50話~受け取ってくれない?~
「おはよう!」
「おい!黒沢。お前、昨日は何処にフケやがった!」
朝も一番に、俺は中野君達に囲まれてしまう。
でも、こればかりは仕方がない。昨日はクラスの打ち上げを抜け出して、ジュンさんと会っていたのだから。
ジュンさんとはあの後、球技大会の事でつい話し込んでしまい、そのまま下校の時間になってしまったのだ。
マモちゃんからスピーチのデータも貰えたみたいだし、ジュンさんはとても嬉しそうだった。だから、抜け出した事に悔いはない。
ないのだが…。
「黒沢君。あの後、結構大変だったんだよ?」
「クラスの女子達は、お前が居ないなら二次会行かないって言い出してよぉ」
「そうだ!野郎だけのカラオケなんて、誰得だって話だよ!」
「…楽しそうに思えるが?」
感想を述べただけで、男子達は俺を羽交い締めにしてくる。挙句には、別日で打ち上げする約束まで言いつけられてしまった。それが男子だけなら良かったんだけど、女子も呼ぶらしい。
あの娘達、苦手なんだよなぁ。手のひらクルックルで、我が家の財産や俺の球技大会の活躍だけで言い寄って来るし。
ジュンさんのように、中身を見てくれる人が居てくれたら良いのだがね。いっその事、その打ち上げにジュンさんを呼びたいくらいだ。
「虎二君」
やっと男子達に解放され、俺が肩と首を回していると、背後で俺の名前を呼ぶ声が。
振り返ると、頬を朱色に染めたノゾミさんが、こちらを上目遣いで見上げていた。
とても可愛らしいけど…騙されるなよ?彼女には、ハニトラ疑惑が出ているんだ。
「あっ、ごめん。試しに名前で呼んでみたんだけど…嫌だった?」
警戒していると、ノゾミさんは可哀想になるくらい眉を下げて、落ち込んだ表情を浮かべた。
それを見て、俺の良心が急激に痛む。
「いやいや!驚き過ぎて、言葉が出せなかっただけだよ」
気が付いたら、全力でフォローに回っていた。
恐るべし、ノゾミ諜報員。
「良かった。虎二君も私を名前で呼んでくれるから、私もこう呼びたいなって思ったの」
途端に、弾けんばかりの笑顔を向けて来るノゾミさん。
…本当に、俺をハメようとする娘の表情なのだろうか?ちょっと考える必要があるぞ。
俺が彼女の真意を確かめようとしていると、彼女は下を向きながらモジモジする。そして、カバンから何かを取り出した。
「あの、それでね?私、君の為にお弁当を作って来ちゃったの。だから…受け取ってくれない?」
そう言って取り出したのは、漆塗りの高級そうなお弁当箱だった。
うぇっ!?
「おっ、俺に?」
「うん。ほら、私って、自分のお弁当も毎日作っているじゃない?だから、1つ作るのも2つ作るのもそんなに変わらないし。あっ、あと、私は君のコーチだから。だから、そう言うのもコーチの役目だって思って…」
早口に捲し立てるノゾミさん。必死な彼女の様子からは、こちらを騙そうとしている様にはとても見えない。
とは言え、辻褄も合ってないんだよなぁ。球技大会が終わったのに、まだコーチの責務を感じている様子だし。
そんなに責任感が強いと、壊れてしまうよ?
そう思うが、
「ありがとう、ノゾミさん。凄く嬉しいよ」
俺は素直に、彼女から弁当箱を受け取る。
仮にこれが罠だとしても、それで彼女が敵だと確定出来る。それに、もし罠じゃないのに受け取らなかったら、彼女を傷付けてしまう。そうなれば、彼女はよりセイジの魅了にハマるだろう。
奴の魅了から助け出したいのは、なにもジュンさんだけではない。セイジに騙されている人全てを救うには、全員に救いの手を差し伸べねばならない。
…やり過ぎて、俺がハーレムクソ野郎にならない様にしないといけないけど。
「あっ、容器は今日の放課後までに返してね?じゃないと、明日のお弁当が作れないから」
…毎日作ってくれるつもりなのか。
「それにもし、虎二君が嫌じゃなければ、私達と一緒にお弁当食べない?何時も屋上で食べているから」
「折角のお誘いだが、それは遠慮するよ」
悪いが、これ以上彼女に傾倒するつもりはない。俺にとって、ジュンさんが最優先なのだ。彼女との時間を犠牲にしてまで、他ハーレム要員に時間を使う訳にはいかないのだ。
…この考えが利己的で、効率度外視なのは理解している。だが、これだけはどうも譲れないんだ。
俺が頑なに身構えていると、ノゾミさんの笑みが消えた。虚ろな目で、俺を見上げる。
「なんで?」
たった3文字の問いに、物凄い感情が籠っていた。
重々しい、負の感情が。
下手に答えたら、大爆発しそう。ここは慎重に答えねば。
「君達の昼食会は知っている。そこに生徒会長も来る事も。俺は生徒会長と折り合いが悪いんだ。そんな所に俺が行けば、折角のランチタイムが乱闘騒ぎになってしまう」
「じゃあ、ナツさんが居なくなれば良いの?」
居なくなるって、ちょっと怖い言い方だね?
俺は軽く笑い飛ばそうとした。だが出来なかった。こちらを見る彼女の目が、全然笑っていなかったから。
まさかこの娘…本気じゃないだろうな?
俺が彼女を危惧していると、不意に彼女の目に光が戻る。そして、花咲く笑みも戻った。
「うふふ。冗談よ。でも、ナツさんだけが障壁なら私、何とかしてみるから。そしたら、虎二君も一緒に、私達とお弁当を食べて欲しいな?」
「…悪いな。昼食のメンバーはもう、決まっているんだ」
「誰?」
また君は、簡単に目のハイライトを消すんだから。
俺は後ろを振り向いて、ヒデちゃん達を見る。
「昼食は、気心の知れた人と摂りたい性分でね。悪いが…」
「そっか。うん、分かった」
ふぅ。何とか勘違いさせる事は出来たか。
俺が内心で安堵していると、ノゾミさんは笑顔を浮かべて、俺に手を振る。
「じゃあ、お弁当の返却だけよろしくね。あと、出来たら感想も」
「君が作るものだ。美味いに決まっているよ」
「…うふふ。ありがと。それでも、私のを味わってから聞かせて欲しいな?」
やっと満足そうに笑って、ノゾミさんは自身の席に戻る。
途端に、男子共が寄ってくる。
「羨ましい限りだな、黒沢君」
「1口寄越しやがれ」
「そこ、代わってくんねぇ?」
成田君よ。代わったら、絶対に半泣きになるぞ?あの目を直で見たら、絶対にな。
知らぬ君らが羨ましいよと、俺は思った。
「で、それがノゾミから渡されたお弁当?」
「ああ。そうなんだ」
昼食の席で、俺は朝の出来事を全てジュンさんに話した。彼女は最初、俺がお弁当を受け取った事に残念そうな顔をしたが、ノゾミさんからの昼食会を断ったと言うと嬉しそうな笑顔を戻してくれた。
やはり、断って良かった。
「どれどれ?」
「何が入っているか分からないから、あまり近付かない方がいい。それと、もし飲食中に俺が倒れたら、すぐに救急へ連絡して欲しいんだ」
「ええ?大丈夫だよ、虎ちゃん。ノゾミは料理も上手だから。そんなに警戒しなくて良いよぉ」
うん?料理の腕前は関係ないと思うが…君がそう言うのなら、毒殺の線は捨てるか。
少し安心した俺は、お弁当箱の蓋を開ける。すると、そこには至って標準的なおかず達が現れる。ウィンナー、卵焼き、ほうれん草の和え物、ミニトマト。それに、ふりかけが乗った白米。
特に異常はないが、中身までは分からん。
俺は意を決して、その中身に箸を入れる。
「どっ、どう?」
緊張した面持ちで、ジュンさんが聞いてくる。
大丈夫だと太鼓判を押してはくれたが、やはり俺の様子が気になるようだ。
安心してくれ、ジュンさん。取り敢えず味に異常はないし、舌が痺れる感覚もない。食感も普通の卵焼きだ。
「うん。異常はない」
「えっと、そうじゃなくてさ。その…味とか」
うん?味?
ああ、そうか。ジュンさんは異物の混入でなく、料理の出来を聞きたかったのか。連休中は、彼女が俺達のお弁当を作ってきてくれたから、自身のそれと比較して欲しいってことでは?
「そうだね。味で言えば完成度は高いと思う。けれどやはり、俺はジュンさんの手料理の方が好みだな」
「こっ、好み…」
ジュンさんの箸から、エノキのベーコン巻きがコロリと落ちる。そして、俺の肩をポンポンと叩く。
「も、もうっ!虎ちゃん。そんな風に気を使わないでよ。折角作ってくれたノゾミに悪いでしょ?」
ちょっと怒った口調で釘を刺してくるジュンさん。でも、口元は笑みを隠し切れなくなっており、喜びのオーラが全身から溢れ出ている。
喜んでくれたのは良かったが…確かにこの言い方では、ノゾミさんに失礼だったな。そこは反省しよう。
だが、
「気を使った訳ではないよ?ジュンさんは俺のことを考えて、味だけでなく低カロリー高たんぱくの品を作ってくれた。君のそう言う優しさを考えると、やはりジュンさんの手料理の方が…」
「あーっ!もう分った!充分に分かったから!」
顔を真っ赤にして、手をワチャワチャさせるジュンさん。そして、やっと落ち着いたと思ったら、恥ずかしそうにこちらを見上げて来た。
「そんなに言うんだったら…あたしも、虎ちゃんの為にお弁当作って来ようかな?」
なぬ?明日から、弁当が2個になるのか?
「やっぱり、迷惑…だよね?」
即答できなかった俺に、ジュンさんが遠慮がちに聞いて来る。
俺は全速力で首を振る。
「迷惑なんて、とんでもない。ジュンさんの手料理がまた食べられるなんて聞いて、空も飛べそうな幸福を感じている」
「言い過ぎ。虎ちゃんそれは言い過ぎだよ」
ジュンさんがケラケラ笑う。だが直ぐに心配そうな顔になる。
「でも、そうするとお弁当2つになっちゃうでしょ?ダイエット中なのに、それはマズくない?」
うん。やはりジュンさんは優しい。しっかりと俺の事を考えてくれている。
俺は大きく頷いた。
「寧ろ助かるよ。最近は体脂肪率も標準以下まで落ちたから、それなりのカロリーと大量のたんぱく質が必要だったんだ」
燃やす脂肪が無くなれば、今度は筋肉の分解が始まってしまう。だから、そろそろ減量フェーズを終えようと思っていたところだ。
…とはいえ、弁当2つはちょっと多い。その分は筋トレの量を増やさないといけない。けれど、それは秘密だ。
「良かった。じゃあ、腕によりをかけて作って来るね!」
「ああ。楽しみにしているよ」
本当に楽しみだ。ジュンさんのお弁当。
俺がまだ見ぬ宝箱の中身を想像していると、ジュンさんが「そう言えば」と話題を変える。
「総合優勝した賞品、生徒会へのお願い事は決まったの?」
「ああ、それなんだけど。今日の6限目にクラスで話し合いをすることにしているんだ」
丁度、朝のホームルームでその話が出ていて、6限目までに案を考えるようにとノゾミ委員長から言い渡されていた。
「虎ちゃんは何にするつもり?」
「うん?いや、特に考えていなかったな。そもそも、この後のイベントで何があるかも把握してなかったし…」
文化祭はあるんだよなぁ…程度しか認識していなかった。
「だったらさ、次の宿泊学習とかはどうかな?」
「ほぉ。どんな提案だい?」
キラキラした瞳を向けて来るジュンさんに、俺も身を乗り出して聞き返した。
次回から、宿泊学習篇が?
「始まるやも知れんな」




