28話〜ねぇ、黒沢君〜
連休中のダイエットによって、体育の時間は思いもよらない活躍が出来た。
努力が報われた、感動的な経験。だが、それは体育だけに留まらない。
3限目の英語時間。そこで行われた小テストでは、平均点を大幅に超えることが出来て、授業を聞いていてもすんなり頭の中に入って来た。更に、数学の小テストではクラスで3位の成績を収めることが出来たのだ。
「うわぁ~、虎二さんすごーい。3位なんて順位、僕は見たこともなかったよ」
「ありがと、マモちゃん。こいつはホントに頑張ったから、その言葉が純粋に嬉しいよ」
水泳の合間や、筋トレの最中も勉強した甲斐があったってもんだ。
タブレットに映った〈3位〉の表示を、俺が誇らしく撫でていると、周囲からも戸惑いの声が聞こえた。
「マジ?黒沢君、3位だって」
「私達より上ってこと?あんなに授業サボってたのに?」
「カンニングしたんじゃない?」
クラスの女子生徒達は、俺のことを疑っているらしい。ダイエットの事を整形と言った事といい、俺に対する女子のヘイトは依然高いままみたいだ。
信頼を回復させるってのは、難しい物だ。
俺は小さく息を吐き出し、胸の内の憂いを吐き出そうとする。そんな時、前方から視線を感じた。見上げると、ノゾミさんがこちらを見ていた。
彼女も俺のカンニングを疑っているのか?と思ったが、俺と視線があったノゾミさんは小さな笑みを浮かべ、口をパクパク動かした。
ええっと…なになに?〈や・る・わ・ね〉かな?
おう、やってやったぜ。
感謝の意味も込めて、俺はノゾミさんに向けてサムズアップをする。すると、彼女も小さく頷いてくれた。
あれかな?俺が市営プールで勉強していたのを見ていたから、カンニングではないと分かってくれたのかな?
認められると言う事は、本当に嬉しい事だ。
「えーっ!凄いじゃん!虎ちゃん。ノゾミが居る2組で3位になるなんてさ」
更に嬉しい事に、ジュンさんからもお祝いの言葉を頂いた。
今、我々は教室棟から少し離れた教員棟の空き部屋で、2人だけの昼食会を開いていた。
ここなら生徒は近づかないとヒデちゃんから教えてもらったので、ジュンさんとの密会場所に選ばせてもらった。ただ、職員室がすぐ隣にあるので、英語教員の武井先生には使用許可を頂いた。
俺達2人を見た先生が「Good lack」とサムズアップした理由を、俺は深く考えないことにする。
…次の英語の授業で、当てられまくったりしないだろうか…?
「あのね、虎ちゃん。あたしも、数学の小テストが少しだけ良かったんだ」
「おおっ!そっちも凄いじゃないか」
「待って、待って!そんなに褒めないでよ。ホントにちょっとなんだから。虎ちゃんとは、比べ物にならないレベルなんだよ」
ジュンさんは恥ずかしそうに手をブンブン振るけれど、俺はゆっくりと首を振る。
「大事なのは他人との差ではないよ、ジュンさん。一番の強敵は己自身なのだから、過去の自分に勝った君を、もっと褒めるべきだと俺は思う」
「そ、そうかな?」
ジュンさんは恥ずかしながらも、小さく笑みを零す。
「もぉ~。虎ちゃん、最近あたしを甘やかし過ぎじゃない?」
「それだけ君が頑張っているからさ。サボり始めたら、しっかりとお尻を叩かせてもらうぞ?」
そう言うと、ジュンさんは「お尻…」と呟いて、自分のお尻に手を回す。
いや、本当に叩くわけじゃないからね?ジュンさん。言葉の比喩なんだけど…なんでちょっと、嬉しそうな顔するの?
「じゃあさ、虎ちゃん。早速、お尻を叩いて欲しいんだけど」
「なっ、ええっ!?」
マジで言ってんの?
驚く俺に、ジュンさんはちょっと顔を赤らめて、口を尖らせる。
「もぉ~。何でそんなに驚いてるの?あたしはただ、今日も勉強会を開いて欲しいって意味で言ってるんだよ?」
「ああ、そう言うこと?お尻押さえながらそんな事言うから、俺はてっきり…」
「てっきり、なに?」
「…いや、止めておこう」
「もぉ~…(小声)エッチ」
そう呟いて、じぃ~っとこちらを見上げてくるジュンさん。
その瞳の奥が、何故かキラキラしている様に見えるんだけど…まさか、期待している?いやいや、そんな訳無いよね?
という事で、今日の放課後はジュンさんとの勉強会が予約された。場所は、昨日もお邪魔したジュンさんの家。多分、お母さんも帰ってきているとの事だったが、昨日の事もあるから会って欲しいと言われた。
改めて謝罪したいとの事らしいけど…昨日も散々謝って貰ったし、お菓子まで作ってくれた。もう十分謝罪は頂いたから、気にしないで欲しいのだが。
「虎二さん!今日は何処に寄って…あっ、違った」
放課後、ウキウキしながら帰り支度をしていると、ヒデちゃんが寄って来て自分の額を叩いていた。
連休明けで忘れたか?今後の俺は、寄り道しない方針だぞ?
「悪いな、ヒデちゃん。中間テストに向けて、勉強しないといけないんだわ」
「明後日ですもんね、テスト。あっしもそろそろやらないと…」
「いや、まだ始めてなかったんかい!」
つい突っ込んでしまったが、後ろのマモちゃんまで「僕もー」と無勉強なのを暴露する。
これが普通?高校2年生だろ?来年大学受験だぞ?
「虎二さーん。僕と勉強会開いてよ」
「あっ、それならあっしも」
「悪いな、2人とも。先約があるんだ」
「「えっ?」」
なんで驚く?俺にだって、ダチの1人や2人いるぞ。
…ごめん。今のは見栄張った。俺に居るのは、ジュンさんだけだ。
俺が彼女の事を思い描いていると、前の席から彼女の名前を呼び捨てる声が聞こえた。
セイジだ。
「なぁ、ノゾミ。本当にジュンの奴、勉強会に来ないって言ったのか?」
「ええ、そうよ。別の人とするって言っていたわ」
「別の奴?誰だよ、それ」
「クラスの人じゃない?ジュン、クラスの人達と楽しそうにしてたし」
うん。それはジュンさんも言っていた。休み時間をクラスメイト達と共にする様になったら、直ぐにみんなと打ち解けられたと嬉しそうだった。元々ムードメーカーだったから、クラスのみんなも嬉しかろう。セイジに取られていたリーダーが帰って来たのだから。
…まぁ、勉強会の相手は、俺なんだがね。
「なんだよ、それ。最近、ジュンの奴おかしくないか?なんか、俺と距離を取ってる気がするんだけどさ」
「う~ん。それは、私も感じているけど…」
「ああ、くそっ。なんでこんな時に、スマホが壊れるんだよ」
壊れたのは、お前が体育でスマホなんか持ち歩いていたからだろ?
今更アタフタしているセイジ達に、俺は小さく笑みを浮かべる。
親しき中にも礼儀あり。近くに居るからって雑に扱っていると、親友だって別の友達と遊び始めてしまうものだ。
そんな風に思っていると、急にノゾミさんがこちらを振り向いた。
おっと、いけねぇ。俺の視線に気が付いたか。
俺はゆっくりと視線を下ろし、カバンに教科書を詰め込む作業に戻る。
っと、そのカバンに影が落ちた。
その影は…。
「ねぇ、黒沢君」
ノゾミさんの物だった。
「ああ、どうもコーチ」
俺がコーチと呼ぶと、ノゾミさんは一瞬ビクッと肩を震わせた。そして、チラチラと後ろを気にする素振りを見せる。
ああ、なるほど。俺と接点があった事を、セイジに知られたくないのだな?ならば、元の呼び方に戻すか。
「何か俺に御用かな?七音さん」
うん。思った通り、彼女は明らかにホッとしている。
「ありがと、黒沢君」
「何がだい?」
「ううん。何でもない。それより、聞きたい事があってね。ジュンの事なんだけど…」
ほぉ。ノゾミさんは、俺とジュンさんの仲を知っているのか?本人から聞いた?
いや、それなら既に、セイジにもその情報が伝わっている筈。あの阿保が演技など出来るとも思えんし、ノゾミさんがこうして聞きに来ているということは、確証は無くとも俺を疑っているのだろう。
何故、俺に辿り着いたかは…女の勘か?まぁ、なんにせよ…。
「ジュン…って確か、1組に居る式部さんの名前だよね?」
「う、うん」
俺がそう確認すると、ノゾミさんは残念そうに眉を下げた。
宛が外れたとでも思って、残念がっているのか?上手く引っかかってくれたみたいだな。
俺がシメシメ思っていると、ノゾミさんの後ろからセイジの顔がにゅっと現れた。
「無駄だぞ、ノゾミ。黒沢君にはさっき、俺が直接聞いたからな」
「えっ、そうなの?」
「おう。体育の授業でな、色々と相談に乗ってくれたんだ。先輩達に絡まれた時も助けてくれたし、黒沢君って良い奴なんだよ」
おいおい。俺はお前の好感度まで上げるつもりは無いぞ?
俺が作り笑いの裏で奥歯を噛み締めていると、ノゾミさんの目がキラッと光った。
「そうなんだ。じゃあ、黒沢君も誘う?私達の勉強会に」
「「えっ?」」
おっと、セイジと声が被ってしまった。
「いや、何を言ってんだ?ノゾミ。なんで、黒沢君を?」
「だって、黒沢君と友達になったんでしょ?貴方、今まで同性の友達が出来たことなかったじゃない」
「いや、まぁ、そうなんだけど…」
そうなのか。それはちょっと可哀想だな。
そう思ったが、セイジの嫌そうな顔を見て思い直した。同性の友が出来なかったんじゃなくて、作ろうとしなかったんだなと理解した。
その野郎の顔が、パッと輝く。
「あっ、そうだ。ナツだ。ナツ先輩が居るだろ?先輩はほら、黒沢君の事を嫌ってるからさ」
それを本人の前で言うな。
全く。本当にデリカシーの欠片もない奴だ。
「悪いなぁ、黒沢君。そう言う訳で、今の話は無かった事にしてくれ」
「構わんよ。俺にも予定がある」
ニタニタと嘲笑を向けて来るセイジに、俺はカバンを持って立ち上がる。帰ろうと思ったが、一旦止まって彼らに振り返る。
「勉強会は流れてしまったが、バスケの練習会ならどうだろう?テスト後に、俺達で集まるんだ。良ければ君らも参加しないか?」
俺はもう一度提案してみる。
でもやはり、セイジは軽い笑い声を上げた。
「だから、俺は良いって言ってるだろ?しつこい奴だなぁ、黒沢君は」
「そこが、俺の長所と思っているんでね。七音さんもパスかい?」
「ノゾミが行く訳ないだろ?俺との予定が詰まってんだ。なぁ?」
セイジはそう言って、ノゾミさんの肩に手を置く。すると彼女は「うん…」と小さく鳴きながら、こちらから視線を外した。
ふむ。微妙な反応だな。
俺は肩を竦める。
「そいつは残念だ。だが、また気が変わったら教えてくれ。何時でも歓迎しよう」
俺は軽く手を上げて、教室を去る。
何となく、ノゾミさんの視線を背中に感じたが…それはどういう意味なんだ?




