37話〜何をしに来た?〜
「虎ちゃん。あんな人の言うこと、真に受けちゃダメだよ?」
式部親衛隊が肩を怒らせて去っていった後、ジュンさんが心配そうに俺を覗き込んできた。
なので、俺は笑みを返す。
「心配してくれてありがとう、ジュンさん。大丈夫だ。まるで君を賭け事の賞品みたいに扱う奴らと、同じ土俵に立つつもりはないよ」
ジュンさんの心を考えず、ただ自分がしたいように生きる自己中な奴ら。それは何処か、セイジにも通ずるところがある。
あんな奴らの口車に乗るつもりはない。乗れば、俺も同じレベルの人間となってしまうから。
ただ…。
「ただ、少しばかりお灸を据える必要はあるな。今後の事も考えてね」
ジュンさんに近付く度に、あんなのが沸いてきたら堪らない。早めに駆除…じゃない。対処しなければ。
俺がその対処方法を考えていると、ジュンさんが小首を傾げる。
「怒ってる?虎ちゃん」
「うん?…まぁ、少しね」
「そっか。なんか嬉しい」
ふふっと笑って、ジュンさんが俺から離れる。マモちゃんに守られていたトワさん達に駆け寄って、こちらを振り向く。
「あたし達、そろそろ試合だから行くね?」
「ああ、俺達もそろそろバスケの方に行くよ」
「うん、分かった。じゃあ、ソッコーで試合終わらせて、虎ちゃん達の応援に行くから」
バイバイと大きく手を振って、ジュンさん達はバレー会場の方へと歩いていく。
速攻で試合を終わらせる、か。相当自信があるんだろうな。出来たら観に行きたいが、我々も試合までの猶予が無い。
「よし。行こうか2人とも」
「うっす」「はーい」
俺も2人を連れて、体育館へと急ぐ。親衛隊のせいで、思ったより時間が食ってしまった。
ちょっと走るか?
そう思っていると、
「あれ?虎二さん。あそこに…」
ヒデちゃんが校舎裏の方を指さす。そこでは、青いジャージ姿の女子生徒達が慌てた様子で右往左往していた。
青いジャージだから1年生みたいだが…何を慌てているんだ?事件か?
一瞬、頭の中で〈遅刻〉の2文字が浮かぶも…下級生が困っているのだから、状況だけでも聞いた方が良いと思い直す。
「どうかしたかい?君達、何か困り事か?」
「あっ!」「た、助けて下さい!」
俺が声を掛けると、小柄な少女達は泣き腫らした顔をこちらに向けて、涙も拭わず俺に訴えかけてきた。
何かと思って彼女達の後ろを見ると…また別の少女が蹲って倒れていた。銀髪に整った顔立ちの小さな女の子…ハーレムメンバーの1人、コハルちゃんだった。
寄りにも寄ってこの娘が…いや、今はセイジとかハーレムとか関係ない。先ずは、状況を確認せねば。
「何があったんだ?怪我でもしたのかな?」
「いえ、あの、具合が悪そうだったんで」
「保健室に行こうとしたんですけど、迷っちゃって。そしたらコハルちゃん、座り込んで、そのまま…」
ふむ。外的要因の失神ではない、か。であるなら。
俺は上着を脱いで、コハルちゃんを背中に背負う。そして、脱いだ上着で俺と彼女を結びつける。
意識がないからな。しっかり固定しないと、途中で落としたりしたら大変だ。
さて、保健室に行こうと立ち上がると、心配した表情でマモちゃんが前に出てきた。
「虎二さん。そう言うのは、僕がやるよ」
「ありがと、マモちゃん。だが、君は保健室の場所を知っているかい?」
「あっ。知らない…」
そうだろう。保健室は教員棟の中にある。普通の生徒とは縁遠い施設なんだよ。
「ならば、俺が連れて行くのが一番だろう」
何せ俺は、あそこの常連だった人間。目を瞑っても道順が分かるくらいには入り浸っていたみたいだ。
悲しいことにな。
「じゃあ僕が背負って、虎二さんが道案内してよー」
「あっしも手伝いますよ!」
「いや、2人は先にバスケ会場に行ってくれ」
3人とも遅れてしまったら、人数不足で不戦敗になるかもしれん。
「先に行って、七音さん達に伝えてくれないか。必ず行くと」
「わ、分かりやした。お気をつけて、虎二さん」
「ああ、そっちは頼む」
という事で、俺はコハルちゃん達を連れて、教員棟へと急いだ。コハルちゃんは見た目通り華奢で、背負っていても殆ど負荷を感じない。お陰で、階段も飛ぶように登ることが出来た。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
「はぁ、はっ、速っ。先輩、はやっ…」
うん。飛ばし過ぎて、後ろの2人を千切ってしまった。
済まんな、後輩ちゃん。人命第一なんだ。
「失礼します!皆川先生、急患です!」
俺は保健室に入ると同時に、大きな声で状況を報告する。すると、部屋の隅で書き物をしていた先生が、クルリと椅子を回してこちらを睨んで来た。その拍子に、艶めかしい黒髪がふわりと浮き、眼鏡の奥の瞳がキリリと光る。
「あまり大きな声を出さないで頂戴。ここは保健室よ?」
そう言いながらも、先生は立ち上がってこちらに近付いてくる。歩く度に、ジュンさんに負けないプロポーションが白衣の内で暴れる。
俺はそれから目をそらせる為、横を向いてコハルちゃんの様子を先生に見せる。すると、近づいた先生がコハルちゃんの顔を覗き込む。
「軽い貧血ね。暫く安静にしていれば良くなるわ」
「そうでしたか。慌ただしくして、すみませんでした」
俺が安心しながら謝ると、先生は「焦るのは仕方ないわ」と許してくれた。
そこに遅れていた2人も到着し、バタバタと保健室に入って来た。俺が彼女達に「貧血だったよ」と伝えると、2人も安心した様子でへたり込んだ。
済まんね。走らせてしまって。
「では、俺は行くとするよ」
コハルちゃんをベッドに寝かせた俺は、心配そうに彼女へ寄りそう2人にそう言う。すると、2人は慌てて立ち上がり、俺に向けて深々と頭を下げた。
「ありがとうございました!えっと…トラジ、先輩!」
「あ、あの、先輩。後でお礼をしたいので、私と連絡先交換とか、してくれませんか?」
「ははっ。大したことはしていないさ。それに、今は急いでいてね。何かあれば、2年2組の黒沢を訪ねて欲しい」
「「はいっ!」」
食い気味な返事をする1年生達に若干の不安を感じながらも、俺は2人に背を向けて保健室の出口へ向かう。そのまま出ようとした…のだが、その途中で呼び止められてしまった。
「ちょっと待ちなさい」
皆川先生だ。
先生はカツカツとヒールを鳴らしながら、俺のすぐ目の前まで迫って来る。そして、俺の顔を見上げる。
「貴方、黒沢君なの?2年2組の?」
「えっ?ええ。そうですよ。皆川先生。僕は黒沢虎二です」
「嘘よ、そんな。あれだけブクブクに肥えていた体が、数か月でこんな痩せて…一体、何をしたの?」
「なにって、ダイエットですよ」
少し誇らしくなってそう答えると、先生の目が再び鋭さを孕む。
そして、残念そうにため息を一つ。
「そう。やはり懸念していた事が起きてしまったのね。貴方…糖尿病を患っているでしょ?」
「うぇっ!?」
いやいやいや!違うって、先生。確かに糖尿病でも急激に痩せるけど、俺のは運動しまくって痩せたんだから!
そう理解させる為、俺は腕まくりをして力こぶを作る。この2か月弱でそれなりに筋肉も付いたので、その腕には小ぶりながらもしっかりとした力こぶが出来ていた。
「先生。俺は本当にダイエットをしたんですよ。適切な食事に過度な運動で痩せたんです」
そう言って筋肉を見せつけてると、後ろの1年生ズはキャッキャ喜んでくれた。でも、先生の目は鋭いままだった。
「仮に病気じゃないにしても、こんな急激なダイエットは体に悪いわ。ホルモンバランスが崩れているかもしれないし、何処か怪我をしているかも…精密検査が必要よ」
「待ってくれ、先生。俺はこれから、大事な試合があるんだ」
これは不味い事になったぞ?
グイグイと迫ってくる妖艶な先生を相手に、俺は途方に暮れた。
〈◆〉
「はぁ、はぁ、はぁ…パス!」
私は息を荒らげながらも、無理やり手を挙げてパスを要求する。すると、味方がこちらを振り向くより先に、相手選手が私の周りを囲む。第2Qからずっと、私には2枚のガードが張り付く様になっていた。
仕方ないわ。第1Qは私だけで、14点も入れてしまったから。
でも、その勢いも今はない。私が完全に抑えられてしまい、もう点数を稼げないでいた。点数はとっくにひっくり返されて、今は14-26。ダブルスコア直前まで引き離されてしまった。
「あー、くそっ。シンドい…」
セイジ達の気持ちも折れかけてる。第2Qまでは走っていた彼らも、今では殆ど歩いている。勉強ばかりで運動すらしていなかったんだから、仕方ないことよね。
だったら、
「セイジ。林君にも出てもらいましょうよ。それに、小林君にも上がってもらって」
私はセイジに駆け寄り、ベンチに座る林君と、ゴール下で手を挙げる小林君に視線を向ける。彼らは黒沢君と一緒に練習をしていた。話だけしか聞いていないけど、練習してない人達よりはマシな筈。
勝てる可能性が上がる。
そう思って提案したけど、セイジは「はっ」と鼻で笑う。
「小林は背が高いから、ゴール下が1番だろ?それに、林みたいなヒョロガリ、走れる訳ねぇじゃん」
「でも…」
私は食い下がろうとしたけど、セイジが私の肩をバンバン叩いて笑う。
「大丈夫だって、ノゾミ。これは遊びなんだから、楽しく負けようぜ?」
「…そう」
私は俯く。それを頷きと取ったのか、セイジは乱暴に私の頭を撫でた。
乱れた髪を必死に直しながら彼を見上げると、セイジは既に背を向けていて、他の女の子の背中をバンバン叩いていた。
「なぁ、みんな。あとちょっとだから、楽しもうぜ」
「う、うん…」「ありがと…セイジ君…」
…なんだろう。この感情。何も感じない。セイジが他の女の子に触れても、ちっとも焦りを感じなくなった。以前だったら、そんな姿を見たら不満が募っていたってのに…。
「はっはぁ!雑魚すぎるぜ、2組さんよぉ」
私が棒立ちになっている間にも、相手はまたゴールを決めて、14-28のダブルスコアを叩き出す。そして、相手の1番が声を上げて笑った。
被った帽子から、金髪が飛び出してる男子だ。
「黒沢の野郎も逃げたみたいだし、マジで2組はクズ男しか居ねぇなぁ」
「なんですって!」
私はつい、声を上げた。セイジを馬鹿にされて、怒りが湧いた…んだと思う。
でも、相手の1番は怯まない。私に向かって、イヤらしい笑みを浮かべる。
「悪りぃな、お姫様。あんたのヘタレ王子じゃ、俺達親衛隊には敵わねぇんだよ」
「黒沢君はヘタレじゃないわ!」
「はぁ?黒沢?俺は、上郷の野郎を言ってんだぞ?」
えっ?
あっ。そうか。そうよね。私、なんで王子って言われて、黒沢君を思い出しちゃったのかしら?
私が動揺していると、後ろで声が上がる。
振り返ると、体育館の入口に、笑顔の黒沢君が飛び込んできたのが見えた。
「黒沢君!」
私はつい、声を上げていた。それに、黒沢君は手を上げて走ってくる。
「ごめーん!遅くなった!」
「ううん。来てくれてありがとう!早く入って…」
「くろさわぁ!!」
私の声を、1番の大声が消し去った。
振り返ると、1番が黒沢君を睨みつけている。でも、すぐにイヤらしい笑みを浮かべた。
「今更、何をしに来た?試合は残り10分ちょっと。スコアはダブルの差をつけてやった。もう2組の負けは決まったも同然。だってのに、今になって来やがって…負けた言い訳でもしに来たのか?ははっ!」
ホント嫌な奴。試合はまだ、終わっていないのに。
私は文句の1つでも言ってやろうと思った。
でも、それよりも先に、
「俺が何をしに来たか、だって?」
黒沢君が笑った。
朗らかに。明快に。そして、
獰猛に。
「決まってんだろ?勝ちに来たぜ!」
荒々しくも凛々しく宣言した彼の姿に、沈んでいた私の心がふわりと浮き上がった。
「さぁ、行くのだ。虎二よ」
もう、成金ブタとは言わせませんよ!




