11話〜やっほー〜
毎度ご愛読下さり、誠にありがとうございます。
カッコの使い方について、追加説明させて頂きます。
「」…通常の会話。
()…心の声。
〈◆〉…視点切り替え。←new
〈〉…文章や書かれている文字。←new
相川先輩に豪語してから、俺は日々のトレーニングを更に加速させた。それまでは全身をまんべんなく鍛えていたが、これからは足を中心に鍛えていくことにした。
人間の筋肉は、60%が下半身にあると言う。つまり、下半身を鍛える方が筋力量を増やすことが出来る。そして、筋力量が増えると消費するエネルギーが爆発的に増え、痩せやすい体になるのだ。
「先ずは、この邪魔な脂肪を、燃やしてやるぜ、ふんぬっ!ふんぬっ!」
「坊ちゃん。今日はいつにもまして気合が入ってますねぇ」
早朝。トレーニングルームでスクワットをしていると、ボディーガードでありトレーニング仲間の久保さんが話しかけて来た。
なので俺は、6kgのダンベルを持ち上げながらグッと親指を立てる。
「ムキムキになって、女の子にモテなきゃいけないんでね」
「おっ、青春っすねぇ。俺も高校生の時、陸上部に好きな子がいましてね。その子の為にと、毎日走り込みをしたもんですよ」
「ほぉ。久保さんも十分、青春しているじゃないですか。その後、その娘とはどうなったんで?」
俺が質問すると、途端に遠い目になる久保さん。
あっ…(察し)
「自分のことは気にしないで下さい、坊ちゃん。それより、トレーニングのやり過ぎで体を壊したりしないで下さいよ?」
「ホント、それなんですよね。俺って、ただでさえワガママボディじゃないですか?」
「…返答に困ります」
そんな気を遣わんで下さい。自覚していますんで。
「それだから、余計に膝とか腰を痛めるのが怖いんですよ。一応、姿勢に気を付けたり、曜日によってメニューを変えたりして負荷をコントロールしようとはしているんですけど…」
それでも、体が出来ていない虎では不安が残る。ベースの体幹がしっかりしていないから、想定よりも先に関節がイカれる恐れがあった。
俺が不安を吐露すると、久保さんは「なるほど、なるほど。それなら…」と大きく頷いて、自分のリュックからかなり大きな靴下を取り出した。
…いや、こいつは靴下じゃないぞ?
「これは?」
「サポーターですよ。俺も学生時代、無理がたたって膝を痛めた事がありましてね…」
あっ、それで玉砕したのか。
「でも!こいつは凄いんですよ。痛みが全然ないし、体も軽い。色々試した俺が進める逸品です!」
「おぉ~、それは凄い。でもお高いんでしょ?」
「新品を持ってきてるんで、プレゼントしますよ」
ええっ!?良いのか?
「しかも今なら、もう1枚付けちゃいます!」
そう言って、2枚のサポーターを手渡してくれる久保さん。
ノリノリだな、久保さん。なかなかユーモアのある方だ。
「ありがとうございます!久保さん」
「頑張ってください、坊ちゃん。俺のようにはならないで…」
重い言葉だ。
先人の戒めを胸に刻み、俺はサポーターをしっかりと巻き付けた。
〈◆〉
俺は久保。黒沢家に就職して、今年で5年目になる。
1年目の頃は、業務に追われて先輩達に怒られて、何度転職を考えたか分からない。それでも続けられたのは、純粋に給料が良かったからだ。
黒沢グループは大きな企業で、幾つもの会社を取り込んだマンモス会社だ。現社長に代わられてからも、順調に大きくなっているらしい。
そんな会社のトップが、俺達の雇い主だ。そりゃ、そこらのサラリーマンが羨むくらいには良い給料を貰っている。
ただ、金持ちの家だから大変なことも多い。先輩達は厳しいし、同僚も優秀な奴ばかりだ。そして、この家の人達もなかなかに曲者揃いだった。
奥様は美しく、いつも笑顔が絶えない方だが、その裏で俺達に激辛な評価を塗り付けて来る。お陰で、俺の同期が何人やめさせられたことか。
龍一様も恐ろしい方だ。完璧な仕事を求めて来るので、手が抜けない。もしも彼に迷惑など掛けてしまったら、後でどんな報復を受けるか震えることになる。
舞花様は唯一の癒しだ。いつも「ご苦労様」と愛らしい笑顔と共に労ってくれるから。
…いや、唯一の癒しだった、と言うべきだ。今はそこに、もう1人追加されるから。
虎二様だ。最近の彼は、かなり変わった。
ちょっと前までは、俺達使用人に威張り散らすいけ好かない悪ガキだった。俺は外回りばかりで接触が少なかったけど、女性同僚の間ではかなり嫌われていた。セクハラされたなんて話も聞いているし、それが原因でやめた奴も知っている。
それが、今では見る影もない。
舞花様みたいに労いの言葉をかけてくれるし、俺達の業務を増やさないようにと動いてくれる。勿論セクハラも無くなったし、ちょっとのことで怒らなくなった。以前なら、重いとか小さいという言葉を聞くと、無条件で怒鳴り散らしていたのに、今では自虐ネタにするくらいだ。
そして何より変わったのは、努力を惜しまなくなった事。トレーニング室に行けば必ずと言って良いくらいに入り浸っているし、早朝には家の周りをウォーキングしている姿も見かける。
聞いた話、コック達に直談判して、飯もトレーニング用に改造しているらしい。以前までは好きな物だけ食べていて、医者が何度警告しても無視していたのに。
それもあってか、最近はちょっとお腹がへこんできて、顎下もスッキリし始めている気がする。
「坊ちゃん、かなり痩せたんじゃないです?今、体重何キロですか?」
「さっき風呂場で測ったら、77㎏だった」
すげぇ!1か月も経ってないのに、もう5㎏近く減ってるんじゃないか?やっぱり、食事療法と筋トレが効いているんだな。
「大成功っすね」
「まだまだよ。当面の目標は、適正体重である58kgだ」
虎二様はそう言って、ダンベルを持ち上げる。トレーニング開始時は一番小さなダンベルだったのに、今では6㎏を軽々と持ち上げていた。
すげぇな、この子は。女の子にモテたいってだけで、こんなに必死になれるんだから。
でも…。
「それで、坊ちゃん。そのダンベルに貼り付けてるのは何ですか?」
「これ?これはね、単語帳だよ。こうしたら、勉強も出来て効率的でしょ?」
…うん。意味が分からん。
やっぱここの人達って、俺達とは異なる人種なんだな。
〈◆〉
久保さんから貰ったサポーターは、凄い効き目だった。激しい運動をしても膝が悲鳴を上げないし、運動後の疲労感も殆どない。お陰で、最近は軽いジョギングも出来るようになってきた。
その効果は、体にも現れるようになった。服のサイズが1段階減り、歩く時に床が軋まなくなった。歩く度に激しく揺れていた腹と頬の脂肪も、ちょっとだけマシに感じる。
…まぁ、こいつについては、俺がこの体に慣れただけかもしれんが。
そして、俺の変化は周囲の人間との間にも影響を及ぼした。
「おはよう!」
「はよー」「おいっすー」
朝、クラスに入って挨拶すると、男子達が返事をしてくれるようになってきた。
以前までは、視線を合わせようとするだけで煙たがられていた。マトモに会話できたのはヒデちゃんくらいだったのに、彼らとも交流を持てる様になってきた。
女子達からはまだ返してもらえないが、最初の頃に投げつけられた侮蔑の視線は弱くなっていた。
ちょっとだけ痩せた効果もあるけど、授業を休まずに出ていることも大きいかも知れない。加えて、小テストでも悪くない点数を取れるようになってきたので、その効果も大きいと思う。
「……」
しかし、全てが順調な訳ではない。
ノゾミさんからは厳しい視線を送られており、俺が少しでも近づこうとすると警戒されてしまう。この前の事が、まだ尾を引いているみたいだ。
セイジ君からも俺が無実であると証言してもらえているから、今更そのことで突っかかって来られることはない。けれど、俺が本当にセイジ君を助けたのかは疑問に思われてしまった様子。
上手く切り抜けたかと思ったが、禍根は残してしまったみたいだ。彼女達ハーレムメンバーに近付くだけでも、まだまだ相当な努力が必要みたいだ。
「おーい。次の体育、テニスだってよ」
数学の授業終わり、男子生徒の1人が嬉々として教室に入ってきてそう言った。
途端に、野郎共が浮き足立つ。
「おっ、やりぃ。サボれるじゃん」
「どうする?サッカーでもやる?」
「マンガ読んでようぜ。カバーだけ教科書の被せてさ」
男子達が喜ぶのも無理はない。テニスの授業は待ち時間が長く、その時間は多少遊んでいてもお目こぼしを貰えるのだ。
「虎二さん。どうします?」
「何か持ってく?」
ヒデちゃん達が近付いて来たけど…さて、どうするか。
「そうだなぁ…何処を鍛えるかなぁ」
「あっ、やっぱそっち方向なんすね」
決まっているだろう?なんで、そんな残念な子を見るような目を俺に向けるんだい?うん?
「ヒデちゃん達は、好きな遊びに参加すると良いよ」
「えっ?いえ、でも、あっしらは虎二さんに付いてないと…」
「無理しなくていいって。俺も好きでやってることなんだし、テニスをやる時は一緒に組もうよ」
「そ、それなら、あっしは読書を…」
「僕はサッカーに入れてもらおー」
うんうん。高校生なんだから、筋トレなんて興味ないだろう。無理して俺に付き合うことはないんだ。
そうして俺は体育の時間、テニスコートが空くのを待つ間にマラソンをすることとした。
校庭はゴムチップで塗装されているからね。最近は膝サポーターのお陰で少しは速く走れる様になっていたけど、ここならもっと気兼ねなくスピードを上げられる。
俺は早速、校庭を駆け出す。思った通り、膝へのダメージは全くと言って良い程少ない。足が自然と前へ行き、かなりのスピードが出ている気がした。
…勿論、気持ちだけだ。まだまだ体重が重すぎるので、普通の人の早歩き程度だろう。
それでも大きな進歩だ。このままいけば、夏休みまでには普通に走れるようになるかもしれない。
…おっと、いかん。別に、マラソン選手に成る為にやっているんじゃなかった。趣旨を忘れるなよ。
「うん?」
自身を諫めていると、後ろから誰か走って来る足音が聞こえた。
ヒデちゃん達か?やっぱ心配で、付いて来ちゃったか?
そう思って振り返ると、
「やっほー。頑張るね、黒沢君」
太陽の様に明るい笑顔を浮かべる女子生徒が、俺に向かって気さくに片手を上げていた。
ハーレムメンバーの1人、式部純だった。




