29話~今のは聞き捨てならないわね~
結局、テスト当日までの2日間は、毎回ジュンさんのお宅でテスト勉強をさせて貰った。
ジュンさんが「明日もお願い!」と可愛らしく懇願してくるし、お母さんまで「明日は夕飯食べてって」と公認してしまうから、断りきれなかった。昨日くらいは家に招こうと思っていたが、舞花の奴が居るだろうから結局こうなったかもしれない。
あいつ、手ぐすね引いてジュンさんを待っているだろうからな。そんなに俺達の関係が美味しく見えるのだろうか?
そして、今日はテスト本番だ。何時もは優雅に朝食を食べる舞花が、今日は険しい顔で単語帳と睨み合いしながらスープを飲んでいた。
今更だぞ、舞花。勉強してなかったのか?
「余裕そうですね、虎兄さん。勉強は完璧なんです?」
おっと、視線が合ってしまった。バトル開始か?
「出る範囲は8、9割といったところかな。それなりに自信はある」
定期テストだからね。出題範囲は俺が目覚めてからの部分が大半だ。これならまだ戦える。
俺が自信を持って返答すると、舞花はニヤリと小悪魔スマイルで打ち返してきた。
あっ、これはアカン奴や。
「凄いですねぇ、虎兄さん。式部先輩とあんなに仲睦まじくされていたのに、しっかりと勉強もされているなんて」
アカンって、舞花。それ、会話のラリーやない。必殺のスマッシュや。
案の定、舞花の隣でスープをすすっていた母親は、「ブホッ!」と噴き出してしまった。
「ま"っ…舞花。それは、ゴホッゴホッ…どういう事です?」
「お母様。いつの間にか虎兄さんも、男になったと言うことです」
「まだ卒業しとらんわ!」
あっ、やべ。ついツッコんでしまったが、これは悪手だ。
そう思ったのは後の祭り。母はスプーンを取り落とし、舞花はケラケラと笑っている。
「ま、まだって…虎…あなた…」
「お母様。取り敢えず今は、テストに集中させて下さい」
俺は朝食を掻き込み、お通夜と化した朝食会場を後にする。
後ろから舞花が「お待ちになってぇ、兄さぁん」と猫なで声を出しているが…待つものか。今の舞花と相乗りなどしたら、骨の髄までシャブリ尽くされてしまう。
「それでは…始め!」
先生の合図で、我々は一斉に電子ペンを持ち、タブレットに向かう。画面には、先程までロックが掛かっていた問題が解禁されており、問題文が見える様になっていた。
授業でも思った事だが、随分とハイテク過ぎやしないか?今の学生って、テストまでDX化が進んでいるの?
驚きながらも、俺は順調に問題を解き進める。舞花には8,9割と豪語したが、こうしてみるとまだまだ足りない所があるのが分かる。記憶にない単語もあるし、見た事もない記号もある。
くそっ、勉強不足だ。教科書だけでは限界があるぞ。問題集を買わねば。
「そこまで!」
先生の合図と共に、画面は再びロックされる。
なるほど。これなら小細工も出来ない。もしかしてこのカメラも、カンニング防止用に動いていたり?
「やべぇ〜…終わったぁ…」
「おい、木下。できたかよ?」
「半分も解けなかったぜ…」
俺がタブレットを突ついていると、周囲から男子達の呻き声が上がる。
どうやら、みんな同じ状況らしい。ちょっと安心する。
「おい、ノゾミ。お前、できたかよ?」
「うん。多分ね」
…前言撤回。出来てる人は出来てる模様。
これはヤバイな。俺も、ノゾミ先生に泣きついた方が良いのか?
そう危惧する教科もいくつかあった。でも、しっかりと手応えを感じるものもあった。数学はかなり自信があるし、物理は簡単に思えた。
必死に勉強した成果を、確かに感じた。
そして、
「そこまで!」
中間テスト最後の教科が終わる。
それと同時に、クラス中から歓喜の声が上がった。
「「ああぁ!」」
「終わったぁ!」「やっとだぁ!」
テスト勉強から解放された喜びから、殆どの者が諸手を上げて歓喜に震える。カラオケやショッピングなど、この後に行う打ち上げの相談話もチラホラ出始めた。
そこに、先生が一喝。
「はいはい、皆さん。浮かれる前に、先ずは自分が赤点でないかを確認して下さい」
おいおい、先生。何を言っているんだ?赤点は平均点の半分。その基準はテストの結果が出揃わないと分からないだろ?全く、せっかちさんなんだか…。
あれぇえ!?俺のタブレットに、もうテストの結果が出ているぞ?
「あっ、タブレットだからか…」
電子で管理しているから、マルバツも点数化も、その結果の集計も全部機械がやってくれるんだ。
効率は確かに良いけど…これは地獄だな。テストが帰ってくるまでの自由時間が無いから、人によっては引き続きテスト勉強継続ってなる。休む間もなく課題が降って来る。
まるで、現代社会のサラリーマンみたいだ…。
「うげぇ!赤点発見」
「俺もだぁ」
「きゃぁ!」
周囲からちょろちょろと、赤点報告が上がる。
そうだ。俺も、結果を見ないと…。
ドクンッ、ドクンッと耳の後ろで鳴り響く心音を聴きながら、俺はタブレット上の〈中間テスト結果〉ボタンをタップする。すると、数値とグラフが出てきた。そこの結果一覧を見ると…。
〈名前:黒沢虎二 2年2組18番
・英語:87/100点。78/355位。平均58点。赤点29点。
・国語:85/100点。91/355位。平均66点。赤点33点。
・数学:88/100点。22/355位。平均38点。赤点19点。
・化学:90/100点。27/243位。平均45点。赤点22点。
・物理:96/100点。1/122位。平均22点。赤点11点。
・地理:68/100点。122/189位。平均61点。赤点30点。
・歴史:61/100点。155/238位。平均64点。赤点32点。
・総合:575/700点。69/355位。平均354点〉
ええっと…。
取り敢えず、赤点はなし。んで、総合順位が69位と。これは…どうなの?なんか、微妙な立ち位置な気がするんだけど?
俺が自分の評価付けに迷っていると、頭上から「うわっ!」という大きな声が聞こえた。
マモちゃんだ。
「凄いよ、虎二さーん!数学22位だー!」
「「ええっ!?」」
マモちゃんの発言で、クラス中から一手に視線を集めてしまった。
おい、マモちゃん。その背丈を生かしたアラウンドビューモニターやめてくれんか?
俺が頭上の衛星にジト目を送る間にも、男子達が次々と集まって来る。
「うぉ!マジじゃん黒沢。数学22位…総合69位!?」
「100番余裕で切ってんじゃん。ってか、物理1位ってナニこれ、えっぐ!」
「お前、文系じゃなかったのかよ!」
「去年、留年だの何だのって散々言われていた奴とは思えんな!」
「まぁ、頑張った甲斐があったってもんよ」
集まって来た男子達にタブレットを奪われた俺は、壊されないか心配しながらそう答えた。
心配だが…そうか。俺の成績はそれなりに良かったらしい。それは朗報だ。ありがとうな、アラウンドビューマモちゃん。
俺が彼に感謝していると、後ろでコソコソ話す女子達の声が聞こえた。
「えっ、マジで69位?」
「凄いよね、黒沢君。頭も良くなって、体育でも大活躍だったらしいよ?」
「痩せて、ちょっとイケメンになったし」
「大金持ちだし」
「……ナシ寄りの、アリ」
うっ…。寒気が。
全く、手のひらクルックルだな。ウチのクラス女子達は。
そう思ったのだが…。
「いやいや、おかしくない?カンニングしてるでしょ?あれ」
「もしくは…替え玉とか?」
「電子管理だから、それは無理くね?」
「でも、なんかしてるでしょ、絶対。あの黒沢だよ?」
おっとぉ?まだ俺の実力にケチをつける人も居るのか。ここまで来ると、偏見だぞ。この公平なテストは、揺るがない事実なのだからな。
俺は悲しくなり、声がした方をチラリと見る。随分とメイクの濃い集団が、こちらを指さして盛り上がっていた。
と、そんな集団に、
「ちょっと?今のは聞き捨てならないわね」
なんと、ノゾミさんが突っ込んでいった。
途端に黙るギャル集団。そんな彼女達を、ノゾミさんは見下ろした。
「数学22位って、クラスで言うとトップクラスよ?物理で言えば堂々の学年トップ。そんな点数、カンニングじゃ取れないわよ?」
「あっ、そっか」
「1位は無理だよねー」
「でも、例えば…例えば…そうっ!ノゾミのをカンニングしたら行けるんじゃね?だって、ノゾミは全教科学年1位でしょ?」
「あのねぇ。そもそもの話、タブレットには覗き見防止フィルターが付いてるでしょ?」
「あっ…」
「あ…」
「ああ…」
ギャル達が轟沈している。
そうなのか。このタブレットって、横から見えないようになってるんだ。知らんかったわ。
「おめでとう、黒沢君」
返ってきたタブレットを横から覗き込んでいると、ノゾミさんが声を掛けに来てくれた。
そんな顔を近付けてどうした…ああ、セイジに気付かれない様にしているのか。
なら、俺も小声で対応するか。
「ありがとう。勉強の成果が何とか出たみたいだ」
「プールにまで勉強道具持ってきてたものね。あの努力が報われて、私も嬉しいわ」
おーい。そんな嬉しい事を言わないでくれ。虎の心臓が爆発しそうなんだけど?
やっぱりこの体、まだノゾミさんに未練があるのか?確かに可愛い娘だけど、俺は優しいジュンさんの方が何倍も…。
っと、危ねぇ。煩悩に支配されそうだった。
「まだまだだよ。特に覚える系の社会科がダメで、足を引っ張ってる」
「誰でもあるでしょ?得意不得意は」
「それはそうだが…なぁ、コーチ。勉強についても協力してくれないか?」
「協力?」
ちょっと顔を強ばらせるノゾミさん。
どうした?と不思議に思いながらも、俺は頷く。
「ああ。コーチの使っている参考書を教えて欲しいんだが…」
「あっ、そう言う事ね」
途端に、嬉しそうな笑みを浮かべるノゾミさん。
「良いわ。後で纏めてメッセージ送るから。画像付きでね」
「助かるよ」
「参考書の画像よ?」
「うん?…ああ、君が写っていないのは残念だ」
一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかったけれど、すぐに思い至って冗談を返した。
すると、ノゾミさんは恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。
…どういう心理状態よ?
「黒沢君の頑張りを、少しでもセイジに分けて欲しいわ」
「うん?」
目を逸らしたノゾミさんは、机に突っ伏すセイジを見てそう言った。
「それはどう言う事だい?コーチ」
「セイジの奴、赤点が2つもあったのよ。あれだけ私やナツ先輩が教えたのに、結局苦手科目は自主勉しなかったみたい。貴方みたいに、自分で何とかしようって気がないからこうなるのよ」
「教わっているだけでは、記憶は定着しないからな。出来る気になっていただけなのだろう」
「そう、それ!」
ノゾミさんが嬉しそうに俺を振り返る。
ちょいちょい。声を落として。
「あっ、ごめん」
「いいさ。だが、もう戻るべきだろう。上郷君が今の我々を見たら、良い気はしないだろうからな」
「うん。そうだね…」
そう言いながらも、ノゾミさんは戻ろうとしない。
なんだ?まだ何かあるのか?
「ねぇ、黒沢君」
「何かな?」
「今日からバスケの練習するんでしょ?私も…参加していい?」
…マジで?
どういう風の吹き回しでしょう?
「青天の霹靂か、それとも崩壊の予兆か」
The Tower…ですね。




