18話〜うん?式部さん?〜
何時もご愛読下さり、誠にありがとうございます。
開幕、他者視点です。
「虎二ではない者の時に、この言葉を使うのだな?」
あっ、そうです。ここでは初めての事でしたね。
あたしが輝きたいのは、あたし自身の為。そう答えたら、黒沢君は難しそうな顔をした。
うん。これだけじゃ、誰も分かんないよね。
「えっとね。確かに君が言う理由も全くない訳じゃないよ?もっとあたしが輝けたら、何時かセイちゃんが振り向いてくれるかもって思う自分もいるから」
でも、それが無駄だと分かっている自分も居る。あたしは何度も、それを試したから。
可愛い服を着て、彼好みのメイクをして、自分の強みを生かした動きをして。
そうしてみても、彼は私に対して殆ど興味を示さなかった。私達みんなを褒めてくれる時はあるけれど、あたしだけを褒めることは今まで無かった。4人全員を褒めて、4人全員に同じ対応をする。誰かを特別扱いするんじゃなくて、みんなに同じ笑顔を振りまいていた。
ノゾミも、ハルカも、ナツ先輩も、確かにみんな可愛いよ?でも、あたしも色々と勉強したんだから。ファッション雑誌を何冊も読んだし、有名なアーティストのブログも毎回チェックしてる。周りのみんなから、教えてって言われるくらいにはなった。
それでも、ダメだった。やっぱり彼は変わらない。
分かってるよ。あたしには中身が無い。
ハルカは大きな神社の巫女さんで、小さいけどお化けとか全然怖がらないたくましさを持ってる。
ナツさんは生徒会長で、どんな難しい問題も1人で解決しちゃう才能を持っている。
そして、私の親友であるノゾミだって、セイちゃんと幼馴染で学年首位の頭脳を持っている。
あたしだけ、何もない。自慢できるポジションも、能力も何もない。だからせめてファッションだけでも極めようとしたけれど、それも中途半端で宙ぶらりん。相変わらず、セイちゃんはあたしの事を友達としか見てなくて、女の子扱いしてくれなくて、バカな奴だっていつも言っている…。
でも、それでもいいって思ってた。それでもセイちゃんの傍に居られるならって。
その気持ちが揺らいだのは、この人に会ってからだ。
黒沢君。
必死に努力して、ナツさんに睨まれても心を折らなかった彼を見て、あたしは彼をカッコイイと思った。凄く輝いて見えて、あたしには無い何かを持っていると思った。
そんな強い光を見ていると、セイちゃんに見ていた光を見失いそうになった。セイちゃんを好きだと思っていた気持ちが、なんだかフワフワした物に思えてしまった。
あたしは、セイちゃんの何処に惹かれたんだっけ?あたしがセイちゃんに対して抱いていたこの気持ちは、恋心なんだよね?
「分かんなくなっちゃったんだよね、あたし。自分がどうしたいのか、どうしたらいいのかってのがさ。今までも、周りに流されて生きてきたところがあるから、こんな風に迷子になっちゃうと、なかなか抜け出せなくて」
あたしが独白すると、黒沢君は「なるほど」とかなり真剣な顔になって頷いた。
そして、
「己の武器が通じず、自信を失いかけているのか。新たな武器を得るべきか、はたまた、今の武器を更に磨くかで悩んでいるのだな?」
「えっ?えっと…」
良く分からないけど、何となく違う気がする。
でも、黒沢君は納得したように頷いて、暫く考え込んでしまった。
なので、あたしも黙って彼の答えを待った。
そして、
「済まんが、積極的に君を指導することは出来ない。分野外の事であるし、俺の指導は厳し過ぎる。そして何より、俺の心情が良しとしてくれんのでな」
「う、うん」
そうだよね。あたしが居たら、邪魔になっちゃうよね。
断られたと思って、あたしは落ち込みそうになった。でも、彼は言葉をつづけた。
「だが、共に励むことは出来るだろう。俺を見て、真似て、考えて欲しい。さすれば、君の迷いも晴れるやもしれん」
「えっと…良いってこと?」
「ああ、ごめん。端的に言うと、そうだね。教えられないけど、一緒に頑張っていこう」
さっきまで厳しい顔だった黒沢君が、いつもの穏やかな顔になった。
そっか。良いんだ。
「ありがと!虎ちゃん!」
これで、あたしも輝ける。
このフワフワした気持ちが何かを突き止めて、先に進める強い心を持つんだ。
〈◆〉
「ブッハー!」
休憩時間のホイッスルが聞こえ、俺は勢いよく水面から上がる。段々と疲労がたまって来ており、体と瞼を沈ませようとしている。
イカン。こんなところで負けて堪るか。
俺は久保さん達が待つ休憩スペースへと戻り、早速教科書を開いた。
すると、ペタペタと言う軽い足音を響かせて、ジュンさんが俺の隣の席へと雪崩れ落ちる。
俺は教科書を閉じた。
「まさか、この時間までずっと泳いでいたの?」
「うーん、そう。マジしんどーい…」
そりゃそうだ。いきなり30分連続で泳ぎ続けるとか、素人である我々からしたら大変な事だぞ?
「先ほども言ったが、無理して俺に付き合う必要はないからね?自分のペースで、自分の思うままにやった方が良い」
「あー…そーだよね。なんか焦っちゃった。なんかまた、輝きを見失いそうで」
「輝き?」
良く分からんが、彼女が必死なのは伝わって来る。
それだけ、セイジ君に振り向いて欲しいって証拠だろうか?そう思うと、こちらとしては複雑な心情だ。
…いや、そんな己の感情で左右されてはイカンな。ジュンさんが自分で道を見つけてくれるのなら、それを邪魔してはいけない。
それに、そうやって彼女がハーレムの呪縛から抜け出せないのは、俺の努力不足だ。セイジ君の惹きつける力に対抗する為に、更なる努力を重ねるしかないだろう。
「式部さん。何度も言うが、俺はこの脂肪を落とす為にハードワークをしている。だから、君が俺の一挙手一投足を真似る必要は無いんだよ。そんなことをしたら、君の体が壊れてしまうからね」
「………」
「うん?式部さん?」
俺が説明すると、しかし、ジュンさんは返事をしなくなった。ただ、こちらをジッと見て来るだけ。
あら?まさか、今ので気を悪くした?優しいジュンさんを怒らせるなんて、一体俺は、どんな失言をしてしまったんだ?
「呼び方」
「えっ?」
俺が必死に自分の言動を振り返っていると、ジュンさんがポツリと零す。
呼び方って…どういうこと?
俺が頭の上にクエスチョンを浮かべると、ジュンさんは少し口を尖らせた。
「あたしの呼び方、戻っちゃってるよ?式部さんってのに」
「うん?」
戻るも何も、俺は君のことを、式部さんとしか呼んでいな…。
あっ、そう言えば、さっき努力の目的を聞かれた時に、つい「ジュンさん」って呼んでた気がするぞ?
うぉおい!やっべ!
「ごめん!式部さん。俺、勝手に君の名前を呼んで…」
「良いんだよ、それで。あたしのこと、名前で呼んでさ。苗字なんて堅苦しいでしょ?ジュンって呼んでよ。あたしのことは」
良いのか?虎の記憶の限りでは、その呼び方を許されてる男子はセイジ君だけみたいだけど…?
「では、ジュンさんで」
どんな心境の変化かは分からなかったが、ここは素直に従うことにする。
すると、膨れ面だったジュンさんの表情に、笑顔の花が咲いた。
「おっけー。あたしも黒沢君の事、虎ちゃんって呼ぶから」
ぐっ、なんて破壊力だ。
油断していた俺は、強烈なダメージを受けて前かがみになる。虎ちゃん呼びに、突っ込んでる余裕なんて一欠片もない。
そんな俺を見て、ジュンさんはニヤニヤと笑う。
お主…分かっててやっているな?
「ねぇ、虎ちゃん。それ以外の教科書も持ってたら、あたしに貸してくれない?」
「ああ、持ってるけど…一緒に勉学するかい?」
「うん。そこも、虎ちゃんに見習わないと」
なるほど。本当に熱心だな。
「分かった。何の教科にする?」
「えっ?選べるくらい持ってきてるの?ヤバっ」
「ヤバって…そりゃ、驚かれるくらい俺の勉強は遅れているのは認めるがね」
俺がちょっと拗ねた風にそう言うと、ジュンさんは「違う、違う」とクスクス笑う。
それに、俺も表情を崩してバッグから教科書を取り出す。それを、扇状に広げてジュンさんの前に出す。
「さぁ、好きなカード…じゃない。教科書を引きなさい」
「どれがババかな?」
「それは、君の学力次第だ」
「じゃあ、全部ババじゃん」
またまた。ジュンさんはそうやって…。
えっ?冗談だよな?
「うわっ、数学引いちゃった。あたしの一番苦手な奴じゃん」
「引き直しは有料じゃよ」
「うわっ、インチキ占い師だー」
「ふぉっふぉっふぉ」
ふざけ合いながらも、我々は教科書を開く。
とっくに休憩時間は開けているけど…今日は彼女に付き合うとしよう。
「うぅ~…」
でも、5分もしない内に唸り声が聞こえて来た。見ると、ジュンさんの頭から湯気が立ち上っていた。
まさか、知恵熱?さっきの発言は、冗談じゃなかったのか?
「大丈夫か?ジュンさん」
「だっ、だめ。数字が、頭の中をグルグル回って…」
おいおい。本当にヤバそうだな。
「どの問題が分からないんだい?」
「ここで〜す、先生。このページ全部、訳が分かんないよ〜」
「うむ。見て進ぜよう」
俺は立ち上がり、ジュンさんの後ろから教科書を覗き見る。
ふむふむ。
「この式が何を表しているか、分かるかい?」
「もう、見るだけで目が回りまーす」
「そうか。じゃあ、もっと簡単な作りの問題からやってみよう。ほら、2ページ前に似たような問題があるでしょ?これならどう?」
「えー?これ?」
「そうそう。上の公式を見ながらでいいから、ちょっとやってみよう」
湯気を出しながらも、ジュンさんは何とか問題を解くことが出来た。
「やった…」
「うん。素晴らしい」
「いやいや、虎ちゃんの教え方が上手いからだよ〜」
そう言いながらも、嬉しさを隠しきれないジュンさん。
本当に、素直で可愛い娘だ。
「さぁ、この流れで、さっきの問題に戻ってみよう」
「う〜ん…やっぱイミフなんだけど?」
「じゃあ、ここをこうしたらどうかな?」
「あっ、さっきの問題と一緒の形になった」
「良く分かったね。じゃあ、やってみようか」
「おっけー」
悩みながらも、ジュンさんは何とか問題を解いて見せた。
ほぉ。なかなか飲み込みが早いぞ。前向きだし、教え甲斐がある。
「すごっ。虎ちゃん、めっちゃ教え方上手いじゃん。ノゾミより上かも」
「そりゃ、褒め過ぎだ」
俺が笑って否定すると、ジュンさんは「ううん」と静かに首を振る。
「分かりやすいし、あたしが何処で悩んでいるか直ぐに分かってくれたじゃん」
「ああ、それは、俺も同じ所で悩んだからね。経験者は語るって奴だ」
「語れるだけ、いっぱい勉学したんだね」
ジュンさんは首だけ振り返って、大きな瞳で俺を見上げて来る。
「ねぇ、虎ちゃん。明日って空いてる?あたしと勉学会してくれない?」
なぬ?
あれ?明日って、確か…。
「電話で何か、言っていた気もするな」




