06:永遠の君を求めて
▼あらすじ
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久々の休日。ずっと、リビングのソファで寄り添いながら、君と未来の話をした。
若いうちに行きたい場所のこと。やりたいこと。
再来年までに子供を設けたいこと。
子供を育てるために必要な準備のこと。
老後までに準備すること。老後にしたいこと。
あと、私たちは近い未来で訪れるであろう、仮想現実に身を委ねたりはしないと決めていた。
念のため、私たちのコピーに必須となる、ライフログや脳内コネクトームの定期スキャンの記録はとっている。しかし私の研究のついででしかない。そこで生きることになる、私たちのコピーは私たちではない。それは意識継続でもなんでもない。そう私たちは結論づけた────
だから
────その果てに、どちらかが先に死ぬ。
私は想像して、きっと耐えられないと思った。君が先に死んでしまうこと。君がいない未来を暮らすこと。今が続くような、永遠が欲しいと、切に願う。
「私が先に死ぬ」
「えぇ……」
「私より絶対に後で死ななきゃダメだよ」
気がつけばそんな無茶を吐いていて。困った顔で君は微笑み、私を抱きしめて頭を撫でた。
「わかった、死なないよ」
「絶対だよ?」
不安を拭えるわけがなかった。君が死ぬことを考えてしまって。悲しくて、怖くて涙が溢れてしまった。
「莉緒ちゃん……泣いちゃった?」
「……ねえ、この話やめよう?」
「そうだね、やめよう」
泣いてる私を茶化すように、君は私の頬を両手ではさんだ。それを、むにむにとこねまわして、声をあげて笑っていた。
その三日後。
君は暴走車に撥ねられ。殺された。
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暗い部屋の中で灯した君の携帯のディスプレイを眺める。中途半端に残るライフログがあった。研究室で君の脳内コネクトームを少しだけ残していたなと思い出した。
私が私でなくなるとしても、君にもう一度会いたい。ふと、そう思った。君とは永遠に生きていたいと、喪失を経てさらに想いは強くなっていた。私には君しかいなかったんだと。
だから私は、君を作ることを胸に誓った。
#
君が死んで40年が経った。
自宅の地下室のカギを開けると、換気空調により冷えきった空気が、冬時で乾燥するしわだらけの肌を刺す。
一つだけ敷設されたサーバーラックの前。無機質で黒い木製デスクの上に、ノートパソコンがある。ディスプレイは常時点灯しているが、そこにあるのは無機質な白背景のみ。これで正常だ。
「おはよう」と背景に呼びかけると、返答があった。
「莉緒ちゃんおはよー」
現状最も完成に近い、君の疑似人格『第429号』はいつも通り答える。
「今日寒いらしいねー。風邪ひかんように、あったかくするんだよ?」
「ふふ、ありがとう。優しいね」
「あたりまえだよ、そりゃ案じるって。だって莉緒ちゃん何歳よ今年で」
「さあ?」
「67歳。67だよ。67!ババァだよ!」
「うっざ!うざいな!電源落とすぞ!」
「ひい、ごめんなさい」
生前と変わらない素直な、優しい『第429号』の反応に、思わず頬が緩んだ。
「私、これから仕事だから、少し君と話したくなっちゃってさ」
「そっかー……残念頑張らなくていいよ…………あ、そうだ莉緒ちゃん」
「なあに」
「なんというかさ、俺をここに生き返らせてくれてありがとね。本当にありがとう」
「どうしたの急に」
「だって俺、毎日莉緒ちゃんと話せて幸せだもん。なんか急に、嚙み締めちゃってさ……。天才が莉緒ちゃんで良かったって思う。大好きだよ」
ずき、と胃が締め付けられるように痛んだ。
「そっか…………私も、大好きだよ。幸せだよ。それじゃ、行ってくるね」
『第429号』との会話を終えたのち、私は、地下室の扉を施錠した。
#
「お待たせしました」
私は自宅一階の応接間にて、同い年くらいの老夫婦に、淹れたての紅茶をカップを差し出しながら聞いた。
「この度は『自発的終末期移行プログラム』をご希望、でいいんですよね。なぜ、ご希望されることに?」
客の老夫婦は顔を見合わせて頷いた。旦那さんが応対する。
「お互い半永久的に生きられて、死ぬ時は一緒になれるんなら、と思いましてね。半ば諦めていた、夢のような話ですから」
「なるほど、大丈夫です。一応、意思表示の確認というのが必要でしてね。別途サインするような書類も山ほどありますが……」
「いえいえ、問題ありませんよ」
「それでは、すみませんがまた失礼してしまいますね。自発的終末期移行。それを止めるよう説得するというのも私の義務なんですよ」
「そりゃあ、あなたの商売なのに難儀なもんですね……」
私の仕事は国家公認の名のもとに、自ら死にたがっているが、死にたくない人の望みを叶えることだ。
しかしながら人が消える、死ぬ、というのは喪失と捉えるのが基本的なスタンスであるべきだと私も思う。だからこの職業的義務について異論はないのだが、このように、勝手に同情されることが多く小さな悩みとなっている。現代日本人の少なくない人々が『自発的終末期移行プログラム』によって自らの生物学的な死を前向きにとらえるようになっていた。それがどこか歪んでいる様に感じるのは、私が古い人間だからだろうか。
私は一度深呼吸して、説得を始めた。
「まず、本プログラムについてですが、仮想現実への意識存続を目的としたプログラムです。しかしながら、プログラムの適用はすなわち生物学的な死を意味します。
これが意味するところとしては、文字通りの死であり、人間性の喪失です。これは基本的人権の喪失でもあります。終末期移行により誕生した擬似人格はあくまでデータ資産として、一親等までの第三者に譲渡され、管理されるものとなります。
現代では、肉体というハードウェアで成り立っている自我が、擬似人格とイコールとなるような、存在の証明ができないのです」
奥さんが頷いて、迷いなく答える。
「私、人間のようなものは人間として扱いたくなるんです。きっと他の人もそうじゃありません?そういう親近感が解決してくれるはずです。それだけできっと、充分だと思うんです」
そして目配せされた旦那さんも答える
「ええ、それに、息子も私たちの人格維持に積極的でしてね。データ資産ではなく、これまで通り変わらない親子でいられると信じていましたよ」
ほぼ、世論で出回っているテンプレートを想起させる回答内容だが、こちらとしては信じる以外にはない。
しかしながら、あまり好きにはなれない回答だ。
まるで、彼ら自身の言葉かどうかも定かでない点が気分を害する。
「であれば、データ資産化については特に不安はないと……では、次の懸念点ですが。
仮想現実では、場所により人間的な生理欲求が著しく制限されます。また、本来リンクする肉体が失われているため、排泄欲、食欲については、完全に失われます。生死も実質ありません。
生命維持の必要性がない事で、かえって退屈になって、自発的に擬似人格の削除を申し出た方の前例もあります。
生物的には不健全な形態だとは思います。どうお考えでしょう」
だからこういう場合、フォーマットにない、少し意地悪な追加質問をすることにしている。
特に建設的な理由はない。きっと私自身の憂さ晴らしでしかない。
とにかく彼らの本心を覗きたい。心から一緒にいたいのだという、誠意を見せてほしい。私が仮想世界に送り出す人々は皆、愛に誠実でいてほしい。
それが無い人々に未来があるのに、君に未来が無かった事実を受け入れたくはないから。
だからなにか、見せてほしい。
…………旦那さんと奥さんは、困ったように顔を数秒見合わせて。旦那さんが答えた。
「正直なところ想像できません。聞いても、理解が及ばない部分かもしれません…………」
旦那さんは紅茶を少しだけ飲んだ。それから、カップの中で揺らぐ波紋を見つめているようだった。
「私と妻は幼馴染です。物心ついた時から一緒のね。二人でたくさん外で走って、ゲームして。一緒に勉強したり、演劇部の台本読み合せたり……なんだか、全ての人生のフェーズでお互いの目標を把握して、常に未来を見据えていました。常に二人の目標があったんです。自然と付き合って、結婚して、子供も持って。なんだか、二人でいることが当たり前でした。
だけども、私たちも老いてしまった。未来に終わりが来ると自覚したとき、つらくなって。ああ、不老不死になれたらな、なんて思いました。妻を抱きしめているとき、時間が止まってほしいと、数えきれないほど思いました。」
その言葉に、かつての私が重なって見えた。
私が先に死ぬと言って、君の胸で泣いたあの日の。
「そして、このプログラムについて考えたとき、私たちは私たちなのかという疑問に突き当たりました。でも、一緒に手を取りながら安らかに眠れるのです。それに気づいた瞬間、証明ができない意識存続はおまけなんだなと、腑に落ちたんですよ。一緒に生きてきたんだから、一緒に終わることが大事だと、気づいたんです…………あ、すみません、回答になってますかね」
語りすぎたと言いたげに不安げに眉を顰める旦那さん。その隣で、語られ過ぎた羞恥からか、顔を抑えて前屈する奥さん。
思わず吹き出しそうになるのをこらえる。
でも、この人たちがこのプログラムを必要とする理由を、心の底で理解できた気がした。
それからは、スムーズに今後の段取りを決めることができた。これから9か月、徐々にお互い準備を進めていくつもりだ。
彼らを玄関から見送った直後、私は覆い隠していた罪悪感が胸の内側からこじ開ける様にはい出てくるのを感じた。寒さとは関係なく鳥肌が立つ。
「ごめんなさい」
彼らに聞こえないように出した声が、震えていた。
#
今日、S大学病院にて、終末期移行のための環境を使わせていただいている。
プログラムの利用者は、9か月前に私の元に訪れた老夫婦だった。利用者は決して彼らだけでないが、彼らのことはよく憶えているし、これからも想い出せるだろう。素敵な夫婦であり、二人の人格データを管理することになる息子さんも、しっかりとした素晴らしい方だった。
脳内コネクトーム計測技術は、かつて私が作った。
大体の予測通り、私の生み出した技術が大きく世界を変えていくのを目の当たりにし続けた。脳内コネクトーム計測技術は飛躍的に応用されていき、仮想現実への没入に欠かせない技術としてひとつ、社会的に完成した。
リンクポッドと呼ばれる、酸素カプセルの様なハードウェアに利用者が寝そべって、所定の操作を踏むと、リアルタイムでの脳波スキャニングと脳内電気信号の誘導により、仮想の脳内コネクトーム情報である人格エミュレータへの信号が送られる。そして人格エミュレータを介して、仮想現実へ意識主体を没入させる。
それらは『リンクイン技術』と総称され、広く社会に浸透していた。
ただ、このプログラムでは少し経路が異なる。用いられるリンクポッドは特別な医療用であり、これを用いて、認可医により薬物が致死量分投与される。
私の役割は、死亡が確認されると同時に、プログラム専用の人格エミュレータを起動し、実装されている疑似人格ソフトウェアをアクティブ化することだ。このソフトウェアに、彼ら夫婦の脳内コネクトーム情報や人格パターンが詰まっており、何十回も本人確認を伴う人格傾向・記憶テストを行っている。
専用のリンクポッドを使うのは、
・認可医が立ち会い
・致死量の薬物投与が自動制御され
・死亡確認と同時に人格エミュレータが起動される
というプロセスすべてが、上記リンクポッド内で一続きの手順として完結しなくてはならないと、定められているからだ。法制度上、上記リンクポッド以外での移行は犯罪となる。
────認可医から通信が入る。
「死亡を確認しました。倉瀬さん、後続の対応をお願いします」
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かつて、私と君は、近い未来で訪れるであろう。そして訪れた仮想現実に身を委ねたりはしないと決めていた。
念のため、私たちのコピーに必須となる、ライフログや脳内コネクトームの定期スキャンの記録はとっていた。しかし私の研究のついででしかなかった。そこで生きることになる、私たちのコピーは私たちではない。それは意識継続でもなんでもない。そう私たちは結論づけた────それでいいはずだった。
だが世論はゆっくりと、確実に変わって、私の想像の先に行きつつある。
少子高齢化の根本的解決は不可能だったから、現役世代の減少や、不人気職のあからさまな人手不足によって、寝たきりや重度認知症の長期入院が社会問題化していった。
『だから、本人が望むなら苦痛の少ない終わり方を選べる制度があるべきだ』……というような世論がある程度形成されるのは自然だった。そのため安楽死制度等の終末医療が急速に発展しつつあった。しかし、安楽死制度は文字通り自殺を認可する制度であり、その適用条件や認可の手順は厳格かつ難解なものになった。人が消える、死ぬ、というのは喪失と捉えるのが基本的なスタンスであるべきだと私も思う。
だからこそ、意識主体を仮想現実に移植させる事で、自我の存続を試み、損失を否定しつつも、社会への物理的負担を軽減できる自発的終末期移行プログラムは革命だった。これは、多くの人の肉体的な死への抵抗感と忌避感を取り除く画期的なプログラムだ。認可の手順はまた別のめんどくささがあるものの、適用条件自体は緩く、特定の年齢以降で死にたい人なら誰でも死ねるようになった。
しかしながら誰でも死ねるからこそ、肉体を喪うからこそ、さらなる倫理的な強い反発と社会的問題にも直面しつつある。デジタル人格なるものの主張も大きくなりつつある。
同時に、そんなものに縋りつかなければならないほどに、現役世代とその未来がひっ迫していたともいえる。一抹の悲しさもあった。
私はそれらに違和感を感じる古い人間でありながらも、自発的終末期以降プログラムにて、人格エミュレータによる意識存続を行う認可技術士として活動している。その目的は未熟だった君の脳内コネクトーム情報を、利用者のバックアップデータから補完し続けることにある。
そしていずれ、本物と思えるような君を作り、私をも疑似人格に作り変えることにある。
意識主体の継続性が双方から失われるのであれば、オリジナルか否かなど、些末な問題でしかないだろう。それは正論だったはずだし、かつての私たちの結論に近いものだったはずだ。あの老夫婦の旦那さんも言っていた。「一緒に手を取りながら安らかに眠れる」ことが大事だったと。
でも、そう割り切る覚悟もできない。
私はもう一度、本物の君に会いたい。
本物と思える、君を作ってから死にたい。
満足して死んで、肉体から切り離した私ではない私が、君と永久に幸せになれる様に、完璧な君を作りたいのだ。
#
「ただいま」
「莉緒ちゃん、おかえり」
「急にごめんね、今からちょっと機器のメンテナンスしたくてさ。一回落としても大丈夫?」
「ふーん、問題ないよ、大丈夫ー」
私のやりたいことに、なんでも「いいよ」と君は答えてくれたっけ。なんの疑いもいら立ちもなく。
さみしさを覚えながらも、私は『第429号』の疑似人格ソフトのタスクを終了する。二度と『第429号』と話すことは無いだろう。
私はクラウド上に保管された、かの老夫婦の人格のバックアップデータを解剖し始める。
『第429号』は君に比べて優しすぎた。
私が友人と飲んで酔いつぶれて、遠出して迎えに来てもらったことがあった。
静かに酒に呑まれた私を叱る君に驚いて、私は「もうそんな怒らんでよ」とべそをかいた。
嫌だったけど、大事にされているんだなと思い返して、胸が暖かくなった。そんな記憶。
だから。時に私を叱ってくれるような。そんな記憶の要素が欲しい。あの旦那さんはどこか、君に雰囲気が似ていた。
きっと、この中で、君の一部がまた見つかるはずだ。
Q.あなたにとって〝SFらしさ〟とはなんですか?
A.~Love~





