55話〜君がここに居て良いのか?〜
「おはよう!」
「あっ!黒沢君おはようー!」
「おはよう!黒沢君。今日も制服がピシッとしてるね!」
「ビジュ良いじゃん!」
俺が大きな声で教室へと入場すると同時、黄色い声が四方から出迎えてくれる。2か月前は冷たい視線しか返して来なかった彼女達は、今は熱々の眼差しを投げつけて来る。
そんな手のひらドリルな彼女達に、俺は笑顔を貼り付けて適当に挨拶をする。そうして魔境から抜け出してから、改めて男子達に挨拶をする。
「おはよう!みんな」
「はよー」「おいっす、黒沢」
「相変わらず女子ウケ良いな、お前」
男子達も慣れた物だ。最初は俺が人気なことにウザ絡みして来た彼らだったが、今では慣れたというか、何処か諦めの境地に至っている。
「黒沢が人気なのは当たり前だろ?金持ちで、勉強できて、球技大会のエースで」
「盗撮魔を捕まえた、全校女子のヒーローで」
ああ、そうだ。それが今、みんなからキャーキャー言われる主要因だろう。あの噂が学園中に広まって、しかも同時期に隠田が退学扱いになったから、噂が伝説となってしまった。
今や俺は、歩けば女子から拍手される存在になってしまった。
「オマケにイケメンときてる」
「それなー」
その要素だけは否定するぞ?確かに目は大きめで、母親似と父からも言われてしまったが…龍一とか父を見ているからな。ああいう人がイケメンというのだ。
「虎二君!」
そこに、慌てた様子のノゾミさんが駆け寄ってきた。
「おはよう、ノゾミさん。随分と慌てた様子だけど…アレの話?」
多分そうだろうなと聞いてみると、ノゾミさんは「そうなの!」と興奮気味に頷いた。
「無事に京都案が通ったって、今朝ナツさんが言っていたわ!」
「おお。成功したか」
昨晩の父親を見ていれば大丈夫だとは思ったが、こうして正式な決定が聞けるとやっぱり嬉しいな。
「虎二君のお陰よ。本当にありがとう」
そう言いながら、俺の手を両手で包んで微笑む彼女。
いきなりそう言う事をされると、心臓に悪いんだが?後、後ろの男子達が怖いんだが?
俺が危惧していると、後ろの男子達が首をひねる。
「どういうことだ?黒沢。京都案が成功って、失敗するかもしれない状態だったのか?」
「お前、何をしたんだ?」
おっと、そうだった。彼らは昨日の事を知らない。一昨日の俺と一緒で、京都案は当然通ると思っているんだ。
俺は右手を奪われたまま、彼らに振り返って苦笑いを浮かべる。
「いやぁ~。実は予算不足で否決されそうだったんだよね」
「「えっ!?」」
「マジか!」
「大丈夫なのかよ?」
「大丈夫だよ。今ノゾミさんが言ったみたいに、何とか承認して貰えたみたいだから」
「虎二君のお陰よ。昨日、上層部に掛け合ってくれたのよ」
ノゾミさんが暴露すると、男子達が俺の背中を叩いた。
「やるぅ!」
「流石は俺らの大将だぜ」
「やっぱイケメンだな」
ああ。イケメンって、行動がイケメンってことなのね。
過大な評価に、俺は手を振ってそれを否定する。
「そりゃ褒め過ぎだって。上層部って言っても、俺の親父だからさ。そりゃ、息子の意見が通り易いのは当たり前だろ?」
「何を言ってるのよ?虎二君。昨日あんなに頑張って、説得用の資料を作り上げたじゃない。君があそこで頑張ってくれなかったら、私達は京都に行けなかったのよ?」
「マジか!?」
「そんなことまでしてたのかよ、黒沢」
「一生付いてくぜ、大将!」
ノゾミさんが全部バラすから、男子達は余計に俺を持て囃してくる。
一生って、成田君。それは黒沢グループに入社するってことか?うちの会社はグローバルだから、英語必須だよ?
それに…。
「資料を作ったのは俺だけじゃない。ノゾミさん達にも力を貸して貰ったんだ」
「えっ、そうなのか?」
「ありがとう!七音さん!」
「俺達の為に…」
「いえ、私はそんな…」
野郎どもの称賛に、ノゾミさんはちょっと引き気味だ。でも、少しだけ嬉しそうな顔をしている。
そうだよな。この件に関しては、ノゾミさんだけでなくジュンさんも頑張ってくれたんだ。
そう思った俺は、2組を出て1組にお邪魔する。ジュンさんはお友達とお喋りしていたところだったが、俺が顔を出すとパッと駆け寄って来た。
可愛らしい。
京都案が可決したことを伝えると、喜びで飛び跳ねてくれた。
凄く可愛らしい。見ているとこちらまで、気持ちが軽くなる。
「凄い!凄い!たった1日でひっくり返しちゃうなんて、やっぱ虎ちゃんは凄いね!」
「俺だけじゃない。みんなが資料を作ってくれたからだ。あれが無ければ、お話にすらならなかっただろう」
「そうかしら?」
俺の後ろで声がした。振り向いたら、ノゾミさんが付いて来ていた。
いつの間に?
「ナツさんが言っていたけど、追加で組まれた予算は例年の5倍近いらしいわよ?」
「「ええっ!?5倍?」」
ジュンさんと声がハモってしまった。
まさか、3倍案の更に上を行くなんて…。
「そんな金額が動いたってことは、それだけ虎二君が頑張ったってことじゃない?」
「ねぇ?虎ちゃん。どんな会議だったの?」
「ええっと…そうだな…」
っと、そこで予鈴が鳴った。
これ幸いと思ったのだが、ノゾミさんから「じゃあ続きは、昼休みね」と言われてしまった。
…昼休み、また集まるの?この3人で?
「さて、じゃあ話してくれる?」
俺の予想は的中した。
昼休みになると、俺はノゾミさんとジュンさんに連れられて、昨日と同じ図書室のベランダへと来ていた。俺の右隣りに座ったノゾミさんがそう言うと、左隣に座ったジュンさんも期待の籠った目でこちらを見て来る。
まぁ、覚悟はしていたけれど…その前に。
「君がここに居て良いのか?ノゾミさん。上郷君に何か言われてしまうんじゃないか?」
昨日は資料作りと言う大義名分があったから許されたみたいだが、今日はそれが無い。京都案が通ったと、あれだけ大々的に言いふらしてしまったし、会長は知っているからセイジにも伝わっていると思った方が良い。
セイジも意外と嫉妬深いところがあるから、自分の女と思っているノゾミさんがここに居るなんて分かったら、後で暴力でも振るって来るんじゃなだろうか?
そう心配した俺だったが、ノゾミさんは「大丈夫よ」と自信満々で頷く。
「あいつには、宿泊学習に向けた準備で忙しいって伝えているから」
「それで…納得してくれたのか?」
「ええ。あいつは〈ああ、そっかぁ~。じゃあがんばって〉って言って、コハル達と屋上に行っちゃったわ」
「マジか…」
好きな女性が頑張るって言っているのに、手伝おうともせずに見捨てるのか?なんて薄情な男なんだ。
俺が呆然としていると、ノゾミさんは小さな笑みを作る。
「あいつはいつも、そんな感じよ?面倒ごとからはトコトン逃げる男なの。今日の放課後も新作のゲームをするからって、ナツさんが提案した勉強会を断っていたし」
「あー。ゲーム好きだよね、あの人。それで何度も、遊びの約束ドタキャンされたもん」
「そう!ほんと酷いわよね、あいつ」
しまった。俺が下手にセイジの話題なんか振ったから、被害者2人が意気投合してしまって、愚痴り大会が始まってしまったぞ?聞いてあげたいけど、こんな公の場では不味いよな。何処で誰が聞いてるか分からんし。
話題を変えよう。
「それは酷いな。実際、行き先が京都となれば事前準備は膨大となるだろう。上郷君はともかく、生徒会は手伝ってくれないのかな?」
「多分無理だと思う。体育祭と文化祭の準備で忙しいし、きっと2年の学級委員でやることになるんじゃないかしら。とはいえ、みんなも期末テストとかで忙しいと思うから…」
「そっか。今月末だもんね、期末テスト」
なるほど。これは本当に忙しい案件だ。
「ならば、俺が主体となって動こう。京都プランのたたき台を作るから、それを元に学級委員の集まりで話し合ったらどうだろうか?」
「ええっ!」
驚くノゾミさん。でもすぐに表情が明るくなり、俺を期待の籠った目で見始めた。
…かと思ったら、その目を伏せて、何か悩む素振りを見せる。
「それは…そうしてくれたら凄く助かるけど…良いの?だって、貴方は何かの委員ではないし、もう既に大役を果たしてくれたじゃない。それなのに、企画までしてもらうのは申し訳ないわ」
「なに、俺が言い出した事だからね。それに、こういうのは企画から参加した方が面白いんだよ」
俺はニヤリと笑うけど、ノゾミさんはただ俺を見上げるばかり。段々と体が近づいて来て、体を俺にくっ付けて来た。
彼女の柔らかさが、ダイレクトに脳へと叩き込まれる。
ふぁっ!?
「の、ノゾミさん?」
「ありがとう。やっぱり貴方は、私のヒーローよ」
「えっ?いや…いやいや。流石にそれは、大げさだって」
口では軽めに返す俺だが、頭の中は大混乱であった。ノゾミさんの唇がすぐ近くまで迫って来ており、これはどうするべきなんだ!?と脳内で緊急会議が開催されていた。
押し返す?いいいや、それはあまりにも可哀そうだろ。でも、このままだと彼女のベーゼを奪ってしまうぞ?それは絶対に、回避せねばならんだろ。
「虎ちゃん!」
俺が逃げ道を探していると、反対側からジュンさんが俺の手を握る。そうされると俺の視線は、自然と彼女へと吸い込まれていた。
ジュンさんは少し不安そうな表情を向けていたが、俺が彼女の瞳を覗くと、ニコッと笑った。
「あたしも手伝うから。虎ちゃんがやろうとしている企画。だから…独りで無理しようとしないでね?」
「ああ、それはありがたい」
俺は心が暖かくなる。ジュンさんの思いやりが、俺の心を満たしてくれた。
「ありがとう、ジュンさん。凄く助かるよ。何分俺は、そういうセンスが無いからさ」
冗談抜きに、俺が組んだら詰まらないプランになりそうだ。歴史巡りばかりで、遊びが全く無くなりそう。
だから、
「ジュンさんがやりたくて出来なかった事を、思う存分詰め込んだ旅行プランにしちゃおう」
「ええ?良いのかな?そんな、私物化みたいなことしちゃって」
「良いの、良いの。それが企画立案者の権利であり、醍醐味なんだから。考えるのが大変な分、楽しんでしまおう。きっとそれが、良い企画への近道だからさ」
「そう聞くと、なんだか考えるのが楽しみになってきた」
「それが良い。俺も、ジュンさんとの企画作りが楽しみだ」
本当に楽しみで仕方がない。
みんなには悪いが、全力で彼女好みのプランにさせて貰おう。それで、彼女のこの笑顔をもっと咲かせて、最高の思い出にして貰うのだ。
なに、俺達で勝ち取った権利なのだから、多少の横暴は許してくれ。
「私も手伝うからね?虎二君」
ジュンさんと笑い合っていると、グイッと肩を引かれた。強制的に、俺の視線はノゾミさんの方へと戻される。
ノゾミさんは、硬い笑みを浮かべていた。ジッと、俺の瞳を覗き込んでくる。
「だから、私の好みも入れて欲しいなって、思うんだけど…」
「あっ、ああ。そうだね。我々の好みを入れて行こうか。そうしたらきっと、みんなが楽しめる企画になると思う」
「良い考えだわ。そうしましょう!」
ノゾミさんも楽しそうに笑う。
ちょっと大変な作業だが、楽しい宿泊学習にする為にも、もうひと頑張りするとしよう。
…ああ。テスト勉強もしないといけないんだった。本当に、忙しくなりそうだ。
虎二君だけで考えた企画…。
ヤバそうですね。
「ストイック過ぎるからな。全行程マラソンで走破となっても不思議ではない」
なんか、ナツ会長に通ずるものがありますね。
「ふむ。意外にお似合いか?」




