10話~無茶で無謀。大いに結構~
会長にあらぬ疑いを掛けられそうになった俺だったが、威圧と口先マジックで何とか切り抜けることが出来た。
竹刀を向けられた瞬間、虎の心は震えていた。でも、それとは別の感情が湧きあがり、この程度であれば勝てると感じた。俺の忘れている、俺の経験がそうさせたのかもしれない。
何はともあれ、セイジ君を助け出し、ハーレムメンバーからの疑いもある程度は跳ね除けることが出来た。
少しだけ誇らしい気持ちのまま、クラスのドアを開ける。すると、クラスの中は随分と騒がしくなっていた。女子生徒達がセイジ君の周りに集まって、彼の安否についてを騒ぎ立てていた。
「何があったの?」
「先輩達に呼び出されたって聞いたけど、大丈夫だった?」
「暴力を振るわれたって聞いたけど…」
「大丈夫だって。俺はこの通り、ピンピンしているからな」
不安そうにする彼女達に、セイジ君が無事をアピールする。すると、彼女達は強ばらせていた表情を緩める。
反対に、それを見ていた男子生徒達からは、厳しい視線が送られていた。
「ちっ」
「またあいつばっか」
「ヘラヘラしやがって」
随分とクラスの空気が悪い。セイジ君を中心に、女子と男子の温度差が凄いことになっている。
あまり温度に差が出来ると、台風が発生しちまうんだけどな…。
「虎二さん」
俺がクラスの空模様を気にしていると、ヒデちゃん達が近づいて来て、セイジ君の方を睨みつけながら聞いて来る。
「また何か、野郎がやらかしたんですかい?」
「僕達、違う組だったから分からないんだ。虎二さんは知ってる?」
体育は1組と合同で実施されていて、体力測定は実施項目も多いから幾つかのグループに分かれて実施されていた。その為、俺達3人はバラバラになってしまった。
体育館で測定をしていた彼らは、知る由もなかった。
「まぁ、ちょっとしたイベント事があったみたいでね。詳しくは…」
「黒沢君。ちょっと良いかな?」
2人にこっそり説明しようとしていたら、背後から声を掛けられた。
振り返ると、男子生徒が数人、教室の外から俺を手招きしていた。
「ああ、分かった」
突然の事だったが、俺は二つ返事で彼らに付いて行く。なにせ、彼らの顔は見覚えがあった。さっきセイジ君を取り囲んでいた奴らの中にいた男子生徒だ。
そんな彼らに連れられて行った先は、3年生の男子トイレであった。
こんな所にノコノコ付いてきたら不味いのでは?と入口で躊躇したが、ヒデちゃん達も同行して良いと言う事だったので大人しく入ることにする。すると、そこには険しい顔の男子達が腕組みしながら待っていた。
その中でも一番険しい顔をしていた男子が一歩前に出て来て、俺に手を差し出してきた。
相川と呼ばれていた先輩だ。
「助かったぜ、黒沢。お前のリークが無けりゃ、俺達みんなヤバかった」
そう言って、先輩は少しだけ笑みを零す。
俺はその手を取りながら、背中に冷や汗を流す。
忘れてた。俺、この人達に嘘吐いてたんだ。今回のは、噓から出た実って奴だな。
「お役に立てて良かったです。私も、偶々目撃者を見かけただけですので、あまり気になさらないで下さい」
「おいおい。謙遜すんなよ。あの後お前はその場に残って、たった1人で生徒会を相手にしたんだろ?1組の奴らから聞いてるぞ。お前が啖呵切って、あの万江村さんを返り討ちにしたってよ」
いや、まぁ、そうなってしまったのは事実なのだが、別に迎え撃とうとしてあの場に残った訳じゃないんだけどな…。
俺はどう弁明するか考えようとするが、周囲の男子達が「すげぇ」とか「あの会長に屈しないなんて…カッケー!」と持て囃してくるから、纏まりそうだった考えが散り散りになってしまった。
そうしていると、交わされた握手に力が込められた。
「なぁ?黒沢。お前も、俺達の仲間にならねぇか?お前みたいな熱いハートを持つ男を、俺達は歓迎するぜ」
うん?
「仲間?」
「そうだ!俺達は学園のアイドル達を守る親衛隊、その精鋭部隊なんだよ!」
あれ?なんだか急に、雲行きが怪しくなってきたぞ?
学園のアイドルというフレーズは、ノゾミさん達セイジハーレムメンバーの情報にあった項目だ。つまり彼らは、彼女達の追っかけみたいなものであり、その推しと仲良くしているセイジ君を妬み羨んでいたと言う事だろう。
なんか、大変な奴らを助けてしまったぞ?
俺が押し黙っていると、誇らしげに笑みを浮かべていた相川先輩が、見る見る厳しい顔に戻っていった。
握手を解いた彼は、小さく首を振った。
「ああ、言わなくても分かっている。お前はノゾミちゃんを推していて、他のアイドル達には興味ないんだろ?その子達の為に体を張るなんて、まっぴらごめんと思っている訳だ」
「いえ、あの…」
「だが、しかし!その垣根を超え、俺達は団結しなけりゃならない。あの巨悪、上郷清治に打ち勝つためには、俺達の総力を持って挑む必要がある!そうして俺らが団結したとしても、彼女達を救い出せてないのが現状だ。だから、我々は君を欲している。あの美しくも勇ましいナツ様を前にしても、跪くどころか面と向かって啖呵を切るお前は、俺達にとって希望の星だ!」
熱く語る相川先輩に、周囲の男子達は「そうだ!」「その通り!」と合いの手を入れる。
何故か、俺の後ろでも拍手をする奴らがいるけれど…ヒデちゃん達じゃないよな?
「お話は分かりました、相川先輩」
「おっ!じゃあお前も、俺達の同胞になると…」
勝手に盛り上がる彼らに対し、俺は「その前に!」と声を上げる。
「一つ、お聞かせください。貴方達はいつも、あのようなことをしているのですか?」
「あのような…と言うと?」
「今日みたいな事ですよ。ホシに対して随分と強硬に出ていましたが、あのような行為も貴方達の活動内容に含まれるのですか?」
「そりゃな。相手はあの上郷だ。忠告しても無駄ならば、実力を持って聞かせるしかねぇだろ?」
まぁ、確かに。彼を相手にするのは骨が折れるだろう。自分がどういう立場に居るのか、全く自覚していない様子だったからな。
だが、それではダメだ。
「それでしたら、私は貴方達と同じ道を歩む訳にはいきません」
「あぁ?どういうことだ?」
唸る様に問うて来る先輩。
それに、俺は大きく首を振る。
「暴力で解決したことは、本当の意味での解決にはならないのです。一時は思うように収まるかもしれませんが、しかし、更に強い暴力によって覆ってしまいます」
先ほどの先輩達がいい例だ。あの場でセイジ君をボコボコにして、二度とハーレムメンバーに近付かないと言わせたとしよう。押しに弱い彼の事だ、律儀に約束を守ろうとするかもしれない。
しかし、それを聞いた生徒会長達は必ず先輩達への報復に来るだろう。それが竹刀を持ってなのか、それとも更なる権力を振りかざしてなのかは分からないが、そうなれば先輩達は負けて学園を去り、足かせが無くなったセイジ君達はまた以前の生活を取り戻す。
先輩達が羨む、ハーレム生活を謳歌する。
「ですから、先輩達の方針に、私は賛同しかねます」
「それじゃあお前は、ただ指をくわえて見てるつもりか?あぁ!?情けねぇ他の男子共みてぇに、睨んで陰口言うだけのダセェ雑魚になるつもりなのかよ?おい!」
「いいえ、違います。私は暴力も傍観もするつもりはありません。ただ、努力で解決してみせます」
「あぁ?努力だ?」
「はい」
俺は腕まくりをして、グッと曲げて見せる。脂肪が付きすぎた腕は、力こぶなど見えずにただブルンッと揺れた。
「焦がれる想いがあるのなら、憎悪ではなく心を燃やす。求める者が振り向かぬのなら、復讐心ではなく筋肉を膨らませる。奪うのではなく惹き付ける。それが、俺の目指す道です」
「…つまり、自分を磨けってことか?そんなことで、上郷の卑怯者に勝てる筈がねぇだろ。無駄、無茶、無謀。お前のそれは、夢物語だ」
完全に否定してくる相川先輩。
それに、俺は笑みを浮かべる。
「良いじゃないですか、そう言うの。凄くワクワクしますよ」
「あぁ?」
「無茶で無謀。大いに結構」
拳を握り、頬を吊り上げる。
「それくらいやらないと、歪なハーレムは崩せません。高い壁を超えるなら、それなりの覚悟が必要です。俺はその壁を越えて…いえ、貫いて見せますよ。俺の拳と、この魂でね」
俺の言葉に、彼らは押し黙った。会長と同じ様に、ただ俺の正体を見透かそうとしていた。
そんな彼らに、俺は背を向ける。もう、ここに用はない。
すると、
「おい!黒沢!」
先輩が声を掛けてきた。
「お前の根性は分かった。本気でやろうとしているって事もな。だが、俺達も本気だ。本気で奴を憎いと思ってる。だから、俺達は止まんねぇぞ」
「分かりました、先輩」
それが、彼らの道なのだろう。もう、否定はしない。
俺は前を向く。漠然としていた道筋が、漸く鮮明に見えた気がした。




