49話〜ノゾミに何か言われた?〜
何とか2年2組の打ち上げ会場から脱出した俺は、2年1組に向けて走り始める。だが、廊下の角を曲がったところで、壁に出くわした。
なんだぁ?この壁。
「あっ、やっと来たー」
「おっと、マモちゃんだったか。どうしてこんなところに立っていたんだ?」
「待ってたんだよー、虎二さんを」
なんと、心優しい彼は俺を待ってくれたみたいだ。でも、ヒデちゃんの姿はない。
「ヒデちゃんは?」
「うん。先に行ってるってさー」
素晴らしい。俺の気遣いを無駄にしないでくれたか。最高の采配だ。
「では行くとするか、マモちゃん」
「そだねー。早くしないと、お菓子なくなっちゃうし」
そっちの心配か。
マモちゃんらしいな。
俺はマモちゃんを連れて、教室棟へと急ぐ。途中の空き教室でも、何処かのクラスが打ち上げを行っているみたいで、楽しげな声が漏れ聞こえていた。
「次こそ、黒沢に勝つぞ!」
「「「おぉおお!!」」」
…クラスだけじゃなくて、怪しい集団が決起会を開いているパターンもあるみたいだ。
こっちは規制して欲しいなぁ。生徒会の皆さん。
そうして、教室棟への連絡通路を通り、昇降口まで来た。でもそこには、青いジャージを着た1年生が数人集まっていて、大きな荷物を一生懸命に運んでいた。その内の1人がこちらに気が付いて、荷物を置いて駆け寄って来た。
「おにーさーん!」
うん?
「あれー?虎二さん、舞花ちゃんの他に、妹がいたのー?」
「何を言ってんだ、マモ。あれは保健室に連れて行った子の1人だろ」
「あー」
そう。彼女はコハルちゃんのお友達だ。あの時は随分と青い顔をしていたが、今は血色も良くなり可愛らしい笑顔を携えている。
駆け寄った彼女がペコリとお辞儀する。
「お兄さん!優勝おめでとうございます!」
「ああ、ありがとう。随分と重そうな荷物だね?もしかして打ち上げの?」
「はいっ!先生が車で買い出ししてくれたんですけど、それをクラスまで運んでいるんです」
おーい。1年の男子ども。女の子に重い荷物運ばせてんじゃないぞ。
「そいつは大変だ。俺達も手伝おう」
「そんなっ。先輩方に荷物を持たせるなんて…」
「いいから、いいから。重いのは俺達に任せて、君は誘導役を頼むよ。頼むぜ、マモちゃん」
「まっかせてー!」
一声上げたマモちゃんは、ジュースの入ったダンボールを3つ4つ軽々と持ち上げてしまう。
くっ。俺も鍛えてはいるが、そんな数は持てない。まだまだ鍛え方が足りんな。精進せねば。
「よっしゃ。行くぞ」
「おー!」
俺達は大量の荷物を抱えて、少女の背中について行く。そして、彼女に誘導されて彼女達の教室へと入る。
途端に、簡単な飾り付けをされた教室が視界に広がる。殆どの机が端に寄せられ、真ん中のスペースに置かれた机に白いシーツが被せられていた。そして、その周りで1年生達が寛いでいた。
でも今は、突然現れた侵入者に目を開いている。緑のジャージを着た先輩が、大量の荷物を抱えて入って来たら、そりゃ驚くだろう。
そんな1年生の前を少女は通り過ぎ、シーツの掛かったテーブルを手で指す。
「先輩。ここに置いていただければ…」
「ここだね?マモちゃん。飲み物は右側に置こうか」
「おっけー」
俺達が荷物を置き始めると、慌てて他の1年生達も動き出す。俺達の手から次々と荷物を受け取り、机の上に並べていく。
1人の男子が俺から手渡されたビニール袋を持つと、その重さに顔を歪める。でもすぐに頭を下げた。
「済みません、先輩。あの、ありがとうございます」
「こっちこそ、受け取ってくれてありがとう」
俺は笑顔で渡すが、内心は呆れていた。
お前ら、こんな所でカードゲームしている余裕があるんなら、下で手伝っても良かっただろ?そう言う気遣いが出来ないから、セイジなんかにクラスのマドンナを取られるんだぞ?
「さて、行くか。マモちゃん」
荷物を下ろした俺がそう言うと、何人かの女子生徒が「えっ」と声を漏らす。
うん?なんだね?
「あの、もう行っちゃうんですか?もし良ければ、私達の打ち上げに参加して貰えないでしょうか…」
「ちょっとだけでも如何です?荷物も運んで貰っちゃったし」
「大田さんを保健室に運んで下さったんですよね?そのお礼もしたいなぁって」
「先輩」「お兄さん」「黒沢先輩」
「ぐっ…」
俺は良心が傷んだ。可愛い後輩達に囲まれてしまい、これだけ必死に懇願されてしまっては、断る言葉が喉で詰まってしまった。
どうする?1杯だけ付き合うか?でも、彼女達のこの圧は、下手すりゃ二次会まで連行コースかもしれんぞ?
「虎兄さん」
迷う俺の耳に、静かな声が届いた。そちらを見ると、こちらに嘘くさい笑みを向ける舞花の姿が。
お前、ここのクラスだったのか。ああ、だからこの子達、俺を「お兄さん」呼びしているのか。
「兄さんは、何処か行かれるご予定だったのではないですか?例えば、そう、2年1組とか」
「うん。その通りだ、舞花。俺は行かねばならん」
俺がそう言い切ると、舞花は貼り付けていた笑みを取っ払い、いつもの小悪魔スマイルを浮かべた。そして、教室の入口を手で示した。
「でしたら、お止めしてしまい申し訳ございません。皆さんもどうか、兄との交流は別の機会に」
「そっ、そうだよね」
「ハルちゃんも帰っちゃったし…」
「舞花ちゃんが言うなら、ね?」
舞花のお陰で、少女達も道を開けてくれた。
とても有難いことではあるんだが…さっきから何をニヤニヤしているんだ?舞花。お前が何を期待しているか、あまり考えたくないんだが?
「あれ?マモちゃんは行かないのか?」
教室を出ようとした俺は、まだそこに残る巨神に気付く。
俺の問いに、彼は教室の一角を指さした。
「うん。飾り付けとかまだみたいだからさ、僕は手伝うよー」
ああ、マモちゃんみたいに背の高い子が居ないから、飾り付けが中途半端になっていたのか。
流石はマモちゃん。優しいな。
俺は彼を残して、1年生の教室を去る。もう誰にも横槍を入れられて溜まるかと、一心不乱に階段を駆け上る。
そうして2年1組の教室まで行くと、教室の壁に背中を預けたジュンさんの姿があった。
うわっ。待たせちゃったか。
俺が慌てて駆け寄ると、伏せ気味だったジュンさんの顔が上がる。少し泣きそうな顔で「虎ちゃん」と言いながら駆け寄ってきた。
なぬ?
「遅れてごめん、ジュンさん。何かあったのか?」
またセイジにやられたのかと思い、俺は気持ちが急いた。でもジュンさんは「ううん。ちょっと不安だっただけ…」と呟いて、俺の手を握った。
俺のせいだったか。くそぉ…。ノゾミさんや1年生に捕まっていた時間を、タイムリープしてやり直したい。
「立ち話もなんだ。教室に戻るかい?」
「ううん。えっと、2人でお話が出来たらなぁって、思っちゃって…」
そうしよう。是非そうしよう。
俺は2組のドアを開けて、ジュンさんをエスコートする。
他の教室や場所では、生徒が溢れているからね。ここなら暫く、誰も帰って来ないだろう。
俺は自分の席の前に椅子を設置して、ジュンさんにはそこに座ってもらう。座って早々、ジュンさんが優しい笑みを向けてくれた。
「優勝おめでとう、虎ちゃん。決勝戦見たけど、凄くてさ。あたしまで興奮しちゃった」
「ああ、ありがとう。ジュンさんの応援も聞こえていたよ。そのお陰で前を向けた。こちらこそ、君に感謝している」
ボロ負けしていたハーフまでは、声援も殆ど無くなっていた。そんな中でも心を強く保てたのは、ジュンさんが俺達を応援してくれたからだ。
俺が感謝の言葉を述べると、しかし、ジュンさんは表情を固くした。
…何だろうか?何時もなら喜ぶか恥ずかしがるのに、今日はちょっと違う。先程も「不安だ」と言っていたし…。
あれか。試合後にノゾミさんから抱き着かれたのが原因か?
「ジュンさん。何か不安があるのなら教えてくれないか?俺はどうも察しが悪くてね。君を傷付けてばかりで申し訳ない」
「ううん。違うよ。あたし、虎ちゃんには守られてばかりだから。でも…」
でも…なんだ?何が引っかかっている?
俺が固唾を呑むと、遠慮がちにジュンさんが聞いてくる。
「あのさ、虎ちゃん。ノゾミに何か言われた?」
「何かって…試合後のことかな?」
俺が問うと、ジュンさんはゆっくりと頷く。
やはり、あの時のがネックになったか。
「あの時言われたのは、優勝した喜びと、彼女を名前呼びするようにという依頼の2つだ」
「名前呼び?それだけ?」
うん?それだけって…他に何を言われたと思ったんだ?何か嫌味でも言われたと思ったのか?
「うん。本当に、その2点だけだよ」
「そっか〜」
良かったぁ。
そんな声が聞こえそうな息を吐き出しながら、ジュンさんの表情が柔らかくなっていく。
そこでふっと、思い出した。
「ああ、試合直後はそう言われただけだが、打ち上げの時はお話しようと誘ってきたな。1組に行くと言ったら、自分のクラスを大切にしなさい…的なことを言われた」
「うっ…早速、邪魔してきたか…」
邪魔?俺とジュンさんの接触を防ごうとしていたって事か?親友のジュンさんを守る為?それとも、セイジのハーレムを守る為?
もしかしてノゾミさんは、俺の目的を察していて、敵になろうとしているのか?
「虎ちゃん!」
様々な憶測が俺の頭の中を駆け巡っている間に、ジュンさんが俺の横に移動してきた。そこで、ぎゅっと俺の腕を掴む。
「これからノゾミとも接点が色々増えると思うけど、その…もし良かったら…あたしとも色々、仲良くして欲しくて…今までみたいに勉強会とか、一緒にトレーニングとかしたいんだけど…」
「勿論だ。ジュンさん」
俺は力強く頷いて、俺の腕を掴んでいた彼女の手を取る。
「寧ろ、俺からお願いしたい事だ。これからも俺と、変わらぬ交流を…いや、更に深く交流して貰えたら嬉しい」
「ふっ、深く?!」
ジュンさんがアワアワし始める。
しまった。ジュンさんに警戒されてしまったか?俺など、友人とすら見られていなかったのか?
「済まん!ジュンさん。嫌なら、今まで通りで…」
「違う!違うよ、虎ちゃん!嫌じゃない!」
「おっ、おう。そうか」
本当だろうか?俺に気を使って、無理してない?
まぁ、どちらにせよ、いきなり飛ばすのはダメだな。水族館デートでもしようかと思っていたが、もっとライトなプランを考えた方が良さそうだ。
「しかし、そうなるとノゾミさんの意図が分からんな…」
「えっ?いと?」
「ああ。打ち上げでちょっとスピーチをする機会があって、その動画を彼女が欲しがったそうなんだ」
俺の邪魔をしようとしているのなら、その動画を悪用される可能性がある。
何だろう?俺のフェイク動画でも作る気か?この世界のAIって、そこまで進んでいたっけ?
「虎ちゃん!」
「うぇっ!?」
考え込んでいたら、またジュンさんが迫ってきた。しかも、さっきより圧が強い。
「あたしも、その動画欲しい」
「えっ?いや、俺が偉そうに語っているだけの物で…」
「欲しい!」
「わっ、分かった。分かったから」
一体みんな、何に使う気なんだ?
俺は怖くなってきた。




