53話~出来るビジネスマンって雰囲気よね~
京都旅行を実現させる為には、予算が足りない。
そうナツ会長に言われた俺は、足りない予算を増額させることを第一に考え、財務長官への直談判を決意した。
ちなみに財務長官とは、この学園の大株主の事であり、つまりは俺の父親の事である。
父親とは言え、俺は全く面識がなく、加えて彼は巨大企業のトップである。そんな大物実業家の人間が、息子の一言で「なら増額」なんて簡単に言わないことは容易に想像できる。
学校への寄付は、優秀な人材を確保する面も確かにあるだろう。だが一番の目的は、グループの印象を良くする為のイメージコントロールであると推測できる。そんな〈事業の印象を良くする為の道具〉に、余計な資金は出資しない。それが一流の実業家であろう。
「故に、この度の京都旅行が如何に有益なのかを父上に示し、我々がこの案をどれ程熱望しているのかを知らしめる必要がある」
「えっと…お父さんにアピールするってことだよね?虎ちゃん」
「その通りだよ、ジュンさん」
俺は今、教員棟の2階に設けられている図書室に来ている。国立国会図書館にも劣らない大きさのここで、京都旅行の有用性を示す為の情報収集をしようとしていた。ここでだったら、本も新聞もパソコンも自由に使えるからね。調べ物をするのには打って付けの場所と言えよう。
ただ…。
「流石だわ!虎二君。お父さんが相手でも、しっかりと事前準備をするのね。私、貴方のそう言う堅実で誠実な所、凄く好きよ!」
何故か、ノゾミさんも俺に付いてきた。そして何故か、俺に色目を使ってくる。
流石に、これを1人で行うのは凄く大変だし、きっと1人で頑張り過ぎたらジュンさんが嫌がるだろうと思って、彼女だけは手伝いに呼んだのだ。だが、気付いたらノゾミさんも図書室に来ており、当然のように俺の隣に座っていた。
好きって、額面通りに受け取れば惚れているのでは?と思ってしまうが、彼女を疑って聞いてみると、俺とジュンさんの仲を引き裂こうとしている様にも考えることが出来てしまう。
現に、ジュンさんは凄く嫌そうな顔をしているし。
「なんでノゾミも居るの?虎ちゃんに頼まれたの?」
「いいえ。でも、私は”学級委員長”で、虎二君は”私の”クラスメイトよ。それに、京都旅行は”私と虎二君で”決めたことだから」
「むっ。京都旅行の事は、あたしと虎ちゃんで出し合って決めたんだよ?」
睨み合う2人に、俺はため息を吐きたい衝動に駆られる。それを押さえて、2人の視線に割って入る。
「喧嘩はしないでくれ。絆を深める行事に、それはナンセンスだろ?」
「た、確かにそうね。ごめんなさい」
「ごめん、虎ちゃん」
殊勝な態度を取る2人に、俺は笑顔を向ける。手伝ってくれるのなら、有難い事に変わらんからね。
「分かってくれて嬉しいよ。では、早速始めようか」
「任せて!」
張り切るノゾミさん。彼女は頭が良く、能力的に見れば手伝いとしてこの上もないほどの強力な助っ人だ。本来なら、頭を下げてでも協力を依頼したい人物だ。
だが…ジュンさんを悲しませるようなら、考え直すからね?
そう思っていたが、いざ調査を始めると、とても順調に事が進みだした。ノゾミさんは次々と有用な文献を引っ張り出してきて、欲しい情報を的確に抜き出してくれる。
それを、俺が文章として打ち込み、ジュンさんが良さそうな画像や可愛らしい図形を作って装飾してくれた。
とても連携の取れた動きのお陰で、自習の時間と昼休みの一部を使っただけで、プレゼン資料の大元が出来上がりそうだった。
何だかんだいっても、やっぱり2人は親友なのだろう。何も言わずとも、互いの動きを察している風がある。
また、ノゾミさんが俺の邪魔をしに来た訳ではないと理解できたので、張っていた気を緩ませても良いと判断できた。
彼女の頑張る姿は、球技大会を思い起こさせるもので、本気でこの京都旅行を実現させようと言う気持ちが見て取れた。こんなに献身的な姿を魅せてくれた彼女を、美人局だ何だと考える方が失礼であろう。
…ジュンさんが言った「邪魔をする」という発言は、もう少々考えねばならなくなったが。
まぁ、兎に角。
「2人のお陰で、放課後までには資料が完成しそうだ。本当にありがとう」
昼休み。図書室のベランダに設置されたベンチに座り、我々3人は昼食を摂っていた。そこで、俺は改めて2人にお礼の言葉を述べる。すると、2人とも可愛らしい笑顔を浮かべてくれた。
「当然だよ。だって、あたし達が楽しむ為にって、虎ちゃんが頑張ってくれているんだもん」
「ええ、そうね。私達の為に頑張ってくれる君の役に立てて、私は嬉しいわ。はい。これ今日のお弁当よ。中身は特製ウィンナーだから、期待してちょうだい」
「あたしのも、はい!卵焼きと蒸し鶏のソテーだよ」
ジュンさんも俺にお弁当を渡すと、それを驚いた顔で見るノゾミさん。
「ちょっと、ジュン。2つもお弁当があったら、虎二君が困っちゃうでしょ?」
「それはもう、解決済みだよ~」
「えっ!?ちょっ、何よそれ!2人だけで何を話したのよ!」
おっと。段々雲行きが怪しくなって来たぞ?これは、俺が居るから起こる事なのか?
「ちょっと待ってくれ、ノゾミさん。俺が良いと言ったんだ。だから、そのことでジュンさんを責めないでくれ」
「…分かったわ」
口だけは納得した様子で呟くノゾミさん。でも、表情は全然そんな風ではない。
さてどうしたものかと迷っていると、ポケットの中のスマホが震えた。見てみると、表示されていたのは家の番号。
一瞬出るべきか思案したものの、俺は2人に「ちょっと失礼」と言って席を立ちながら、通話ボタンをフリックする。
「もしもし。虎二です」
『私よ、虎二』
その声は、母だった。
『お父様に繋いで欲しいって長谷川さんから聞いたけど、詳しい内容を聞かせてもらえるかしら?』
困惑気味の母の声に、俺は「勿論です。少々無理なお願いだとは思いますが…」と前置きしながら、お弁当を食べる2人を邪魔しないようにベランダの端の方へと移動する。そして、母に事情を説明し始めた。
〈◆〉
「勿論、これだけで父が納得するとは考えていません。ですので、お母様のお力もお借りしたく、2人のスケジュールを教えて頂けないかと……ええ、はい。それは存じております。ですので…」
電話に出た虎ちゃんは、真剣な顔で見えない相手と会話している。その表情が、そしてその口調がとても凛々しくてカッコ良くて、あたしはお弁当の中に突っ込まれたままの箸を、全く動かせないでいた。
なんか、今の彼を見ていると…。
「出来るビジネスマンって雰囲気よね」
あたしが思っている事を、ズバリ言い当てるノゾミ。
ううん。違う。言い当てたんじゃなくて、きっとノゾミもそう思っているんだ。だって、あたしと全く同じで、虎ちゃんの魅力に箸が止まっているんだもの。
なんだかそれが、ちょっとだけ嬉しかった。彼の良い所を分かってくれるのが嬉しくて気持ちがフワフワする。だからあたしも「分かる~」って呟いていた。
その途端、ノゾミがあたしを振り返る。その瞳は、キラキラと輝いていた。
「本当に立派よね。虎二君って。彼を見ていると、他の同級生が子供に見えてしまうの」
「そう!それね。虎ちゃんって、とっても大人っぽい雰囲気あるよね。受け答えも優しいし、コーヒーもブラックが好きだし」
「えっ!そうなの?ブラックが好きなんて、やっぱり大人だわ」
ノゾミが凄く嬉しそうに呟く。それを見て、あたしも心が軽くなるのを感じた。
自然と、口も軽くなっていた。
「ねぇ、ノゾミ。あたし達、恋のライバルだけどさ、虎ちゃんの前で喧嘩するのはやめようよ。さっきの虎ちゃん、ちょっと悲しそうな顔してたし」
「…そうね。優しい彼に負担を掛けるのは、良くない事だわ」
顔を伏せて反省するノゾミ。でも、直ぐに顔を上げた。
「それは賛成だけれど、ライバルであることは変わらないからね?」
「…やっぱり、そうだよね。3人で仲良くなんて、出来ないよね?」
「それは、貴女も分かっているでしょ?」
うん、分かるよ。今でも虎ちゃんの横にノゾミが居るだけで、心がソワソワしちゃう。虎ちゃんがそっちに行かないようにって、彼の袖を掴みたくなっちゃう。
あたしがそうなんだもん。きっと、嫉妬深いノゾミはそれ以上に思っている筈。
でも、
「でもさ、偶には今みたいに、虎ちゃんの良い所を言い合いっこしたくない?情報交換って意味でもさ」
「…そう、ね。正直、今のは私も楽しかったわ。虎二君の素晴らしさを再認識できるし、彼がブラックコーヒーを好きって言う有益な情報も得ることが出来たし」
「でしょ?」
あたしは嬉しくて、自然と頬が緩んでいた。
そこに、ノゾミが彼女のスマホを差し出してくる。
「私も、とっておきの情報をあげるわ。球技大会の打ち上げで、彼が凄く格好良い演説をしたの。その動画を、ジュンにもあげる」
「あっ、それもう持ってるよ?」
「ええっ!別クラスなのに、なんでもう持ってるのよ?」
「ふっふっふ。あたしと虎ちゃんの仲だからね」
「ええっ?ちょっとそれ、詳しく教えなさいよ~」
素直な感情をぶつけて来るノゾミに、あたしは笑いを抑えきれなかった。それを見たノゾミも、「ぷっ」と吹き出していた。
そこに、彼が帰って来た。
「なんだか雰囲気が明るくなったね?何の話をしていたの?」
「虎ちゃんの事だよ?」
「えっ?俺の?」
「そうよ。電話する姿が、なんだかサラリーマンみたいだなって話」
「ぐっ…そんなに老けてみえるのか…」
あれ?なんかダメージ負っちゃってる?
大変だ。早く、彼を癒してあげないと。
「ほらほら、虎ちゃん。そんな所で立っていないで、早くここに座って?虎ちゃんのお弁当に、あたしのミートボール追加したげるから」
「じゃあ、私は鮭の切り身をあげるわね」
「あ、ああ。ありがとう。でもあんまり貰ったら、2人がお腹すいちゃうよ?」
「ダイエットになって良いよ。あたし、ちょっとお腹周りが気になるし」
「いやいや、ジュンさん。プールで見た時も、凄いスタイル良かったじゃないか」
虎ちゃんが手をブンブン振って否定してくれる。それに、ノゾミが「ぐっ」と息を呑みこむ。
「プール…そうか、ジュンはあのプールに行っていたのね。もしかして、私があの時に相談したから、貴女は…」
あっ、ヤバい。なんだか色々バレそう。
あたしはノゾミから視線を逸らし、虎ちゃん用のお弁当箱を彼に捧げる。
「さっ、虎ちゃん食べて?」
「ああ。有難いけど、あまり食べ過ぎると、太っちゃうかもしれんな」
「太る…そっか。虎二君をまた太らせたら、彼を狙うライバルも減るかしら…?」
なんか、ノゾミが怖いこと言ってる。
顔を伏せて考える彼女に、あたしと虎ちゃんは引きつった笑みを見合わせた。
親友だから、息は合うんですね。
「合い過ぎて、好みまで合ってしまったのだな」




