13話~やめやめ。俺はドッヂ行くぜ~
4月も終わりに近付いてきたが、俺は変わらず忙しい日々を送っている。
テスト勉強は順調で、数学はクラスで上位をキープしている。英語も、平均点を毎回越えられる様になっていた。
…あまり変化がない?
そう、今は順調になってきた英語と数学ではなく、他の教科にシフトしているのだ。こちらは小テストがないので、結果は定期テストで確認するしかない。5月にある中間テストまでに、準備を進めている状態だ。
そしてダイエットの方はと言うと、体重自体は右肩下がりである。現在73kgと、少し減るペースが落ちてきてはいるが、着実に減っている。ズボンのサイズがまた1つ下がったし。
ただ、体に疲労感が蓄積されている。膝はサポーターを付けているからマシだけど、股関節や腰などに違和感を感じる様になってきた。
「純粋に、動かし過ぎなんじゃないですかね?坊ちゃん」
「そうだよねー」
トレーニング仲間の久保さんが、俺の症状を的確に言い当てる。
しっかりと筋肉を付けながら動いているが、どうしても関節部はダメージが貯まりやすい。
「どうしたものか…」
「休んだ方が良いですって、坊ちゃん。朝から晩まで、ずっとトレーニング室に居るじゃないですか。教科書読んでる時もスクワットやウォーキングしてるし、そりゃ体も悲鳴を上げますよ」
久保さんが真っ当な意見をくれる。
分かってはいるんだが、どうも止まれないんだ。セイジ君の歪なハーレムを見ていると、嫉妬や妬み以外の感情を覚える。特に、ジュンさんと話した時からそれが強くなってきた。
彼女だけでも、あの異常な空間から救い出したい。彼女に振り向いて欲しい。そう強く願う様になっていた。
…あれ?振り向いて欲しいって…この感情は俺の物か?俺は彼女に惹かれている?それとも、ただ手応えを感じてやる気になっているだけか?
俺が戸惑っていると、久保さんがカバンからメモ帳を取り出す。
「休むなら、今度のゴールデンウィークが良い機会だと思いますよ?ほら、来週は土日も含めて9連休になるんですよ。奥様と舞花様はハワイに行かれるらしいですし、一緒に行ったら如何ですか?」
「そいつは無理ですよ。舞花が嫌がる」
一時は口も利きたくないと言われてしまった間柄だ。今でこそ、土下座して謝ったから一緒に登校しているけど、旅行まで許してくれるとは思えない。
それに、
「貴重な休日だ。これを機会に、開けられた差を埋めねばなるまい」
約1年間サボり続けた差は大きく開いたままだ。この9日間は、その溝を埋める絶好の機会。逃す訳にはいかんよ。
「何とか、負荷の少ない運動を…そうだな。水泳なんてどうだろうか?」
「水泳ですか?まぁ、この家にもプールがあるにはありますけど」
おおっ!そんな設備まで整ってるの?流石は黒沢邸。
「でも、去年の夏に使ったままなんで、補修と清掃が必要なんですよ。急がせればGWに間に合うと思いますが…」
「ああ、そこまでしなくていいですよ、久保さん。市営プールに行きますんで」
「流石は坊ちゃんだ」
何が流石なんだ?
よく分からんが、これでゴールデンウィークにやる事が1つ出来た。筋トレと勉強、それに水泳。これで一気にレベルアップしてやるぜ。
そう思っていた俺に、追加のタスクが入り込んできた。
翌日の学校で、5月末に行われる球技大会の種目分けが行われたのだ。
「はーい。じゃあ先ず、それぞれの希望を取ってくから、1人1回手を挙げてくれ」
体育委員の男子が前に出て、黒板に3つの競技名を書いていく。
なかなか達筆な字を書く子だな。感心、感心。
「はーい。じゃあ、バレーボールからにしようかな?バレーボール行きたい人、手を挙げてー」
俺がスっと手を挙げると、それを見た体育委員の男子がニヤリと不敵な笑みを向けてきた。
「おやおや?黒沢君。バレーボールで良いのかい?」
「何をおっしゃる、ウサギさん。俺がドッチボールなんかに行ったら、大惨事が起きるぞ?」
俺が冗談半分で打ち返したら、途端にクラスの男子達から笑い声が上がった。
「そうだぞ、永井。黒沢君はバレーじゃねぇと、味方殺しするからな」
「黒沢君、投げる事に関しちゃピカイチだからな。逆の意味で」
「自滅するかもよ?ハンドボールの時みたいに」
「やかましいわ!お前ら」
俺が強めに突っ込むと、男子達は余計に面白がる。そして、その子達もバレーに名前を連ねた。
「よろしくな、黒沢君」
「俺達、バレーボールは中学までやってたからよ、ガチで優勝狙いに行こうぜ!」
「おおぉ…そいつは頼もしい。よろしく頼むよ、木下君、成田君」
球技大会は各競技で色々と制約がある。その1つに、現役の部員はその競技にエントリー出来ないというもの。だから、我が校のバレー部員はバレーボールには参加出来ない。
そうなると、木下君みたいな人は本当に頼もしい人材となる。本当に、優勝を狙えるかもしれないぞ?
「はーい。黒沢君のお陰で、バレーボールは定員いっぱいになったから、次バスケ行くよ。出たい人、挙手!」
俺が小さな野望を抱いていると、体育委員の永井君が着々と話を進めていく。バスケも結構な数の手が上がり、男子達が優勝への熱を語っていた。
と、その時、男子達の熱が大きく膨らんだ。
その中心には、
「わっ、私も、バスケ希望です。中学生まで、バスケやってました」
遠慮気味に手を挙げていたのは、我がクラスのアイドル、七音望さんであった。
ほぉ。彼女も退役経験者か。これはバスケも熱いな。
そんな風に、俺が心の中で皮算用を始めていると、男子達の熱が爆発した。
「「っしゃぁ!!」」
「やったぜ!七音さんと一緒だ!」
「ぜってぇ優勝しようぜ!七音さんと一緒によ」
「良いとこ見せる。ここで一気に急接近だ!」
おお、おお。お盛んだねぇ。
だが、これはいい事だ。普段、セイジ君にばかり張り付いている彼女が、こうして他の人達と交流を持つ。それで、彼女の交友関係も広がるかもしれないし、何より、普段男子達が溜め込んでいる不満が少しは落ち着くかもしれない。
これはいい傾向だぞと、俺は心を踊らせていた。
だが、ダメだった。
ノゾミさんに続いて、セイジ君まで手を挙げてしまったのだ。
「ノゾミがバスケなら、俺もそうするかな?」
「セイジ!」
顔を輝かせるノゾミさん。
それとは裏腹に、手を挙げていた男子達は一気に冷める。「ちっ」と言う反抗の音を吐き出しながら、手を下げる人が続出した。
「やめやめ。俺はドッヂ行くぜ」
「俺も」「俺もだ」
結局、男子はセイジ君だけとなってしまい、人数も4人となってしまった。
それを見て、永井君が焦る。
「他に希望者いないの?バスケは最低5人だよ?これじゃ、参加すら出来ないぞ」
必死に訴えるが、追加で上がる手はない。
男子達は頑なに腕を組んで、目を瞑る。セイジの野郎がイチャイチャしているのを、指を咥えて見るなんて真っ平御免だ!と顔に書いてあった。
じゃあ、女子はと言うと…。
「ねぇ、どうする?」
「私は無理だよ。バスケなんて、やったことないし」
「めっちゃ疲れるよ?女バスの子、夏場は吐きながら走らされてるの見たし」
「セイジ君を助けたい気持ちは山々だけど…ウチらには無理だよね」
バスケという過酷な競技に、1歩も前に進めないでいた。
確かに、バスケットボールはスポーツの中でも1、2を争うくらい激しいスポーツだ。休憩時間が殆ど無いし、シュートは一朝一夕では身につかない。彼女達が嫌煙するのも頷ける。
「なんだよ?みんな。俺、そんなにバスケ下手じゃないぜ?なぁ、ノゾミ」
「えっ、ええ。そうね」
この問題の中心人物は、男子達が何故離れていったのかを理解していない様子だった。
その態度が、余計にクラスの男子を苛立たせる。絶対に助け舟なんか出すもんかと、制服をギュッと握った。
ふむ。仕方がないな。
俺はスッと、手を挙げた。
途端に、クラス中から視線が向けられたのを感じる。
「おおっ!黒沢君、その挙手の意味って…」
「種目変更させてくれ、永井君。俺はバスケに行くぞ」
「ホントに!?ありがとう!」
半分涙目の永井君。
本当に困っていたみたいだ。
彼が黒板に振り返ろうとすると、「あっしらも!」と声が上がった。
ヒデちゃんとマモちゃんだ。
「虎二さんにお供しまっせ!」
「僕もー!」
おおっ。2人とも、有難い。
一気に3人の男子を獲得したバスケの欄に、嬉々として我々の名前を書き込む永井君。
彼が俺の名を書き込むのを見てから、俺は後ろの方を振り返って頭を下げた。
「済まない、木下君。成田君。優勝を誓ったのに」
「それは構わないけど…本当に良かったのか?」
「あのクソ野郎と一緒なんだよ?どうせまた、引き立て役にされて終わるって」
「そうだ。七音さんとのイチャイチャを、目の前で見せつけられるんだぞ?黒沢」
小さな声で、必死にこちらの心配をしてくれる2人。
俺は嬉しくて、つい笑顔が浮かんでいた。そのまま、大きく頷く。
「引き立て役なんかで終わりはしないさ。脇役は脇役らしく、主役を喰らい尽くす気持ちでやってやるよ」
そう言うと、彼らは呆れた様な表情を浮かべる。
そして、
「ははっ。噂の通りなんだな、お前って」
うん?
「噂って?」
「バド部の先輩が言ってたんだよ。黒沢って奴が、めちゃくちゃ熱い男だってな」
「生徒会長にも屈しないって、男子の間では結構有名になってるよ?」
ぐっ、そうなのか。
相川先輩め。こんな精神攻撃を仕掛けてくるとは…。
俺が歯を食いしばっていると、木下君が拳をこちらに向けてきた。
「あの野郎は死んでいいが、お前の事は応援してるぜ、黒沢」
「そっちの優勝は任せたよ。黒沢君!」
「おう!」
俺はその拳に、己の拳を合わせる。
男同士の約束だ。これは必ず守る。その為には、バスケの練習もタスクに入れる必要があるな。
俺の頭の中では、ゴールデンウィークのスケジュールが徐々に埋め尽くされていった。
「イチャイチャを見せつけられる、か。ふっふっふ…」
何を笑っているんですか?
「なに、何れ理解できる日が来よう」
…気になりますね。




