38話~甘いっす!~
毎度ご愛読下さり、誠にありがとうございます。
今日はちょっと長めの5000文字です。
「まぁ、ゆるりと読んでくれ」
「おおっ!やっと来てくれたのかよ、黒沢君」
駆け付けた俺がコートに入ると、真っ先にセイジが近付いて来た。予想外の出迎えっぷりに、俺は「ああ…」としか言えなかった。
それに、セイジがニヤリと笑う。
「ああー、やっと休めるぜ。俺、もう足がパンパンでさ。明日筋肉痛確定だよ、これ」
「ちょい待ち」
俺と入れ替わろうとするセイジの肩を掴み、俺はコートの中を指さす。
そこには、膝に手を着く女子達の姿があった。
「交代はあの子達が先だ」
「えっ?いや、あの、俺も疲れて…」
「あぁ?」
つい、俺は怒気を漏らしてしまう。
慌てて取り繕った笑みを浮かべ、首を振った。
「女の子は優しく扱うもの。そう言ったろ?」
「あ、ああ…そういや、そうだったな」
と言う事で、俺はベンチで腐っていたヒデちゃんも投入し、女子2人を休ませる事にした。
退る時に女子達が「ありがとう、黒沢君…」と弱弱しく頭を下げていたので、やはり彼女達を先に交代させたのは正解だった。
…出来れば、ヒデちゃんにもお礼を言って欲しかったが。
「いやぁ、やっとあっしの出番ですかい。ヒマ過ぎて、ヒマを売り出そうかと思ってた所っすよ」
「悪いな、ヒデちゃん」
「黒沢君!」
ヒデちゃんの愚痴を聞いていると、ノゾミさんが駆け寄ってくる。その手にはボールが。
「ごめん。抑えきれなくて…」
「いいや。良くここまで抑えて、14点も入れてくれた。ありがとう、七音さん」
俺がお礼を言うと、ノゾミさんは凄く嬉しそうに「うん!」と頷く。
余程、切羽詰まっていたんだろうな。可哀想に。
「さぁ、ここからが正念場だ。行くぞ、みんな!」
「はいっ!」「はいっす!」「はーい!」「はぁ…」
〈◆〉
第3Qも、残すところ3分という所で、黒沢の野郎が入ってきた。勝ちに来たとかほざいていたが、嘘なのはバレバレだ。きっと、下手なのを式部さんに見られたくなくて、時間を置いて出場したんだ。
俺達がへばってると思ったか?残念。俺達は全員運動部で、俺は小学校までバスケやってたんだよ。バスケ歴ゼロのお前じゃ、恥さらして終わるだけ。そしたら式部さんも気付くだろう。こんな奴、彼女に相応しくないと。
マジで、俺達には好都合な展開だぜ。
「黒沢君!」
おっ、早速あいつにボールが回ったぞ。
さて、じゃあ姫様に2枚付けて…って、めっちゃ速いぞ!?黒沢のドリブル!
「迎え撃て!荒井!」
「おっけ!」
俺は慌てて荒井に指示するも、あのバカ一瞬で抜かれやがった。
そして、そのままゴール下まで侵入した黒沢が、レイアップでゴールを決めた。
ちっ!
「何やってんだ、荒井!お前、サッカー部だろ!」
「わ、悪い。でも、あいつ素早しっこくてさ…」
「何言い訳してんだ、バカが!」
あいつは万年帰宅部のお坊ちゃんだぞ?連合の情報では、50m走を12秒で走るバッキバキの陰キャ。そんな奴に抜かれて、サッカー部として恥ずかしくねぇのかよ。
「くそっ。兎に角、1本返して点数差をひっくり返す…」
俺はドリブルで切りこもうとした。だが突然、目の前に大きな壁が現れた。
なっ、なんだ、これ…?
「ここからは、通さないよー」
違う。壁じゃない。こいつ、ゴール下にいたデカ物じゃねぇか。
「何でお前が、こんなとこに…」
「僕はこのチームの、マーモリ神だからだよー」
くっそ…。調子こきやがって!
「小島!」
仕方なく、俺は前を走っていた小島にロングパスを出す。
だが、
「いただきっす!」
それを、オカッパの男子がカットしやがった。
はぁ?!
「見え見えっすよ?今のパス」
「良いぞ、ヒデちゃん!こっちだ!」
「頼みます!虎二さん!」
俺から奪ったボールは、すぐさま黒沢へと渡る。奴が軽快なドリブルと共に、俺へと迫ってくる。
ああ、そうかよ。なら、
「俺が直接、ぶっ潰してやるぜ!」
俺も駆け出す。目を皿のようにして、全神経を奴の動きに向ける。
どちらで来る?右か?左か?ゴールに近い左で行きたいよな?それとも、並走するデカ物へのパスか?
もう少しでぶつかる所で、奴の歩幅が小さくなる。そのまま、体が左へ流れる。
予想ドンピシャ!やっぱ左だ。
俺は心が踊り、奴の動きに合わせて左へ。驚き顔を見せる奴の手から、ボールを奪い去ってやっ…。
あれ?ボールが、ない。今まで目の前にいた奴が、消えた?
何処に?
「右だ!佐野!」
荒井の声で右を見ると、悠々と俺の右側を抜き去っていく黒沢の姿があった。
はぁああ!?
「ちょっ」
俺は慌てて体を入れようとするも、その時には既に、黒沢は俺を抜き去っていた。ゴール下で守っていた荒井も易々と躱し、そのままレイアップを決めた。
何なんだ?今の動きは。
「くそぉ…」
「なぁ?分かったろ?」
俺が悔しがっていると、荒井が半笑いで近付いてきた。
ムカつく。
「笑ってんじゃねぇ!なんで俺達が抜かれたか、お前は分かってんのか!?」
「いや、分かんねぇけど…お前は分かるのかよ?」
分かんねぇからムカついてんだろ、くそっ!
俺は、2組のコートへ戻る黒沢を睨みつける。速いドリブルだが、特に技を使った様には見えなかった。俺は確実に止めたと思ったし、そこに黒沢も居た筈なんだ。
なのに、一瞬で消えた。まるでゴーストだ。
意味が分かんねぇ。だが、このままじゃ不味い。
だから、
「今度、奴がボールを持ったら、俺とお前の2枚でプレス行くぞ」
「おっけ。ダブルチームな」
ゴーストの様に消えるなら、退路を全部断っちまえば良い。素人かと思って舐めすぎた。ここからは、俺達も本気を出す。
そうして、次の作戦を立てて攻め込んだが、またデカ物とオカッパのコンビに俺達のボールが奪われてしまった。
くそっ!
「虎二さん!」
来る!
奴だ!
「荒井!」
「おっけ!」
俺と荒井は同時に駆け出す。狙うは、こちらに駆け寄ってくる黒沢ただ1人。
こいつさえ止めてしまえば、俺達は…。
そう信じて突っ込んで行くと、黒沢の表情が見えてくる。俺達がディフェンスを展開しているのを見て、ニヤリと寒気のする笑みを浮かべた。
なんだ?何をするつもり…。
俺が僅かに動揺すると同時、黒沢はボールを後ろへと戻す。
そのボールは、奴の後ろを着いてきていたオカッパに当たり、オカッパもほぼノータイムでボールを弾いた。
そして、その先にいたのは。
「ナイスパス!林君!」
いつの間にかフリーになっていた、ノゾミ姫だった。
なっ、なんで、誰も付いていない!?
「止めろぉお!」
俺の声も虚しく、姫様は余裕しゃくしゃくとた構えた後にボールを放ち、そのボールは理想的な放物線を描いてゴールへ向かう。
俺達のゴールネットを、静かに揺らした。
そこで、第3Q終了の合図が鳴る。
ビィイ-ーー!!
その合図を聞いて、何処か安心する自分が居た。
何を安心してんだ、俺は!たった3分で、6点も巻き返されちまったんだぞ?スコアは20-28。第4Qの6分間で、残り8点を守り切れるのか…?
「おい、佐野。佐野って」
「あぁ?」
俺が顔を上げると、表情を暗くした荒井達の顔が目に入った。
いつの間にか、ベンチに戻って来ていた。
「聞いてなかったのか?佐野」
「次はどうするよ?何か作戦考えねぇと」
「やべぇって。あの黒沢って奴。相当うめぇし、運動神経もめっちゃ良い。運動音痴ってのはガセだぜ、絶対」
「いや、黒沢だけじゃなくて、林、小林ペアも結構ヤバくて、ノゾミ姫に人が割けなくなってる。このままじゃ、黒沢、姫のツートップに潰されるぞ?」
「うるせぇ!」
弱気ばかりが行き交う悪い空気を、俺は怒鳴って断ち切る。
そして、
「もう、なりふり構っていらんねぇ。俺達には、式部さんを守るって大事な役割があるんだ。負けるなんて許されねぇ。負けねぇ作戦を仕掛けるしかねぇんだ」
「負けない作戦?それって、どうするんだ?」
「こうするんだよ」
俺は隊員達に説明し、それを第4Qが始まると同時に実行する。
ツーポイントエリアに満遍なく広がる、ゾーンディフェンスだ。これを維持したまま、第4Qは戦う。
それを見て、ギャラリーの中からは嘲笑とも取れる声が聞こえる。
「8組の奴、攻めるのを諦めたのか?」
「守るだけとか、ダッセェ奴らだな」
うるせぇ。
守るもんのない奴らが、好き勝手言ってんじゃねぇ。俺達は絶対に、式部さんを守らねぇといけねぇんだよ。
「来いや!2組!」
「じゃあ、お望み通り行ってあげる!」
開始早々、ボールを持った姫が突っ込んでくる。ツーポイントエリア外に守備は居ないから、楽々と近付いてくる。
でも、ここから先は入れない。俺達が入れさせない。
「くっ」
姫はディフェンスを突破しようとするが、2人抜いた所でボールを奪う事に成功した。そして、奪ったボールはすぐさま2組のゴールへと投げ飛ばす。
勿論、こんな距離じゃリングにも当たらないが、それでいい。このQで、俺達は一切前へ出ない。ただ強固な殻に閉じこもった亀になるんだ。
残り時間、4分ちょい。スコアは20-28のまま。
いける。
そう思っていると、今度は黒沢が俺達に近付いてきた。ゆっくりとしたドリブルで、守備の隙間を探している。
そんなことしても、無駄だぜ?俺達に死角はない。5人で攻めて来てもいいが、そしたらカウンター決めてやるよ。
さぁ、どうする?と俺が腰を深く落とすと、黒沢のドリブルはそこで止まった。ボールを手に持ち、高く構える。
そして、
シュッ。
そこからボールを放つ。ツーポイントの外、スリーポイントエリアから。
こんな遠くから、破れかぶれの粗末なシュート。入る訳がな…。
「「わぁあああ!!」」
はぁっ?
観客の興奮した声で振り向くと、ボールはゴールネット下で規則正しいバウンドをしていた。そして、2組の得点が20から23に切り替わった。
う、嘘だ。入れやがった…。
「佐野!やべぇんじゃねぇか?」
「狼狽えんな!」
慌てて寄ってきた荒井に、俺はピシャリと言い放つ。
「マグレだ。歴ゼロがスリーなんて持ってる訳ねぇ。たまたま決まったラッキーパンチだ」
そう、これはマグレ。そんなのに動揺して、前に出たら相手の思う壺。このまま作戦続行だ。
「おりゃ!」
野球部の小島が投げたボールは、相手のリングに当たって終わる。そして、それを拾った黒沢が、また俺達へと近付く。今度はさっきよりも遠い場所で、シュートモーションに入った。
バカが。入る訳ねぇ。奇跡ってのは、2度も起きねぇんだよ。
そう思いながらも、俺はつい放たれたボールを目で追ってしまった。落ちることない放物線を描き、ボールは伸びる。
そして、
スパンッ。
再び、ゴールネットを揺らす。
なっ!連続スリー、だとぉ!?
「「「わぁあああ!!」」」
「ナイス!黒沢!」
「黒沢くん、カッコイイー!」
奴の偉業に、ギャラリーから無数の声援が飛び交う。球技大会に積極的じゃない女子からも、黄色い声援が奴を押す。
そして、その中には、
「虎ちゃん!カッコイイ!もう1発決めてぇ!」
キラキラした笑顔で手を振る、式部さんの姿があった。
ああ、くそっ。なんで、貴女がそこに居るんだ。なんでそんな奴に、そんな顔を向けて…。
いや、分かってる。奴はそれだけすげぇ事をしたんだ。この偉業は、その声援を送られるだけの価値がある。その資格がある。
そう、分かっちまう。
だったら!
「全員、攻撃に回れ!黒沢を潰す!」
奴を上回る!式部さんの心を取り戻す!
俺が、俺達が!
「ぜってぇに勝つぞ!おめぇら!」
「「「おおぉ!」」」
俺達は走り出す。相手のコートへと真っすぐに。
そんな俺達に、後ろからボールが飛んで来る。小島が投げた超ロングパス。
残り時間は、あと僅か。これがラストプレイ。こいつを決めて、俺達が…。
「甘いっす!」
俺の妄想を、そんな声が止めやがった。
見ると、荒井が受け取ろうとしていたその手前で、オカッパがボールを弾いていた。そして、その弾いた先に居たのは…。
「くろぉさわぁああ!」
俺は慌ててUターンした。なりふり構わず、ガムシャラに走った。
でも、奴には届かない。奴はドリブルしながら走っている筈なのに、滅茶苦茶速い。奴との距離が、一向に縮まらない。
嫌だ。負けたくない!
俺は焦った。ギャラリーから式部さんの声が聞こえて、心臓が早鐘の様に鳴り響く。
そんな俺の前で、奴が止まった。その場所は、ツーポイントエリアの外。
スリーポイント。
俺達を殺す為の一投を、静かに構えた。
やめろ。
「やめろぉお!」
俺の手は、自然と伸びていた。既にシュート態勢に移った奴の体操着の裾を、ガシッと掴んでいた。
それでも、奴は止まらない。体操着が伸びるのもお構い無しで、奴は跳んだ。反則している俺を気にした素振りはなく、その目は真っ直ぐ前を見ていた。
ただ、ゴールを見据えていた。
「射出」
奴が短く唱えると、ボールは約束された軌道に乗る。
そして、そのまま…。
「弾着、3…2…1…今!」
スパンッ!
ピッ!
ビィイイーー!!
ゴールが入ると同時に、俺のファウルを知らせる笛と、試合終了の合図が同時に鳴る。
試合のスコアは今、26-28から29-28へと切り替わった。
俺達の、負けだった。
「「おぉおおお!」」
「きゃー!」「黒沢くぅーん!」
ギャラリーから無数の声援や黄色い声が飛ぶ中で、俺はその場に座り込んだ。
そこに、影が出来る。見上げると、黒沢が立っていた。奴が俺に、手を差し出す。
「対戦、ありがとうございました」
そう言う奴の目は真っ直ぐだった。綺麗な黒の瞳は、俺と違って澄んでいた。
あれだけ噛み付いた俺に、負の感情を抱いていない様子で、ただ親切心から手を差し出している様だった。
「…くっ」
俺はその手を取らず、下を向く。
負けたことが悔しかった。彼女に振り向いて貰えなかった事が悲しかった。そして何より、彼女に好かれるこいつを、心の何処かで認めてしまった自分が苛立たしかった。
俺は、俺自身にムカついていた。
「くそっ」
その鬱憤を原動力に、俺は立ち上がる。黒沢を睨みつけて、捨て台詞を吐く。
「次は、負けねぇ」
黒沢の返答も待たずに、俺はその場を去る。
後ろで、式部さんが黒沢の名を呼んでいるが、もうそれに怒りすら感じなくなっていた。
ああ、くそが。




