47話〜負けたくない。絶対に〜
「「「わぁあああ!!」」」
ノゾミさんのシュートが入った瞬間、試合終了の合図すら掻き消す大歓声が巻き起こる。我々を応援してくれた2年生サイドだけでなく、敵だった筈の3年生サイドからも多くの拍手と歓声が鳴り響いていた。
そんな中を、俺は駆ける。最後を決めたチームメイト達に駆け寄る。
「ヒデ!」
「虎二さん!」
倒れたままだったヒデちゃんを助け起こして、俺達は抱き合う。
「ナイスファイだ!流石はヒデちゃん!」
「夢中でやした!咄嗟だったんす!でも、なんか自信があったんす!」
「虎二さーん!」
のっそのっそと、マモちゃんもやってくる。俺はヒデちゃんを離して、マモちゃんと握手する。
「よく相手を引き付けてくれた、マモちゃん。君がディフェンス2枚を引き付けてくれたから、七音さんがフリーになれたんだ」
「僕は何もしてないよー」
そんなことはない。最後だって、入らなかった時の為にとリバウンドを構えていた。タイムアップだから意味の無い行為になってしまったが、勝利を意識して動いた事が大きいのだ。
意味があったといえば、あの練習も大いに意味があった。
ジュンさんと一緒に行ったバレーの練習。あれがあったから、俺はジャンプサーブを打つ事が出来たし、ヒデちゃんも際どいレシーブを成功させた。ジュンさんからは「時間が勿体ないよぉ」と言われたが、そんなことはなかった。
努力に無駄など無いのだ。ただ、使い道を考えてやればいいだけの事。
「「くろさわぁ〜!」」
特に大きな声援が降りかかり、俺は顔を上げる。
クラスメイトの木下君達だ。腕をブンブン振って、大興奮している。
ああ、そうだな。これで、総合優勝が見えてくる。
俺はそいつらに、拳を突き出す。
「約束通り、優勝したぞぉ!」
「「おぉおおお!!」」
男子達も拳を振り上げ、雄叫びを上げる。
なんだか、凄い達成感だ。あれだけあった疲労が全部吹っ飛び、体が浮いている気がする。今なら、空も飛べるのではないだろうか。
そんな感覚を覚える俺の体に、誰かが抱き着いて来た。
「やったね!黒沢君!」
「なっ、七音さん?!」
ノゾミさんだった。
「スリー決めたよ!私。しっかり決められたよ!」
「あっ、ああ。よくやった。よくぞやってくれたよ!本当に!」
ノゾミさんの大胆な行動に戸惑っていたが、段々と彼女の喜びが伝わってきて、俺も心が踊った。その頑張りに、彼女の肩を叩いて労いと感謝の言葉を送る。
すると、彼女は顔を上げて、笑顔を向けてくる。
「黒沢君のお陰だよ。シュートの時、ノゾミって呼んでくれたから入れられたの。背中を押して貰えたみたいで、力が湧いたのよ」
「あっ!ごめん。あの時、俺、君を呼び捨てにして…」
またやっちまったと、俺は後悔で仰け反る。
でも、ノゾミさんはそれを引き戻す様に腕の力を強くする。彼女の瞳が、俺の姿を映す。
「良いよ。それで良いんだよ。これからも私の事、名前で呼んでね?」
可愛く微笑む彼女だが、その言葉には重みがあった。従わざるを得ない強制力を感じた。
戦友って感じだけじゃない気がするけど…どうなんだろうな。セイジの魅了が解けかけている?いやでも、ジュンさんですら囚われたままだし…。
そう俺が思案していると、ドタドタとこちらに駆け寄って来る足音が聞こえた。視線を上げると、さっきまで2階席に居た男子達が俺へと駆け寄って来ていた。
「おーい!」「黒沢!」
「おおっ!」
勝利を祝いに、態々駆け付けてくれたのか。
そう思って感動しそうになった俺。でも、徐々に近づく彼らの目が座っているのを見て、これは違うと思い直した。
そして、それは当たっていた。
「どうしてノゾミちゃんと抱き合ってんだ、こらぁ!」
「どうなったらそうなるのか、説明しろおらぁ!」
成田君を先頭に、野郎どもが怒号と共に俺を取り囲む。
説明しろって言われても、俺がして欲しいくらいだ。
そう思うも、そんなことをこいつらに言える筈もなく。俺はそのまま何処かへと連れていかれる。
と、その時、観客席のジュンさんがこちらに手を振っているのが見えた。
そうだ。彼女に会いに行かないと。
「待ってくれ!俺の、俺の話を聞いてくれ!5分だけでいいから、俺を2階席に行かせてくれ!」
「逃がすか!」
「色々吐いてもらうぞ、黒沢!」
ああ、ジュンさん…。
虚しくも、俺の手は空を掴むばかりであった。
〈◆〉
「隣、良い?」
虎ちゃんが連れていかれるのを目で追っていると、そんな声が聞こえた。見上げると、ビブスを着たままのノゾミが立っていた。
「いいけど…」
「ありがと」
あたしが頷くと、ノゾミはそう言われるのが分かっていたみたいに、すっと隣に座った。そして、彼女も虎ちゃんの方を向いた。
「ごめんね、ジュン。私も、黒沢君の事が好きになっちゃった」
「…見てたら分かるよ」
ずっと虎ちゃんばかり見てたし、さっきはみんなが見ている前で抱き着いたりもしていた。幾ら鈍いあたしだって、そんなの見せられたら嫌でも分かる。
ノゾミが彼を狙っているっていうのは、一目瞭然だ。
「そうだよね。ジュンには分かっちゃうよね。だって、ずっと私と一緒に居たんだもの。ずっと一緒に、セイジを追いかけていた仲だもの」
「うん」
分かっていた。ノゾミは今まで、あたしと同じ人に惹かれていた。だから、虎ちゃんを好きになってしまうのも時間の問題だった。ただそれが、あまりにも早過ぎたってだけ。
だから言ったでしょ?虎ちゃん。君はもうおデブさんじゃなくて、とっても魅力的な男の子なんだよ。
「またあたし、ノゾミと一緒に追いかける事になるんだね。今度は、虎ちゃんを」
「違うわ」
えっ?
あたしは驚いて、ノゾミの方を見る。でも彼女は、ジッと前を見続けていた。
「あの時とは…セイジの時とは全然違う。だってあの時は、こんなに気持ちが溢れて来なかったもの。こんな風に、頭の中が誰かで埋め尽くされることなんてなかった。セイジの時は、彼の周りにみんなが居て、みんなとお喋りして、カラオケ行って、お昼を食べることが楽しかった。セイジだけじゃなくて、みんなと一緒に居る事が普通だった。でも…」
ノゾミがこちらを見る。その瞳に、あたしは映っていなかった。
「今はダメ。ジュンと笑い合っている黒沢君を見たり、ナツさんと競り合っている彼を見ていると、凄く不安になる。彼には、私だけを見て欲しいって思ってしまう。私だけの色に染めたくて仕方が無い。彼を見ていると、今まで感じたことがないくらいの幸せを感じるけど、それと同じくらい黒い感情も沸いてくるの」
ノゾミの目には、もう彼しか映っていなかった。上郷君を追いかけていた時とは、まるで違う。これが、ノゾミの本気なんだ。
可愛くて、頭が良くて…一度虎ちゃんに告白されたノゾミ。今でも彼の心に居座り続ける彼女に、あたしなんかが勝てる訳ない。
「ノゾミ…分かったよ」
今回は、潔く退こう。虎ちゃんとノゾミなら、お似合いのカップルだ。
あたしはいつの間にか、虎ちゃんとノゾミがくっ付く姿を想像していた。一緒に歩いて、デートして、仲良く手を繋いで、キスをして、それで…。
途端に、あたしの中でも感情が込み上げてきた。それに、堪えられなかった。
自然と、その感情が口から溢れていた。
「でも、あたしは虎ちゃんが好き。ノゾミに負けないくらい…ううん。負けたくない。絶対に」
「ジュンならそう言うと思ってた。私の親友だもの」
ノゾミは小さな笑みを見せて、立ち上がる。でも、再びこちらを向いた彼女の顔には、もう笑は消えていた。
「でも、これからは恋敵だからね?」
「…うん」
あたしが頷くのを見てから、ノゾミは1階へと降りて行った。
あたしも立ち上がる。動き出さなきゃって、そう思えて。
なんだか虎ちゃんみたいな考え方だなって、あたしはいつの間にか、笑みを浮かべていた。
〈◆〉
私が、負けただと?
全ての試合が終了し、試合結果を集計している集会の中でもまだ、私は同じことを考えていた。
目の前で書記の子がホワイトボードに記録を投影しているが、どうしてもそこに書かれたバスケの順位に納得がいかない。
何故、私の上に別の者が居座っているのだろうか。何故みんなは、その事を受け入れているのだろうか。
「会長?」
副会長が、私に話しかけてくる。
彼女だけじゃない。生徒会役員の全員が、こちらを見ていた。
「あっ、ああ。済まない。少々考え事をしていた」
「いえ、きっとお疲れなんですよ。あれだけ激しい試合でしたから」
その言葉で、私の心臓が嫌な音を奏でる。
疲れている…か。私は、あの試合で相当疲労したのだな。黒沢との勝負で、私は…。
心が沈みそうになって、慌てて首を振る。副会長に笑ってみせる。
「それで?何の話だったかな?」
「はい。総合優勝が同率一位である、3年1組と2年2組をどう扱うかと言う話で…」
「2年2組の優勝で良いだろう」
私の言葉に、みんなは「えっ?」と言う顔を向けてくる。
なんだ?
「宜しいのですか?それでは、まるで3年1組が負けたみたいになります。ここは、このまま同率一位だったとした方が」
「実際に、私は負けたからな」
あの男に…。
そう言うと、みんな信じられない者を見る目を寄越してくる。
…なんだ?そんなに私が敗北を認めた事が珍しいのか?そうでもないだろ。私は普段…。
…普段から、負けず嫌いだったかもな。私が負ければ、皆が危ない目に遭うと考えて、負けてはならないと思っていた。
それは、間違いだったのか?
「いや」
間違いじゃない。才能ある私がやらねば、誰が皆を…セイジ君を守るのだ?私が負けては、誰も彼を守れない。
だと言うのに、私は負けた。黒沢の偽物の力に負け…。
「いや、違う」
そんな偽物に、負ける私ではない。黒沢は何か、芯の通った力を得たんだ。私にすら通用する強力な武器を。
「今回は私の負けだ。だが次こそは…」
次こそは、お前の謎を解き明かし、そして私が勝利する。
なんだ。簡単な事ではないか。
「さぁ、次の議題に移ろうか」
スッキリした私は、声を高らかに声を上げた。
〈◆〉
「おい、どうしたんだよ?黒沢」
「いや、何か寒気を感じて」
そう答えると、成田君は「風邪か?」と首を傾げる。
俺も後ろを振り返るが、特に俺を睨む奴は居ない。永井君の横で、中野君がニヤニヤ笑ってるだけだ。
こいつらじゃないな。誰か俺の噂話でもしているのか?少々目立ち過ぎたのかもしれん。
俺が周囲を見回してると、俺の肩に回された成田君の腕に力が入った。
「それで?どうやってあのノゾミ姫と仲良くなったんだよ?」
「セイジの野郎より、君との方が仲が良さそうに見えたからな。七音さん」
「バスケで〜って言うのはもう聞き飽きたからな?そうじゃなくて、なんかこう、女の子を落とす会話術…みてぇのは無いのかよ?」
「会話術って…中野君は俺に、何を求めているんだよ」
そんなものがあったら、俺が知りたいわ。
まぁ、でも…。
「強いて言うなら、誠実に接する事を心がける事だな。変なプライドで言葉を濁すのは、相手に自分の熱意が伝わらん。正直に話す事が大事だ」
ノゾミさんは分からんが、ジュンさんはそれで喜んでくれる事も多い。刺激が強過ぎて、失神してしまった事もあったが。
俺が持っている恋愛のアドバイスなんて、この程度だ。
笑えば良いさと思って、そんな言葉を投げる。
でも、受け取った成田君と中野君は飛び跳ねた。
「マジか。そんな事でいいのか?」
「簡単じゃねぇかよ!」
「なら俺、前からノゾミちゃんの艶かしい黒髪が好きだったんだけど、それを正直に伝えれば良いんだな?」
「俺もだ!お尻のラインが最高だって熱い思いを、どストレートに告白して来るぜ!」
「待て、待てぇ!お前ら!見切り発車も甚だしいぞ!」
外見ばかり褒めやがって。
そんなのは、ただお前らの欲望を吐き出してるだけだからな?
思春期男子の純粋さと危うさに、俺は冷や汗をかいた。
「落ちたか、七音嬢」
いえ。
「うん?」
落ちただけでなく、頭までどっぷり浸かっています。
「ふっ。まさに、恋に溺れているのだな」
溺れて…引きずり込まれなければ良いのですが…。




