54話~お前に10分やる~
俺を太らせると呟いたノゾミさんには驚いた。
もしかして彼女は、俺を邪魔する為の工作員で、そんな意外な手段で俺の計画を揺るがそうとしているのだろうか?
いや、彼女の真摯な態度を見ている限り、その線は薄いだろう。人を騙そうとする奴は、特有の視線をするものだから。
では、何故あんな発言を?
もしかして、俺を他の女性に取られたくないという乙女心から来ていたりする?
いやいや。そこまで彼女を惚れさせるようなことをした覚えがないぞ?バスケだって、勝ったのはみんなのお陰だし…。
ジュンさんなら、色々と接点があるので分からなくもないがな。
兎にも角にも、2人のお陰でプレゼン資料は完成した。そして、母親のお陰で舞台も整えることが出来た。後は、今夜行われる父親とのオンライン会議に臨むだけである。
っと、その前に。
「ただいま戻りました、お母様」
「虎二…お帰りなさい」
家に帰ってすぐに、母親の部屋へと直行した。彼女には父親へのアポイントメントだけではなく、色々と頼み事もしていた。その進捗を、俺は聞きに部屋を訪れた。
そして、
「貴方に頼まれていたことは、全部入手出来ましたよ」
「ありがとうございます!」
母から手渡されたA4用紙を見ると、俺の希望通りの情報がしっかりと載っていた。それを見ながら、俺は幾つか母親に相談をする。
「お母様。ここにある講演会についてなのですが…」
「それはただ出席するだけですから、代理の者で十分ですよ」
「ではここの、株主総会についてなのですが…」
「それは…」
そうして情報を確かめていると、時間は瞬く間に過ぎていき、いよいよオンライン会議の時間となった。
俺は特別な許可を取り、執事と共に父の執務室に入る。そこの仕事用PCを借りて、オンライン会議の準備をする。
アプリの起動…良し。マイクとヘッドセットの感度も良好…だと思う。作った資料も開いておいて、いつでも共有できるようにしておこう。あと必要なのは…。
俺が準備を進めていると、突然、アプリ画面にデカデカとおっさんの顔が映った。
あっ、いや、違うな。これが父親なのか。俺がセットしておいたオンライン会議室に、親父がログインしたんだ。
『久しいな、虎。年始に会った時よりも、随分と痩せたように見えるが?』
おっさんと言ったが、見た感じは30代後半から40代前半のイケメン男優みたいな面持ちだ。鼻は高く、目はキリリとしていて、龍一を老けさせた感じの中年男性だった。
その男性に、俺は軽く会釈をする。
「お久しぶりです、お父様。少々ダイエットを致しましたので、そのように見えるのかと」
転生した時に比べ、体重は2/3になっているから少々ではないんだけどね。年始がどれくらい太ってたか知らんから、言葉を濁しておいた。
『そうか。そうして痩せると、やはりお前は母親似だな』
おや?そうなの?
俺が顔を触っていると、父親の目が鋭くなった。
『それで?私に相談したことがあると、あいつから聞いているぞ?』
アイスブレイクも早々に切り上げ、父親は本題を急かしてくる。
俺は、母親を『あいつ』呼ばわりする父親に口惜しさを感じながらも、「はい」と大きく頷いてそれを払しょくする。
「是非、ご承知いただきたいことが1点ございます。ご説明用の資料を用意いたしましたので、共有させて頂いてもよろしいでしょうか?」
『ふん…分かった。お前に10分やる。その間に私を口説き落としてみなさい』
「はっ。ありがとうございます」
10分か。思っていたよりも時間が貰えたな。
視線は厳しいままだが…取り敢えず最初の出だしは成功したみたいだ。そこをミスっていたら、問答無用で回線を切られていただろうから。
俺は手応えを感じながら、資料を展開する。1ページ目の題名はすっ飛ばして、2ページ目の主題から説明する。
「我々、四葉学園高等部の2年生は、7月に宿泊学習の予定がございます。本来は東京でのオペラ視聴を予定していましたが、こちらを京都市内の歴史観光に変更させて頂きたいと考えております」
『ふむ。それで?』
「はい」
言葉少なく急かしてくる父親を相手に、俺は次々とページを捲り、説明を続けていく。
考えている観光地の魅力や、歴史的文化の素晴らしさ。それらを体験した事で、学生達にどのようなメリットがあるのかを順に述べていく。
「この様に、近年の若者は日本文化、特に歴史的文化に疎くなっている傾向があります。その為、この度の企画で学習意欲を刺激し、学生達の意識向上に繋げられると考えております」
『何故、日本文化なのだ?オペラで海外の名作を見るのも、君達には良い刺激になると思うが?』
流石は経営者。良い質問である。
「我々は日本人です。自国の文化も知らない者が、他国を学んで何になりましょう。特に、昨今はグローバル化の波が強くなる一方です。世界とのやり取りが増える若い世代だからこそ、自国文化を十分に理解していなければなりません。そうでなければ、私達は自国の文化も分からぬ愚か者だと、世界から笑われる事となりましょう」
『ふむ。確かに、日本の文化は海外からも根強い人気がある。それを知っていることで生まれるコミュニケーションもあるだろうな』
おや?合いの手を入れてくれるとは、随分と優しいな。やはり、そこは息子だからか?それとも、学生だから甘めの判定なのかも。これは、思わぬ追い風だ。
俺は舌で唇を濡らす。
「仰る通りかと。それもあり、私は京都での宿泊学習を推進しております。しかし、こちらを実行するとなると大きなデメリットもあります。費用の増加です」
俺はページを捲り、作成した必要経費のグラフを見せる。従来と比べて3倍以上の差が出ているのを見て、父はニヤリと笑った。
『それで?その増加分はどうするのだ?良く調べてはいたが、この旅にそこまでの価値があるとは、私には思えんが?』
「はい。それは…」
『ちょっと待て』
父はそう言って音声を消音し、画面外の誰かと喋っている様子だった。
PCの時計を見ると、喋り始めてから10分が経っていた。
ぐっ…。タイムリミットか。京都市内の説明で時間を使い過ぎたな。折角2人が調べてくれたところだからと、熱が入ってしまった。
どうする?次のアポを取れるのか?
俺がこの後の事を考えていると、父親の視線がこちらに戻って来た。
『済まんな。続けてくれ』
「えっ?時間は、宜しいのですか?」
『ああ。後に控えていた会議は、先に始めさせた。私が居なくとも、あと5分くらいは問題ないだろう』
「ありがとうございます!」
5分延長か。これが最後のチャンスだ。
俺は気持ちを入れ直し、次のページを捲る。そこには、先ほど見せたよりも費用が大幅に減ったグラフが載っていた。
「こちらは、各費用を抑えた場合の京都プランでございます。宿のグレードを大幅に落とし、また移動にバスを多用することで、当初の計画よりも30%のコストカットを実現しております」
『ふむ。考えたな。最初に肥大化した費用を見せて、次に来る本命を良く見せようとしたか。使い古された手法だが、社会に出たことのないお前が、良くその見せ方を知っていたな』
父は硬い表情を崩し、大きく笑みを見せた。でも、油断は出来ない。彼の目は、まだ何かを求めているから。
案の定、父は『だが』と小さく首を振った。
『従来のオペラ案と比べると、まだ倍近くの費用が掛かっているぞ?その分の価値を、どのように生み出すつもりだ?』
「このプランの中だけで、それだけのメリットを生み出すことは困難と存じます。プログラムを短縮したらコストは抑えられますが、それだけ学習量も減ってしまい、本末転倒です」
『ふむ。まぁ、そうだな』
父は小さく笑う。その表情が、『この程度か』と嘲笑しているようにも見えた。
ここだ。
俺は次のページを捲った。
「そこで、私は別案にて増加分の費用を補填することを提案いたします」
『別案?それはどのような…うん?この表は…私と、龍一のスケジュール表か?』
「はい。お母様にご協力頂き、入手致しました。この中でも、こちらの日にご注目下さい」
俺は表の一部をポインターで示す。その日は2週間後の土曜日で、2人の予定には〈株主総会〉と〈三方議員の誕生パーティー〉の2つが重なって入っていた。
所謂、ダブルブッキングだ。
「こちらのパーティーを、お2人ではなく私が出席いたします」
本当は嫌だが、仕方がない。こうでもしないと、増加分のコストをペイできる仕事なんて俺には残されていないからだ。
逆に言えば、このパーティーに参加する…と言うより、兄を株主総会へ出席させることで、ペイできるだけのメリットが生まれる。
かなり重要な会議だからね。次の社長である兄には是非参加して欲しいと、父親なら思っているだろう。年に1度しかない貴重な機会であるから、これを逃せば次にいつ参加できるか分からない。2人とも忙しいから、またとないチャンスだろう。
そう思ったのだが、俺の提案を聞いた父は笑った。顔を伏せ、首を大きく左右に振る。
『いやはや。何を言い出すかと思えば…』
「…失笑を、買わせてしまいましたでしょうか?」
やはり、俺が議員のパーティーに参加するなどおこがましかったか。
後悔する俺。それに、父は大きく手を振った。
『逆だ、虎。まさかお前が、このような提案をするとは夢にも思わなかったぞ。私達のスケジュールを抑え、このように的確な提案をするとはな』
「それは…恐縮です」
的確な提案ってことは、この案が有効だったってことだよな?
俺が期待を込めて父親を見ると、彼は満面の笑みをこちらに向ける。
『以前のお前から同じことを言われていれば、私は考えるまでもなくこの提案を却下していただろう。お前がパーティーに参加したところで、壁の花にもならんからな。だが、これ程のプレゼンが出来るのであれば、一度お前に任せてみたいと思う。どうだ?出来るか』
「是非、やらせてください」
『うむ。良い返事だ。では私も、お前が提示した京都案を承認するとしよう。ただし』
父親はニヤリと笑う。
『お前が最初に提示したパターン、最大の費用の方を元に、追加の予算を作らせることとする』
うえっ!?
「よろしいんですか?」
あの案って、第2案の見栄えを良くする為にって盛りまくった案だぞ?宿だってかなり良いところの値段で考えたし、イザって時を考えてタクシーも使用する前提。お昼も老舗のお弁当を取る想定だし…。
『勿論だ。やるからには最高の結果を得たい。その為には、最高の物を君達に与える必要がある』
「ありがとうございます!」
いやぁ。太っ腹だな、我が父は。
俺が大きく頭を下げながら感謝していると、頭上で父が小さく笑い声を上げた。
『くくっ。感謝は無用だ、虎。私はただ、可能性を感じただけだ。あれだけ手を焼かせてくれたお前が、ここまで変わった。恐らく、学園で何かあったのだろう?どうだ?』
「仰る通りでございます、お父様」
大嘘だが、こう言わないと京都案が大幅グレードダウンしそうだ。
「学園に通う内に、周囲から刺激を受けて変わることが出来ました」
『虎よ。周りと言ってはいるが、本当は女ではないか?うん?どうなのだ?』
父親の雰囲気が、いきなり柔らかくなった。ダンディな実業家から、居酒屋に通うおっちゃんになってしまった。
舞花が言っていた通り、やはり父の本性はエロ親父なのだろうな。
少し残念に思いながらも、俺はニヤリと笑みを作って、頭の後ろに手を回す。
「いやぁ、バレましたか」
『はっはっは!そうか、そうか。やはりお前は、俺の息子だなぁ』
大声を上げて笑う父。でもすぐに画面外に人が現れ、父の笑顔が曇った。
『済まんな、虎。流石にそろそろ行かねばならん』
そう言われて気付いたが…プレゼン開始から30分近く経っていた。
やべぇ!めっちゃオーバーランしてしまった!
「済みません!お忙しいご身分ですのに…」
『良い、良い。俺の方こそ、今までお前との時間を十分に取れずに済まなかった。また今度…そうだな。パーティー後に報告会でも開くとしよう』
「承知致しました」
それで出資するんだから、まぁ当然のことだ。
『ではな、虎。彼女と上手くやるのだぞ』
そう言い残して、父の顔が消える。
彼女じゃないんだがなぁ。
記憶の中のエロ親父に、俺は心の中で弁明した。
お父さん、それほど厳しい人じゃありませんでしたね。
エロ親父っぽいですけど。
「それは分からんぞ?虎二が優秀過ぎるからな」
あっ。確かに。
冒頭は厳しかったですものね。




