20話~それでチャラって事にしよ?~
ジュンさんのテンションが、明らかに下がってしまった。原因は恐らく、ノゾミさんの動画を見たから。
ヤバいと思ったんだよ、見せる直前に。だって、ジュンさんとノゾミさんは凄く仲が良い。親友とも呼べる人が、俺みたいなブタ野郎に動画を握られている…。客観的に見て、なんてエロ漫画の冒頭?って思われてもおかしくない状況だ。
…仕方が無い。
「ジュンさん」
「…えっ?あっ、うん!なになに?」
俺が話しかけると、心ここに在らずだったジュンさんは無理やり反応してくれた。
そんな彼女に、俺は提案する。
「不快にさせて済まない。この動画は、消去する事にするよ」
「えっ、えぇ?なんで?シュートのお手本なんでしょ?」
「そうなんだが、君を傷付けてまで手元に置いておきたいものではない。動きなら十分にインプットしているから、無くても何とかなる」
勿論、手本があるに越した事はない。特に 、スリーポイントの部分は是非とも残して起きたいのが本音だ。でも、彼女を傷付けたくないのも本音。こんな心優しい彼女を泣かせるなど、それが俺自身であっても許せない。
だから、俺は動画の削除ボタンを押そうとした。
でも、
「待って!」
それはジュンさんに止められた。
「そこまでしなくて良いよ、あたしなんかの為に」
「いや、俺にとっては重要な事だ」
俺が力強く言うと、ジュンさんは驚いた顔をした。
おっと、ちょっとキザっぽい言い方になってしまった。引いちゃったかな?
そう心配したけど、ジュンさんは直ぐに天使の微笑みを返してくれた。
「えへへ、ありがと。じゃあさ、あたしが虎ちゃんの動画撮ってあげる。それでチャラって事にしよ?」
うん?それでどうして、盗撮疑惑が相殺されるんだ?
俺はジュンさんの考えが分からなかった。分からないが、一旦はその疑問を飲み込む。彼女がそれで納得してくれるなら、無理に納得する必要は無いのだ。
「はい!撮り始めたよ〜。ほら、ほら、虎ちゃん。アクション、アクションだよ~」
まるで映画監督みたいな事を言って、ジュンさんは可愛くデコレーションされた彼女のスマホを俺に向ける。
あっ、ジュンさんので撮るのね。後でデータ貰わないと。
「良いよ~。虎ちゃん、カッコイイ!」
「ああ、ありがとう…」
黄色い声援まで投げてくれるのは、嬉しくも恥ずかしい。だが、ジュンさんが動画を撮ってくれるのは凄く有難かった。
今までは久保さんに撮ってもらっていたから、どうしてもシュート練習など俺が1人で出来る絵しか撮影出来なかった。でも、こうして撮影係が居てくれることで、久保さんとの1on1も撮影してもらえた。
加えて、ジュンさんはとてもいい角度で俺のことを追ってくれるので、見返した時にとても分かりやすい。本当に映画を撮っているみたいだ。
…ただ、偶に俺の顔をドアップで撮るのは止めて欲しいんだがね。こんなブタの顔を撮っても、誰も得をしないぞ?
「ナイッ、シュー!」
ギリギリスリーポイントからのゴールが入ると、ジュンさんは俺よりも喜んでくれた。
「やったね!虎ちゃん。入る様になったじゃん」
「ありがとう。少しだけど、コツが掴めたみたいだ。ジュンさんのお陰だよ」
俺のシュートを動画で見てみると、遠くに飛ばそうとして肩に力が入っていた。それが原因かもと思ってやってみたら、成功したのだ。
多角的に自分の姿を見ると言うのも、問題解決に必要だったのかもしれない。これも、様々な角度で撮ってくれたジュンさんのお陰だ。
「さて、じゃあそろそろ勉強会に移ろうか」
時計を見ると、そろそろ10時になる。約束の時間だ。
「えっ?でも、折角コツを掴めてるし、続きをした方がいいんじゃない?あたしのことは良いよ。虎ちゃん、元々午前中はバスケの練習する予定だったんでしょ?君の邪魔はしたくないんだ、あたし」
おや?そんなことまで、久保さんは漏らしているのか?
そう思いながら、俺は首を振る。
「邪魔なんてとんでもない。一緒に勉強してくれて、凄く助かっているんだ」
昨日ジュンさんに教えることで、俺自身も理解が深まったのを感じた。人に教えることで、自分の中でも強く定着していったみたいだった。だから、彼女と一緒に勉強するのは、俺にとっても有益だ。
今はダイエットだけが急務ではない。効率よく勉強が出来るなら、当初組んでいた予定など幾らでも覆すべきだ。
それに、
「それにさ、君との勉強会を凄く楽しみだったんだ、俺」
ジュンさんみたいに可愛い娘と勉強出来る事は、この上ない幸運だ。昨日、勉強会の約束をしてからずっと、俺のテンションは上がったまま。こうやって高いモチベーションの時に何かを行うと、高確率で成功しやすくなる。
この感情は、虎の物だけではないだろう。俺自身、ジュンさんのことは好ましいと思っている。
「だから、俺からも頼むよ」
「う、うん。わかった…」
俯きながら、硬い声で了承するジュンさん。
嫌なのかと思ったけど、頬が薄っすらと赤みを差しているので、肯定的に取ってくれているみたいだ。
うむ。ならば急がねばな。
俺は久保さんに、ジュンさんをリビングに案内するようにお願いし、急いでシャワーを浴びに行く。
彼女は随分とお洒落をして来てくれたからな、相応の恰好をした方が良いだろう。
〈◆〉
とても広くて綺麗なリビングに通されたあたしは、今、虎ちゃんと向き合って勉強をしている。
真剣な表情で教科書に目を落とす彼は、バスケをしていた時と同じ雰囲気を纏っていた。
「うん?何か分からないところがあったかい?」
かと思えば、あたしの視線を感じてか、優しい笑みでそう聞いて来た。
あたしは息が詰まりそうになりながらも、「だいじょぶ」と嚙みながら答えた。
「そうか。何かあったら言ってくれ」
そう言って、彼はまた鋭い雰囲気になって視線を落とす。
ああ、ドキドキした。これも、虎ちゃんが「君との勉強会を凄く楽しみにしていた」なんて言うからだよ。あの言葉がずっと、あたしの中でグルグル回っている。何だか余計に、彼を意識しちゃう。
ただでさえ、虎ちゃんはお洒落なニットシャツに着替えてくれているから、本当に困っちゃうよ。
「うっ」
そんな事ばかり考えていたから、難しい問題に躓いてしまった。
ええっと、この問題は…何処を見たら良いんだっけ?
「そこの問題かな?」
あたしが心の中で焦っていると、すかさず虎ちゃんが助け舟を出してくれる。まだ何も言ってないのに、あたしのことをよく見てくれていた。
何だかそれが、とても嬉しかった。
「こいつはまた、意地悪な問題だね。ワザと難しく問うているんだよ。だから、落ち着いて、問題文を区切って読んでみると良いよ。こんな風にね」
「あっ、そっか。こうやって区切れば良いんだ」
昨日も思ったけど、虎ちゃんは優しい。あたしのペースと目線に合わせて喋ってくれるから、バカなあたしでもモチベを落とさずに付いて行くことが出来る。セイジ達みたいに「バカだなぁ」なんて言ったりしないから、なんか自信が湧いて来る。
あたしにも出来るんじゃないかって、勘違いしちゃう。
「そうそう。いいね、ジュンさん。呑み込みが早い」
「うっ…」
前言撤回。虎ちゃんは優しすぎる。こんなんじゃあたし、勉強に集中できないよ。さっきもあたしの為に、大好きなノゾミの動画を消そうとするし…。
でも、嬉しかったのは事実だ。あたしのことを、それだけ大切に思ってくれているみたいで。
って、何を考えてるんだろうね、あたし。虎ちゃんとはまだ、そんな関係じゃないのに。
…まだ?
「おっと、もうこんな時間か」
虎ちゃんの声で顔を上げると、時計の針が12時を過ぎているのが見えた。彼が申し訳なさそうな顔で、頬を掻いている姿も。
「申し訳ないけど、お昼は外にでも食べに行こうか。うちのシェフ達、連休中は殆どが休暇を取っているんだ」
「あっ。それならさ、あたし、サンドイッチを作って来たんだよね。虎ちゃんの分もと思ったんだけど…」
あたしが恐る恐るバスケットを取り出すと、虎ちゃんはとても驚いた顔をして、直ぐに満面の笑みを浮かべた。
「えぇ?良いのかい?俺も頂いちゃって?」
「う、うん。ほら、勉強教えてくれてるし、そのお礼?みたいな?」
「そいつは嬉しいな。ジュンさんの手作り弁当を頂けるなんて」
ああ、また君は、そんな嬉しい事を言っちゃう。
あたしがアタフタしている間に、虎ちゃんは「じゃあ、一つ」と言って、食べ始めてしまった。
どうしよう。今になって心配になって来た。あたしのサンドイッチ、虎ちゃんの口に合うかな?
「美味い。めっちゃ美味いよ、ジュンさん」
そんなあたしの不安は、一瞬で吹き飛んでしまった。
「君の手料理を食べられるなんて、俺は幸せ者だなぁ」
吹き飛ぶどころか、大噴火しそう。
「もうっ、止めてよ虎ちゃん。大げさだよ」
「大げさなもんか。こんな素晴らしいお礼を貰っちゃったら、今日は徹夜して勉強を見なくちゃいけないよ」
「えぇー?じゃあ、もうあげな~い」
「ああ、そんなぁ…」
「あははっ!うそ、うそ」
ああ、ヤバい。凄く楽しい。こんなに心がフワフワするの、凄い久しぶりだ。
ううん。こんな感じ、初めてかも。
こんな時間が、ずっと続けばいいなぁなんて思っていたら、あたしのスマホが震えだした。電話だ。
もうっ、こんな時に誰よ?
あたしはスマホを投げ飛ばしたい気持ちを何とか抑えて、画面を覗く。そこには、
「えっ…」
そこに書かれていた名前に、あたしの心がおかしな鼓動を打つ。
〈上郷 清治〉
その名前を見て。




