43話〜やぁ、上郷君!君もお疲れ様!〜
ビィイイーー!
「「わぁああ!」」
試合終了の合図が鳴り響くと、会場は拍手に包まれる。それと同時に、相手チームの殆どは座り込んでしまった。
スコアボードを見ると33-20となっており、かなりの大差が付いていたのが分かった。それだから、彼らは座り込んでしまったのだろう。
少々やり過ぎたかもしれん。済まない。
「やったわね!黒沢君!」
心の中で相手チームに頭を下げていると、ノゾミさんが黒髪を跳ねさせながら近付いてきた。そして、手を高く上げた。
おっ、またやるんだね。
俺も彼女に合わせて、手を高く構える。
パンッ。
ハイタッチ。
「これで、本戦出場が決まったわ。まさか、経験者が1人だけのチームで、ここまで来られるなんてね」
キラキラした笑顔で、ノゾミさんは喜ぶ。
その気持ちは良く分かるよ。現在勝ち残っているチームの殆どは、メンバーの多くを経験者で固めているからね。そうでなくとも、運動部や背の高い人を優先して配属している。我々のように、殆どがチビの未経験者なんてチームはもう残っていない。みんな1回戦で敗退していた。
だから、ノゾミさんがここまで喜ぶのは、俺もよく理解できた。
だがね、それというのも…。
「七音さんが指導してくれたお陰だよ。俺達3人が戦えているのはさ」
「当然。私は貴方達のコーチなんだから」
そう言って、ワザとらしく胸を張るノゾミさん。でもすぐに吹き出して、コロコロと笑う。それに、俺も釣られて笑みが浮かんでいた。
そうして2人で笑い合っていると、ノゾミさんの後ろから重い足取りでセイジが近付いて来るのが見えた。随分険しい顔で、俺と談笑しているノゾミさんを睨み付けている。そして、奴の腕が伸びて来て、楽しそうに笑うノゾミさんの肩へと置かれそうになった。
ふむ。こいつ、また彼女の華奢な肩を、鷲掴みにするつもりだな?折角コーチが勝利を喜んでいると言うのに、無粋な男である。
だが、君のその鬱憤を、彼女に吐き出させはせんぞ。
今まさにノゾミさんの肩へと置こうとしたセイジの手に、俺も手を伸ばす。奴の手が置かれる直前、俺がその手を取って、しっかりと握手をした。
満面の笑みを、セイジに向ける。
「やぁ、上郷君!君もお疲れ様!」
「あっ、いや…」
「フル出場してもらって助かったよ!なかなか体力があるんだな、君」
「えっ?ああ、まぁ、ちょっとは…ね…」
俺が大きな声でセイジを褒めると、出鼻を挫かれた奴は曖昧に返事するので精一杯であった。
押しに弱いのは変わってないな、お前。
「さて、色々と反省点もあるだろうが、先ずは体を休めよう」
そう言って、俺はみんなをフィールドの外へと押し出す。不満気なセイジもまとめて引き連れて、全てを有耶無耶にしてしまう。
「(小声)ありがと、黒沢君」
セイジの背中を押しこくっていると、俺のすぐ隣にノゾミさんが並んで、そう耳元で囁いた。
俺は驚いた表情を作って「何のこと?」と返したのだが、彼女はただニコリと笑い、そのまま走り去ってしまった。
うむ。俺の配慮が見抜かれていたか。なかなか鋭い娘だな、ノゾミさん。
それからすぐに、本戦へ出場するチームが出そろう。各学年から3チーム。計9チームでトーナメント戦を戦う。
我々の初戦は1年生のチームだ。ここからは組み分けもランダムとなるので、初戦で3年生と当たらなかったのはかなりの幸運だ。加えて、相手チームの男子達に見覚えがあった。
バレーボール会場で、ジュンさんを視姦していた奴らだ。
と言う事で、俺は全力で後輩達を相手にした。第1Qから攻め続け、相手の陣形をかき回す。ディフェンスではマモちゃんにシュートを叩き落としてもらって、ヒデちゃんにパスカットを徹底してもらった。
そうしていると、第3Qに入るころには相手も体力が尽きてしまい、こちらのワンサイドゲームになった。俺とノゾミさんが次々と得点を重ねていって、余裕があったらマモちゃんにも攻めてもらった。
「いくよー!ダンクー!シュート!」
「ナイスだ!マモル!」
試合の終盤。ダメ押しのダンクシュートが決まると、1年達は完全に足を止めてしまう。そのまま試合終了の合図が鳴り、相手はその場で崩れ落ちた。
結果は34-10。トリプルスコアである。大人げないと思われるかもしれないが、俺は全く後悔していなかった。
俺は、床に仰向けになっていた1年達に近付き、手を伸ばす。
「おーい。大丈夫か?君達」
「はぁ、はぁ、すんません、先輩。皆さん、強過ぎて…」
「だからって、こんなところで寝転ぶなんて恥ずかしいぞ?ほら、見てみろ。観客席からみんな、君達の事を見ているぞ?」
俺が周囲を指さすと、やっと男子達は立ち上がろうとする。でもコケてしまい、観客から笑い声が上がる。それが余計に、彼らの表情を硬くさせる。
俺は彼らを見下ろす。
「分かったかな?人に見られたくない姿を見られるってのは、凄く恥ずかしくて苦しい事なんだ。君達はそんな事をしたりしないで、純粋な心で試合を見るようにするんだよ?」
「うっ……」
苦しそうに呻く1年生達。
どうやら、自分達がしてしまった事を恥じてくれたようだ。
もう、するんじゃないぞ?次やったら、親衛隊に怒られるからな?
1年生との試合は、比較的楽に勝つことが出来たが、次の2戦目はかなり苦戦した。相手が3年生であり、準決勝まで勝ち残った猛者だったからだ。
かなり厳しい戦いとなり、ちょっと気を抜くと簡単に逆転されてしまう場面が続いた。
その為か、みんなの疲労もかなり溜まってしまう。
「やべぇ…シンドい…もう無理だぁ〜」
第2Qが終わったハーフタイム。そう言ってベンチに倒れ込んだセイジは、本当に辛そうだった。顔が真っ青だし、今にもリバースしそうな様子だった。
男子だからと、女子メンバーよりも多くの時間を出場して貰っていたのだが、流石にこれ以上は無理だ。
元々、インドア派の奴だからな。2週間前のヒデちゃんに毛が生えた程度の体力しかない。
「交代だ、上郷君。よく頑張ってくれた」
「あぁ〜、やっとかぁ〜。死ぬぅ…」
交代と聞いて、そのままベンチに四肢を投げ出すセイジ。顔に白いタオルを掛けてるから、マジでご臨終かと思ってしまう恰好。
南無南無。
「他のみんなは大丈夫か?七音さんも出っぱなしだけど、まだ行ける?交代は難しいけど、後ろに下がって貰う事はでき…」
「いやよ!私はシューティングガードに残るわ。貴方の隣で走れる選手なんて、私しかいないもの」
ノゾミさんが瞳に強い光を携えて、俺を真っ直ぐに見る。
ああ、俺は卑怯者だな。責任感の強い彼女なら、こう言うのは当然だろう。勝つ為に彼女の力が必要だからと、こうして焚き付ける様な事を言ってしまった。
「ありがとう、七音さん。君が残ってくれて、本当に助かるよ」
「当然よ。私は、貴方のコーチなんだから!」
おっとぉ。そのコーチって言葉、セイジの前で言っちゃって大丈夫なの?
俺は焦ってセイジをチラ見したけど、奴は変わらず安置されたままだった。
死人に口なし?まぁ、今回は聞かれていなかったって事で良かったよ。
「では、上郷君が抜けた穴は、谷津田さんと前原さんの2人で交互に埋めて貰って、残り4人は引き続き頑張るぞ!」
「はいっ!」
「分かったよ、黒沢君」
「私達も頑張るね!」
女性陣が元気に答える一方、残った男性陣から悲鳴を上げる。
「ええっ!?虎二さん。あっしらには大丈夫かって聞いてくれないんですか?」
「君らが大丈夫なのは、俺が保証する」
「勝手に保証しないで欲しいっす!」
「それだけ元気なら大丈夫だろ」
「優しい言葉が欲しいっす!」
ヒデちゃんはショックを受けているが、それを見たみんなは声を上げて笑った。そのお陰で、みんなの緊張も解けた気がする。
ナイスなコントだったぞ、ヒデちゃん。
えっ?マジで泣きそうだって?またまた、芸達者なんだから。
そうして、気持ちを新たにした我々は、押され気味だった空気を少しずつ押し返していく。ボールの支配率が上がっていき、シュートの数も増えていった。そうすると、自然と点数も徐々に引き離すことに成功した。
みんなの気持ちが軽くなったのも一因だと思うが、後から入った女の子達が頑張ってくれたのも大きい。セイジと違って、攻めにもしっかり参加してくれるから、純粋に攻撃力が上がっていた。
あら?もしかして、セイジが我々の足を引っ張っていたのか?最初から彼女達を入れていたら、もっと楽な試合だった?
そうも思ったが、試合が終わると同時に女の子達は肩で息をする。
う~ん。やはり体力的に見ると、まだセイジに頑張ってもらう必要があるな。
俺はベンチに視線を向けて、セイジの様子を窺う。後半をずっとベンチで休んだ奴は、流石に起き上がる事は出来ていた。でも、ベンチに座ったまま、ノゾミさんお手製のドリンクを煽るばかりだ。もう1人の女の子は、ベンチから立ち上がって我々を応援してくれていたというのに。
…今更か。もうセイジに対しては怒りも湧かない。それだけ、彼に期待するのを諦めてしまったのだろうな、俺は。
そう、残念に思っていると、背後から軽い足音がした。
「やったわ!黒沢君、決勝戦よ!」
ノゾミさんだ。キラキラした目で俺を見上げ、両手をこちらに向けていた。
俺も両手を出してタッチの構えをしたのだが、ノゾミさんはタッチではなく、俺の手に彼女の手を押し付けて、指を絡めて握ってきた。
ええっ!?
「今の試合も8点差だったし、このままの調子なら私達、優勝できちゃうんじゃないかしら?」
「あっ、ああ、そうだね。良い調子だ」
ぴょんぴょんと小さく跳ねる彼女に、俺は驚き過ぎて生返事を返していた。
普段冷静な彼女だけど、テンションが上がるとこんな感じなのか?年相応の少女って感じで可愛らしいけど…指を絡めるのはどうかと思うぞ?これって、恋人繋ぎって奴だと思うし…。
この娘も結構危ういなぁと思っていると、頭上から強い視線を感じた。見上げると、こちらをジッと見つめるジュンさんの姿が…。
ぐぉおお!ヤバイ!これはヤバイ!早く、弁解しに行かないと!
「みんな悪い!俺ちょっと先に上がるわ。決勝まで時間あるから、十分休んでくれよ!」
俺はそう言って、ノゾミさんとの濃厚な握手を解き、一目散に2階席への階段を登る。
頼むから、何処かに行かないでくれよ?ジュンさん。
〈◆〉
彼が階段を駆け上がっていく様子を見送った後、私は観客席を見上げる。
そこには、私の親友が怖い顔でこちらを見詰めていた。
〈どういうつもり?〉
彼女の顔には、そう書いてあった。
焦るよね?不安だよね?好きな人の隣に、自分じゃない他の女が居るなんて、居ても立っても居られないよね?
でも、ごめんね、ジュン。もう少しだけ、感じさせて欲しいの。
私だけしか入れない、この甘い空間を。
私だけが隣に立てる、この尊い時間を。
だって、私は…。
「彼の”コーチ”、なんだから」
気のせいか、火花が見えます。
「お前のセンサーは正常だ」




