36話〜その、言い難いんですが〜
セイジによる1組への殴り込みを阻止した俺は、何故か1組のみんなから拍手を受けてしまった。彼らは先ほどまで、ジュンさんを奪いに来たセイジに厳しい態度を見せていた。だと言うのに、その彼女が抱きしめているブタには拍手を絶賛送付中なのである。
…どういう状況だ?しかも、男子だけでなく女子まで拍手しているぞ?2組の女子だったら、今頃陰口のコーラスだろうに。
俺が困惑していると、ジュンさんの柔らかい抱擁が解かれる。彼女は俺を見詰めて「ねぇ、虎ちゃん」と話しかけて来た。
「今日の球技大会、あたし達と回らない?」
「えっと、あたし、達?」
「うん。あたしの友達で、同じバレーチームの子達だよ」
そう言って、ジュンさんは後ろを振り返り、おいでおいでと手招きをする。それに応じたのは、2人の女子生徒。ジュンさんとくらいオシャレで、メイクもバッチリなちょっとギャル風な可愛らしい少女であった。
そのギャル達は、俺に向けてゆる〜い敬礼を見せる。
「どもー。ジュンの友達やってます、トワでーす」
「同じく、友達のエリで~す。さっきの黒沢君、めっちゃカッコ良かったね。ウチ、ガチ恋しそうだったよ~」
「…ふぁ?」
なに?ガチ恋?それは…どういうこと?
俺は理解できなかった。ただでさえ俺は、見てくれの悪いおデブちゃん。それに加えて、女子に大人気のセイジと敵対するような姿勢を、今みんなの前で見せてしまった。彼の魅了は、女性の認識まで捻じ曲げる力がある。そんな彼に敵対すれば、女子からの印象は悪くなるはず。
そう思ったのだが…。
「ちょっと、ちょっと。虎ちゃん、鼻の下が伸びてるよ〜?」
「ええっ?」
ジュンさんに指摘され、俺はつい口を手で隠す。
喜びよりも驚きが勝っていた筈なんだが…おかしいな。
俺が首を傾げていると、ジト目だったジュンさんは「うそ、うそ」と破顔する。
「でも、あんまり見詰めちゃダメだよ?虎ちゃん、増々カッコ良くなったから、みんな本気になっちゃうよ?」
「それは大変だ」
全く、ジュンさんは俺の評価が大甘だなぁ。
俺が苦笑いしていると、ジュンさんが「それで?」と手を差し出してくる。
「どうするの?虎ちゃん。あたし達と一緒に回ってくれる?」
「ああ、勿論だよ。よろしく頼む」
俺がその手をしっかりと取ると、ジュンさんは安心した様に息を吐く。それを、後ろの2人が「ヒューヒュー」と茶化す。途端に、ジュンさんは頬を染めて「もうっ」と可愛らしい文句を投げた。
仲良しだな。
「ジュンさん。もしも可能なら、俺も2人ほど友人を呼びたいのだが…」
「小林君達?あたしは全然大丈夫だけど…いいよね?2人とも」
「いいよー」「よきよき。そっちも3人なら、トリプルデート出来るね!」
エリさんの発言に、ジュンさんが「でっ!」と言葉を詰まらせ、その様子に2人がキャッキャと笑い合っている。
その間にも、俺はヒデちゃん達を呼び出した。
「ど、どうも。林ひ、秀吉で、です」
トリプルデートだぞ!と呼び出した時は「マジっすかー!?」と勢いよく駆けてきたヒデちゃんだったが、いざ女子達を前にしたらモジモジし始めた。
頑張れ、ヒデちゃん。
「僕は、小林護でーす。虎二さんの友達で〜…ええっと、後は何言えばいいのー?」
マモちゃんは平常運転だ。
そんなマモちゃんの周りに、トワさん達が近づく。
「うわっ、おっきいね。君」
「身長幾つあるの?」
「ええっとね、19…5cmだったかな?多分そんくらいだよー」
「「たかーい!」」
一気に人気者だな、マモちゃん。やはり男は背丈なのか。
僅かな劣等感を感じながらマモちゃんを見上げていると、腕に柔らかい物が当たった。
「ほら、行こ?虎ちゃん」
「…ああ、そうしようか」
ワザと俺の気を引いてくれたんだな?ありがとう、ジュンさん。
俺はジュンさんと腕を組みながら、球技大会へと向かった。
「みんな凄い気合いだね」
「ああ、本当だ」
最初に我々が来たのは、ドッヂボールの試合会場だ。3競技の中で唯一屋外での試合となるこの競技は、多くの生徒が参加していた。
バレーやバスケと違い、人数制限が無いからね。半分以上の人が、この競技に名を連ねている。
そんな大人数の競技だと言うのに、その多くの生徒が声を張り上げ、やる気に満ちた目でボールを投げ合っていた。
これは意外な事だった。人数制限のないドッヂボールは、溢れた人が行き着く競技でもある。そうなると、どうしてもやる気のない人や、スポーツの苦手な人も参加することになる。
そう思っていたが、今俺の前で繰り広げられている試合では、男子だけでなく女子までもが本気で挑んでいる。目を輝かせ、互いを励まし合っている。
「みんなは何故、これ程にもやる気に満ちているんだろうか?」
「きっと、賞品が良いからじゃないかな?」
「うん?それって、食堂を貸切できる権利だけじゃないのかい?」
「うん。もう1つ、凄いのがあるみたいだよ?」
俺を見上げながら、ジュンさんは得意げに笑う。
「あたしが聞いた話だと、生徒会に対して1つだけ、願い事を叶えてもらえる権利が貰えるらしいよ?」
「願い事?」
なんだそれは?まさか、生徒会には魔法のランプでも備え付けてあるのか?
意味が分からず、俺は首を捻る。
でも、そうしてよく考えたら、なんだか分かった気がした。
つまり…。
「つまり、学校のルールやイベント事に対して、意見が出来るって事か」
生徒会が主導で行う事の中には、学校行事の内容決定や校内ルールの改正などが含まれる。そう言った生徒会の力で変動できる物事…例えば、学食のメニューにこんなのを追加してくれだとか、文化祭でこんな催し物をしたいなど、本来は意見箱に投函して生徒会の審議を通さねばならない案件を、直接通す事が出来るのではないかと考えた。
そう推測した俺に、
「せーかい!さっすが虎ちゃんだね」
ジュンさんはご褒美とばかりに、俺の腕を一層強く抱き締めた。
ぐっ、ヤバい。つい意識してしまった。感情が爆発しそうだ。
鎮まれ。鎮まれ、俺の右腕と高射砲。こんなところで暴発したら、どんなに白くても黒歴史になっちまう。
「えい、えい」
なんでワザと押し当てるの!?ねぇ、ジュンさん。勘弁してくれぇ!
「うわぁ〜。熱々だねぇ〜」
「ゲキアマだねぇ〜」
「そだねぇー」
必死に耐えていると、俺の後ろから冷やかしの声が届く。
ってか、マモちゃんよ。しれっとギャルに混じってんじゃねぇぞ。お前だって両手に花じゃねぇか。
俺が動けないでいると、神妙な表情のヒデちゃんが近付いてきた。
「虎二さん…」
「うん?どうしたヒデちゃん」
「その、言い難いんですが、外でそう言うのは控えた方が良いかと…」
ほぉ。珍しいな。この子が俺に意見するなんて。ただ羨ましいからと、そんな事を言う子じゃない。
何かあるのだろうか?
「ヒデちゃん。それはどう言った意味で…」
聞き返そうとした俺は、途中でそれをやめた。目端に、こちらへと向かって来る者達の影を捉えたからだ。
俺がそちらへと視線を向けると、体操着姿の男子達が我々の前に立ち並んだ。
ジャージの色が緑だから、我々と同じ2年。だが、あまり見ない顔の奴らだな。
「おい!てめぇ!」
突然の来訪者を警戒していると、その内の1人が前に出てきて、俺に向かって人差し指を向ける。俺に向けて、明らかな敵意を放ってくる。
「こんな場所で、式部さんとイチャイチャしやがって。てめぇは、何処のどいつだ!」
髪を金髪に染めたヤンキーが、口から泡を飛ばして怒鳴り散らす。
ふむ。この怒り方は、見覚えがあるぞ?
もしかして…。
「俺は黒沢。2年2組の黒沢虎二です。そう言う君は、ジュンさんのファンクラブか何かかな?」
「ファンクラブじゃねぇ!俺は式部親衛隊隊長の佐野だ!」
その違いは、正直分からないんだけど…やっぱりそっち系の人達だったのね。ヒデちゃんが警告したのは、きっと彼らのことがあるからだろうな。
そう理解すると同時に、俺は泣く泣くジュンさんと組んでいた腕を解き、彼女を隠すように前へ出る。
こいつらがジュンさんを狙っているのは明白だからね。彼女には指1本触れさせない。
「初めまして、佐野君。君の意見は最もだ。公共の場で少々浮かれていた。今後は節度を持って接する事とするよ。ご指摘ありがとう」
「そういう事を言ってんじゃねぇ!てめぇみたいな野郎が、俺達の許可もなく式部さんに近付くんじゃねぇって言ってんだ!」
なんと。また傲慢な事を言う奴だな。正式な護衛でもないのに、ジュンさんの交友関係にまで口出しするとは。
この勘違い野郎達は、一度痛い目を見せる必要があるか?いや、そもそも…。
「非公認の親衛隊が、随分な物言いだと思うが…佐野隊長さんよ。俺は相川先輩と約束しているぞ?俺の道を示せと、彼からも言われているんだ」
俺が先輩と約束しているのを知らないから、そんな暴言を吐くのだと考えた。
そして、それは的中する。隊長も後ろの隊員達も、明らかな動揺を見せた。
「なっ!総隊長から、直々にだと?お前、まさかあの成金ブタ…なのか?」
うん?なんでそんな所に驚いているんだ?
「おいおい、君達。何を言っているんだ?こんな太ってる奴が、この学園で俺以外に居る訳ないだろ?」
「何処が太ってんだ!普通の体型じゃねぇか!」
えっ?なんでこの人、急にゴマすり始めたの?
俺は驚くも、親衛隊は全員頷いている。後ろを見ると、なんとジュンさん達も激しく同意していた。
ふぁっ!?
「虎ちゃん。あたし言ったでしょ?増々カッコ良くなってるって」
「フツーにイケメンだよぉ~。黒沢く~ん」
「虎二さん。あっしらも痩せたんですから、貴方も痩せるのは当たり前の事っす」
あっ、そうか。ここ最近はバスケ練習に集中していて、体重を意識していなかった。増々体が軽くなったと思ったけど…。
俺は試しに腹を叩く。そこから響く音は何時もより小さく、いつもの柔らかさが消失していた。全身を覆っていた脂肪が、ごっそり無くなっていたのだ。
俺は…。
「俺は、人間に成れたのか…?」
「もうっ!最初っから人間だよ、虎ちゃんは」
そう言って、ジュンさんが膨れっ面で見上げて来る。でもすぐに「頑張ったね」と微笑んでくれる。
ああ…ありがとう、ジュンさん。
「おぃぃい!俺を無視してイチャついてんじゃねぇえ!」
ジュンさんと微笑み合っていると、佐野隊長さんが叫ぶ。俺に向けて、再び指を突き立てる。
「てめぇが黒沢でも関係ねぇ!俺はお前を認めねぇ。俺を認めさせるまで、絶対に許さねぇ!」
ほぉ?
「認めさせる…と言うことは、何か勝負でもするのか?」
「ああ、その通りだ」
怒りしか向けてなかった隊長が、そこで初めて笑みを見せる。
俺に問いかけてくる。
「黒沢。球技大会、てめぇは何の種目に出る?」
「バスケだ」
「バスケか…石川。俺とバスケ代われ」
うん?代わる?そんな事出来るの?
俺が驚く先で、隊長の笑みが深くなる。
俺に、自信に満ち満ちた笑みを向ける。
「バスケで勝負だ、黒沢。お前が俺達8組に負けたら、潔く式部さんから手を引け!」
まさか、共闘関係かと思っていた親衛隊から反逆者が?
「元々、ファンクラブ連合も一枚岩ではない。利害が一致していたから団結していた4つのグループも、矛先が変われば敵となるのだろう」




