担当者と繋がることは出来たのだが、やはり向こうは期日までの日取りがない事に難色を示していた。
でも、こちらが既にプランを考えていた事と、予算が豊富にある事を伝えると幾分か声色が良くなった。その流れのまま、交渉は順調に進み、最後には我々が考えていたプラン全てで見積もりを作成する事と『最高の宿を押さえます』と向こうから明言してもらえた。
うむ。やはり金の力は偉大なり。宿まで向こうが手配してくれるようになるとは。
「それでは、今後ともよろしくお願い致します」
俺がお辞儀をしながら電話を切ると、途端に2人から拍手が送られた。
「カッコイイ!虎ちゃん!」
そう言って飛び跳ねる君は可愛いよ、ジュンさん。
「本当に凄かったわ。私、感動しちゃって動画まで撮っちゃった」
「えっ?いつの間に、そんなことを」
会話に集中していて、全然気が付かなかった。
「見せて!見せて!」
「俺にも見せて」
ジュンさんに便乗すると、ノゾミさんは嬉しそうに画面を向けてくれる。そこには、営業スマイルを貼り付けて、虚空に向けてお辞儀を繰り返す俺が居た。
確かに良く撮れているけど…何に使うの?こんな動画。相手側の音声が無いから、電話対応マニュアルとしては片手落ちだと思うのだがね?
そう思ったが、ジュンさんは「その動画、ちょうだい!」とノゾミさんに迫っており、ノゾミさんも「しょうがないわね」と得意顔だ。
どうやら、彼女達には需要があるみたい。JKの趣向は分からんな。
スマホを覗きながら、俺は首を傾げる。
と、その時。
「おい!ノゾミ!」
突然、怒鳴り声が響いた。
見ると、ベランダの入口で憤然と立つセイジの姿が。
彼はノゾミさんを怖い顔で睨みつけ、次いで俺の方へと視線を寄越した。
「何でお前、俺のとこに来ないで、黒沢なんかと一緒にいるんだよ?」
「黒沢、なんか?」
ノゾミさんの低い声が、小さく呟かれる。そして、彼女はズンズンとセイジの方へと歩いて行き、彼の目の前で仁王立ちになって止まった。
「あんたには関係ないでしょ?私よりもゲームを優先しておいて…あんたこそ、なんでこんなところに来たの?大好きなゲームはどうしたのよ?」
「えっ?いや、まぁ…ゲームは一段落したから、お前らと遊んでやろうかと…って、俺のことより、お前の方だよ!なんで黒沢と一緒に居るのかって、俺の質問にちゃんと答えろよ!」
「だ・か・ら!あんたには関係ないでしょ?」
「関係ある!俺はお前の…幼馴染なんだぞ!」
「それがどうしたのよ?」
「こっ、こいつぅ…好き勝手言いやがってぇ…」
おっとぉ。これは不味い。口で敵わなくなったからって、セイジの手が拳を作り出している。ワナワナ震えているし、何時ノゾミさんを殴りつけるか分かったもんじゃない。そうなる前に、止めないと。
俺は2人に近付き、ノゾミさんの隣に立つ。途端に、怒りの染まったセイジの目がこちらを向く。
「黒沢!お前、なんでノゾミと一緒に居るんだ!」
「まぁ、そりゃ、当たり前の事だと思うけど?」
「はぁ?当たり前?」
俺が平然と返すと、セイジの纏っていた怒りのオーラが大きく歪んだ。そこまで言う意味は何なのかと、こちらに聞く耳を向けてくれた。
俺は内心でほくそ笑みながら、奴には微笑みを向ける。
「七音さんが宿泊学習の準備をしているって、君は聞いていたんじゃないのか?俺はそれを手伝っているだけだよ」
「そ、それは聞いていたけどよ…でもなんで、お前が手伝ってんだよ!?お前は別に、学級委員でも何でもないだろ?」
「だが発案者だ」
俺がきっぱり答えると、前のめりだったセイジの姿勢が少し後ろへと流れる。硬く握っていた拳も、自然と解けていた。
俺は更に笑みを深くする。
「思い出してくれ、上郷君。俺はメイド喫茶を廃案にしてまで、京都案を強く推していた張本人だ。そんな俺が、案は通ったから後はよろしく~なんて投げっぱなしにしたら、あまりに無責任であろう?」
「いや、でも…そこは、生徒会とかを頼れば良いじゃねぇか。あそこにはナツさんも居るんだ。あいつならそう言う面倒ごと、チャチャッと片付けてくれる…」
「生徒会は今、忙しい。体育祭や文化祭など、行事の準備が目白押しだからね。君がさっき言ったように、俺は何の委員でもない。だから、発案者で手の空いている俺が手伝っている。そこに何の矛盾もないって事は、冷静になった君なら分かるんじゃないかな?」
「えっ?あ、ああ。そりゃ、勿論。俺は最初から分かってたけどな」
俺が少し持ち上げて問うだけで、セイジは簡単に頷いてしまう。
チョロいなぁ、お前。将来、詐欺師とかに騙されそうだぞ?あっ、今まさに、俺に騙されそうになっているか。
さぁ、これで帰るだろうと思っていると、俺達の後ろを見たセイジの目が再び鋭くなった。
「あっ!ジュンの奴もいるじゃねぇか。なんでお前まで何で、ここに居るんだよ!」
ちっ。
この野郎。またジュンさんに手を出そうとしているのか?今度彼女に暴力を振るったら、その顔面”叩き潰して”やるぞ?
おっと、イケナイ、イケナイ。冷静に。
俺は頭を冷却しながら、俺達の横を通り過ぎようとしたセイジの肩を掴む。セイジの視線を集めてから、また余裕の表情を貼り付ける。
「彼女にも手伝ってもらっているんだ。君も言っただろ?他の人を頼れば良いと。七音さんの親友である式部さんがヘルプで呼ばれるのは、至って自然な流れだとは思わないかい?」
「いや、だからって、何でジュンなんだよ?こいつは俺よりもテストの点数が悪くて、超おバカな奴なんだぞ?ノゾミの役に立つ筈ねぇだろ」
どの口が言ってんだ?この赤点大魔王が。
「上郷君。それは偏見だ。じゅ…式部さんはとても有能だよ。絵は上手いし、美的センスが素晴らしい。実際、プレゼン資料を作成する際は、彼女の力に凄く助けられたのだから」
「えっ?ジュンが、そんな事をしたのか?」
おいおい。1年間も一緒に居て、お前はそんなことも知らんかったのか?
いや、見ようともしていなかったのか。こいつは何処までも、人を表面でしか見ていない。彼女達を自分の周りを飾る花とでしか見ることが出来ず、1人1が持つ魅力には全く気付いていない。
何と残念な奴なのだろうか。
ため息が出そうになり、俺は口を結ぶ。愚かな男を見上げて、偽物の笑みを浮かべる。
「分かってくれただろうか?我々3人が、どのようにして集まったのかを」
「いや、そりゃ…集まった流れは分かったけどよぉ。でも何で、俺が遊んでやるって思った時に、俺の近くに居ねぇんだよ。しかも、俺以外の男と遊んでるなんてよ…」
ブツブツと呟いて、ノゾミさんとジュンさんを睨みつけるセイジ。
何なのだ?この傲慢な男は。反論されるからと内に籠り、ただ自分の中の歪んだ価値観を押し付けようとするとは。
ああ、もう付き合い切れん。笑ってやるのはここまでだ。ここからは盛大に、笑わせてもらうとしよう。
奴の言葉を切る為に、俺は大げさに手を叩く。
「あっ、そうか。上郷君は、俺達と一緒に作業をしたいんだな?なんだよ、そう言う事なら早く言ってくれよ」
「はぁ?ああ、まぁ、ノゾミ達と一緒に何かしたいってのは、確かにそうだけどさ。でも別に、お前は要らな…」
「そうか、そうか。そいつは助かるよ、上郷君。人手が足りなくて困っていたんだ。君には是非、行きと帰りのバス手配をお願いしたい」
「はぁ?バス?手配?」
思った通り、したこともない仕事を言いつけられたセイジは、顔を青くする。
そこに、俺は満面の笑みを向ける。
「ああ、そうだ。バス会社に連絡して、バスの配送交渉をしてくれないか?加えて、イザって時の為にタクシー会社にも連絡を頼むよ。普通のタクシーじゃなくて、大人数が乗れるジャンボタクシーだぞ?先ずはタクシー会社に持っているかの電話を…」
「いや、待ってくれ!そんなの、ただの学生が出来る訳ねぇだろ!」
焦るセイジ。そこに、良い笑顔のノゾミさんが近づく。
「あら?黒沢君はさっきからしてくれてるわよ?ほら、こんな風に」
彼女はそう言って、先ほど撮った動画を見せつける。
それを見たセイジは顔を引きつらせて、一歩、二歩と後ろへと下がった。
そして、
「いや、まぁ、俺も、出来ないって事じゃなくて。その、今はそう言う事をしに来たんじゃないって言うか、色々と忙しいっていうか…あっ、そうだ!俺がナツさんに聞いて来てやるよ。誰か手伝いに来れないかってな。よしっ!任せておけ!」
長々と言い訳を並べ立て終わったセイジは、慌てふためいて逃げ出してしまった。
だからさ、セイジよ。生徒会は猫の手も借りたいくらい忙しいんだって、さっきから言っているだろ?
本当に人の話を聞かない奴だな、あいつは。
「あははは!お腹痛い。めっちゃ焦ってたわ、あいつ」
「ちょっ、ノゾミ。笑っちゃ可哀そ…ぷぷっ」
「そう言うジュンだって、肩が震えているわよ?」
俺がセイジの逃げ足に舌を巻いていると、2人はお腹を抱えて笑っていた。
どれ程好意を寄せた相手であっても、あの逃げっぷりは滑稽に映るらしい。寧ろ、これで100年の恋が冷めてくれたら嬉しいんだが…?
俺が期待を込めて2人を見ていると、涙を拭いたノゾミさんが俺を見上げて来る。
「でも本当、虎二君って口が上手いわよね。建前だって分かっている私達が聞いていても、説得力を感じたもの」
「あたしなんて、あっ、そうだったんだ!って思っちゃったよ」
「流石は策士ね」
「いや、今のは完全に褒めてないだろ」
俺が突っ込むと、更に笑い声を上げる2人。
よかった。怒鳴り込んで来たセイジのせいで、2人がトラウマを抱えたらどうしようかと思ったけど、この分なら大丈夫そうだな。
まだ笑い続ける2人の姿に、俺も安心して笑みを浮かべた。
随分と、壊れてきましたね。
「違うぞ?イノセス。壊れていたのだ。最初からな」




