51話〜お前に言いたい事がある〜
球技大会で我々が勝ち取った、生徒会への直接参政権。これを何にするかの決議が今、我ら2年2組の教室で議論される事となった。
っと少々堅苦しく言ったが、議論の方法は球技大会の種目決めと同じように、幾つかの案を出してそれを多数決で決めるというもの。
早速、議長であるノゾミさんが教壇の前に立ち、まだ議会の題名しか書かれていない黒板をコンコンと叩く。
「では皆さん。今日一日で考えて貰ったと思いますが、先ずは皆さんの要望事項を聞きます。案がある人は挙手を…はい…成田君」
すかさず手を挙げた成田君に対し、ノゾミさんは若干不安そうな表情を浮かべながら彼を指名する。
それに、すかさず成田君が立ち上がる。そして、
「俺は秋の文化祭で、このクラスの催し物をメイド喫茶にする事を提案するぜ!」
「「っしゃあぁ!」」
「よく言った!」
「成田ナイスゥ!」
途端に、男子達がフィーバーした。
成田君を褒め称え、拍手喝采でその案を推す。そして、幾人かの男子は粘っこい視線をノゾミさんに向けた。
ははぁ〜ん。読めたぞ。お前達、ノゾミさんのメイド服姿を拝みたいからって、そんな案を出したんだろ?普通なら厳しい審査が入る催し物も、参政権があればほぼ確で通るからな。
だが、
「さいってい!」
「このエロ助ども!」
「あんたらが見たいだけでしょ?」
生徒会の審議通過は約束されているが、クラスの審議は通さないといけない。
女子の数が若干多いこのクラスでは、男子票だけでは必要な議席数に満たない。故に、こうして跳ね返されてしまえばそこで終わり。
さぁ、野郎ども。どうする気だ?
紛糾する議会を半分呆れて眺めていた俺に、男子達の視線が一極集中する。大炎上中の成田君が、俺に向けて手を突き出す。
「頼んだぜ、大将!またあの演説を聞かせてくれ!」
…えっ?まさかここで、俺にこの場を逆転しろって言いたいのか?
俺は呆れてしまったが、ゆっくりと立ち上がる。そして、女子に向けて小さく頭を下げた。
「済まない、女子生徒諸君」
「えっ…」
「黒沢君まで…」
「黒沢君…私達のメイド姿、見たいの?」
「どうする?黒沢君が言うなら、ねぇ?」
動揺する女子生徒達。
そんな彼女達から視線を切り、俺にニヤニヤいやらしい笑みを向ける成田君達を見る。
彼らにも、同じように頭を下げる。
「そして、男子生徒諸君」
「はぁ?」
驚く成田君を他所に、俺は拳を掲げる。
「俺はここに別案を…今年の宿泊学習を、京都旅行にすることを提案する!」
「「「はぁああ!?」」」
一斉に絶叫を上げる男子達。
悪いな。だが、お前達がいけないのだぞ?誰かに後援を頼みたいのなら、事前にそれなりの根回しをする必要があるんだ。
…まぁ、京都旅行はジュンさんと考えた案だから、どんな賄賂も無駄であったがな。
口をポカンと開けた男子達を前にして、俺が首を振っていると、女子達からは色良い声が飛んでくる。
「京都旅行、良いじゃん!」
「メイド喫茶の何倍も良いよ!」
「流石は黒沢君!」
「信じてたわ!黒沢君!」
「黒沢君に一票!」
ふっふっふ。悪いな男子諸君。君達が悪役を買って出てくれたお陰で、女子は全員、俺の味方になってくれた。本当に、感謝するよ。
俺が男子にニヤニヤ笑みを返していると、ノゾミさんが良い笑顔で拍手を送ってくれた。
「私も良い案だと思うわ、とら…黒沢君」
俺を名前呼びしようとして、慌てて言い換えるノゾミさん。
互いを名前で呼び合うのは、セイジが居ないところでという約束だからね。でないと、また奴から色々と絡まれる。奴の魅了の力がどんなものか分からない以上、必要以上に刺激をしたくない。その願いをノゾミさんはすんなり聞き入れてくれて、こうして守ってくれている。
それは有難いのだが…委員長である君が、そんな風に感想を述べてしまって良いのだろうか?
「はい!じゃあ、黒沢君の素晴らしい提案で決定ね」
「いやいや、ちょっと待ってくれ!」
俺は慌てた。
まだ投票もしてないのに、勝手にバラ付けされたら困るぞ?そこまで露骨な態度を取られると、流石のセイジも怪しむだろうし。
「せめて、俺が提案した理由をみんなに説明させてくれないか?一部の人はまだ、納得出来ていないみたいだから」
「そう?そんな人達にまで気を使うなんて、本当に黒沢君は優しいわね」
そう言って笑みを向けてくるノゾミさんだが…優しい訳じゃないぞ?俺はただ、無駄に敵を作りたくないだけだ。本当に優しい人ってのは、ジュンさんみたいな人を言うんだ。
俺はノゾミさんに一礼してから、野郎どもに向き合う。
「諸君。考えてみて欲しい。歴史ある京都の街並みを、クラスメイト達と共に歩めるその様を。それは必ずしも、教養を深めるばかりではなく、親交を深める事にも繋がる筈だ」
「親交って、もうこいつらとは十分だよ」
「1年から一緒だしな」
「腐れ縁って奴だ」
男子達がチャチャを入れてくる。
それに、俺はゆっくりと首を振る。
「別に、既知の仲だけが深まる訳でもないのだ。この旅で、普段関わりが薄い者とも交流することが出来るのではと、俺はそう思う。それが普段とかけ離れた場所であるなら尚の事、友情以上の何かを得る事もあるのではと」
「友情、以上…それって…」
男子達の何人かは、何かを察した様子でゴクリッと喉を鳴らす。チラッ、チラッと気になる女子の方へと目線を向ける。
ふむ。揺らいだな。
「本来の宿泊学習でも、その可能性はない訳ではない。だが、オペラやオーケストラの演奏をただ座して見る従来と、京都の優美な街並みを共に歩むのでは、大きな差があるとは思わないか?」
「確かに…」
「全然違うよな」
「やべぇ。俺、京都行きたくなってきたわ」
ふむ。頃合だな。
「お待たせしました、議長。決を採って頂けますでしょうか?」
「分かったわ、黒沢君。じゃあ、京都旅行に賛成の人!」
元気に手を挙げるノゾミさんに続いて、殆どのクラスメイトが手を挙げる。ヒデちゃん達が諸手を挙げるけど…それ、2人分にはカウントされないからね?
こうして、俺の案は無事にクラス議会を通過することが出来た。後はこれを、ノゾミさんが生徒会へと持っていけば終了だ。
宿泊学習は7月初旬に予定されているから、ノゾミさんは急いで生徒会へと報告に行った。
そして俺は、ジュンさんの元へとはせ参じていた。
放課後の解放された空気の中、我々は校舎裏のビオトープ前に設置されたベンチに座り、6限目の様子を彼女に聞かせていた。
「という事で、満場一致で京都旅行を要望することになったんだ」
「ええっ!すっごいじゃん、虎ちゃん。本当にあの案を通しちゃうなんて…」
そう声では喜んでくれるジュンさんだが、その表情は若干硬い。
「あれ?あまり気乗りじゃなかったかな?」
おかしいな。ジュンさんが「中学生の修学旅行、親戚の不幸と重なって京都に行けなかった」と言っていたから、今回の案を通したというのに。
不思議に思って彼女を見詰めると、ジュンさんは両手を顔の前でブンブン振った。
「ううん。凄く嬉しい!虎ちゃんがあたしの為に頑張ってくれて、しかも京都だなんて…嬉しい過ぎなんだけど、でもなんか、あたしのワガママにみんなを付き合わしちゃうみたいで、申し訳なくてさ…」
「ああ、そう言う事か」
ジュンさんは本当、奥ゆかしいと言うか、優し過ぎると言うか。
「大丈夫だよ、ジュンさん。みんなは純粋に、京都旅行と他案を天秤にかけて選んだのだからね。俺がしっかりとこの旅の魅力を説いたから、最初は否定的だった男子達も、最後はしっかり手を上げて賛成してくれたんだ」
あのセイジですら手を上げていたからな。友情を深められると聞いて何か考えていた風であったから、当日は警戒した方が良いとは思うけど。
「そっかぁ。また虎ちゃんの演説があったんだね。それは動画に取ってないの?」
「はっは。流石のマモちゃんも、そこまではしないよ」
授業中ってのもあるからね。
「え~。そうなのぉ?じゃあ、聞けたのは2組の人達だけなんだぁ。良いなぁ~、ノゾミばっかり…」
「そんな大したことは言っていないよ?」
「それでも羨ましい。虎ちゃんと同じクラスになりたいなぁ~」
ぐっ!そんな可愛らしく、上目遣いをしないでくれ。俺の理性が爆散する。
「…分かった。では京都案は取り下げて、早急なクラス替えを提案することとしよう」
「うそ、うそ。冗談だよ?虎ちゃん」
「うん?冗談だったか」
なんだか本気で悔いている様にも見えたが…?
「そりゃ、クラスも一緒だったら嬉しいけど、今でも勉強会とかしてくれてるし、放課後にお喋り出来るだけで十分って言うか…」
ああ、何と奥ゆかしい。
「俺も嬉しいよ、ジュンさん。こうして君と、共に過ごせるのはね」
そう言ってジュンさんに笑いかけると、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せて、パッと立ち上がった。
「あっ、ほら、虎ちゃん。そろそろ帰りの車が来る時間じゃない?もうエントランスに行っておこうよ」
「ああ、もうこんな時間か。君と一緒だと、時間の経過が早いな」
「もぉ〜。また君は、そんな事言ってぇ〜」
怒った風に言う彼女だが、足取りは軽い。
「ジュンさん。時間も遅いし、家まで送らせて貰えないだろうか?」
「ええ~。もしかしてそれって、送り狼ってやつ?」
何かを期待して見て来るジュンさん。
分かっているよ。突っ込み待ちなんだろ?
「はっはっは。この人畜無害なブタの何処に、牙があると言うんだい?」
「脂肪も無いよ?紳士なトラさん」
と言う事で、2人並んでエントランスまで赴く。迎えの車は既に到着しており、俺を待っている様子だった。
でも、その車よりも手前で、こちらを待ち構えている集団が居た。その殆どは、見たことある顔。
「やぁ、佐野君」
俺はジュンさんを背中に隠しながら、彼らの首領に軽い挨拶を飛ばす。すると、彼は以前と同じように睨んで来た。
早速、俺達の邪魔をしに来たか。随分と怖い顔だけど、まさかジュンさんを巻き込んだ乱闘なんて起こさないだろうな?
「黒沢…お前に言いたい事がある」
俺が身構えていると、佐野がボソボソとそう言った。
なんだろうな。何か言い難そうだし、あまり高圧的じゃないな。何を言い出すんだ?
俺が更に警戒していると、突然、佐野が勢い良く頭を下げて来た。
「あざっした!」
「「あざっした!!」」
うぇっ!?
ええっと…何の感謝なの?
「相川総長から聞いた!球技大会で、お前が盗撮魔を退治して、式部さんを救ったって事を!だから…感謝させてくれ!」
「「「あざっした!!」」」
「それと式部さん!俺達は口ばかりで役立たずで…済みませんっした!」
「「「さーせんっした!!」」」
2度も深く頭を下げた彼らは、頭を上げるとすぐに何処かへ走って行ってしまった。
…なんだか、台風と言うよりスコールみたいな奴らだったな。
「虎ちゃん、虎ちゃん」
突然の襲来で俺が呆けていると、ジュンさんが俺の肩を揺らした。そして、教室棟の方を指さした。
その指の先を追うと…。
「おい、聞いたか?盗撮魔だってよ」
「やだぁ。そんなのが居たの?」
「なんか、黒沢先輩がやっつけたみたいよ?」
「そういや、相川の奴もそんな事言ってたなぁ」
昇降口に居た生徒達が、俺達の方を興味深く見詰めていた。誰の顔にも、もっと詳しく聞きたいという色が浮かんでいる。
う~ん。これは不味いぞ。
「ジュンさん。早く車に乗り込んでくれ」
「ヒーローは大変だね」
「なろうと思った訳じゃないんだがなぁ」
嬉しそうに微笑むジュンさんに、俺はため息混じりに答えた。
宿泊学習で…京都。
「流石は金持ちの学び舎であるな」




