19話~なに見てたの?エッチな奴?~
翌日。俺はいつもより早めに起床して、トレーニングに移る。
昨日はジュンさんと会ったことで、予定していたトレーニングの一部が出来なかったからね。その分、体力が余っている。今日はその分を使い切らないと。
「おはようございます、坊ちゃん。今日は何時もより、更に早いですね」
俺が黙々と8㎏のダンベルを上げ下げしていると、トレーニング室に久保さん達ガードマンズが入って来た。
相変わらず、キレッキレの良い筋肉だ。俺も早く、こうならねば。
「おはよう、久保さん。今日は午前中に勉強会の予定が入ってますから」
昨日ジュンさんからお願いされた勉強会だが、会場は我が家となった。
彼女の家にお邪魔する訳にはいかないからね。俺がジュンさんの親御さんの立場なら、こんな不審者極まりないブタが娘の部屋に上がり込んだ瞬間、ミンチか細切れ肉にしているだろう。
図書館などの公共施設も考えたが、ジュンさんが嫌そうな顔をしたので無くなった。
まぁ、そうだろうな。俺と一緒のところを誰かに見られたりしたら、セイジ君に疑われてしまう。黒沢家に来るよりも、そちらの方が余程リスキーだ。
「10時からの予定ですけど、それまでに筋トレとシュート練習くらいは終わらせておきたいんですよ」
「それは、それは。お忙しそうで何より」
頭の中でスケジューリングしていると、久保さんが頷きながら気持ち悪い笑みを浮かべた。
うん?
「何をニヤニヤしてるんです?」
「いやぁ、坊ちゃんも隅に置けないと思いましてね。昨日一昨日と、ちょっとプールに行っただけで、違う女の子をとっかえひっかえじゃないですか。しかも、かなりの美少女達と」
「「おおっ」」
「ホントかよ、久保」
「やりますな、坊ちゃん」
久保さんが変なことを言うから、ガードマンズが湧きたってしまった。
ちょっと、ちょっと。
「言い方に悪意を感じるぞ、久保さんよ。彼女達は学友で、それ以上の関係では無いんだよ。残念ながらな」
「いやいや。かなりいい雰囲気でしたよ?特に昨日の子なんて、坊ちゃんにメロメロだったじゃないですか。やっぱ、努力は裏切らないんすね」
ニヤニヤ顔から一変、本当に嬉しそうに言ってくる久保さん。
一緒にトレーニングをしているから、俺に肩入れしてくれているのか?それは嬉しいんだがね、久保さん。本当に残念ながら、ジュンさんには心を寄せている男性が居るんだ。決して、貴方達が思い描くような関係ではないんだ。
っと、気持ちが暗くなりそうであったから、デッドリフトで無理やり心拍数を上げる。
そうして俺は、昨日サボってしまった分も早朝の内に取り戻し、軽い朝食を摂った後はバスケの練習に打ち込む。基本のドリブルとフットワークを入念に行った後は、コーチの動画を見ながらシュート練習を行う。
彼女の動きを頭の中でも描き、その動きをトレースして打つ。
うむ。ツーポイント範囲でのシュートはかなり成功率が上がって来た。感覚的に5割か?打った瞬間に、こいつは入ると言うのが分かるようになった。
残るは角度のキツイ所からと、スリーポイントシュートだな。
俺は早速、ツーポイントラインの外に移動し、シュートを放つ。でも、なかなか入らない。
「う~ん…違うな。こうか?」
力を入れて何度か打ってみたが、届かなかったり、リングに弾かれてしまう。
「スリーポイントには何か、壁がある気がする。今のままでは入る気がせん」
この壁を越えねば、本番では使い物にならん。一体、何が原因なのだろうか。
「久保さん。今の俺のシュート、動画で…」
あれ?いつの間にか、久保さんの姿が無くなってる。トイレか?
仕方がないので、俺はコーチの動画を再生する。
う~ん。2ポイントシュートよりも、手首のしなりが強い気がするな。ボールの軌道も高いし、そこら辺がコツなのか?
もっと何かないのかと、俺が動画を睨みつけていると、何処かから視線を感じた。
人間特有の、粘度の高い視線。
方向は…こっちか?
感覚を頼りに、俺が顔を上げると、
「や、やほー♪」
そこでは、可愛らしい白のワンピースを着たジュンさんが、2階の観客席で手を振っていた。
ええっ!?なんで?時間は…まだ9時だよな?ちょっと、早過ぎやしないか?
俺は返事も出来ず、その場で固まってしまった。
〈◆〉
「ちょっと、早く着き過ぎたなぁ」
大きな門扉が見えて来たところで、あたしは歩みを緩める。遅れちゃ大変と思って早めに出たけれど、まだ9時にもなってない。
どうしよう?コンビニとかで暇つぶしする?でも、この辺ってそういうの無さそうなんだよねぇ。
あたしは周囲を見渡すけど、大きな家が立ち並ぶばっかりでお店らしきものは全く見当たらない。そして、そんな高級住宅街の中心にデデン!と構えているのが、黒沢君のお家。
お金持ちとは聞いてたけど、こんなに凄いなんて…。
「あっ…」
家の凄さに見とれていたら、門の前まで来ていた。そこの詰所には、怖そうなオジサン達が座ってて…。
ヤバッ。怒られる。
そう思ったんだけど…。
「おおっ。もしかして君は、坊ちゃんの?」
「久保が言っていた子か」
あたしを見るなり、急に歪な笑みを浮かべる門番さん達。そしてすぐに詰所から出て来て、門を開けてくれた。
えっ?入っていいの?
「さぁ、どうぞ。坊ちゃんがお待ちです」
「今、係の者を呼んだので、そいつに付いて行って下さい」
あれよあれよという間に、あたしは敷地の中に入れてもらって、玄関に着く。するとそこには、昨日虎ちゃんと一緒に居たお兄さんがジャージ姿で待っていた。
「お待ちしておりました、式部様。虎二様は今、日課のトレーニング中です。もしよろしければ、ご覧になられますか?」
「えっ?水泳以外にも、何かやってるの?」
なんでも、早朝に筋トレをして、その後はお昼までずっとバスケの練習をしているらしい。
そんなハードワーク、体が壊れちゃうんじゃない?
虎ちゃんの心配をしながら久保さんの後ろに付いて行くと、小さな体育館みたいなところでボールを着いている彼が居た。凄く集中していて、2階にいる私達には気付いていないみたい。
静かに構えて、ジャンプしながらボールを放った。
シュッ。
スパンッ。
気持ちの良い音をさせて、ボールがゴールに吸い込まれていく。
凄い。あんな遠くからでも入った。
あたしは感動したけど、虎ちゃんは何でもない風にボールを拾って、またシュートを打ち始める。何度も、何度も繰り返しているのに、全然集中力が切れない。凄く真剣な目で、ジッとゴールを見詰めている。
その目は、走っている時と同じ目だ。とっても輝いていて、綺麗で、熱くて、見ているこっちまで心が躍ってしまう。幸せな気持ちが、体の奥から湧いて来るのを感じた。
そんな彼だけど、偶に動きを止めてスマホを見ている時がある。しかも、その目はシュートを打つ時と同じくらい真剣だ。そうして、少しの時間スマホを見たと思ったら、またシュートを打ち始める。
何をしているんだろう?
「動画を見ているんですよ。上手い人の姿を見て、真似をされているんです」
あたしが小首をかしげていると、それを察してくれたお兄さんが教えてくれた。
ええっ、凄い。そんなことまでしてるんだ。
あたしは視線を虎ちゃんに戻す。動画の効果なのか、彼の姿が更に自信に満ちたものになった気がした。
でも、段々とボールがゴールに入らなくなってきた。ゴールまでの距離が遠すぎるんだ。
「う~ん…違うな。こうか?」
それでも、虎ちゃんは諦めずにシュートを打つ。静かに、真剣に、真っすぐに向き合っている。
その姿が凄く格好良くて、あたしはいつの間にか手すりに体を預けて、乗り出していた。
すると、座って動画を見ていた虎ちゃんが急に、こちらを振り返った。彼と視線がバッチリ合っちゃって、あたしの心臓がドクンって飛び跳ねる。
「あっ…えっと…や、やっほー♪」
何とか手を振り返したけど、彼はびっくりし過ぎて固まってしまった。
ええっと、どうしよう?
2人して戸惑っていたら、お兄さんが1階を指さす。
「バレてしまいましたし、下に行きませんか?」
「あっ、はい」
お兄さんに連れられて1階に降りると、両手を合わせた虎ちゃんが出迎えてくれた。
「ごめん、ジュンさん。気が付かなくて。かなり待たせちゃったよね?」
「そんな、謝んないでよ。あたしが早く来ちゃっただけなんだから。それに…見てて楽しかったし…」
言ってしまい、あたしは頬が熱くなるのを感じる。さっきから心臓が変に高鳴ってるし。
すると、虎ちゃんは照れたように微笑んだ。
「そう言ってくれると、俺も嬉しいよ」
うっ…可愛い。なんで、あんな真剣な顔をしていた人が、こんな可愛い笑顔も出来るの?
全身が熱くなっていくのを感じて、あたしは慌てて顔を伏せる。すると、彼の手に握られたままのスマホが目に入った。
「あっ。ねぇ、虎ちゃん。さっき動画を見てたよね?なに見てたの?エッチな奴?」
そんなんじゃないって分かってるけど、あえて彼が慌てる言葉を選ぶ。それで、狂ってしまったペースを持ち直そうとした。
それに、虎ちゃんは「いやいや」と苦笑いを浮かべて手を振った。
でも、
「これはただ、お手本としてコーチが…あっ…」
「えっ?」
あって、なに?
「もしかして、本当にエッチな奴なの?」
「いや、そうじゃないんだけど…」
「えぇ?ホント?見せて見せて!」
虎ちゃんが必死になって隠そうとしているから、なんか凄く興味が出て来た。それを見たら、彼の事がもっと分かると思って。
でも、彼が渋々と差し出したスマホの動画を見て、あたしの心は凍り付いた。
そこには、親友のノゾミの姿が映っていた。
「ジュンさん。少し弁明をさせてもらいたいのだが、これは決して盗撮などではないからね?本人から撮影許可を得て、バスケの練習目的で活用しているだけだからね?」
押し黙ったあたしに、虎ちゃんが必死になって訴えかけている。
でも、あたしの頭には半分も入って来ない。別の事ばかりが、頭の中を駆け巡っていた。
そう言えば、ノゾミは去年、虎ちゃんに告白されたんだっけ。かなりキツめに断ったって聞いていたけど、虎ちゃんはもしかして、まだノゾミの事が好きなんじゃないかな?だから、球技大会もバスケを選んでいるの?振り向いて欲しい人って、もしかしてノゾミの事で、君は彼女の為にこれ程の努力をしているの?
「ジュンさん?」
酷く冷え込んだ心の中に、虎ちゃんの不安そうな声が届いた。視線を上げると、心配そうにあたしを見詰める彼の目とぶつかる。彼の温かい目で、少しだけあたしの中に熱が戻る。
少しだけ力が戻り、なんとか笑顔を貼り付ける。
「い、いやぁ、マジでビビっちゃった。まさか虎ちゃんが、盗撮魔だったなんてぇ」
「いや、それ、マジで冗談にならないから!」
「あははっ!うそ、うそ。軽いジョーク。驚きすぎだよ、虎ちゃん」
そうだよ。驚きすぎ。
なんであたし、こんなに取り乱したんだろう?こんなに心が苦しくなるなんて、セイジの事を考えた時くらい…。
ううん。その何倍も辛いよ。
あたし、どうしちゃったの?




