17話〜ううん。違うよ?〜
ノゾミさんのコーチングにより、俺のバスケ技術は飛躍的に向上した。先ず、シュートが入るようになってきた。
昨日までは、ゴールのすぐ近くで打っても3割程度だった成功率が、今日は8割以上の好成績を収めている。ゴールから離れてしまうと5割程度まで落ちてしまうが、それでもかなりの成長だ。
これも、コーチから貰った数多のアドバイスと、かなり無理して貰った動画の存在が大きい。彼女の動画をしっかりと頭の中に焼き付け、実践し、その動きを動画に撮って見比べる。すると、何処が悪いのか一目瞭然だった。
そうして少しずつフォームを修正していったら、シュート成功率がみるみる上がっていったのだった。
それを見て、久保さんも誇らしそうに頷く。
「やりましたね、坊ちゃん。これなら、大会でも大活躍間違いなしじゃないですか?」
「そうだと良いけどね。きっと、この程度じゃ通用しないよ」
現実はそう甘くない。何とか足手まといにはならなくなったかもしれないが、優勝には程遠いだろう。
もっと遠くからのシュート率を上げて、ドリブルとかの技術も磨く必要がある。現役選手は出場しないとはいえ、それなりの経験者は出てくるだろうから。
「では、やはりインストラクターを手配しましょうか?」
「いや、俺にはコーチの動画がある。船頭は1人の方が良いだろう」
あれこれ独自の理論を言われると、分からなくなるだろう。今はひたすら、コーチの動きを体に覚えさせる段階だ。
そうして、午前中は確かな手ごたえを感じた俺は、午後も順調にタスクをこなしていく。市営プールに着いた俺は、早速25mプールを泳ぎまくる。
3日目だからか、体が水に慣れた感覚があった。昨日は全身を縛り付けるような筋肉痛に悩まされていたが、今日は比較的マシだ。連休前に懸念していた節々の痛みも、今では殆ど感じない。
やはり、水泳は体への負担が少なくて良いスポーツだ。全身運動だから、筋肉も満遍なく付く。良い事尽くしだ。
「おっ、兄ちゃん。今日も頑張ってるね」
「あっ、どうも」
プールサイドを歩いていたら、知らないオジサンから挨拶されてしまった。
3日連続で来ているからか、それとも俺の印象が強烈だからか、今日は良く声を掛けられる。ガチ勢っぽいお兄さんや、ウォーキングで見かけたおばちゃんなんかが手を振って、「今日も頑張って」的な言葉を掛けてくれた。
なんだか、常連になった気分だ。連休明けも、偶にはここに来ようかな?
ビィイイイ!
聞き慣れた休憩の合図で、俺はいつも通り勉強タイムへ移行する。
今日も地理だ。数学や物理と同じくらい覚えやすい科目なのだが、如何せん覚えることが多い。1年生の2学期から覚え直さないといけないからね。普通の人の3倍は覚えることがあるから、目が回りそうだ。
「坊ちゃん、坊ちゃん」
そんな忙しい俺に、久保さんが声を掛けて来る。
俺は教科書に視線を落としながら、ちょっとうるさそうに聞き返す。
「何ですか?久保さん。飯なら好きに行ってきて下さい。俺には蓄えがあるんで、気遣い無用ですよ」
「じゃなくて、坊ちゃん。ご学友が来てますよ」
うん?学校の友達?ヒデちゃん達か?
俺が視線を上げると、目の前に2つのメロンが生っていた。
うぇ?
「や、やっほ~。黒沢君」
メロンがしゃべ…ああ、いや。ジュンさんだったか。
ふぁっ!?ジュンさん?!
「な、なんで、式部さんが、ここに?」
見間違いとかではなく、本物のジュンさんだ。しかも、ビキニタイプの水着を着ていた。
「何でって、フツーに泳ぎに来たんだよ?そう言う黒沢君は?」
「あっ…ああ、俺も、泳ぎに来たんだ。脂肪を燃やさんといかんからね」
余りの衝撃に、俺の頭は大混乱状態だ。それでも、俺はお腹をタプタプさせて、お得意の自虐ネタを披露する。
すると、ジュンさんは口を押えて「何それ」とクスクス笑う。それだけで、胸部装甲まで一緒になって振動している。
(うぉおおおお!おっぱい!おっぱい!)
うるせぇぞ!バカ虎!
暴走しそうな感情を、俺は必死になって押さえつけ、若干前かがみになる。
落ち着け。落ち着くんだ俺の心臓。今の状態は非常に不味い。俺の高射砲が、自然と発射準備を整えちまった。こんなん見られたら、一発で通報案件だぞ?
「ちょっ、大丈夫?なんか、具合悪そうだけど?」
そんな俺に、ジュンさんは心配して更に接近して来る。だから、その特大メロンも更に近づいて来る訳で…。
「大丈夫!大丈夫だから、心配しないでくれ。体調は良い。すこぶる良い」
寧ろ、良過ぎるから困っているんだ。
俺は必死にジュンさんを留めて、深呼吸をする。なるべく彼女の顔から下に視線が行かないように努めて、笑顔を作ろうとする。
…それでも、彼女の可愛らしい顔を見ているだけで、砲撃が始まりそうで怖いんだけど。
「大きな声を出してごめんね、式部さん。突然のことで驚いてしまって」
「えぇ?なになに?もしかして、あたしの水着姿に興奮しちゃった?」
「当たり前の事だ。君のような魅力的な娘に近付かれたら、俺みたいな奴は心臓が幾つあっても足らない」
俺が切に訴えかけると、ジュンさんは頬を紅色に染めた。
「ちょっ、また君は、そうやってあたしを揶揄ってぇ」
「揶揄ってなどいない。これが揺るがぬ真実であり、俺の本心なんだ」
頼むから、信じてくれ。
俺が情に訴えかけると、ジュンさんは「分かってるよ…」と小さく呟いた。
えっ?分かってたの?
「ってかさ。黒沢君、こんな所でも勉強してるの?」
教科書を見つけたジュンさんは、また人懐っこそうな笑みを浮かべて、俺の手元を覗いて来る。
近い…けど、平常心。平常心だぞ、俺。揺れるメロンを視界にいれるな。彼女の熱を感じようとするんじゃない。
ふぅー…。
「1年生の頃にサボっちゃってたからね。その付けを払っているんだよ」
「えー、そうなの?でも、こうして取り返そうとしているんだから、偉いなぁって思うよ」
褒めてくれるのは嬉しいけどね、偉くはないよ。今までがダメだっただけだ。
「もしよかったら、座っていくかい?」
昨日と同じ様に、俺は椅子を勧めた。でも、こんなデブの隣には座りたくないだろう。
そう思っていたのだが、
「ありがと!」
ジュンさんは太陽のような笑みを浮かべて、久保さんがセットした椅子に腰かけた。
あら?てっきり、言葉を濁しながら退散するかと思ったんだけど…疲れていたのかな?
「なんか凄いね、黒沢君。遊びに来ているのに、ちゃんと勉強もしているなんて」
「凄くはないさ。この水泳も、今までの不摂生を取り返しに来ているだけなんだから」
そう言って、俺はまたお腹のお肉を掴む。でも、今度はジュンさんも笑わない。真剣な目で俺のお腹を見ていた。
「ええ?そうなの?でも君、この前会った時よりもかなり痩せて見えるよ?ほら、顎のところとか、ほっぺのところとかさ。なんかこう、全体的にシュッて細くなってるんじゃない?」
「おおっ。本当かい?」
体重は確かに落ちているけど、見た目は分かり辛い。自分の体は毎日見ているから、なかなか変化に気付きにくいんだ。
でも、こうして久しぶりに会う人なら分かるレベルで変わっているらしい。それは純粋に嬉しかった。
「ホント、ホント。黒沢君、学校でもマラソンしてたもんね。みんながゴールデンウイークで遊び回っているのに、一生懸命ダイエットしてる効果が出てるんだよ、きっと」
「ありがとう、式部さん。そう言って貰えて、凄く嬉しいよ」
俺は自然と笑みが浮かんでいた。自分の為にもやっている行為だし、身から出た錆を落としているだけではあるけれど、痛くて辛くてシンドイのは確かだ。その努力を認めてくれて、何だか自信が付いた。
本当にジュンさんは、優しい娘だ。
俺がジュンさんに笑顔を向けると、彼女はぼそりと「可愛い」と呟いた気がした。
…可愛い?この醜い脂肪の塊が?そっちの趣味があるの?
俺が彼女の真意を見出そうとしていると、彼女も俺を覗き込む。大きな瞳がキラリと光った。
「ねぇ、ねぇ。黒沢君。君はなんで、そんなに頑張れるの?何か目標があるの?」
「目標、か」
聞かれて、俺の頭の中には当たり障りのない選択肢が浮かんでくる。医者から注意されたからとか、球技大会で優勝する為だとか。
でも、真っすぐにこちらを見詰めるジュンさんの目を見ていたら、そんな表面的な答えではダメだと思った。真剣な彼女に、それでは申し訳ないと思った。
「俺はね、ジュンさん。振り向いて欲しい人がいるんです。その人の為に、俺は努力を重ねて高みに登ろうとしています。今は脂肪の塊ですけれど、ちょっとずつ削って磨いて輝いて、その人に見てもらいたいと思ています」
部分的ではあるけれど、これが俺の本心であることは間違いない。
それを聞いたジュンさんは…。
「えっ?なにそれ?超カッコイイじゃん」
目を輝かせていた。
「好きな人の為にやってたの?うわぁ、超ヤバい。めっちゃテンション上がる!」
ジュンさんはピョンと立ち上がり、俺の方に手を差し出してきた。そして、
「ねぇ、黒沢君。あたしも一緒にやっていいかな?その自分磨きって奴をさ」
「あ、ああ、それは構わんが…君はもう十分に輝いているだろう?削り過ぎるのも良くないよ?」
俺が心配して言うと、彼女は「全然だよ…」と声のトーンを落とす。
「あたしは全然、黒沢君に比べたら輝けてないよ」
顔を伏せてしまうジュンさん。
ああ、なるほど。
「セイジ君か」
ジュンさんも、俺と同じ立場なのだ。セイジ君の周りには彼女に負けない美少女が集まっており、彼を振り向かせようと必死になっている。
でも、彼はなかなか振り向いてくれない。必死にアピールしている彼女達に、優しく微笑むだけで動こうとしていなかった。
だから、ジュンさんは自分を磨きたいと思っているんだ。彼女達の中で、一歩前に飛び出したいから。
なるほどな。
「ううん。違うよ?」
「えっ?」
完全に理解したと思った俺に、ジュンさんはスパンッとNOを叩きつける。
「あたしが輝きたいのは、あたし自身の為なんだ」
どういうことだ?
俺は眉を寄せる。
これは、偶然の邂逅なんです?
「電話を聞いていない虎二はそう思うだろうな」




