46話~何を、した?~
凄い。本当に黒沢君が言った通りになった。
私はフィールドを見回して、1人1人の様子をつぶさに観察する。
林君も小林君も良い動きをしていて、先輩達を上手く翻弄している。今までの試合の中で、一番キレのある動きをしているんじゃないかしら?
反対に、先輩達の動きは鈍い。足取りは重く、私がドリブルで切り込むとすぐに、誰も追いついて来られなくなる。パスもおざなりになってきていて、私でも何処に出そうとしているのかが分かるくらい。だから、林君は軽々とパスカットを成功させてしまい、私や小林君に繋げてくれる。
そして、そのボールはほぼ確定で、相手ゴールへと吸い込まれていった。
気が付いたら、第3Qが始まる時にはトリプルスコアまであった点数差も、終わった今では18-24まで追いつくことが出来た。
怒涛の快進撃。この状況を作り出したのは、私の横に座る男の子。
その彼が手を叩き、みんなを鼓舞する。
「よしっ!良いぞ、みんな。俺の想定以上の動きをしてくれているぞ。お陰で、先輩達は予想以上に藻掻いている」
「いやいや。虎二さんの作戦勝ちっすよ。まさか前半戦で手を抜いただけで、先輩達がこんなになるなんて思いも寄らなかったっす」
「手を抜いた訳ではない。後半戦に向け、体力を温存したんだ」
そう。私達が取った作戦は、とてもシンプル。自分達は体力を残し、相手ばかりに疲労を蓄積させるというもの。その結果、第3Qが始まった時には、先輩達は殆ど動けなくなり、逆に私達は自由に活動することが出来た。
本当にシンプルな作戦。それで、ここまで効果があるなんて…。
「信じられないわ」
「うん?何がだい?七音さん」
「あっ、その…先輩達が、あまりに疲れ過ぎていると思って」
彼らはバスケ歴こそ浅いものの、現役の運動部員だ。これくらいの運動は、放課後の部活動で何時も行っている筈なのに。
「そうだね。七音さんが言う通り、疲れすぎている。でもそれは、会長が無理を強いているからなんだ」
「ナツさんが、無理を?」
「ああ。彼女は自分が動きやすいようにと、彼女のスペックに合わせた動きをメンバーに強要していた。ただでさえ命令通りに動くのは疲れるのに、その命令基準が超人である会長基準だから、疲労は加速度的に溜まる」
そっか。ナツさんはずっと、チームメイト達を意のままに従わせていた。休憩時間も立たせたままだったし、ろくに休憩も取らせていなかった。彼女基準で周りを付き合わせたから、みんなが先にバテちゃったんだ。
「加えて、圧倒的に勝っていたのも影響している。優位であれば、人は己の過ちを鑑みない。順調だからと高をくくってしまう。そして、勝っている時はアドレナリンが放出されて分からり辛いが、こうして負けが込んで来たら…」
「疲労を思い出して、止まってしまう」
「その通り」
黒沢君が私に笑いかけて来る。いつもの可愛い笑顔じゃない、かなり悪い笑顔。それを見ていると、心臓がキュッと鷲掴みされたようだった。
前から思っていたけれど、黒沢君は本当に頭が良い。教室で、コーチって呼ばれるのが嫌だって視線で訴えかけただけで、すぐに呼び方を変えてくれたし、セイジに乱暴されそうになった時も平和的に解決へと導いてくれた。そう言う優しい配慮だけじゃなくて、こんな人を食ったような考え方も出来る。
テストで点数が取れるとか、そんな頭の良さじゃない。彼は本当の意味で、頭の良い人。
本当に素敵な人だわ、黒沢君。こうして近くに居るだけで、彼の魅力を次々と見つけてしまえるくらい。
もう、目が離せない。
こんなの見せられたら、離れられないじゃない。
ビィイー!
「おっ、始まるか」
休憩終了の合図で、彼が立ち上がる。私達も直ぐに、彼に付き従う。
それを見て、彼が笑う。
「さぁ、みんな。勝ちに行こうか」
「はいっ!」
付いて行くわ。何処までも。
〈◆〉
「はぁ、はぁ、はぁ」
何故だ。何故誰も、私の後ろを付いて来ない。何故誰も、私の思いに答えない。
「くっ!」
私は敵陣の中で、孤軍奮闘していた。目の前には見飽きた顔が、試合直後と変わらない姿で立ちはだかっている。
こいつも、何なのだ?何故こいつだけ、私の前から居なくならない。幾ら振り切っても、千切っても、何度でも食らいついて来る。
何度も、そう、何度も。
まるで私の影の様に、ずっと私について来る。
この完璧な私が、こんな奴に…。
お前は、
「はぁ、はぁ、お前は、誰だ?」
「黒沢虎二。よく知っているでしょ?」
知らん!少なくとも、私と並ぼうとするお前など、知る筈がない。そんな奴、いる筈がないからだ。
この私について来れる者など、いる筈がない!
「はぁああ!」
私は本気で奴を抜きに行く。圧倒的な速さで、奴との差を明確に見せつける。私が本気を出せば、こんな奴は有象無象の1人だと明らかになる。
そう思った私の手が、空を切る。さっきまで感じていたボールの感覚がなくなる。
私の手から、ボールが消えた。
何処に?
そう思うと、後ろからボールを着く音が聞こえる。慌てて振り返ると、黒沢がドリブルをしていた。
私の手から、奪っただと?誰の手も借りず、私との1対1を制した?
私が、負けた?
「有り得ん」
それは、有り得ない。
奴だけには、決して。
私の正義が、偽りの力などに負ける筈がないのだ!
「せぇええい!」
私は全力で駆ける。でも、追いつけない。奴の背中が、徐々に遠ざかっていく。
バカな。私が走り負けるだと?陸上部にすら無双するこの私が、何故こんな怠惰な男に負けるのだ?
私は、私の体は、どうしたというのだ?
スパンッ。
「「「わぁああああ!!」」」
「スリーポイントだぁ!」
「あと1点だ、黒沢!あと1点で追いつく!シュート1本で逆転だぁ!」
「「くっろさわ!くっろさわ!」」
大勢の生徒が、奴の名前を呼ぶ。ついこの前まで陰口でしか聞かなかったその名前が、今は称賛の言葉に彩られていた。
その声に手を上げた奴が、こちらを振り向く。醜く肥えていたブタは、もうそこにはいなかった。私の目の前に居るのは、輝かしいオーラを背負った1人の少年であった。
こいつが、黒沢なのか?いつの間に、こんな痩せたのだ?どうやってこんな変わる事が出来た?
やはり、有り得ない。何かの悪事に手を染めねば出来ぬことだ。
「黒沢、くっ…」
奴に詰め寄ろうと思ったのだが、足が前に出なかった。見ると、私の膝が震えていた。産まれたての子鹿の様に、弱々しく崩れそうになっていた。
私は顔を上げ、奴を睨む。
「何を、した?」
私にまで、どんな手を使ったのか。
しかし、奴は首を振る。
「何も。ただ、貴女は自分の体を酷使し過ぎたんですよ」
「なに?」
酷使…私が疲れただと?だが、その私を防いでいたお前は、今もピンピンとしているではないか。
「有り得ん。お前に負けるなど。完璧な私がお前ごときに負けるなど、ある筈がない!」
ただ怒りのままに、私は叫んでいた。
こんな奴に負けては、私の存在理由が消滅する。私は強くあらねばならぬのだ。強く、守れる様に。
セイジ君を、全てから守る為に…。
「ふむ。貴女…傲慢ですね?」
焦る私を、奴は見下ろす。首を傾げ、考え込む。
「ならばお見せしましょう。貴女が持つ天賦の才と、俺が培ってきた泥臭い努力。どちらが上か、このワンプレイで証明してみせましょう」
「望むところだ」
どちらにせよ、もう時間が無い。
次がラストプレイだ。
「ボールを!」
私が手を上げると、直ぐにボールが飛んでくる。
だが、
「いただきっす!」
私の目に前で、またしてもオカッパがボールを奪っていく。
そのまま、前線の巨人にパスを回そうとするオカッパ。
そうは、させんぞ!
「せりゃぁ!」
なりふり構わず、私は飛び込んでボールを弾き出す。ボールはそのまま場外へと飛び出し、それを黒沢が追う。
その間に私は振り返り、仲間達を睨む。
声を張る。
「お前達!泣いても笑っても、これがラストプレイだ!死ぬ気で動け!全てを吐き出せ!」
「「おおぉっ!」」
彼らの目に、僅かな光が戻った。動かなかった体を引きずり、自分のマークする人間の前に張り付く。
粘り強く、張り付く。最後の力を振り絞って、2年をしっかりと押さえた。
あとは、黒沢だけ。
「うん?」
しかし、スローインの為に構えた黒沢は、直ぐにボールを投げなかった。視線を彷徨わせ、ガッチリガードされている仲間達を見回しているばかり。
…いや、スローインが出来ないのか?思い返せば、こいつがパスを出すのは必ず近場の選手だった。遠くの選手に投げ渡す時は、必ずオカッパを経由していた。
つまり…。
こいつにロングパスは無い。
「総員!誰も通すな!」
「「うっす!」」
これで、黒沢はパスが出せない。そのまま時間が経てば、反則でこちらにボールの権利が渡る。残り時間は10秒。スコアは25-26。こいつらにさえボールを渡さなければ…勝てる!
私の頭の中で、完ぺきな未来図が描かれた。
その時、奴の手からボールが離れた。しかし、その方向はフィールドの方ではなかった。奴の頭上、そのはるか上空へと上がっている。私の後ろで、観客の男子が「「あぁ~…」」と残念そうな声を上げている。
失敗か。どうも黒沢は、肩が良くないらしい。こんな弱点があるとは、やはり黒沢。偽物の力など、所詮はこんなもの。
自然と笑みが浮かんだ私に、影が落ちる。
大きな影。それは、黒沢のものだった。
奴も高く飛び上がり、右手を後ろに大きく引いていた。そして、落下してきたボール目掛けて、思いっきり腕を振り下ろした。
この動き…まさか、バレーの!
「ジャンプサーブ、だとぉ!?」
驚く私の横を、黒沢によって打ち出されたボールが吹っ飛んで行く。その剛速球は、流石の私も反応することが出来なかった。
いや、私ですら反応できないのだ。ならば、
「こんなパス、誰も取れん!」
「舐めるなぁ!」
私の言葉を、黒沢が否定する。
それと同時に、剛速球に向って誰かが飛び出した。
オカッパの男子だ。
「いけぇ!ヒデ!」
「余裕っす!」
そう言いながら、オカッパはボール目掛けて飛び込む。バレーのリベロみたいに床を転がり、間一髪でボールを弾き飛ばす。そんな不安定な状態で弾いたボールは、しかし、ある一点へと真っ直ぐ向かって行った。
そこで待ち構えていたのは…。
「ナイスよ!林君!」
「たのむっす!七音さん!」
ノゾミ君、ただ1人。
余りにも速い弾速に、余りにも早い展開に、3年の誰もが追い付けずにいた。
2年だけが、互いを信じて動き出していた。ただ私が指示を出すだけの3年とは違い、自ら考え動いたからこそ繋がったパス。
そして、
「フリーだ、ノゾミ!打てぇ!」
「はいっ!」
跳び上がったノゾミ君の手から、ボールが放たれる。それは綺麗な放物線を描いて、ゴールへと向かう。
試合時間が、今、0になった。これが外れれば、私達の勝ちだ。
入るな。
「入るなぁ!」
「いいや!」
私の声を、否定する黒沢。
ただ静かに、奴は笑った。
「もう、入ったよ」
その声の直後、私達のゴールネットが静かに揺れた。
スコアは、28ー26。
スリーポイントシュート。
我々が…この私が、負けた瞬間だった。
ジャンプサーブ…それにレシーブ…。
バレーボールの練習は、無駄ではなかったのですね。
「無駄な努力などありはしない。そう言いたいのだな」




