56話~どんなお話をしたの?~
宿泊学習の主導元は、生徒会ではなく学級委員になる。でも、彼ら彼女らも忙しい。特に、俺達が参政権を使って行き先をガラリと変えたから、このまま放置すると計画倒れとなる恐れがあった。
それを回避する意味でも、俺は幾つかの旅行プランを作成することにした。
「先ずは、何を見たいかだな」
「はい!あたしは清水寺と、金閣寺、あと祇園八坂神社とかに行きたいです!」
その日の放課後。早速我々はプラン作成の為にと、図書室に詰めていた。そしていの一番に、ジュンさんが元気に手を上げる。
俺は自分のスマホに手早く記入し、タブレットの地図アプリでマッピングも行う。
ふむ。
「清水寺と八坂神社は近いな。逆に金閣寺は少し離れているから、別日にするか」
「自由時間で行ってもいいんじゃない?2日目は丸々をそうする予定にしているんでしょ?」
ノゾミさんの提案に、俺は「それもアリか」と1つ頷いて、金閣寺を一旦、2日目の枠に移動させる。
この自由時間については、既に教師陣の了承を得ている。それまでの1日目でしっかりと団体行動をするから、2日目は完全に学生たちの間で誰と行くのかを決めさせてもらい、自由に観光をするようにさせてもらうのだ。
勿論、他の工程についても、我々がプランのたたき台を作成する事を承知して貰っている。なので、大手を振って活動する事が出来た。
これも、ノゾミさんのお陰だ。学級委員の彼女が教師陣から信頼が厚いから、先生方も二言返事で許可してくれたのだ。
とは言え、幾つかの注文は付けられてしまった。予算厳守だとか、繁華街には行かない様にとか、プランは必ず先生が見てから審議にかける等だ。
まぁ、当然な要求だし、先生がチェックしてくれるなら安心して組むことが出来る。
チェックを受ける事で、責任の大部分が先生に行くからね。
「あとね、このお店も行ってみたいんだよね〜」
ジュンさんが自分のスマホを操作して、画面をこちらに見せてくる。
それを、ノゾミさんが覗き込んだ。
「どんなお店なの?和菓子屋さん?」
「そそ。この前テレビでも紹介された、超有名店だよ」
「へぇー。美味しそ〜」
2人でキャッキャしている姿を見ていると、なんだか不思議と気持ちが高揚して来る。なんだか、こちらまで楽しくなってしまう。
これは、アレか?百合って奴か?俺はそっちの趣味もあるのか?
「ねぇ。どうかな?虎ちゃん」
「うん?ああ、そうだな…」
ジュンさんが、俺の方にもスマホを向けてくれる。俺はスマホを受け取り、その画面をスクロールする。
「あっ、こいつは行けそうだな。店のプロフィールに、団体様歓迎ってなっている。これなら全体のプランにも組み込むのもアリだ」
「どれどれ?」
「どこ?」
2人が俺の両隣に座って、スマホを見る為に体をくっ付けてきた。
ひょぇっ!?そいつは不意打ち過ぎますぞ!
「あっ、本当だ。あたし見てなかった」
「流石は虎二君ね。とっても頼りになるわ」
「あ、ああ。ありがとう…」
それはいいから、早く離れてくれ。俺の心臓が、喉から飛び出すかと思ったぞ。
…心臓、あるよな?
「そう言えばさ、お昼ってどうするの?何処かのお店で食べるにしても、全員は入らないよね?」
「全クラスで300人以上いるものね。そんなお店、聞いたことも無いわ」
「ああ、そいつについてなんだが、幾つか考えがある」
2人の気持ちが逸れている今しかない!と、幸せ過ぎる包囲網を抜け出した俺は、タブレットのお気に入り登録を呼び出して、画面を2人に見せる。
「店内での外食は、人数的に不可能だ。だから、1日目はお弁当を用意して、このホールでの食事会にしようと思う」
「わぁ。凄く広いね」
「でも、300人は入らないんじゃない?」
「ああ。なので、3つの部屋に別れての昼食会になると思う」
勿論、それは最悪の状況…雨天の時などに限られる。なるべくなら、この綺麗な公園のベンチなどに座ってゆっくりと食べるのが理想である。
そう俺が提案すると、ノゾミさんは納得するも、ジュンさんが不安そうな顔をする。
どうしたの?
「予算、大丈夫?」
「平気さ。5倍も貰ったからね」
俺がドヤ顔で笑うも、ジュンさんは尚も不安そうな顔をする。
どしたの?
「そんなに貰えるなんて…虎ちゃんは昨日の夜、どんなお話をしたの?」
「そう!それよ!」
ノゾミさんも鼻息を荒くして、俺に詰め寄ってくる。
「忘れていたわ。貴方がどんな会議をしたのか、聞かせてもらう話だったわよね?」
あらら、思い出しちゃったか。
仕方ないので、俺は昨日の会議を掻い摘んで話した。
ただ、全てではない。俺が費用の補填として、パーティーに出る話は伏せておいた。話せば、2人に心配をかけると思ったから。俺を犠牲にしてまで京都旅行に行きたくない、と言い出すと思ったのだ。
2人には、気持ちよく参加して欲しいからね。
「って事で、第2プランを提示したら凄い褒められてね」
「やったわね!虎二君の考えた通りの展開じゃない。本当に貴方って、策士よね」
「そりゃ褒めてるの?」
「褒めてるの」
そう言って、ノゾミさんはとても良い笑みを向けてくれるが…それもこれも、みんなが手伝ってくれたからだ。彼女も、低予算プランの算出に一役かってくれたし、あの手伝いが無ければ時間切れだったろう。
「そっかぁ。そうだったんだね」
反対に、ジュンさんの笑顔は硬い。何処か喜んでいない風であった。
どうしたんだ?今日のジュンさんは。
そう聞こうとしたが、その前に司書の先生に呼び止められてしまった。
イチャイチャし過ぎと言われるのかと思ったが、閉館時間だから帰れと言われてしまった。
もう、そんな時間か。
「じゃあね!虎ちゃん」
「また明日、虎二君!」
「ああ。2人とも、気をつけて」
エントランスで別れて、俺は車に乗り込む。乗り込んですぐにスマホを出して、ジュンさんとのグループチャットを開いた。
今日のジュンさんは、何時もと違って見えた。だから、どうしたのかと確認のメッセージを打とうと思った。
俺の思い過ごしなら良いが、何かあったら大変だ。
俺はどう聞き出すか考えながら、文字を打つ。でも半分も打つ前に、その彼女からメッセージが飛んできた。
〈ごめんね。今から会えないかな?〉
「田上さん!急速旋回!」
「ええっ!?旋回って、どちらにです?坊ちゃん」
「ちょっと待ってね……もしもし、ジュンさん?今何処にいるの?…おっけー、分かった。まだ学校の正門ね。田上さん!学校に戻ってくれ。姫様がお待ちだ!」
「あっ、あいあいさー!」
田上さんのドラテクで、車はすぐに学校へと戻った。そして俺は、そこで1人待っていたジュンさんに駆け寄る。
「ジュンさん!」
「あっ。ごめん、虎ちゃん。急に呼び止めちゃって」
「いいや。俺も、君の様子が気になっていたんだ。何かあったのかい?」
「ううん。ただちょっと、虎ちゃんに聞きたい事があって」
言い難いそうなジュンさんの様子に、俺は彼女を車の中へと誘う。俺がドアを閉めて隣に座ると、ジュンさんは俺を見詰めてきた。
「虎ちゃん、本当の事を教えて?さっき話してたお父さんとの会話で、何か隠してない?」
ほぉ。俺の嘘に気が付いていたのか。流石はジュンさんだな。
自然と頬が釣り上がった俺は、それを隠す様に大きく頭を下げた。
「済まない、ジュンさん。実はあの話には、続きがあるんだ。第2プランを提示しても、父は承認してくれなくてね」
俺は正直に話した。すると、ジュンさんは頬をぷっくり膨らませる。
「もう。また虎ちゃん無理して」
「済まなかった」
俺が両手を合わせて謝ると、途端に頬の空気を抜くジュンさん。
「ううん。謝らないでよ。あたし達の為にやってくれた事でしょ?それは凄く嬉しいんだ。でも」
合わせていた俺の両手を包み込んで、ジュンさんが顔を近づける。
「あんまり無茶しないで。虎ちゃんが傷付くの、あたし嫌だから」
「ああ。ありがとう、ジュンさん」
ジュンさんの優しさが、彼女の手から、その瞳から、俺の中へと伝わってくる。
ああ、俺は本当に、この人が好きなんだ。彼女の暖かさに触れていたいと、心の底からそう思えてくる。
俺は重なっていた彼女の手を取り、下に降ろす。ジュンさんの潤んだ瞳が近くなり、より一層想いが強くなった。
口から、想いが溢れ出る。
「ジュンさん。俺は君が好『チリリリリン♪』」
突然、俺のスマホに着信が入る。相手は…ノゾミさんか。
切ろうかとも考えたが、ジュンさんを見ると「どうぞ」とジェスチャーをしているので出ることにした。
「もしもし」
『あっ、虎二君?ノゾミです。急にごめんね?今大丈夫だった?』
大丈夫じゃないと言いたかったが、そこは冷静になって「大丈夫だよ」と返す。
『提案なんだけど…宿泊学習までの時間も無いし、明日の朝も集まらない?図書室が開く7時からとか』
「ああ、それは俺としても助かるよ。早めにプランを仕上げたいし」
『そうよね?貴方ならそう言ってくれるって、信じてたわ。じゃあ、ジュンには私から連絡しておくね?』
「ああ…良いのかい?ありがとう」
それで、電話は切れた。
こんな短い案件なら、メッセージでも良かったんじゃない?
そう思っていたら、ジュンさんの方にはメッセージでその内容が飛んできていた。
おいおい。なんで態々、俺には電話したんだ?まるで、俺の告白を邪魔するみたい…それは考え過ぎか。
でも、ある意味助かった。あのまま告白して、もし断られたら大変な事になっていた。ジュンさんとの関係も崩れてしまい、二度と彼女に近付けなくなるかもしれなかった。
まだだ。まだそのタイミングではない。完全に、完璧に、セイジの魅了を克服せねば。もっと努力して奴に打ち勝たねば、ジュンさんはYESとは言ってくれない。
「明日も朝早くからかぁ〜」
メッセージを見たジュンさんが、大きなため息を吐く。
そりゃ嫌だろうな。ジュンさんは完全に、ボランティアで手伝ってくれているんだから。
「ジュンさん。無理しなくて良いよ?」
「ううん。違くて。なんか最近、虎ちゃんと一緒に居る時には、ノゾミも居る事が多くなったなぁって思ってね」
うん?まぁ確かに、ノゾミさんと3人でいる時間は増えたけど…。
「ねぇ、虎ちゃん」
ジュンさんが何に悩んでいるのかを考えていると、その彼女は笑顔で近付いてくる。
うん。なんだい?
「あのね。期末も近いし、また2人で勉強会を開いて欲しいなって、思っちゃったんだけど…」
「是非やろう!」
俺が食い気味で頷くと、ジュンさんはびっくりしてしまった。
おっとしまった。前のめり過ぎて引かれてしまったか?
俺は慌てて軌道修正を図ろうとするも、その前にジュンさんがケラケラと笑う。
「もー。虎ちゃんガッツキ過ぎ。そんなにあたしと、勉強会したかったの?」
「ああ。正直に言えば、君と勉強会が出来ると聞いて、とても楽しみに思っているよ」
俺が真っ直ぐに答えると、ニヤニヤ笑っていたジュンさんは途端に顔を赤くし、手で顔を隠す。そして、
「じゃ、じゃあ明日から勉強会するってことで、あたし…帰るね!」
「送っていくよ、ジュンさん」
「大丈夫!ちょっと風にも当たりたいし…」
慌てた様子で、ジュンさんは車から降りて「じゃあね!」と言って走り去ってしまった。
何か恥ずかしい事を言っただろうか?俺の気持ちを正直に言っただけなのだが…。
本当に正直な気持ちだった。思えば球技大会以降、ジュンさんと2人きりの時間が大幅に減ってしまっていたから。それと言うのも、宿泊学習の存在が大きい。あれでノゾミさんとも接点が増えて、3人で行動することが多くなった。
だから、久しぶりに2人で出来る勉強会が凄く楽しみなのだが…。
もしかして、ジュンさんがさっき残念そうにしていたのも、そして顔を真っ赤にして走り去ったのも、俺と同じ気持ちだったから?
いや、それは己惚れが過ぎるか。




