26話~ただの事故なんだからさ~
「虎二様、舞花様。学校に到着でございます」
「ありがとうございます、田上さん」
俺は運転手の田上お爺ちゃんに労いの言葉を掛けてから、車を降りる。9日間の短い連休であったが、こうして白銀の校舎群を目の前にすると、もっと時間が経っているんじゃないかと思えてしまう。俺自身は通い始めてまだ1か月も経っていないが、どこか懐かしさを感じる。
虎の影響だろうか。
「では、虎兄さん。私はこれで」
「ああ、また家で」
こちらに頭を下げた舞花に、俺も軽く手を上げて挨拶する。彼女はそのまま教室へと向かうと思ったが、顔を上げて少しの間、俺を見上げた。
そして、小悪魔の笑みを浮かべた。
…なによ?
「ここは学校ですから、式部先輩との陸み合いは程々になさってくださいね?」
「おーい。ちょっと戻って来なさい、舞花」
俺が手招きすると、彼女は足取り軽く昇降口へと逃げてしまった。
あいつめ。俺まで遊び道具にするつもりか。
新たな悩みの種に頭を抱えながらも、俺は教室へと向かう。笑顔を貼り付けて、ドアをスライドさせる。
「おはよー!」
「おうっ、おは…」
俺が元気よく挨拶しながら教室に入ると、入口近くでたむろっていた男子がこちらを振り返り、手を振ろうとして…そのままの姿で固まった。彼の周りの男子も、教室の奥で固まる女子達も同じように、無言のままこちらを見つめる。
何となく、転生初日を思い出す反応だな。まさか、この連休中に好感度までリセットされちまったのか?
そんな心配を広げていた俺。そこに、
「「「おっ、おお!!」」」
男子達の歓声が響く。
彼らは挙って、俺に突進してくる。
「おいっ!お前 、黒沢か?」
「めっちゃ痩せてる!どうしたん?手術でもしたん?」
「やべー!首があるじゃん。時の部屋で修行でもしたんかよ?」
好き放題に言ってくれながら、ペタペタとお腹や顎を触って来る男子達。
ブタカフェのブタになった気分だ。
「手術も空間修行もしてないぞ。ただちょっと、ダイエットしただけだ」
「バカ、お前。こんなのちょっとじゃねぇって!」
「激変ビフォーアフターだぜ!普通の人間になってんじゃん!」
「誰が、ブタから人間になった飛行機乗りだ!こらぁ!」
「いやいや、そこまで言ってねぇよ」
「朝からキレッキレだな、黒沢」
男子達は笑いながら、俺をもみくちゃにする。遠くでヒデちゃん達が心配そうに見ているけど…大丈夫よ?ただふざけ合ってるだけだから。
そして、それよりも後ろの方でこちらを見ているのは、クラスメイトの女子達だ。
「えっ…あれが黒沢君?」
「ヤバくない?もう別人じゃん」
「整形したんじゃない?あいつん家、凄いお金持ちだからさ」
う~ん。大半が整形だとか、悪い方向に考えているな。今までの素行が悪いのが原因だろうけど、ちょっと悲しいなぁ。
俺は少々残念に思う。でも、
「どうなんだろ?マジでダイエット成功したのかもよ?ほら、体育の時間とか走ってたじゃん」
「ああ、そう言えば…」
全員が全員、俺を批判している訳ではないみたいだ。
「どっちにせよ、ビジュは良くなったよね」
「それに整形だとしても、それだけお金持ってるってことだし」
「そっか。今までデブ過ぎて考えなかったけど、あいつの家って超金持ちなんだよねぇ…」
うん?なんだか危ない視線も混ざり始めたぞ?ジュンさんの危惧していた方向と違うけど、注意した方がいい。取り合えず、俺に値踏みする視線を送ってる君達はブラックリスト入りだ。
そんな事をしていると、教室の前の方から誰か入ってきた。
「おっすー。みんな」
「あっ!おはよう!」「おはよう!セイジ君!」
途端に、教室の入口で黄色い声が飛び交う。
見ると、ハーレムメンバーを同伴したセイジ君が教室に入って来る所だった。その中には、ジュンさんの姿もあった。
なんだ。セイジ君と喧嘩していたと思ったけど、案外すんなり元の鞘に収まったんだな。
俺は安心すると同時に、心の底で黒い感情も生まれる。焦燥感や若干の不安が、心拍数を上げた。
想い人が別の男の近くに居ることに焦っているのか?なんだかんだ偉そうなことを言ったが、俺もまだ10代の青少年って事だな。
俺は自分の未熟さを笑い、不安定な精神を保とうとする。
でも、その原因であるジュンさんは、セイジ君達と一緒に教室へ入ろうとせず、その手前で軽く手を上げた。
「じゃあ、みんな。あたし隣の教室だから。またね」
そう言って、ジュンさんは立ち去ろうとする。
「おい、待てよ、ジュン」
でもそれを、セイジ君が強引に止めた。ジュンさんの肩を掴んで、ニヤリと笑った。
「ちょっとでも勉強した方が良いぞ?ホームルームまで、まだ時間があるんだからさ。ほら、俺からもノゾミ先生に頼んでやるから」
そう言いながら、セイジはジュンさんの肩に腕を回す。垂らしたその手が、彼女の豊満な胸部に触れた。
途端に、
「きゃっ!」
ジュンさんが鋭い悲鳴を上げて、セイジを突き飛ばした。
「おっ…おいおい。何すんだよ、ジュン」
今までにない強い拒絶反応に、セイジはあっけにとられた表情を浮かべる。
だが、ジュンさんは震えていた。体をきつく抱きしめて、震える声で訴える。
「むっ、胸、触った…」
「えっ?あっ、いや。触ったって言うか…偶然当たっちまっただけだよ」
「……うっ」
「はぁ?お、おいおい。泣くことないだろ?ただの事故なんだからさ。なぁ?」
そう、悪びれもなく言い放つセイジ。
その男を、涙を浮かべながら険しい顔で見上げるジュンさん。そのまま何も答えず、踵を返して教室を飛び出してしまった。
「おいっ!ジュン!」
そう言って、セイジは手を突き出すが、そのまま走り去る彼女の背を見送った。
まぁ、お前はそう言う奴だよな。
俺は呆れて笑いそうになりながらも、みんなの視線がセイジ達に向いている間にこっそり後ろの出入り口から教室を抜け出し、そのまま彼女の後を追う。
廊下に出た時には、既に彼女の姿はなかった。だが、足音は確かにこちらの方向から聞こえた。
俺はその方向へと全力疾走する。でも、階段付近で見失ってしまう。このまま先の教室に行ったのか、それとも1階に降りたのか、3階へと上がっていったのか。選ぶ道は3つに1つ。
さて、どうする?虱潰しに探すか?それとも、ダメもとでジュンさんに電話を…。
「よぉ、黒沢」
俺がスマホを睨みつけていると、男性の声が俺を呼ぶ。顔を上げると、そこには階段を登って来る相川先輩の姿があった。
「どうした?険しい顔をして」
「いえ…あの先輩。じゅ、式部さんを見ませんでしたか?2年生の」
「式部純?いいや」
まぁ、そうだよな。そんな簡単に行かないか。
俺が落胆しかけたその時、相川先輩がニヤリと笑った。
「俺は見てないが…ちょっと待ってろ」
先輩はそう言うと、ポケットからスマホを取り出して、何かを打ち込む。そして、
「この階段を登って行ったみたいだな。きっと屋上だ」
「それは…本当ですか?」
「おいおい。あまり、俺達を舐めてくれるなよ」
そう言って見せて来たスマホの画面には、〈ファンクラブ連合〉という名のグループチャットが開かれており、そこに複数の目撃情報が上がり続けていた。
なるほど。数の暴力って奴か。
「すみません、先輩。なんとお礼を言ったらいいか…」
「いいから行けよ、兄弟。お前が目指すもん、俺達に見せてくれるんだろ?」
「はい!」
彼が指さす階段を、俺は全速力で駆け上がる。
体が軽い。まるで羽が生えたみたいだ。全然息が上がらないぞ。
そのまま殆ど息も上がらずに、俺は屋上への踊り場に着く。誰かが急いで通ったのか、ドアが半開きだ。俺はゆっくりとドアを開ける。少し油が足りないのか、キィ…と高い音が鳴る。
その音を聞きつけたのか、メッシュフェンス越しに校庭を見ていたジュンさんが、ビクッと肩を跳ねさせてこちらを振り返る。恐怖で引き攣った顔をこちらに向けたが、俺を認識すると表情を緩める。
緩め過ぎて、クシャリと崩れた。
「虎ちゃ~ん」
泣き出してしまい、こちらに駆け寄って来るジュンさん。俺が手を開くと、その中にダイブしてきた。
「遅れて済まない」
そう言いながら、反射的に頭を撫でてしまったが、ジュンさんはただ俺の肩に顔を埋めるだけだった。
済まんな。本当ならこういう時、俺の胸で泣いてくれってやるんだろうけど、背丈が足りなくて肩になっちまう。格好付かねぇな。
そう思いながらも、俺はジュンさんの頭を撫で、落ち着くようにと背中を優しく叩き続けた。
こうなった原因は、セイジに体を触れられたからだ。だから、こんなに触ってしまって大丈夫だろうか?と戦々恐々だったけど、彼女に嫌がる素振りはない。
まぁ、今の俺に劣情が無いからかも知れん。彼女のこんな姿を見てしまったら、ただ純粋に癒してあげたいと強く思うから。
「辛かったな。怖かったな。もう、大丈夫だからね」
「うん…うん…」
そうやって落ち着かせていると、次第にジュンさんの震えは治まっていく。でも、俺の背中に回された彼女の手は、なかなか力を緩めようとしない。完全に嗚咽が収まっても、彼女の顔は肩に埋まったままだ。
…どしたん?
「大丈夫かい?ジュンさん」
「…うん。大丈夫。でも…」
「でも…なんだい?」
「メイク、落ちちゃった。きっと目も腫れてる」
ああ、そういうこと。
「大丈夫だ。そんなことで、君の可愛さは揺るがんよ」
「んん~~~っ!!」
「ちょっと、ちょっと。なんで、腕に力入れるの?本当のことを言って…ああ、分かった、分かった。もう恥ずかしいセリフ言わないから。だから、マジで折れちゃうから勘弁して!」
それからも暫く、ジュンさんに抱き着かれたままであった。やっと解放されたのは、完全に1限目の授業が始まった後であった。
「ごめん、虎ちゃん。授業サボらせちゃって」
落ち着いたジュンさんは、屋上に設置されたベンチに座りながら、小さく俯く。
それに、俺は彼女の隣に座って首を振る。
「良いさ。授業よりも大切なことがある。これもその一つだ」
「でも…」
「それに、俺は今までも散々サボりまくって来た。今更授業の1つや2つサボろうが、痛くも痒くもありゃしねぇ」
俺が胸を張って堂々と言い放つと、ジュンさんは小さく吹き出して「それ、威張れないって」とクスクス笑い出した。
ふぅ。やっと笑ってくれたか。
そう安堵したのだが、笑い終えたジュンさんは、少し辛そうな顔をした。
うん?
「痛むのか?」
「ううん。違くて…なんかさ、さっきセイジに触れられた時、凄く嫌な感じがしたんだ。なんて言うか、ちょっと怖かったっていうか、背筋がゾワッてしてさ。あたし、どうしちゃったんだろ?」
「ふむ」
それって、セイジの魅了が解けかけているんじゃないか?意中の相手から、ただの男へと降格した彼に、ジュンさんは嫌悪感を抱いたのでは?もしもそうだとしたら…。
「それは決しておかしなことじゃない。女性が男性に触れられたら、嫌悪や恐怖するのが普通だ。どれ程親しい友達でもね」
「そっか。普通の事…でも、そしたらあたし、これからどうしよう?今までずっと、セイジ達と一緒だったのに…」
「クラスで親しい友人は居ないのかい?」
「ん~。みんな友達かな?親友って程じゃなって感じ」
「なら、その子達との仲を深めるのも良いと思うぞ?」
寧ろ、それが普通だと思う。普通の学生ってそんなものだろう。
そう思ったが、ジュンさんは口を尖らせた。
「でも、そしたら会えなくなっちゃうよ…」
…触れられるのは嫌でも、会いたい気持ちは変わらず、か。もしかしたらと思ったが、まだセイジの呪縛からは解かれていなかったのか。
俺は静かにため息を吐く。
すると、ジュンさんが天使の笑顔をグイッと近づけて来た。
そして、
「ねぇ、虎ちゃん」
「…なんでしょ?」
「今日も一緒に、お昼食べようよ?」
…うん?どういう流れでそうなった?
「おい、虎二よ。お前は勘違いをしている。式部嬢はお前を好いておるのだぞ?」
後書きでそれ言っても、聞こえないんですよ…。
「何と強固な壁であろうか。本文と後書きを仕切る、この二重線は…」




