27話〜それも分かってないのか?〜
1限目が終わる頃、俺はジュンさんと女子トイレ前で別れて、自分のクラスへと戻る。教室に入ると、男子達が服を脱いでいた。
あっ、2限目は体育か。着替えの為に、女子達は全員更衣室に移動したみたいだ。
「虎二さん」
教室を見回していると、慌てた様子でヒデちゃん達が駆け寄ってきた。
「ど、どうされたんですか?また、授業を抜けるなんて」
「数学嫌いに戻っちゃった?」
マモちゃんも心配そうに聞いてくる。
戻った…なるほど。2人は俺が、以前の虎に戻ったのではと危惧しているのか。ここ1ヶ月、授業も真面目に受けていたからな。
俺は安心させる為、ロッカーから体操着を取り出して、2人に見せつける。
「大丈夫。さっきは腹の調子が悪くて、トイレに引きこもってただけだから。次の授業からしっかり受けるよ」
そう言うと、ヒデちゃんは安堵の表情を浮かべる。逆に、マモちゃんは「お腹大丈夫?」と心配してくれた。
…済まんな。優しい君に嘘を吐いてしまって。
「あれ?虎二さん、香水とか付けてます?」
着替えていたら、ヒデちゃんが驚いた顔をこちらに向ける。
マジか。制服に付いたお化粧は洗い流してもらったけど、匂いまでは気が付かなかったぞ?
「…さて、俺は気が付かなかったな。きっと、舞花の柔軟剤を俺のにも使ったんだろ」
「柔軟剤…の香りですかね?」
あー、もう。それ以上は追及しないでくれ!
俺は半分逃げるように、校庭へと向かった。
「頑張れ!黒沢!」
「一発デカイのぶちかませ!」
「ピッチャービビってるぞ!ヘイヘイ!ホームランチャーンス!」
今日の体育はソフトボールだ。野球に似た競技だが、ルールも道具もちょいちょい違うらしい。俺には大きめのボールを使う野球の亜種みたいにしか見えないが、そんな事を野球部も混ざってる男子どもに言ったらシバかれる。
「ストライクツー!」
あと、俺はこの競技に疎いみたいだ。バスケほど体に馴染む感覚がない。
まぁ、ボールを投擲する代表格みたいな競技だし、仕方ないか。
「黒沢!ちゃんとボール見ろ!」
「お前なら出来るぞ!」
「最悪、バントでも許す!」
とは言え、こんなに応援されていたら、投げ出したりは出来ない。苦手なら苦手なりに、全力を出さねば。
俺は次の一投に集中する。ピッチャーが下手投げで放った球が、良く見える。
うん。ジュンママの平手打ちの方が何倍も速かった。これなら、何とか打てるぞ。
そう思って振ったのだが、しかし、そこからは微かな手ごたえしか伝わって来なかった。ボールも、辛うじて前をコロコロ転がる程度。
ピッチャーゴロだ。
「走れ!走れ!黒沢、走れ!」
「バットは置いてけよ!」
「おう!」
言われるがまま、俺は一塁へ向かって全力疾走する。
ジュンさんを追う時も思ったが、やはり体が軽い。一歩踏み出す毎に、体がギュンッと前へ押し出される。風が俺の後ろへ、後ろへと流れていく。
そして、
「セーフ!」
俺が塁を駆け抜けると、審判役の子が大きな声で手を水平に切る。
ふぅ…。なんとか間に合ったか。
「「おおぉっ!」」
「すげぇ!」「間に合った!」
「足はえぇ!」
俺が助走していると、後ろで男子達が騒ぐ。振り向くと、みんなが驚いた顔をこちらに向けていた。
「めちゃくちゃ速ぇえじゃねえか、黒沢!」
「連休中、どんな訓練したんだよ?」
チームメイトの野郎どもが、ベンチから声援を飛ばしてくる。みると、相手ピッチャーもグローブを着けたままで拍手してくれていた。
ははっ。こんなもんじゃないぞ?
調子が出て来た俺は、その後も俊足を生かす。小さなヒットでも塁を進め、相手チームが送球に手間取った瞬間にホームインを成功させた。本当は盗塁もしようと思ったのだが、チームメイトに「そりゃ、ソフトボールでは違反だ」と教えられたので、我慢した。
「ウェェイ、黒沢ナイス」
「ありがと」
「ナイスラン、黒沢」
「おう、ありがと」
ベンチに戻ると、チームメイト達がハイタッチのポーズで待ち構えていた。それに、俺は一つずつ手を合わせていく。すると、彼らは俺を取り囲み、肩を組んだり腹をつねったりした。
「やるやん、黒沢。足速かったんだな」
「この腹の脂肪は飾りか?うりうり」
「先月までは壊滅的な遅さだったよな?マジで何したん?」
「ダイエットだよ、ダイエット。連休中、泳ぎまくってたんだ。あと、バスケの練習もしてたよ」
そう言うと、男子達は目を輝かせる。
「おっ、マジで?球技大会のやる気MAXじゃん」
「こりゃ、バスケも期待できるな」
彼らはワイワイ楽しそうに、俺の周りで騒ぐ。そんな中、端の方で1人ポツンとベンチに座る男子の姿が、俺の目端に映った。
セイジだ。
今日の体育は男女分かれての授業だから、いつも女子に囲まれている彼は1人きりで居心地が悪そうだった。
男子から相当恨まれているから仕方ない事だが、ベンチで何を難しい顔しているんだ?
「やぁ、上郷君」
気になった俺は、絡みついて来る男子達の包囲網をスルリと抜けて、セイジの横に座る。
セイジは最初、警戒した面持ちでこちらを見た。でも、
「ああ、黒沢君か。また誰か喧嘩を吹っ掛けに来たのかと思って、身構えちまったよ」
俺だと認識して、小さな笑みを浮かべた。
それだけ、こいつが男子達に恨まれていると言う事。可哀そうには思わん。身から出た錆だからな。
「何か俺に用か?あまり俺と喋ってると、お前もイジメられちまうぞ?」
「1人で何をしてるのかと思ってな。スマホで…エロ動画でも見てたのか?」
「バカっ、違うよ。チャットしてたんだ。…みんなとさ」
俺に見えやすいように、セイジは少しだけスマホを傾ける。そこには、ハーレムメンバーとやり取りをしていた跡が残されていた。
メッセージの内容は…中間テストに向けての勉強会をしようって話か。セイジの提案に対して、やけに絵文字を使いまくっているのは生徒会長か。なんか、オジサン構文っぽく見える。会長は、スマホを使い慣れていないらしい。
「それで?何をそんな難しそうにしていたんだ?」
俺がそう問うと、セイジは「えっ?」と驚いた顔をした。
なんだよ?
「あっ、いや。俺がノゾミ達とやり取りしてるって言っても、お前は平然としてたから驚いてさ。他の奴なら、スマホを奪うか壊そうとしてくるのに」
ああ、そう言う事?だから、スマホを見せる時もビクビクしていたのか。
「他の奴と、俺は違う」
「みたいだな」
セイジは安心した様に笑みを浮かべ、再び俺にスマホ画面を見せつけてくる。画面の中央部分を指さした。
「ここさ、既読が3つしか付いて無いだろ?何時もは俺が打てば、すぐに4つ付くんだ。なのに…きっと、ジュンの奴が見てないんだ」
だろうな。
「あいつ、最近おかしくてさ。連休もイベントに参加しなかったし、なんか付き合いが悪いって言うか…」
悪いな。ジュンさんならあの時、俺の隣で勉強していたぜ。
「今朝も急に怒り出すし」
「おいおい。それも分かってないのか?」
「えっ?な、何がだよ?」
おっと、済まん。あまりに呆れて、つい口が滑っちまった。
「じゅ…式部さんが怒ったのは、君に体を触られたからだろ?」
「あ、ああ。まぁ、そりゃ分かるんだけどさ。今までだって似たような事はあったんだ。なのに、なんで今回だけあんなに怒るんだ?あの程度で怒るなんて…俺達、親友じゃないのかよ?」
「…さてな」
俺は呆れを通り越して怒りがぶり返してきたので、会話を放棄した。
こんな簡単な事も分からず、彼女の気持ちに寄り添おうともしないなんて…。
まぁ、ある意味有難いことだ。こんな奴が、俺の競合相手だと思うと。
俺がセイジから視線を上げた時、丁度ヘロヘロになって帰ってきたヒデちゃんの姿が見えた。
俺はセイジに「邪魔したな」と軽く挨拶をして、倒れ込みそうなヒデちゃんに駆け寄った。
「おい、大丈夫かよ?ヒデちゃん」
「いや、シンドい、っす。ちょっと、走り過ぎ、たっす…」
ホームに駆け込んだだけだろ?本当にちょっとじゃねぇか。
「ヒデちゃん。連休中、だらけた生活をしていたな?中間テストの後は球技大会だぞ?バスケ出来るのか?この体力で」
「いえ、あの、すみません…」
うん。イカンな。あまり強く言うと、最近の子は折れてしまう。
「大丈夫だ、ヒデちゃん。テストが終わったら、家で練習会を開こう。球技大会に向けて、バスケ強化週間だ」
「おっ、マジか!」
俺の提案に反応したのは、周囲の男子達だった。
「流石だな、黒沢」
「ガチ勢じゃん。マジで優勝狙ってんな」
「俺達もやろうぜ!テスト終わったら、みんなでバレーの強化合宿だ!」
「目指せ優勝だな!バレーは俺らに任せろ!」
「ドッヂもやってやるぜ!」
あれよあれよと、男子達が燃え上がってしまい、それを見たヒデちゃんは、俺の強化合宿参加を余儀なくされてしまった。
悪いな、ヒデちゃん。
「マモちゃんも、一緒にやろうぜ」
「うん!いいよー!」
よしよし。流石はマモちゃんだ。
じゃあ、あとは。
「上郷君!君もどうだい?」
俺はセイジにも手を差し出す。
ジュンさんを傷付けたいけ好かない奴だが、ここでハブくのは違う。ここは俺の感情を脇に置き、確実に勝ちに…。
「俺は、いいや」
そんな俺の決意など知らず、セイジは断ってきた。
途端、盛り上がっていた男子達が鎮火した。
どういうつもりだ?こいつ。
「上郷君。君はバスケが得意なのか?」
「得意じゃないけど、結局のところ遊びだろ?球技大会って。成績にも影響しないのに、なんで本気になれるんだ?」
何処か小馬鹿にしている風にも聞こえる発言に、男子達からは厳しい視線が殺到する。
本当に、人の心を読めない奴だな。
俺は奴に体を向ける。
「俺はね、上郷君。何かに本気になれる人の方が、強くなれると思ってる。それが遊びでも、勉強でも、恋でも、それは素晴らしい事じゃないか?」
「強く、ね。なんか、小学生みたいな考え方だな」
「ああ、まぁね。…だが」
俺はニヤリと笑う。
「小学生くらい純粋な方が、人生上手くいくこともあるんだぜ?」
「はっ。何言ってんだよ、お前」
軽く笑い流すセイジ。
そんな彼を、俺は「ほら、君の打席だ」と促した。
まだ彼の打順じゃないけど、ここに居ると何されるか分からないからね。
そんな配慮で送り出したのに、
「ぎゃっ!」
「デッドボール!」
おっと。何処に居ても、同じ結果だったか。
悪く思うなよ。それも、身から出た錆って奴だぞ?
ガラスが割れたような、破砕音を検知しました。
何でしょうか?
「因果応報である」




