12話〜違う、違う!〜
俺が1人で黙々とマラソンに興じていると、後ろからハーレムメンバーのジュンさんが追いかけてきた。
…いや、違うな。俺を追ってきた訳じゃない。きっと彼女もマラソンをしていて、目の前に邪魔な脂肪漢が居たから声を掛けただけだろう。
そう思って、俺はアウトコースへと路線変更をした。
「ごめんね。いつの間にか、インコース独占しちゃっていたよ。さぁどうぞ、お先に」
俺が手で先に行くように促すと、案の定、彼女は俺の横を通って駆け抜けて行き…。
「あはっ!違うよ、黒沢君。君を邪魔なんて、思うはずないじゃん」
駆け抜けずに、何故か俺の横で並走し始めた。
えっ?
「あたしはただ、君とお喋りしに来たんだよ?」
…マジで?
俺の頭は混乱する。彼女が何の目的で接触してきたのかを必死で考える。
先日の事件について、責任を追求しに来たのか?それとも、会長から何らかの指示を受けているとかか?彼女の容姿とスタイルなら、ハニトラの可能性は十分に有り得るぞ。細心の注意を払わねば。
そう考える一方、心の中では歓喜に打ち震えていた。
(ジュンちゃんが俺に興味を持っている、だと?それって、もう、俺に気があるって事だよな?こんなおっぱいの大きな子が俺の彼女になるのか?うひょー!最高じゃねえか!)
「ぐっ…」
俺は言葉が詰まった。思考と感情の温度差で、俺の魂が熱疲労を起こしそうだった。
そんな俺を見て、ジュンさんはちょっと悪い笑みを浮かべた。
「なになに?あたしみたいに可愛い女の子に話しかけられて、緊張しちゃった?」
「そりゃ、緊張するよ。君みたいに可憐な娘に話しかけられたら、俺じゃなくてもこうなるさ」
だから、勘弁してくれよ。ただでさえこの体、女の子に免疫がないんだから…。
堪らず、ジュンさんに本音を零してしまうと、彼女はみるみる顔を赤くして、両手をブンブン振った。
「ちょっ、止めて!マジメな顔でそんな風に返さないで!今のは冗談だから。自分で自分を可愛いとか言っちゃって、めっちゃ痛い奴になってるし」
「痛くは無いさ。君が言った言葉の全てが事実なのだから」
ジュンさんであれば、モデルをしていてもおかしくはないし、普通の学校であれば一等星になれる程の逸材だ。
ただ、この学校のレベルがおかしくて、ジュンさんに負けない美少女が他に3人も居るだけ。そして、そんな人達がハーレムとして集まっているから、余計に自分の輝きが分からなくなっている。
「そんな君に話しかけられたから、俺の心臓が飛び出しそうになっているんだ。それは、男子であれば当然の事と思うがね?」
「ちょっ!もうやめてっ!恥ずかし過ぎて死んじゃうから!」
ジュンさんは両手で顔を覆うも、耳まで真っ赤になっているから全然隠せていない。
ふむ。事実を言っただけだが、デリカシーが無かったか。反省せねばな。
俺は歩みを緩めて、ジュンさんの歩調に合わせる。すると、彼女も顔を隠すのをやめて、両手でパタパタと顔の火照りを取ろうとしていた。
そして、ちょっと怒った顔でこちらを見る。
「あー、もうっ。黒沢君が揶揄うから、めっちゃ焦っちゃったじゃん。君って、見た目と違って結構Sなんだね?」
「正直者のSって意味なら、肯定するよ」
「もぉー。やっぱSだ」
また少し顔を赤くするジュンさん。でもすぐに、真面目な顔になった。
「じゃあ、その正直者さんに質問です!」
デデン!と、自分の口で効果音を出しちゃうジュンさん。
可愛らしい娘だな。
「この前、セイちゃんが男子達に襲われてたでしょ?あれに君は参加していたでしょうか?○か×で答えてください」
「参加の意味が、先輩方の企みに加担していたのかと言う意味であれば、俺は×を選択しよう」
やはり、あの事件についてを聞きたかっただけか。
俺は頭の中で安堵する一方、心の中は荒む。(結局は、セイジの事しか頭に無いのか!)と大いにやさぐれている。
ふふっ。まぁ人生なんて、そう簡単には行かんものよ。
「ふ〜ん…」
俺の答えに、ジュンさんは不満顔だ。
なんだい?求めていた答えと違ったか?俺を主犯格にしたいのかい?
「あの時も言ったが、信じて貰えないのは重々承知している。無理に飲み飲んで貰おうとも思っていない」
俺はつい、皮肉な笑みを浮かべていた。
すると、ジュンさんはブンブンと手を振った。
「違う、違う!疑ってなんかないよ。少なくとも、あたしは…だけど」
「ほぉ?意外だな」
予想外の反応に、俺もつい彼女を興味深く見詰めてしまった。
途端に、ジュンさんは恥ずかしそうに俺から視線を逸らし、頬を掻く。
「ほらあの時、君は言ってたでしょ?自分自身が悪くない事を知ってるから、心は折れない…的な事をさ。あの時の君、なんか凄く凛々しくて、嘘とか付くいてる様には見えなかったんだよね。そうやって堂々としてたから、その先輩達?も追い返しちゃったんだろうなって思ってね」
済まんな、ジュンさん。追い返し方法は、君が言うような格好良いものではなかったんだ。
心の中で謝りながら、俺は「では?」と話を進める。
「式部さんは、何に不満を抱いているんだい?」
「不満って言うか、疑問かな?黒沢君ってかなり度胸があるのにさ、なんであの時は直ぐに引いちゃったの?自分はやってないって、イジメを受けていたセイちゃんを守ったんだって、君なら言えたと思うんだよね。でも、君は黙って濡れ衣を着ちゃって、殴られても構わないなんて言い出しちゃって…」
ジュンさんは辛そうに顔を歪ませる。あの時の事を思い出して、まるで自分の事の様に思ってくれている様子だった。
それを見て、俺の心はとてもポカポカした。疑われても構わないと言い続けていたが、やっぱり濡れ衣は着心地のいい物ではなかった。それが、少しだけ報われた気がした。
「ありがとう、式部さん。だが、俺が今まで疑われる様な事をしてきたのも事実だ」
今までの虎二は、相川先輩方のイジメに便乗して、色々と裏工作を行っていた。先輩達と同じく、そうやって邪魔をしている内に、彼女達が目覚めてくれるのではと考えて。
だから、俺は強く出られなかった。あの時、疑われるまで彼女達の信頼値を下げたのは、他ならぬ俺自身なのだから。
だから、
「会長達の判断と行動は理解できる。俺だって、素行の悪い人間が近付けば、それだけで警戒してしまうから」
俺は暗に、会長を悪く言うのは止めようね?という意味を含めて発言する。
それでも、ジュンさんは納得しきれていない顔を向けてきた。
「本当に、それで良いの?ナツさんやノゾミは、まだ君の事を疑っているよ?」
「良いさ。式部さんが俺を信じてくれた。それだけで十分だ」
あの掛け合いは禍根を残しただけかと思ったが、彼女のような理解者を得ることも出来た。そう思えば、あそこで引かなかった事が正解であったと言える。
これも、ジュンさんのお陰だ。
「うっ…うぅ…」
ジュンさんに感謝の念すら抱いていた俺に、彼女は再び怒った表情を向けて来た。
えっ?どしたん?
「ああ、もうっ!またそうやって君は、あたしを揶揄って」
「えっ?揶揄う?今のは俺の本心で…」
「うぅ〜…。またそうやって、恥ずかしいこと平気で…もうっ、知らない!あたし行くからね?」
えぇ…。
スタタタッ!と走り去ってしまったジュンさんの背中を、俺は呆然と見詰める。
今の発言、そんなに恥ずかしいセリフだったかな?
…いや。
「女心と秋の空、って事か」
年頃の女の子は、本当に難しいものだ。
〈◆〉
「はぁっ、はぁっ」
久しぶりに全力で走ったから、胸がかなり苦しい。心臓がずっとバクバク言っている。
ううん、違う。これは走ったからだけじゃない。もっと前からこうだったもん。
「ああ、もうっ。黒沢君が変な事言うから」
恥ずかしげもなくあんなこと言うなんて、やっぱりあたしを揶揄っていたとしか思えない。男の子って、へそ曲がりというか、女の子に意地悪するところがあるから。
でも、本当に彼もそうなのかな?以前、走っているところを応援したら、素直に「ありがと!」っていい笑顔で返してくれたし。
あの時は、ちょっと可愛いなって思っちゃった。
だからかな?セイちゃん事件の時、黒沢君の様子がその時とは全然違って、とても凛々しくてビックリした。あのナツさんが怖い顔で睨んでいるのに、全く逃げようとしないんだもん。
あんな人、今まで見たこと無い。セイちゃんをイジメようとする人は結構いるけど、みんなナツさんを見たら逃げ出すし、竹刀なんて向けられたら震え出したり漏らしちゃったりしていた。
だから、あんな風に立ち向かえる事に衝撃を受けたし、なんかカッコイイなって思えて…。
「って、何を考えてんだろ、あたし」
あたしが好きなのはセイちゃんなんだから、他の男の子をカッコイイなんて思ったら、浮気みたいじゃない。
「浮気…」
呟いて、あたしは慌てて首を振る。突然湧いて出たその考えを吹き飛ばす為に、強く。
違う。セイちゃんのは浮気とかじゃない。彼が煮え切らない態度を取るのは、あたし達を考えてくれているから。あたし達が仲良く出来る様に、セイちゃんは頑張っているんだ。
だって、あたしはセイちゃんも好きだけど、みんなも同じくらい好きだから。頭の良いノゾミも、凛々しいナツさんも、可愛くて不思議なコハルも、みんな好き。
だから…。
「だから…どうするべきなんだろ…」
あたしはまた、答えを出せないでいた。あたしの中にある漠然とした不安に、向き合う勇気が持てなかった。
やっぱ、あたしって…。
浮気じゃ、ない?
随分と寛容な子ですね。式部さん。
「さて、その者だけがそうなのかは、今のところ分からんな」




