40話〜俺には不要だ〜
ジュンさんのバレーを応援しに来たら、ジュンさんの体目当ての男が詰めかけてきており、俺は怒りを覚えた。そして最悪なことに、彼女を盗撮している輩まで見つけてしまった。
こいつはもう、黙ってはいられない。とは言え、本当にそうなのかはここからでは分からない。
と言う事で、俺は先ず、奴が本当に盗撮魔なのかを確かめるべく、こっそり移動することにした。
今まで我々は、1階のバレーボールコート周辺に設置されている見学者エリアの南側に居た。盗撮魔らしき男は西側のエリアで、今もコソコソしている。なので奴の傍まで移動したのだが、西側まで行くのにちょっと時間が掛かった。我々が行っていたバスケの試合とは比較にならない程、この試合の見学者が多いのが原因だ。
やはり、ジュンさん目当てで来ている男子が多い。1回戦が終わり、負けて予定が白紙になった生徒が大半なのだろう。彼らは勉学や部活の修練に時間を費やすことをせず、己の欲情を満たす為だけに彼女へと詰め寄っている。
嘆かわしい。これでは、セイジが独占状態だったのも仕方がないのではないか?
俺は不満を抱えながら、目標のすぐ後ろまで移動することに成功する。以前までの体形だったら、皆をドミノ倒ししながらの移動となっていただろうが、今なら人の隙間を縫って移動できる。ここでも、ダイエットの効果が出ていた。
その甲斐あって、周囲は俺に気付いた様子はない。皆は相変わらずジュンさんのおっぱいに釘付けだし、容疑者は俺を視界に入れてもスルーしていた。
ふむ。俺や周囲の男子には見られても良いと思っているのか?では、盗撮ではなかったのか?
そう思ったが、直ぐに奴は尻尾を出す。俺の目の前でスマホを構え、堂々とジュンさんを撮影し始めたのだ。
しかも、
カシャカシャカシャ!
連写してやがる、このクソ野郎。
ここなら間違いなくその犯行音も聞こえ、奴のスマホにはジュンさんがブロックの為に跳んだ姿がしっかりと写っていた。
うん。これは立派な犯罪だ。こいつは容疑が確定したな。後は、断罪するだけだ。
俺は怒りを抑える為、大きく息を吐き出す。そして、こっそりと周囲を見回した。皆は相変わらずフィールドに熱中しているが、何人かは盗撮魔の方をチラチラ見ていた。でも、その目に怒りや嫌悪の色は見えない。あれだけ堂々と撮影していても、誰も盗撮魔を非難する様子が無い。
こいつは…どういうことだ?まさか、こいつらもグル?
いや…。
ビィイー!
合図が鳴り、フィールドから選手が一旦退く。
ハーフタイムだ。
それと共に、俺もヒデちゃん達の所へと戻る。そして、小さな声で情報共有を行った。
「…と言う事で、奴は黒だ」
「それは許せないっすね。虎二さん。今回はあっしも止めません。さっきやろうとしていた鉄拳制裁を加えちゃって下さいよ」
「ああ、そうなんだが…それは会場の外でやろう」
ここで大事にしたら、球技大会の運営自体が危ぶまれる。それに、盗撮魔は随分と慣れた様子で撮影していた。まだまだ余罪があるかもしれない。
そして1番は、
「出来れば、盗撮されていたことをジュンさんに知られたくない」
彼女の心を傷つけたくない。もしもこの場で取り押さえたりしたら、多くの生徒達にジュンさんが盗撮されたことを知られてしまう。そうなれば、彼女を更に傷つける恐れがある。
故に、事は慎重に、そして秘密裏に処理する必要があった。
「なので、2人には被疑者と接触し、校舎裏へ呼び出しておいて欲しい」
「えっ?あっしらがですか?虎二さんじゃなく?」
「俺は少々調べたいことがある。なに、直ぐに追いつくさ」
「そうですか?でも、そいつがあっしらの呼び出しに応じるとは思えないっすよ?どうすればいいんです?」
「ふっふっふ。俺にいい考えがある。こう言えば、奴は必ず食いついてくるだろう」
「なんて言えばいいんすか?」
「こう言うんだ。俺が…」
俺はヒデちゃんに、簡単な指導をする。そして、2人と別れて再び被疑者の元へと戻る。
奴が更なる犯罪に手を染めるのを、怒りを堪えて見据える。そして、試合が終わると周囲の男子に話しかけた。
「なぁ。今の試合、凄かったよな。へっへっへ。それでさ、最前列に居た男子について、ちょっと話を聞きたいんだけどさ…」
そうして、十分な情報収集を終えた俺は、約束の場所へと到着する。
校舎裏。そこに着くと、既にヒデちゃん達が被疑者を連れて来ており、俺を待っていた。
被疑者は俺を見るなり、目を細めた。
「あれ?黒沢君が来るって聞いたんだけど、君は誰だ?」
「俺が黒沢虎二だよ。ダイエットが成功して、少々見てくれは変わってしまったがな」
俺がそう言うと、被疑者の隠田は目と口を大きく開けて固まった。
それに構わず、俺は話を進める。
「それで?ここに来てくれたと言う事は、俺との話し合いに応じてくれるということだな?」
「えっ、あっ、うん。いいよ。勿論さ。やっと君も、その気になってくれて嬉しいよ」
そう言って、スマホを取り出す隠田被疑者。
それに、俺は待ったをかける。
「交渉事には慎重さが大切だ。後で言った言わないとなっては面倒だからな。このやり取りを録音させて貰いたいのだが…」
「えっ、録音するの?」
露骨に嫌そうな顔をする隠田。
それに、俺は小さくため息を吐く。
「そうか。嫌なら、この話は無かった事に…」
「わっ、分かった!良いよ。音声だけだよね?」
「ああ。音声だけで十分だ」
渋っていた隠田は、俺が手を引こうとすると態度を一転させる。
この交渉を待ち望んでいたのは、寧ろこいつの方だったのだな。
実に滑稽。
「では先ず、事実確認からさせて貰おう。先程の2年1組と7組の試合で、君は式部さんの写真を撮っていた。そうだな?」
「式部さんだけじゃなくて、他の子もバッチリ撮ってるよ。ほら、連写もしてるから、胸の揺れ具合とかリアルで追えるんだ」
自信満々で見せ付けて来るな。
嫌悪感を覚えるも、俺は薄ら笑いを浮かべ続ける。
「そうか。それで?そいつの相場は幾らくらいにしているのだ?」
「そうだねぇ。我が校のアイドルの乳揺れだからねぇ。通常の5割増って所かな?あっ、連写の奴はセット価格で売り出すつもりだよ」
隠田は嬉々として、俺に金額を提示してくる。
そう。こいつは盗撮だけでは飽き足らず、その画像をプリントアウトして校内でこっそり売買していたのである。周囲の男子がやけに協力的だなぁと思って聞いて回ってみたら、そいつらも過去に、この隠田から写真を買っていた奴で、今回もジュンさんの写真に期待していたのだ。
その証言を取るために遅れてしまったが…それだけの労力をかけた価値はあった。
俺はニヤリと笑みを深くする。
「ほぉ?その程度の金額なのか?無垢な少女達を盗撮したにしては、嫌に安値を付けるな」
「いやいや。僕は、みんなの為にやっている所もあるからね。同じ学友として、特別価格って奴だよ」
まるでボランティアでもやってる風に、隠田はほくそ笑む。そして、俺が安値と言った事に目を輝かせる。ワザとらしく手を叩いて、いい事を思い付いたみたいな顔をする。
「黒沢君って、確か七音望が好きだったよね?彼女のもあるよ。良かったら見てみる?アイドル達のは1年生の頃から取り揃えてて、君になら特別に、アルバムにして売ってあげても良いよ」
「ほぉ?随分前からやっているのだな?」
「ふっふっふ。これでも、ここに入学してから2年近くやってるからね。あまり大きな声で言えないけど、あの生徒会長の1年生だった頃もあるよ?あの頃は今みたいに暴力的じゃなくて、とてもお淑やかな人だったからさ。今じゃプレミアだよ」
なに?あの暴力女は、元々は大人しかったのか?
おっと、いかん。話が逸れる所だった。
「そうか。随分と大胆な提案だが、俺には不要だ」
「分かってるって。君が会長を苦手にしているのはさ。それで?何が欲しいんだい?ノゾミ姫のアルバムだったら、大急ぎで明後日には…」
「言ったであろう。全て不要だ。俺に必要なのは、こいつだけだからな」
俺はそう言って、録音状態のスマホを見せ付ける。すると、隠田の顔が見る見る青くなる。
「はぁ?何言ってんだよ?その録音を、どっ、どうするつもりだよ」
慌てる隠田に、俺は漸く本当の笑みを見せる。
「ほぉ?その様子からして、自分が過ちを犯していた事は自覚している様だな」
「違う!僕は、みんなが喜ぶからやっていて…」
「金銭を得る為だろう!まだ自覚がないようだが、それは立派な犯罪だ!貴様は既に高校生。少年法すら適用されない、一般人なのだぞ!」
犯罪と言う言葉で、隠田は一層顔を青くする。足を震わせて、俺のスマホと顔の間で視線を行ったり来たりさせた。
手がワキワキしているが、俺のスマホを奪いたいのだろうか?でも、俺の後ろに居るマモちゃんの存在がそれを押し留めていた。
身長195cmあるマモちゃんは、抑止力としてバッチリだ。
俺はスマホを小さく振る。
「これを俺が理事会に提出すれば、君の退学は免れない。場合によっては、被害者達から訴えられるかもしれん。写真の売買までしてしまったのだからな。前科がついてもおかしくはない」
だが、と、俺はそこで声のトーンを下げ、少しだけ表情を緩める。
「君がこの事を恥じ、被害者達に誠心誠意謝る覚悟があるのなら、音声の提出は見送り、君に出頭する機会を与えよう。それで幾分かは、科される罪も軽くなるやもしれん」
どれだけ減るかは分からんが、俺が告発するよりはマシだろう。
だが、あくまでその覚悟を持てたらの話ではあるがな。
「どうする?隠田少年」
「ぼ、僕は…」
隠田は目を伏せて、考えるそぶりを見せる。そして、顔を上げる。
「分かり、ました。僕は…」
「そこで何をしている!」
隠田先輩が決意を言葉にしようとした時、鋭い声がそれを遮った。
声の方を見ると、こちらへと駆けて来る体操着姿の生徒会長が居た。彼女は俺の前に立つと、隠田先輩を背中に回して俺に竹刀を構える。
「何やら生徒同士で揉めているとの通報で来てみたが…やはり貴様であったか、黒沢虎二」
「何も揉め事など起きていませんよ、生徒会長。ただ隠田先輩からお話を聞かせてもらっていただけにございます。そうですよね?隠田先輩」
俺は肩を竦めて、隠田先輩にボールを渡す。ここで話を大きくされて困るのは、先輩なのだから。
そう思ったが、話を振られた先輩の表情が徐々に良くなる。震えが無くなり、小さな笑みまで浮かべ始めた。
そして、
「ぼ、僕は脅されたんです!万江村会長。黒沢君に、盗撮するように強要されました!」
ほぉ、そのような道を選ぶか。
面白い。
俺は奥歯を噛み締め、歪な笑みを浮かべる。




