16話〜本番言うな!〜
ノゾミさんがちょくちょくボディタッチやら魅力的な笑みを向けて来るので、俺の心臓はその度に荒ぶっていた。お陰で、制御するのに水泳以上の体力を使った気がする。
これで痩せたりしないかな?
「良いね!凄く良くなってきたよ、黒沢君」
「あざっす!コーチ」
ただ、それも何度か押さえ込んでいる内に、何とか無反動でコントロール出来る様になってきた。
この体の扱い方を、少しは理解できたのだろうか?
加えて、着実にシュートの腕も上がっている。
…なんか、バスケが二の次みたいになっている。大丈夫か?
「よーし!じゃあ、ここら辺で客観的な意見を貰いましょ」
そう言うと、ノゾミさんは壁際に待機していた妹さんを呼び寄せる。お姉さんよりも少しだけ幼く見える彼女は、俺の前でペコリと頭を下げる。
「七音称恵です。姉がお世話になってます」
おお、随分と礼儀正しい子だ。
「こちらこそ。お姉さんには助けて貰っています」
「ほら、カナエ。あれ見せて」
「はいはい」
カナエちゃんはポケットからスマホを取り出すと、俺の横に移動してきた。
おいおい。あんまり近付かん方が良いぞ?汗臭いからな。
「黒沢さん達のシュートを、毎回録画していたんです」
カナエちゃんのスマホに、ヘロヘロなシュートを打つデブが映っていた。
俺だ。
その次に、綺麗なフォームで打つ美少女の姿が流れる。
流石はコーチ。
最後に、少しはマシな打ち方をするデブ。
…俺なのか。
「どうです?黒沢さん」
「うーん。まだまだだな、俺のシュート技術は。具体的に言うと…なんだろな?ボールの回転か?」
俺のボールはほぼ無回転なのに対して、ノゾミさんはバックスピンが掛かっている。これなのか?
「いい着眼点ね、黒沢君」
おお。コーチに褒められた。
喜んでいると、彼女まで俺のすぐ側まで近付いてきて、カナエちゃんのスマホを覗く。彼女の良い匂いが鼻孔をくすぐる。
アカン。平常心やで、俺の心臓。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
「打ち出す時、もっと右手首で下方向のスピンをかけると良いのよ。ほらここ。私の手首が下方向に向いているでしょ?」
「なるほど。ライフリングみたいなものか…」
「ライフリング?」
「ああ、済まん。こっちの話だ」
いかんな。口に出していた。
「うん。でね?左手も大事。打ち出すまで、しっかりボールを固定しないとダメなのよ」
「ほぉ。左手は添えるだけ…じゃないのか」
違うらしいぞ?白髪鬼監督。
そうして動画を見ていたら、やってみたい衝動に駆られた。
俺は立ち上がり、ボールをドリブルしながらゴールポスト前で構える。
イメージするは銃の構造。俺の体は銃身で、ボールは弾丸。左手は照星で、右手が雷管。そして右手首がライフリングだ。
狙うはゴール。軌道は放物線。ってことは、銃と言うより大砲だな。
距離ヨシ。角度ヨシ。風微風。狙い…ヨシ。
斉射!
ヒュ…。
俺の手を離れ、イメージ通りに放物線を描く弾は、そのまま吸い込まれる様にゴールネットへと入って行った。
おお、見事弾着だ。
「綺麗なフォーム…」
ポツリと、ノゾミさんが零す。
「ありがとうございます!コーチ!」
嬉しくなった俺が笑みを向けると、彼女は慌てて顔を伏せてしまった。
えっ?どしたの?
「まっ、まぁ。ゴールに近い位置だったから、比較的入れ易かったのかもしれないわね。これに慢心せず、もっと遠くだったり、角度のある所からも入れられる様にした方が良いわ」
「おっす!コーチ!」
その指摘はごもっとも、なんだが…。
「出来たら、そのフォームも見せてくれないかな?可能なら動画も欲しい」
動画で見直すのは凄く有益だ。客観的に見られるし、上手い人と比べれば一目瞭然だった。それが分かっただけでも、今回は大収穫。
そう思って聞いたのだが、ノゾミさんは頬を染めて腕で体を抱きしめた。
「なっ、なんで、私の動画が欲しいのよ!」
「うん、それなんだが。背丈が似ているんだよ、俺とコーチは」
残念ながら、俺はチビだ。故に、ネットに転がっている有名選手達のフォームよりも、彼女のフォームの方が参考になると思った。
砲身の長さが違えば、角度も必要な火薬量も変わるからね。
「しっ、仕方ない、わね」
俺の言葉に、コーチは顔を真っ赤にしながら渋々頷いてくれた。
と、思ったが…。
「で、でも、悪用は禁止よ?練習だけに使いなさい!」
「えっ?ああ。元より、そのつもりだけど?本番で使う訳にもいかんし…」
「本番言うな!」
えぇ…。
耳まで赤くなったノゾミさんを前に、俺は途方に暮れる。
本当に難しいな。年頃の女の子って。
〈◆〉
「あー。疲れたぁ~」
私は湯船の中で腕を伸ばし、今日一日で溜まった疲れを取ろうとした。
高校受験以降、ボールなんて殆ど触っていなかったから、変な所が痛くなっちゃった。筋肉とか付いたらどうしよう。
「筋肉、かぁ」
それで思い出してしまった。今日一緒にバスケをした、黒沢君の事を。
散々練習したあの後、彼はまだ時間があるからとプールへと戻ってしまった。シュートだけでも100本近く打っていたのに、平然と、そして当然の様に泳ぎに行ってしまった。私なんて、暫く動けなかったのに。
「変わり過ぎよね。以前と」
1年前、彼と初めて会った時は、なんてだらしのない人だろうと思った。太っているのもそうだったけど、他人を平然と顎で使って、嫌なことからはトコトン逃げ回る卑怯者だった。体育の授業とか、出席したことが無いんじゃないかしら?あっ、でも、水泳の授業だけは居たわね。いやらしい目でジロジロ見ていたって、みんなが愚痴を零していたもの。
去年まで…いえ、ついこの前までそんな奴だったのに、今日の彼はまるで別人だった。一生懸命バスケに打ち込んで、私から技術を吸収しようと必死だった。球技大会で優勝するんだって、凄くキラキラして見えた。
偶にジッと考え込んでいたのは謎だけど…きっと疲れていたのよね?体を叩いてマッサージしているみたいだったし。
兎に角、彼は変わった。なんだかとても接し易くなっていて、話していて嫌な感じがしない。私をコーチなんて言って慕ってくれたし、なんだか素直な後輩が出来たみたいで楽しかっ…。
「楽しい?黒沢君とのバスケが?」
違う、違う。そんな訳ない。だって、彼はセイジを陰でイジメていた人よ?クラスの男子達がセイジを遠巻きにするのだって、彼が裏で何かしているからかもしれない。クラスメイトを買収している所を、私は見たことあるもの。
そんな人と一緒に居て、楽しいなんて思う筈がない。きっとこの感情は、久しぶりにバスケをしたからよ。
「そうだわ」
私は良い事を思いついて、お風呂上りにスマホを手に取った。ちょっとだけ躊躇ったけど、胸を高鳴らせながら彼の番号をタッチする。
「あっ、こんばんわ、セイジ。今良いかな?」
『おう、どうした?ノゾミ』
電話口から彼の声が聞こえて、私の胸は更に高鳴る。さっきまで感じていた疲労感も吹き飛んでしまった。
「あのね、ちょっと提案があって」
私はセイジに、今度みんなでバスケの練習をしようと提案した。ハルカちゃんはやらないと思うけど、ジュンやナツ先輩なら快く賛同してくれる筈。そしたらきっと、今日以上に楽しい一日になる。
そう思って提案したんだけど…。
『んー、バスケかぁ。俺あんまり得意じゃないし…それにほら、明後日はみんなで遊園地に行くだろ?バスケなんてしてたら、その前に疲れちまうぞ?』
セイジは全然乗り気じゃなかった。
いつもの私なら、彼の意志を最大限尊重していた。でも、何故かこの時は食い下がっていた。
「で、でも、ほら、球技大会もあるでしょ?私達の出る種目、バスケになった訳だし…」
『えっ?あれって遊びだろ?遊ぶのに練習するか?』
「えっ…」
私は一瞬、頭が真っ白になった。でも、直ぐに取り繕う。
「そぅ、そうだよね。遊びだもんね。変な事言ってごめんね」
『いいって。それより、折角のゴールデンウイークなんだから、思う存分遊ぼう…あっ、中間テストもあるか。まぁ、でも、ノゾミ先生がいれば楽勝だよな』
「えっ?あっ、うん。また、みんなで勉強会しましょ」
『おう!任せたぜ、ノゾミ先生』
通話が終わって、私は暫く動けなかった。
心が重い。さっきまであんなに高揚していたのに、今は深く沈んでしまっている。
何でだろう。休日にセイジとおしゃべり出来て、しかも勉強会の約束まで取り付けることが出来たのに、なんで私の心はこんなに重いんだろう。バスケが出来なかったから?私って、そんなにバスケが好きだったっけ?
落ち込んでしまった私は、気付いたら別の番号を呼び出していた。
『やっほー。ノゾミ』
「あっ、ジュン。今って時間良い?」
『なになに?何かあったの?ノゾミの声、ちょっと暗い気がするよ?』
うっ、流石はジュン。声を聞いただけで分かっちゃったか。
彼女の優しさを前に、自然と私は今日あったことを全部話していた。
「セイジに練習を断られたことが、予想以上にショックというか、落ち込んじゃって…。私って、そんなにバスケが好きだったのかなって、分かんなくなっちゃってさ」
『ん~…どうなんだろね?それって、バスケ云々だけじゃなくて、セイちゃんの態度にショックを受けたとかじゃない?』
「えっ?態度?セイジはいつも通りだったけど?」
怒った風でもないし、口調も優しかった。いつもの優しいセイジだった。
彼に非なんて…。
『ええっと…そう言うんじゃなくてさ。セイちゃんってなんか、フワフワしてるって言うか、ちょっと斜に構えてる所あるじゃん?ノゾミは真面目だから、そういう所で残念に思ったんじゃないかな?セイちゃんと、黒沢君を比べちゃってさ』
「な、なに言ってるのよ。あんな人、セイジと比べるまでも…」
『ホントに?』
「うっ…」
私は、言葉に詰まってしまった。強く否定したくても、心がそれを拒否した。
電話口で、ジュンが『ふふっ』と笑う。
『確かにさ、昔の黒沢君は色々ヤバかったって、いろんな人から聞いてるよ?でも、今の彼しか知らないあたしからしたら、そんな悪い人には見えないんだよね。みんながサボってる中でも頑張って走ってたしさ、気さくに返事もしてくれて、可愛い男の子って感じがしたんだ』
「かっ、可愛いって。黒沢君は、そんな人じゃ…」
そこまで言って、言葉に詰まる。さっきまで自分も、彼を後輩の様に思っていた事に気付いてしまう。否定の言葉が出て来ない。黒沢君を否定する言葉が、見つからない。
そうして私が黙り込んでいると、ジュンがポツリと言葉を漏らす。
『そっか~。今は水泳かぁ』
「えっ?」
『ううん。それより、どう?ちょっとはスッキリした?』
「うん。ありがとう。ちょっと気持ちが楽になった」
私はジュンにお礼を言って、電話を切る。暗くなった画面を見つめて、ジュンの言葉を噛み締める。私の提案を、のらりくらりと躱した彼の声を思い出し、胸がざわついた。
「セイジ…」
このままでいいの?貴方は。
私達は…。
電話口だからかも知れませんが…上郷君って、こんな人なんですね。
「少しずつ、化けの皮が剥がれてきたな」




