44話〜ナツさんを見詰めて、どうしたの?〜
「違うんだ!ジュンさん!今のはただ、テンションが上がっただけで…」
「テンションが上がったら、虎ちゃんは女の子と手を繋ぐの?」
「いや…俺のテンションじゃなくて…」
2階まで駆け上がり、ジュンさんの前まで駆け寄ったまでは良かったが、その後で難航していた。案の定、ジュンさんは頬をぷっくり膨らませて、俺を出迎えたのだった。
思ったよりも怒っているな。まだセイジの魅了が解けていないと思っていたが、そうでも無いのかもしれない。もしくは、恋愛感情とは別の感情で怒っている?例えば、親友のノゾミさんに手を出したとでも思っているとか?
まぁ、兎に角。
「済まなかった、ジュンさん。あの様な行為をしてしまい、深く反省している」
俺は両手を合わせて謝る。すると、ジュンさんは頬に貯めていた空気をフゥーと吐き出し、ニコッと笑顔になる。
「ウソウソ。冗談だよ、虎ちゃん」
「冗談、なのか?」
本当に?
俺が彼女をジッと見詰めると、慌てたように手を振るジュンさん。
「もうっ、虎ちゃんったら。彼女でもない私に、そんな真剣に謝らなくていいのに…」
「ぐっ…」
そ、そうだよな。ジュンさんは俺の彼女でも何でもない。それなのに、必死に謝ってしまった俺は何と自意識過剰で気持ち悪い奴なのだろうか。
ちょっと痩せて、周囲からもキャキャーと黄色い声が上がっていたから勘違いをしてしまった。勘違いで、勝手にジュンさんから好意を寄せられていると思い上がってしまった。
ジュンさんの思い人は、あのセイジなのだ。舞花をあんな風にさせてしまい、会長すら狂人に変えてしまう魅力を持つ奴に、痩せた程度では太刀打ち出来る筈がない。今の俺は、やっとスタートラインに立っただけなのだぞ?
「大丈夫?虎ちゃん。ごめんね。あたし、何か変なことを言っちゃったかな?」
俺が考え込んでいると、ジュンさんが不安そうな顔で覗き込んで来た。
なので、俺は小さく首を振る。
「いや、君はいつも優しく接してくれているよ」
そりゃもう、それを好意だと、俺が勘違いしてしまう程に。
でも、俺はそんな君が好きだ。誰にでも優しく接することの出来る君を、あんなどうしようもない奴に渡したくないと強く思う。
であるから、少し強引な手を使わせてもらう。
「ジュンさん」
「なっ、なに?虎ちゃん」
「済まないが、この後始まるバスケの決勝戦を、是非見てはくれないだろうか?そこで俺が、3年1組に勝つ様を見て欲しい」
「えっ?」
とても驚いた顔を向けてくるジュンさん。
ああ、分かっている。次の3年1組は、あのナツ会長が率いる精鋭部隊。同じ3年のチームにトリプルスコアを叩き出すチームに、俺達のような寄せ集めのチームが勝てるとは思えない。
だが、勝たねばならない。
ここで勝って、ここまで積み重ねてきた努力を少しでも、彼女に見せる必要がある。それが決定打とならなくても、少しでもジュンさんの心を動かす一打にしたいと思う。
あの超人である会長に勝てば、セイジに惚れ込むジュンさんの鎖を、少しでも削れると俺は思っている。
だから、
「俺の我儘なのは承知だ。でも、それでも、君に見て欲しいんだ」
「うん。分かったよ、虎ちゃん」
俺が決意を持って願い出ると、ジュンさんは優しく微笑んでくれた。少し頬が赤いけれど、俺の熱が伝染したのだろうか?少なくとも、これが俺に好意を持っている証だと、勘違いしてはいけないんだ。
そうしていると、階下で行われていたコート整備が終わり、スタッフ達が試合開始前の確認を始めた。
そろそろ行かねば。
「では、ジュンさん。行ってくる」
「うん!気を付け…ううん。勝ってきて、虎ちゃん!」
「ああ、勝ちに行くぜ!」
君の為に。
俺は階段を降りて、自軍ベンチへと駆け寄る。既にみんな揃っていて、軽い準備運動をしていた。
そして、向こう側のベンチには、長い黒髪を靡かせるナツ会長の姿があった。盗撮魔騒動の時にも会った筈だが、今の彼女は別人のオーラを纏っていた。
何となく、彼女が本気なのだと分かる。俺に竹刀を突き出した時よりも、更に鋭利な雰囲気を身に纏っている。
あの時ですら、まだ本気じゃなかったのか?
そう思っていると、背後からも似たような雰囲気が突き刺さる。
へぇっ?
「黒沢君。そんなにナツさんを見詰めて、どうしたの?」
「ああ、七音さん」
一瞬、ジュンさんに見られているのかと思ったが、彼女だったらしい。試合前で気持ちが高ぶっているのかな?
俺は安心して、再び会長に視線を戻す。
「あの人が、随分と本気に見えてね。生徒会のトップである彼女が、何故ここまで闘志を燃やしているのかと不思議に思っていたんだ」
「ああ、そういうこと?それはね、きっとナツさんだからよ」
安心したような笑みを浮かべるノゾミさん。
逆に、俺は「うん?」と首を傾げる。
「それは、どういうことだい?」
聞いてみると、会長は何事でもトップを目指す性分なのだとか。名のある武術家の娘である彼女は、小さい頃から英才教育を施されており、その全てにおいて優秀な成績を収めているらしい。
それ故に、今回の球技大会もただ1位を目指しているのだろうとノゾミさんは言う。彼女にとっては何の意味もない賞品でも、総合優勝という肩書だけでも本気になるには十分なのだと。
「だから強敵よ。ナツさんもバスケ歴は皆無だけれど、きっとそこらの現役選手よりも上手いと思う。加えて、運動神経は陸上部以上だから」
「全方面における天才ってことか。そいつは厄介だ」
チームメイトに指示を飛ばす彼女を見て、俺は固い笑みを浮かべる。一級品の強さを前に、どう戦うかと思考を巡らせる。
そうしていると、右手が暖かく柔らかいものに包まれた。見ると、ノゾミさんが俺の手を優しく包み込んでいた。
彼女は、優しい微笑みをこちらに向ける。
「大丈夫よ、黒沢君。貴方なら勝てるわ。だって、こんなに頑張ったじゃない」
そう言って、彼女は俺の手のひらをなぞる。そこに刻まれたタコと傷が、これまでの努力を物語っていた。
うん、そうだ。彼女の言う通りだ。十分な努力は重ねて来たのだ。だから、後はこの努力をどう発揮するかだけ。
俺達が築いて来たこの努力を、活かすも殺すも自分次第なんだ。
「ありがとう、七音さん」
「当然。私は、貴方のコーチよ?」
本当に責任感が強いな、君は。
余りに一途な彼女に、俺はつい笑みがこぼれた。凝り固まっていた心が、柔軟性を取り戻した。
と、そんな風にノゾミさんと笑みを交わしていると、ズンズンとセイジが近づいて来た。
「おい」
「何かな?上郷君」
「何をコソコソ、ノゾミと話してんだ?」
ほぉ。いっちょ前に嫉妬しているらしい。自分の女が他の男と喋っているからって、焦っているのか?彼女達を大切に扱えない奴の言葉とは、とても思えんな。
俺は何とか笑いを堪え、真面目な顔で向こうを指さす。
「会長の事だよ。彼女を攻略するにはどうしたらいいか…そうだな、君の方が詳しそうだ。是非とも教えてくれないか?」
「はぁ?攻略?」
「そうだ。会長に打ち勝たねば、我々に勝機はない。君が良い手を知っていればと思ったが…案外、君をぶつけてみるのも面白いかも知れんな」
「えっ?」
良い手かもと思って提案してみたが、セイジは明らかに動揺し、怒りを引っ込めて慌てだした。
「いや、それは、無理じゃねぇか?遊びでも、ナツさんは本気で俺を負かしに来るし。今回もきっと、俺なんて簡単に抜かれちまうぜ?」
「そうか。ではやはり、彼女には俺から七音さんが当たるしかないか…」
結構いい考えだと思ったが、会長は想い人にも手を抜かないらしい。
残念だ。こういう時こその魅了だろうに…。
俺が肩を落とすと、セイジが俺を指さす。
「それより、ノゾミとばかり喋ってるのはおかしいんじゃないか?俺達はチームなんだから、林とかと喋ってろよ」
「何を言っているの?セイジ。私と黒沢君はフォワードよ?一緒に攻める私達だからこそ、より親密な会話が必要なんじゃない」
「うっ…じゃ、じゃあ、俺がフォワードをやるよ。黒沢君は、ちょっと下がって…」
「有り得ない。黒沢君が前線に居てくれるから、私達は戦えてるのよ。そうよね?みんな」
ノゾミさんの問いかけに、他のメンバーも大きく頷く。
それを見て、セイジは口をパクパクさせる。そして、俺にグッと近付いて来た。
「あんま、ノゾミに近付くな」
…何を言ってるんだ?こいつは。そんな縛りプレイをして勝てる程、相手は甘くないぞ?
俺は呆れながらも、彼に反論しようと口を開く。だがその前に、ノゾミさんが俺達の間に割り込んで、セイジを睨みつけた。
そして、
「彼氏でもないのに、偉そうなこと言わないで」
「ぐぅっ…」
セイジが轟沈した。
分かるぞ、お前の気持ち。その言葉は鋭利だよな?俺もさっきやられたから、切れ味は痛い程分かるよ。
流石の俺も彼が可哀そうになり、「大丈夫か?前半戦休む?」と座り込んで声を掛ける。でもセイジは「…でるぅ…」と言葉を絞り出し、フラフラと立ち上がった。
…早めに交代させてやるか。
『さぁ!これより、球技大会バスケットボールの部、決勝戦を開始いたします!』
「「「わぁああああああ!!!」」」
俺達もフィールドに出ると、体育館内で放送が始まり、集まった観客達からの歓声が爆発する。見上げれば、2階の観客席は超満員。座れなかった生徒達が窓際でズラリと並んでいる状態だった。
凄い人だ。コンサート会場に来たみたいだぜ。テンション上がるなぁ~。
「大丈夫?黒沢君」
俺が観客席を見上げていると、ノゾミさんが駆け寄ってきて、俺の隣に並ぶ。
緊張で体が動かなくなっていないか、心配してくれたみたいだ。
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう。七音さんは緊張していないかい?」
「ある意味緊張しているわ。でも、とても心地の良い緊張よ」
うむ。それって、ゾーンに入っていると言う事だろうか?だとしたら、今まで以上に期待できるぞ。
「おーい!くろさわぁ!」
ふと、俺の名前を呼ぶ声が降って来る。見上げると、そこには木下君達2年2組の男子達が手を振っていた。
「頼んだぞ、黒沢!優勝だ!」
「悪い!俺達バレーは3位だったんだ!」
「ドッヂは9位だ!」
「でも!まだ総合優勝狙えるぞ!」
「頼む!黒沢!」
そうか。バレーもドッヂも頑張ったんだな。その頑張りに報いねば。
「任せろ!」
俺は彼らに向けて、グッと親指を上げる。すると、隣に立つノゾミさんが俺を真似て、同じ様にサムズアップしてくれた。
ホント、ええ娘やな。
「くそぉ!羨ましいぞ!黒沢!」
「めっちゃ、仲良くなっとるやないかい!」
「そこ変われぇ!」
ええ…。
その反応はおかしくない?
「何を言ってるのかしら?あの人達。黒沢君はとっても頑張ったから、ここに立っているって言うのに」
ノゾミさんも憤慨している。
まぁ、まぁ。あいつらも、半分冗談で言っているんだ。
…ちょっと目が血走っているから、8割くらい本気かもしれんけど。
「さっ、行きましょ?黒沢君」
「ああ」
俺は観客に背を向け、進む。
ナツ会長率いる、3年1組と戦うために。




