04:首なし金持ちの頭部ユニットを探しています
▼あらすじ
近未来。
身体にインプラントと呼ばれる人体を強化、拡張する器具を埋め込むのが当然になった世界。
しかしナルという青年は貧乏で、身体にはインプラントなど一つも入っていなかった。
何とか金を稼いでインプラントを買いたいが、働くためにはインプラントが必要という無限ループ。
そうしてバイト面接百連敗という偉業を成し遂げたナルの前に、一人の男……男? 多分おそらくきっと男が現れた。
だが、その男はどう見ても不審者だった。
何故って、首から上がなかったから。
「だからぁ、情報端末のインプラントも入れてない奴に任せられる仕事なんて無いっての!」
「そこを何とか! 荷物運びでも何でもやりますから!」
「ロボのが安くて早いんだから要らないよ。どうしてもって言うなら人工筋肉くらい入れて出直しな。ほら、自警団を呼ばれたくなかったら、さっさと帰る」
「ぐぎぎぎぎ……」
しっしと手をやる店主に追い立てられ、俺は未練がましく店を出た。
またもや落ちたバイトの面接。
受けたのはこれで何度目だったか……五十から先は鬱になるので数えていなかったが、体感では数えるのを止める前と同じくらいは受けた気がする。
「くっそぉ……非改造には人権が無いってのかぁ?」
実際のところ無い。
現代におけるインプラント、特に情報端末の普及率は大体、九十八パーセントだ。
俺のような人間は残念ながら絶滅危惧種。だからといって、国が保護してくれるわけでもないのが世知辛いところだが。
「どうしたもんかな」
当然、俺だって好きで絶滅危惧種をやってるわけじゃない。
インプラントを買うには金が要る。
身体に着けるためには手術が必要だから、そっちにも。
今やっている仕事の給料は、お世辞でも良いとは言えない。雇ってくれるだけでも感謝しているが、インプラント代には全く足りないのだ。
「どうにか仕事を増やしたいんだ……け……ど」
落胆を隠し切れない俺の目に映ったのは。
「く、首なし……?」
思わず口に出した瞬間、積み上げられた廃材に座る首から上のない人型が、ゆっくりと身体をこちらに向けた。
『君、仕事を探しているのかい?』
その人型は、見るからに高級品だった。
まず特筆するべきはその格好。仕立ての良いスーツに、艶のある靴。そして俺でも名前を知っているブランドの腕時計。
そのどれもが高価であることが確かで、特に腕時計――インプラントの普及により、飾り以上の価値がなくなった――は、あれ一つで都会のマンションを一棟買えるとも言われている。
だというのに、その声はノイズ塗れで、どうしようもなく不釣り合いで安っぽい。
だが、そんな高級品たちよりも圧倒的に目が吸い寄せられるのは、その頭部だろう。
本来頭部がある筈の首から上には虚空があるばかりで、人間ならば誰であっても配置されている顔や頭は影も形も見受けられない。
「さ、探してるけど……」
『ふむ、ここら辺には詳しいか?』
「五、六年は暮らしてるから、それなりには」
『それは都合が良い。どうだろう、一つ私から頼まれる気はないかな?』
かつかつと足音を立てながら迫ってくる首なし。
思わず腰が引けたが、仕事というなら話は別だ。
「……内容は?」
『私の頭を探すことだ』
順当といえば順当な内容に、少し面食らってしまった。
『見ての通り、首から上を失くしてしまってね。GPSで大まかな位置は分かっているんだが、土地勘がない。さっきもチンピラに身包み剥がされそうになったから、案内役が欲しいんだ』
この辺りは治安が悪い。
スラムというほど物騒ではないが、貧困層が多く暮らす都合上、どうしても飢えた者が多い。
特に、彼(?)のように身なりの良い人間(?)なら、五分も歩けばスリや物取りが会いに来てくれるだろう。
「それは構わないけど……」
『報酬はそうだな。この時計』
「え」
『使い込んでいるから買取額はそれなりだろうが、充分だろう』
「うおっ!?」
ぽんと投げ渡された腕時計。
売れば俺でもインプラントに手が届く高級品に、思わず手が震える。
『成功報酬は……』
「まだあるのか!?」
『でなければ時計を渡さんよ。それは手付金。無事に頭が回収できれば、それの倍は出そう』
報酬がキャリーオーバーしてきた。
それだけあれば、手術費用には充分すぎる額だ。
「是非案内させていただきます!!」
『助かるよ。じゃあ早速行こうか。方向はあっちの方だ』
◆
『するとつまり、ナル君は基幹手術も受けてないと?』
メインの視覚センサを頭部と共に失った彼――で合っていた、名前はウルキというらしい――を案内しながら、俺たちはそんな話をしていた。
基幹手術。
それは、生後半年から一年の間に受ける手術のことだ。
現代において、インプラントを埋め込むのは当然のこととなった。だが、身体に異物を埋め込んだからといって、すぐに使いこなせるようにはならない。
故に、初めに補助するインプラントを入れるのだ。
しかし、急激に発展した技術に人類の身体が追いつくはずもなく、埋め込まれた機械は精神に違和感、異常を引き起こし、拒絶反応を発生させてしまう。
そこで、拒絶反応が起こりにくい生後一年未満の乳児段階でその手術を行う。
これが基幹手術。ちなみに手術は国からの支援の対象であるため、ここ三十年ほどは、ほぼ無償で受けることができる。
そんな手術を受けていないのが、俺ことナル、十七歳であった。
『本当の非改造は久しぶりに見たよ。何か事情でもあるのかい?』
「あー……うちの両親、'自然派'でして」
『……なるほど。十七年前なら、丁度ピークの頃だ』
'自然派'とは、少し前に流行っていた思想である。
細かい説明をすると嫌なことしか思い出さないのでざっくり語ると、インプラントなどの超人間主義を強く敵視している。
あとはまあ、大体察してほしい。
『それで、金を稼いで手術を、というわけか。けれど、君の年だと拒絶反応が大変だと思うよ?』
「そうは言いますけど、今時インプラント無しじゃあ碌に暮らせませんよ。仕事もそうですけど、現金を使える店も殆どないですし。拒絶反応は抑制薬でどうにかします」
『ふぅん』
ウルキの表情は当然見えない。
声だって綺麗には聞こえない。
何を考えているのかも、よく分からない。
「ウルキさんはインプラント、すごいですよね」
だから、適当に話を逸らした。
「首が取れても動けるなんて、アンドロイドかと思いましたよ」
『よく言われる。確かに殆ど人間の部分は残っていないけれど、私はきちんと戸籍を持った人間だよ』
「満たしてる人間の要件、戸籍しかないんです?」
『もちろん心もあるさ。玄武社製の高性能な心がね』
玄武社といえば、この国のインプラントメーカー最大手である。基幹手術に使われるインプラントも、特別な理由がなければ玄武社の物が使われることが多い。
「へぇ。もしかして、全身玄武社製ですか?」
『そうだよ』
「その割に声は汚いですけど」
『中々言うね君。そりゃあ胴体にはスピーカーなんて仕込んでなかったから、その辺で買った安物だよ。君も、手術が成功したらメーカーは統一した方が良い。混ぜたからってバグることは滅多にないが、性能が噛み合わないことはよくある』
「それは統一してるかどうかと別問題では……? いやまあ、できればそうしたいですけど、予算の兼ね合いもありますからね……」
特に、玄武社は高級志向の製品が多い。
リーズナブルな製品もあるにはあるが、中古でも品薄だと聞いた。変にこだわるより、揃えられるものを優先した方が良いと思う。
「そんなことより、結構歩きましたけど。頭の位置はどうなってます?」
『あぁ、そろそろ近いね。あと五十メートルくらい先だ』
「……それは、この先真っ直ぐ?」
『そうだね。そう表示されてる』
道の先を確認する。
そこは、この近くでは有名な場所だ。
貧困街の中で一際大きな建物。
表札なんてありはしないが、俺はそこの主人を知っている。知らなければここでは生きていけない。
そこは、アラハバキ・ファミリーの拠点。
俗に云う、ギャングのアジトである。
なるほど。よし。
「じゃ、俺はこれで」
『待て待て待てちょっと待ちまたえ。まだ仕事は終わってないぞナル君』
「いやいやいや勘弁してくださいマジで。俺は明日からもここで暮らして行かなきゃならないんですよ」
目を付けられでもしたらどうしてくれるんだ。
『こっちだって頭が無いと明日困るんだよ。なんなら今まさに困ってるんだからさ』
「そんなこと言われても無理なもんは無理ですって。明日困るどころか明日が来なくなるんですよこっちは。どんな頭で考えてんですかマジで」
『予備の頭で考えてる』
「本体で考えろ」
『よしじゃあ早速本体を探しに行こう。早くしないと脳オルガノイドが萎びてしまうぜ』
「いやちょ……離して……おい離せって! 力強い!」
『はっはっはっ、非改造が全身インプラントに逆らえると思うなー?』
「ぬわー! 有機物は無力!」
◇
「解析は済んだか?」
洗浄屋から買い取った頭部ユニット。
これは、金になる情報の宝庫だ。プライベートから機密まで、欲しがる誰かに事欠くことはない。
だというのに。
「いやサッパリ。このセキュリティ、固いなんてもんじゃないですよ」
その成果は芳しくなかった。
「そんなにか?」
「ファイヤウォールがあるのは分かってましたけど、ガチガチすぎて俺じゃあ中身に触れません」
「お前、腕は良い方だろう?」
「ハッカーとしては結構なもんだと思ってますが……」
示されたディスプレイに映っているのは、箱の中に四マスで構成されたブロックが、積み木のように重ねられた画面だった。
「テ◯リスです」
「テ◯リス」
「あれ、ボスは知りませんか? 落ち物ゲーの元祖ですよ元祖」
「いや知らんが……ゲームなんだろ? 何故こんなものが表示されてるんだ」
「や、これでコイツに勝たないとアクセスできないみたいなんで」
「そんなことあるか???」
「まー……流石は生きたセキュリティ、ってとこなんじゃないですかね」
二人は同時に画面から目を逸らし、PCと繋がる先に視線を移した。
『照れるな。そんなに見つめないでくれたまえよ』
表情どころか口元も動かさず、無機物の晒し首はそんなことを嘯いた。
「抵抗しないで素直にアクセスさせてくれませんかね」
『そうもいかないさ。プライバシーは大事にしたい方だからね』
「……とまあこんな感じで、そもそも外部からのアクセスをまとめて断ってるんですわ。んで、無理矢理ルート作ったらテ◯リス強要されてます」
「お前、確かゲームは得意だろ。勝てないのか?」
「こんなレトロゲーまともにやったことありませんよ。それに、多少齧ったくらいじゃどうにもなりませんて。拾い物とはいえ、AIもボコられましたし」
『レトロゲームとは失礼だな。名作だというのに』
「名作であることと、レトロであることは矛盾しないでしょうよ」
やれやれとでも言いたげな生首に嘆息して、ハッカーの男はPCの電源を落とした。そしてプチプチと自分の腕に接続していたケーブルを外していく。
「おい」
「どうあれ、俺……というかウチじゃこれ以上は無理です。このまま朱雀に売っ払うか、解体してストレージだけ引っこ抜いた方が楽で確実ですよ」
『穏やかじゃないな。これでも私は生きた人間なんだが?』
「生きた人間は首だけで喋りませんて。人間辞めたやつが人扱いしてほしいとか、そりゃあ贅沢な話でしょうよ」
次いで有線ケーブルを生首から引っこ抜く様子を見ながら、ボスと呼ばれた男も今後の算段を付け始める。
「ウチの設備で解体せるか?」
「ウチの馬鹿共にできるのは壊すくらいなもんです。ドライバーで外せる程チャチな造りしてませんし、解体屋に持ってった方が良いでしょうね」
「そこからまた持って帰ってデータを吸い出す……か。手間だな」
『せっかちさんだな。そんなんじゃモテないぞ?』
「クッ」
堪えるように笑って、ボスと呼ばれた男が生首を持ち上げた。
「デリカシーが無いな。流石は老害だ」
『……その言い様も、充分前時代的だがね』
「アンタにゃ負けるよ平成生まれ。ハッカー、例の箱持って来い。朱雀に連絡する」
「はいはい、分かりましたよ」
「馬鹿共に準備させとけ。お前もだぞ」
「うぇっ!? 俺もですか?」
「アイツらだけに任せられるか。規制品も用意しろ。確実に届けろよ」
「うぇぇ……その間、ボスは何するんです……?」
セロからは見えない情報端末を操作しつつ、男はニヤリと笑った。
「準備だよ」
◆
「クソ……どうしてこんなことに……」
金属とシリコンの塊に力で逆らえるわけもなく、こっそりと建物の外壁にへばり付いた俺たちは、どうにかして中の様子を窺おうとしていた。
『気を落としてどうしたんだナル君。一体誰にやられた?』
「お前だ無機物」
やれやれと肩をすくめる首なし。腹立たしいことこの上ないが、報酬が良いことだけは確かだ。と、俺は自分に言い聞かせている。
「実際どうするつもりなんだよ。ここからじゃ中の様子なんて分からないし……」
『君、すっかり敬語を使わなくなったね……さておき、どうしようか。盗み出そうにも、戸締りはバッチリだ』
「盗めたからって生きて帰れる気もしないけどな」
アラハバキは伊達や酔狂でギャングをやってるわけじゃない。裏とはできるだけ関わらないようにしている俺ですら、その手の噂に事欠くことはないのだから。
『おや』
「どうした?」
『GPSの反応が……っと、本体からメールが届いた。少し待ちたまえ』
顎に手を当てる仕草――もちろん当て先は虚空だが――をしながら考え込むウルキ。
てっきり頭部との連絡は取れないものだと思っていたのだが、そういうわけでもないようだ。
『ナル君、予定変更だ。彼ら、私の頭を他所に売るつもりらしい』
「というと?」
『データを引き出すつもりが、失敗したようだね。こちらからのアクセスも断っていたくらいだから当然だけど』
現在、頭部は電磁波遮断ケースに収納されたらしい。メールはその直前に送信されたようだ。
『GPSも途絶えた。取引場所は分からないが、止めないとマズイ』
「取引って……アンタの頭何が入ってんだよ」
『知りたい? 殺さなきゃならなくなるけど』
「こわ」
『最悪は、破壊も視野に入れるしかないな』
顔があったらさぞかし真剣な表情をしているのだろう。そう思えるほど、ウルキから感じる気配は張り詰めていた。
「……取り敢えず、取引の邪魔をすれば良いんだろ?」
『そうだけど……何をするつもりだい?』
「足を潰そう。車で動かれたら何もできない。最低でもタイヤをパンクさせないと」
『こわ』
どの口がほざいてるんだ。
だが、今は文句を言っている時間が勿体ない。
幸い侵入経路を探す過程でガレージは発見している。
ウルキの力なら、その辺の瓦礫でも可能な筈だ。
『うーむ……道具を壊すのは心が痛むな……』
タイヤの破壊は完了。ついでに中身のAIもバグらせたようだ。
これで動かなくなるのだから、IOTも良いことばかりじゃない。
こんなことを想定して骨董品を使うのも馬鹿らしいだろうが。
『あとは、どこかのタイミングで強引に奪えれば良いが……』
そんなことを言いながら隠れて待機していると。
「お、出てきた……ぞ」
正面玄関からぞろぞろと現れた、屈強な男たち。
数は全部で八人。恐らく、中心にいる細身の男が持つ大ぶりの箱が頭部なのだろう。
『じゃ、ナル君。あとは頼むよ』
「待て待て待てちょっと待てって。これは俺の仕事じゃないだろ間違いなく」
あんなの一対一でも奪えるわけない。
『大丈夫大丈夫、君ならできるさ。供え物は何が良い?』
「死を前提に仕事振るなって! 行くならせめてお前の方だろ! ほら、あんな有機物ども蹴散らしてやってくださいよ!」
『無茶言わんでくれ! 改造だろうと非改造だろうとあの数は無理だ! 大体奪うまでならまだしも、そのあとどうやって逃げ切るんだあれは!』
「そこもノープランなのかよ!?」
というより、そもそも具体的なプランを提示されたことがなかった気がする。
『仕方ないだろう? なにせ予備なんだから。思考力はそれなりなんだ』
「お前性能下がってたの……?」
『体感的には普段の一割くらいかな』
「マジかよ」
十割になったらどれくらいウザくなるんだろう。
いや、そんなことを言っている場合ではない。どうにか方法を考えなければ……
『……ナル君』
「どうした、何か妙案でも?」
『ここまでにしよう』
淡々とした、無機物らしい感情のない声だった。
『君に頼んだのは道案内だ。これ以上は働きすぎだろう』
「それは……」
『報酬はまた追って支払う。だから、君とはここまでだ』
ウルキの表情は見えない。見える筈がない。
『さ、非改造はさっさと帰ると良い。もう、君にできることはないんだから』
しっしと手を振り、俺を追い払おうとするウルキ。
正論だ。
事実、俺は荒事の類は苦手、というより無理だ。
軍人用や運動競技用はもちろん、単純労働向きのインプラントすら身体に入れていない俺では、殴り合いには絶対に勝てない。
だから、俺はウルキの背中を蹴っ飛ばした。
「何が今更帰れだ首なし。こっちはさっき帰ろうとしてたんだよ」
『……なら、今度こそ帰れば良いだろう』
「そのつもりだった。けど、もし今帰ったとして、明日お前のパーツが市場に並んでたら気分悪いだろ」
顔なんか知らない。
知らないからこそ、ボディはそれなりに覚えてしまった。玄武社製の中古品が並んでいたら、きっと判ってしまう。
『そんな理由……』
「文字通り真人間なもんでな。俺には充分すぎる理由なんだよ」
『'自然派'でもないくせにそれらしいことを……』
「育ちが良くて悪かったな」
それに、本当に勝算がないなら流石に帰る。
「良い作戦を思いついたんだ。乗るか?」
ウルキの表情は見えない。見える筈がない。
だが、確かに分かる。
『あぁ、もちろん!』
今日一番の笑顔だ。
◆
「じゃあ、後で落ち合うってことで。これがアレの鍵」
『あぁ、お互い……というか主に君だが、気を付けてくれよ』
「こんなところで死ねるかっての」
手短に別れを済ませ、俺たちは所定の配置に付く。
作戦は至ってシンプル。
『おおっと足が滑ったァ!』
「おわっ!? 何だコイツ!?」
『失敬この通り前が見えないもので! あぁ今度は手が滑った! 箱がポーイ!!!』
「おぉい!?!?」
あの台詞は作戦じゃないので俺の所為にはしないで欲しい。いや本当に。
さておき、予定通りポーイされた箱を無事キャッチした俺は、取手に素早く紐を通して背負った。
「チッ、おい、そんな奴に構うな! アイツを追え!」
さあ、鬼ごっこの始まりだ!
◇
やられた。
油断していたつもりはなかったが、まさかあんな正面から持っていかれるとは。
青年を追いかけるセロたちの心情は、焦りで満たされていた。
「セロさん、撃ちますか」
「馬鹿。箱に当たったらどうするんです? 標準補正でも入れてるならまだしも」
一番当て易い胴体に箱を背負われると、銃で撃つのは厳しい。
しかし、お互いに走りながら足や頭を狙い撃つなんて芸当は、インプラント無しではまず不可能だ。
「取引まではまだ時間がある。見たところ、大したインプラントは入れてないようですし、このまま追い続けます」
「うぃっす」
「銃は指示なく撃たないこと。自警団が来たら取引どころじゃなくなっちまう」
今は見失わなければそれで良い。
最善は、その前にあの青年がへばること。
懸念は、彼らの狙いが分からないこと。
箱をポーイしやがった首なし、あれが頭部の元の持ち主だろう。目の前の青年はその協力者に違いない。
だが、逃げても先がないのは分かっているだろう。
この辺りは入り組んでいるが、こちらも地理は大体把握している。箱には鍵があるし、GPSも付いているから、追い付けずとも逃げ切られる可能性は低い。有利なのは追っているこちら側だ。
そうして現状維持のまま追い続けてしばらく、青年が逃げ込んだ場所は。
「廃材置場?」
狙いが、意図がある。
「何だ……?」
何か企んでいるのは確かだが、箱が向こうの手にある以上、主導権はあちら側だ。
ここは、素直に乗るしかないだろう。
「全員、銃を構えておいてください」
警戒を緩めることなく、ゴミ山の間を進んでいく。
視界は八人分。どこから襲われても対応できる形だ。
そのまま探索を続けて少し。
「セロさん!」
「あれは……」
無造作に、例の箱が置かれていた。
鍵は開けられていないように見える。
罠だ。
確信を持って言える。
でなければ、あんなところに放置する理由がない。
しかし、拾いに行かないという選択肢は……
「……俺だけで拾いに行」
く。
言い切ろうとした瞬間、ふわりと身体が浮き上がった。
◆
「はぁ、はぁ……思ったより上手くいったな……」
電磁石のクレーンにアブダクションされた男たちを見ながら、俺は何とか人心地ついた。
この廃材置場は、俺の唯一の職場である。
俺がここに雇ってもらえた理由はただ一つ、この電磁石である。
インプラントは磁力に弱い。
種類によっては吸い寄せられるし、そうでなくても強い磁力に当てられると簡単に故障する。
それ故に、この職場は大抵の人間が嫌がる。
そう、俺のような人間を除いて。
「ウルキ、下げてくれ! ゆっくりだぞー!」
電磁石の真下に陣取り、俺はウルキに指示を出す。
有難いことに、こちとら故障するものがない。
手の届く場所まで降ろされた彼らのうち、指示を出していた男の懐を探り、無事箱の鍵を探り当てた。
「お前っ!」
「悪いねお兄さん。こっちも仕事だからさ」
視線が怖いので、さっさと逃げて箱の鍵を開く。
中から出てきたのは、機械仕掛けの生首。
見るのは初めてだが、ウルキの身体と統一感がある。
『ナル君!』
「お、ウルキ。首、これで合ってるか?」
『あぁ、それだよ。間違いない』
ほいと手渡すと、ウルキは首のスピーカーを投げ捨て、すぐさま首を装着した。
『あ、あー。うん、接続完了だ』
「……声、意外と綺麗にならないな」
『失礼だな……と、データの同期にしばらく掛かりそうだ』
「なら、早く移動しよう。電磁石は時間経過で切れるようになってるから」
万一増援でもきたら、全身金に変えられてしまう。
そして、それなりに離れた辺りで。
「ここまでくれば大丈夫だろ」
『そうだね。丁度、同期も完了した』
そう言って、ウルキは俺に顔を向けた。
「……逆に違和感あるな」
『聞かなかったことにするとして、ナル君』
深く、ウルキが頭を下げた。
『本当にありがとう。君のお陰でとても助かった』
「……良いよ。こっちも仕事だ」
『……そうだったね。うん、そうだ。報酬の話をしよう』
パッと三本の指を立てて、ウルキは役者のように滔々と語る。
『提示できる報酬は三種類。一つ目は当初の話通り現金。額としては、基幹手術はもちろん、全身にインプラントを入れても余る程度には支払おう』
「おぉ!」
『二つ目は、手術自体だね。君が望むインプラントを、安心と信頼の玄武社製で用意しよう。当然手術費用も私が持つ』
「おぉ!?」
これは凄い報酬だ。
玄武社のインプラントは常に品薄。一つ目の報酬全てを注ぎ込んでも、望むものを揃えられるかは微妙なところだろう。しかし、抑制薬が必要なことを考えると、自由な現金も魅力的に見える。
『そして三つ目。脳オルガノイドを用いた最新型基幹インプラントと、それに対応した専用インプラント。定期メンテナンスとメーカー保証もセットだ』
「……脳おる?」
『簡単に言えば、君自身の幹……あー、脳細胞を素材にした、オーダーメイドの基幹インプラントのことだね』
「何か怖いけど」
『この製品の長所は、本人の身体の一部として運用できること。要するに、拒絶反応が起こりにくいことだ』
「……え?」
それは。
『勿論、抑制剤も不要な代物だよ』
「そんなの、聞いたことない」
『そりゃそうさ。だって、我が玄武社による、未発表の新製品だからね』
ウルキの顔を見た。
彼は、無機物とは思えないほど豊かな表情で笑う。
『どうだろう。我が玄武社の新製品、そのモデルケースになるつもりはないかな? 今なら社員待遇で迎え入れるよ』
「社員って、お前」
『これでも社長だからね。誰にも文句は言わせないとも。……非改造に手術した場合のデータも欲しいし』
「おい」
『ごほん! さあ、ナル君。君はどの報酬を選ぶ?』
魅力的な三つの選択肢。
けれど、選ぶ報酬はもう決めている。
「今更お前に敬語使いたくないんだけど」
『ははっ! あぁ、良いよ。この私が許可する』
「じゃあ」
冷たい右手と、温かい右手が重なった。
「今後ともよろしく」
『あぁ!』
◇
「おう、無事か?」
「……ボス」
「何だ、どいつもこいつもしょぼくれやがって」
「頭、奪われました」
「見りゃ分かる。やっちまったな」
「もう、朱雀から前金受け取ってましたよね」
「あぁ。さっきから鬼電来てる」
「……すみません」
「大丈夫だよ。準備するっつったろ? 朱雀もどこまで信用できるか微妙なとこだったからな。逃げる準備はバッチリだ」
「えぇ……」
「どの道、玄武からの報復もあるだろうし、逃げるとこまでは予定通り。前金もガッツリ貰ったから、他所でやり直すには充分だ」
「ボス……」
「ほら全員行くぞ。車乗れ」
「……ありがとうございます。ところで、全員インプラント故障したんですけど」
「あ!? くそ、修理代は予定に無いぞ……?」
「ははっ、今後とも頼みますよ。ボス」
「あぁ、お前らの面倒くらい見てやるさ」
どこかに車が駆けていく。
行き場を知るのは運転手だけ。
けれど、どこに行ってもきっと元気にやるだろう。
Q.あなたにとって〝SFらしさ〟とはなんですか?
A.無い話にそれらしい理屈をつけて、いかにも本当っぽく見せていること。
あるいは、いつか来る未来の予言になると良いね。





