24話~あ、あのさ、虎ちゃん~
可憐なスカート姿の舞花から、強烈なドロップキックをお見舞いされ、俺はその場で蹲った。
俺の後ろにはジュンさんがいるから、避ける訳にもいかなかった。なので、舞花の全体重をライフで受けるしか選択肢はなかった。お陰で、俺のライフポイントはゼロだ。暫く動けそうにない。
そんな俺の頭上から、実妹の怒号が降り注ぐ。
「あんた!とうとうヤリやがったわね!?最近大人しくなったと思って目を離した隙に…まさか女性を無理やり連れ込むなんて!」
「いや…ま”いが、彼女は…」
「し・か・も!襲う一歩手前だったじゃない!見なさいよ、彼女の表情を。あんたにセクハラされたから、顔を真っ赤にして涙まで浮かべているじゃない!」
「いや、舞花。彼女は俺の同級生で…」
「同級生だからって、エッチなことして良いって事にはならないのよ!このぉ…エロブタ!」
ああ、ダメだ。今の舞花は怒りで思考が支配されてしまい、聞く耳を持たなくなっている。彼女の怒りが収まるまで、好きにさせて待つしかないか…。
俺が半分諦めて下を向いていると、俺と舞花の間にジュンさんが割り込んで、俺を庇ってくれた。
おぉ!救世主!
「ちょっと待って、妹ちゃん。虎ちゃんは何も、悪い事なんてしてないんだから」
「と、虎ちゃん?」
「あっ、ええっと…虎二君はあたしに勉強を教えてくれてただけで、その、えっ、エッチなこととかは、まだ…」
「まだってどういう事!?ちょっと、そこのエロブタ!ちゃんと立って説明しなさい!」
おーい、ジュンさんや。しっかりと断言してくれないと、業火に油が注がれて、ブタの丸焼きになっちまうよ…。
「違くて!ホントに虎二君には勉強教えてもらってて。あたしバカだから、それで…」
「…こいつもバカですよ?授業サボってばかりですし」
舞花が呆れた様子でそう言うと、ジュンさんは背筋を伸ばして首を振る。
「ううん。虎ちゃんはサボってないよ。昔はそうだったかもしれないけど、今は凄く頑張ってるから。サボっちゃった分も取り返そうっていっぱい勉強してて、ダイエットも頑張って、凄く輝いてカッコ良くて…」
「へぇー。カッコイイ、ねぇ」
「あっ…いや、その…」
舞花がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるので、ジュンさんがアタフタしてしまっている。
そんな彼女を隠す為に背中へ回し、俺はゆっくり立ち上がる。
うん。ジュンさんが時間を稼いでくれたから、何とかダメージは回復できた。
「舞花。あまりジュンさんを困らせるな。彼女の言う通り、我々は定期テストに向けての勉学に勤しんでいるだけだ」
俺が舞花を見下ろすと、彼女は「えっ?」と驚いた顔をこちらに向ける。
うん?何だ?鼻血でも出てるか?
「あんた…その顔どうしたの?かなり痩せてるし…なんか、背も高くなってない?」
「あっ、やっぱそう見える?」
舞花にまで言われてしまっては、認めるしかない。彼女の目は確かだし、連休中は一切会っていないから。
「ほらぁ~。あたしの言った通りだったじゃん」
背中をツンツンされて振り返ると、目を薄くしたジュンさんが口を尖らせていた。
「頑張り過ぎだよ、虎ちゃん。連休中ずっと休み無しで動いてたじゃん」
「疑った訳じゃないよ、ジュンさん」
俺が焦って両手を上げると、俺の後ろから舞花の顔がニュッと現れて、ジッとジュンさんを見る。
「それを知っているってことは、貴女もずっと兄と一緒に居たってこと?」
舞花の突っ込みに、ジュンさんは堪らず「うっ…」と黙ってしまい、それを見た舞花は天使のような悪魔の笑顔でニターっと笑った。
「へぇ~。そういうことぉ?虎兄さん、いつの間にこんな可愛い彼女をゲットしたんです?」
「かっ、彼女!?」
舞花が面白がって茶化すと、ジュンさんが過剰に反応した。顔を真っ赤にして、腕をブンブン振る。
「ちっ、違くて!あたし達まだ、そんな関係じゃなくて」
「まだ?いずれそうなるって事です?先輩」
「ああ、あの、まだって、そうじゃなくて、そのぉ…」
あー。これは不味い。舞花のやつ、完全にジュンさんで遊んでいるぞ。
「ジュンさん。そろそろ帰る時間だろ?家まで送るから、机の上を片付けようか」
俺は助け船を出して、強制的に舞花からジュンさんを引き離す。
こうしないと、口では舞花に勝てない。言いくるめられて根掘り葉掘り聞かれるのがオチだ。
俺は隙を見せないよう、手早く机の上を片して、久保さん達と共にリビングを出る。何故か、舞花まで付いて来るけど…お前は乗せんぞ?
「式部先輩。先ほどは失礼いたしました。お待ちしておりますので、また何時でもいらしてください」
そう言って、天使の笑顔を浮かべる舞花。
また来いって、どうせ彼女で遊ぶつもりだろ?そうはさせるか。
舞花になんて返事しようかと迷ってそうなジュンさんの背中を押して、俺達はそそくさと玄関を出た。
「妹が済まなかった、ジュンさん。悪気しかなかったんだ」
「いや、それダメじゃん!」
ジュンさんがツッコんで、俺はニヤリと笑う。すると、彼女も漸く落ち着いたみたいで、何時もの可愛らしい笑みを零した。
うん。良かった。
「真面目な話、舞花に悪気は一切ない。寧ろ、ジュンさんの事を痛く気に入った気がある。あんな楽しそうな顔、なかなか見せないからね。帰り際のあの挨拶も、多分彼女の本心だ」
「あー、分かる。あたし、めっちゃ遊ばれてた感じした。舞花ちゃん、可愛い顔してかなりのSだよね。あたしずっとドキドキしてたもん」
「うん?もしかしてジュンさん、Mなのかな?」
「もぉー。虎ちゃんもSだぁ」
拗ねたように口を尖らせるジュンさんけど、何処か楽しんでいる風にも見える。
M疑惑を否定しないけど…まさかね?
そんなやり取りをしている間にも、車はジュンさんの家に到着してしまった。舞花のせいで随分早い解散となってしまったが…まぁ、明日から学校も始まるので、早めに休む方が彼女の為かも知れない。
そう思ったのだが、
「あ、あのさ、虎ちゃん」
「うん?どうしたんだい。そんな緊張して」
カチコチになったジュンさんが、俯きながら俺に話しかけてきた。
何か深刻なことを相談しようとしているのか?と思って、俺も身構えた。
でも、
「今日、家さ、誰も居ないんだよね。だからさ、ほら、お昼も途中で切り上げちゃったじゃん?だから、もし良ければなんだけど…」
歯切れ悪く言葉を濁し、視線をあっちこっちに彷徨わせるジュンさん。
ああ、なるほど。
「もしかして、ご招待していただけるのかな?ジュンさんの家に」
「虎ちゃんが良かったら、なんだけど…」
「ありがとう。ジュンさんが作ってくれたサンドイッチ、少ししか食べられなくて残念に思っていたんだ」
という事で、少しだけジュンさんの家にお邪魔させてもらう事になった。勿論、女の子の家に護衛を連れて行くのは失礼だと思ったので、久保さん達には近くの駐車場で待機してもらう。
「坊ちゃん。これを…」
別れ際、久保さんがこっそり小さな袋を渡そうとしてきたけど…。
要らんわ!何しに行くと思ってんだ、あんた。
「どうしたの?虎ちゃん」
「いや、ちょっと久保さんのギャグに突っ込んでいただけだよ。今行くから」
ジュンさんの背中について行き、俺は彼女の家の中へ。
「お邪魔します」
「どうぞ~」
中に入ると…うん。なかなかしっかりした作りの玄関だ。基本木造なのか、随分と落ち着いた雰囲気に、可愛いぬいぐるみやドライフラワーなどが飾られている。
ジュンさんの趣味かな?イメージ通り可愛らしい。
「テキトーに座ってて。今、コーヒー淹れるから」
リビングに通された俺は、4人掛けのダイニングテーブルに持ってきた昼食を広げる。
ジュンさんの部屋に通されたらどうしようかと思っていたから、通されたのがここで安心した。彼女の危機感は、それなりにある様だ。
…若干残念に思っているのは、俺の感情か、虎の感情か。
「なになに?虎ちゃん。あたしの部屋が見れなくて、残念だった?」
おっと、見透かされてしまった。
「いやぁ。お恥ずかしい」
俺が頭を叩いて苦笑いすると、ジュンさんはちょっと頬を染めて「エッチ…」と囁いた。
「じゃ、じゃあ…あたしの部屋…来る?」
「ちょっ!待て、待て!ジュンさん。彼氏でもない男を、そんな聖域に踏み込ませようとしないでくれ!」
俺が全力でジュンさんを止めようとすると、彼女は「ブフッ!」と吹き出した。
あっ、揶揄われただけか。焦ったぁ…。
「もうっ。虎ちゃんは真面目なんだから。でも、そんな虎ちゃんだから…」
「……そんな虎ちゃんだから?」
「あっ、いや、あの…そう!コーヒーには何入れる?あたしは全部入れる!」
急に焦り出して、強引に話題を変えてきたジュンさん。
舞花に責められた時と似ている。俺に対しての感情を露見しそうになり、焦っていたのか?
そんな虎ちゃんだから…好き?いやいや。その発想をこの状況でするのは危険だ。
「はい。どーぞー」
「ああ、ありがとう」
ジュンさんからコーヒーを受け取り、俺はそのまま何も入れずに頂く。
うん。懐かしい苦さだ。
「えっ、虎ちゃんブラック派なんだ」
「うん?ああ、そうだね。こっちの方が慣れているんだ」
虎になって初めてのコーヒーだけどね。
「ええっ、すごーい。やっぱ大人だね、虎ちゃんは」
「そんな事はないさ。ただの好みだよ」
そうは言ったが、ジュンさんに褒められてニヤニヤが隠せない。
俺の隣に座ったジュンさんが、トロンとした目で俺の口元を見つめる。
「コーヒーもそうだけど、虎ちゃんって色々と大人っぽいよね。さり気なくフォローしてくれるし、喋り方も落ち着いてるし、優しいし…もう人生を何周もしちゃってるって感じする」
「ほぉ。鋭いね」
本当に、この娘の慧眼には驚かされっぱなしだ。勘が良いんだろうな。
「でもさ、虎ちゃん。そんな事みんなにやってたら、何時か後ろから刺されちゃうよ?」
「大丈夫だ」
少し心配そうに見上げてくるジュンさんを、俺は真っ直ぐに見つめる。
「君以外に、これ程の熱を向けるつもりはないから」
「へぇ?」
甲高い声で一鳴きしたジュンさんは、そのままゆっくり傾き、後ろへ倒れそうになる。
うぉっ!危なっ!
「ジュンさん!」
俺は咄嗟に立ち上がり、ジュンさんを抱き抱える。何とか間に合い、彼女を床に寝かせる。
ジュンさんの顔は真っ赤で、目はグルグルしていた。相当な混乱状態だ。
ヤバいな。あまりにキザな言い回しで、ドン引きされてしまったか?
どうするべきか、俺は腕の中のジュンさんを見つめながら考えを巡らせる。
すると、背後でバサッと何かが落ちる音がした。
振り返ると、金髪の綺麗なお姉さんが目を見開いて立っており、彼女のもう片方の手からビニール袋がまた1つ、床に落ちた。
「何してんの…あんた達」
呆然としているお姉さんの口から、そんな低い声が漏れ出す。
ああっと、これは…不味い所を見られましたか?
「危うい場面を見られたな」




