4話〜ほぉ。どう言う事だ?〜
複数の女の子を侍らせて、困った様な笑みを浮かべる男子生徒。
その異様な光景に、俺の中では憤怒とも取れる感情が入り交じった。
ヤツを殺せ。アレを許すな。
強い衝動が、俺に拳を握らせる。
「一体、何だと言うのだ、あの者は…」
「ええ、本当に。腹立たしいものですね、セイジの野郎は」
「セイジ?」
俺が聞くと、ヒデちゃんはため息混じりに答える。
「ええ、そうです。上郷清治。勉強もスポーツも、あっしらと殆ど変わらない平凡な奴なのに、この学園のアイドル達を独り占めにしている卑怯者ですよ」
なるほど。それは確かにおかしな奴だ。
見た感じ、背は高そうだが猫背で、前髪も伸び過ぎて目が隠れてしまっている。
パッと見は、容姿に優れているとは言えず、普通の文系男子といった出で立ちだ。
そうであるのに、野球部のエースやサッカー部のイケメン男子を押し退けて、クラス中の女子生徒達から熱い視線を一手に集めている。
まるで、ハーレムゲームの主人公みたいだ。
…ゲーム?
なんだ?この違和感と焦燥感は。本当にこれが、虎の感情なのか?惰弱な虎の感情にしては何か、こう何か、根源を揺さぶられる様な力強さを感じる。
ただモテる男に嫉妬するだけの感情には、とても思えん。
俺は何か、大切な事を忘れているんじゃないか?
「どうしたのー?虎二さん?」
「何処か、具合でも悪いんですか?」
いつの間にか頭を押さえていた俺に、2人が心配そうな声を掛けてくれた。
それに、俺は無理やり笑顔を向ける。
「ああ、いや、済まん。何でもない」
そう言いながらも、俺の足はその元凶へと向かっていた。
詳細は分からずとも、彼が何らかのキーパーソンであるのは確かだ。であるなら、早めに接触した方がいいだろう。
善は急げ。何かあってからでは、遅いのだから。
「おはよう、上郷君。ご歓談中のところ申し訳ないが、ちょっと良いかな?」
「えっ?あ、ああ…」
「言い訳ないでしょ!」
セイジ君が曖昧に頷きそうになると、それを阻止する様に女子生徒が1人、我々の間に入り込んだ。
なんだァ?おめぇ…。
俺が邪魔者を警戒すると、虎のデータベースから勝手に情報が飛び出してくる。
彼女の名前は七音望。頭脳明晰で明るく、クラス委員長もこなす優秀な生徒。男女問わず人気者で、学年のアイドル的存在らしい。
その影響力は、俺にも及んでいた。
大きな瞳にくっきりとした目鼻立ち、顎下まで伸ばされた黒髪が、優しくサラりと流れる。キュッと結ばれた口元も、可愛らしい桜色の唇が愛らしく映る。
睨みつけられていると言うのに、俺の中には苛立ちや焦りよりも、喜びが前に飛び出していた。彼女に話しかけて貰っただけで、心臓がバクバクと暴れ回る。
「くっ…」
そのせいで、俺は何も言えなくなっていた。極度の緊張が、俺の体を縛り付ける。
ノゾミさんの厳しい目が、俺の心臓を射抜く。
「貴方達また、セイジに嫌がらせしようとしているんでしょ?させないわよ。私はセイジの…幼馴染なんだから!」
「い、嫌がらせ?」
どう言う事だ?
「とぼけても無駄よ。私、知っているんだから。私達が見ていないところで、セイジを追いかけ回したり、難癖付けているのを。セイジはただ、私達と楽しくおしゃべりしているだけよ。それなのに貴方達は、何も悪くないセイジに辛く当たったりして…最低だわ!」
「さい…てい…」
血の気が引いてしまった。ノゾミさんに嫌われると感じて、足が震えて心臓も変な鼓動を刻み始める。
頭の中に(逃げろ!逃げろ!)と言う感情が流れ込んでくる。
このままでは不味い。押し切られる。
俺は拳を握り、振り上げる。そして、思い切り殴りつけた。
己の、心臓を。
ボフッ!
「なっ、なに?いきなり、何をしているの?」
「いえ、なに。少々不整脈なものでして。あまり気にしないで頂きたい」
突然の奇行に、ノゾミさんは引き気味だ。
でも、俺の内側は少しだけ落ち着きを取り戻した。血流が正常になるにつれ、曇り出していた思考が戻ってくる。
彼女達に、真っ直ぐ向き合う。
「それより、もう少しお話を聞かせて頂きたいのですが?」
「話って…貴方と話す事なんて、私には何も無いわ」
これだけ言っても、キッパリと断ってくるノゾミさん。彼女の瞳には、僅かながら恐怖の色も浮かんでいた。
それだけ、俺が怖いのだろう。今まで友好関係を一切築いて来なかった男が、突然コミュニティへ入ろうとする事に嫌悪している。
こんな状態では、まともな情報収集は出来ない。得られた情報の真偽も定かではないからな。
「そうですね。些か性急に過ぎました。謝罪致します。君も、驚かせてしまって済まなかったね。上郷君」
俺がセイジ君にも謝ると、彼は「あ、ああ…」と訳も分からないままに頷いた。
流され易い人間なのかな?それは、こちらとしては好都合だ。
俺がその場を去ると、後ろからは「なに、アイツの口調」とか「何を企んでるの?気持ち悪い」と、こちらを警戒する女子達の声が聞こえた。
やはり、今の俺ではマトモに話しかけることすら出来ない様だ。
セイジ君の事については気になるが、先ずは情報と人望を集めるべきだな。
俺が元の場所に戻ってくると、ヒデちゃんが青い顔で出迎えた。
「だっ、大丈夫ですか?虎二さん」
「うん?ああ、いや。失敗してしまったよ。ガードが堅いね、あの人達」
これがスクールカーストと言う奴だろうか。一軍の人達を相手に、我々五軍では話しかける事も出来ない。貴族制度が廃止され、財閥が解体しても尚、残り続ける学校の身分制度。
学生の世界も大変だ。
俺がこの世の壁を痛感していると、ヒデちゃんは「いやいや」と首を振った。
「全然失敗じゃないっすよ!あの七音さんと会話してたじゃないですか。大成功じゃないですか!」
そうか?会話と言うよりも、半分罵倒だったけど?
「大成功…ねぇ」
「そうですよ!2年の男子みんなが指咥えて見てるしか出来なかった所に、虎二さんは平然と切り込んで行った。革命的な事ですって!」
そこに痺れて憧れてくれたって事か?感謝されるのは、悪い気はしないがね。
「良く分からんが…その憧れの七音さんが言っていたぞ?上郷君が嫌がらせを受けているって。俺はまた、彼に良からぬ事をしてしまっていたのか?」
「ええっと…ええっと…」
「う〜ん…」
マモちゃんは慌てだし、ヒデちゃんも考え込んでしまった。
実行犯を目の前にしているから言い難いのか?それとも、やはり俺が主犯だから言うのが怖いのか。
これは、妹にでも当たるべきかと考えていると、ヒデちゃんが視線を彷徨わせながら小声で呟いた。
「先ずですね、あっしらだけの事じゃありませんし、嫌がらせって言うのも語弊があります」
「ほぉ。どう言う事だ?」
ヒデちゃんの話を要約すると、こうだ。
セイジ君は何時も、ノゾミさんや他の女子生徒に囲まれて、学園生活を謳歌している。その為、他の男子生徒からは相当な恨みを買っているらしい。
そんなミラクルラッキーボーイなセイジ君だが、本人はあまり自分の境遇を理解していないとの事。
それが余計に男子生徒達の反感を買ってしまい、男子達の間では敵視されているのだとか。
「だから、あっしらがイジメていると言うよりも、本人の方に問題があってですね…」
「まぁ、分からなくもないが…」
だが、それだって立派なイジメだと俺は思うぞ?モテている奴へのやっかみでしかないし、それでセイジ君を攻撃するのはどうかと思う。
そう、俺も思っていた。
その日の昼休みまでは。
「はい、セイちゃん。あーん」
「あっ!抜け駆けしないでよ、ジュン。私の卵焼きが先だって約束でしょ?」
「コハルのウインナーも食べてー」
「おっほん!セイジ君。オカズの前に、先ずは私のおにぎりから食すべきだと思うが?」
昼休み。
俺はヒデちゃんに連れられて、屋上へと来ていた。ここでなら、セイジ君の本性が見られると聞いてきたのだが…。
そこでは、レジャーシートの上でお弁当を広げるセイジ君達の姿があった。彼に向けておかずを差し出している娘はみんな、ノゾミさんレベルに可愛い人ばかり。しかも、中には生徒会長だとか、大地主の娘さんなんて肩書きの子も居るらしい。虎二データベースに載っているから、確かな情報だ。
なるほど。これはなかなかに刺激的だ。男子生徒が一度は妄想するシチュエーションではないだろうか。
少なくとも、俺の中では虎二の感情が爆発しそうになっている。今すぐにでもあの中に飛び込んで、無茶苦茶にしたい衝動が喉から出てきそうだ。お陰で、心臓を三度も叩いてしまった。
そろそろ、本当に止まっちゃうかもしれんぞ。
「どうですか?虎二さん」
屋上に出る手前の階段で隠れていると、ヒデちゃんが我慢ならないと言う感じで彼女らを指さす。
俺は大きく頷く。
「甘いな。MAXなコーヒーを煮詰めたレベルで甘いな」
「いや、まぁ、雰囲気もなんすけど…セイジの野郎についてですよ」
「うん?」
セイジ君?
美少女にばかり気を取られていた俺は、改めて中心に居る彼に意識を向ける。
すると…。
「待てよ、みんな。そんな一気には食えないって」
必死な彼女達に向かって、朗らかに笑うセイジ君の姿があった。
むせ返る様な好意の波状攻撃に、しかし彼だけはのほほんとしている。
まるで、家族と過ごしているかのように。
「セイちゃん。どれが1番美味しかった?」
「えっ?どれって…みんな美味かったよ。何時もありがとうな」
ノゾミさん達が真っ赤な顔で必死に言い寄っても、それを受ける少年は動じない。全員に当たり障りのない答えを返し「明日は肉が食いたいなぁ」と、彼女達の愛を受ける事を当然のように振舞っている。
それなのに、周囲の美少女達は怒らない。新たな愛を貢げるチャンスに「お肉ね」と目を輝かせていた。
これは…。
「随分と歪な、ハーレムだな」
俺はボソリッと呟いた。




