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#匿名SF短編企画  作者: 八雲 辰毘古
▼参加作品
6/33

03:他意

▼あらすじ

感覚共有が当たり前の世界。

それは視覚、聴覚、味覚、触覚だけではなく思考にも及んでいた。

そんな中、食べる人によって味が違うと話題のクレープを友人と一緒に食べに行くことになった主人公の一幕。

「ねぇ、たいって言葉知ってる?」


 私の暇つぶしのような質問に、友人のクリッとした丸い目が動いた。

 大きな黒い瞳が氷姫と呼ばれる私の無表情な顔を映す。


「たいって、魚の鯛のこと?」

「違う」


 そよそよと葉を揺らす風と、木漏れ日が気持ち良い休日の午後。

 私たちはネットで話題のクレープを食べるため、公園の端にある店から伸びる行列に並んでいた。

 列が長すぎて目的地の店は影も形も見えないが、並んでいる人々はサクサクと進んでいく。


 こうして列の動きに合わせて歩いていると、友人が閃いたように人差し指を立てた。


「じゃあ、おびの帯!」

「物質的な物じゃなくて」

「物じゃないの?」


 友人がコテンと首を傾げる。

 遅れて一つにまとめている茶色の髪が揺れ、シャンプーの良い匂いが私の鼻をくすぐった。


「物じゃなくて言葉」

「だとしたら……耐え忍ぶの耐とか?」

「そういう感じだけど、違う」

「えー、何だろう?」


 イライラするでもなく、怒るでもなく、心底不思議そうな声音とともに私の頭にヌルりとした異物感が侵入してくる。

 その異物が深く踏み込んでくる前に私は正解を口にした。


「他意。他人の他に、意見の意って書く言葉。他意はない、っていう形で使われることが多かったらしくて、この言動に隠れた真意はない、っていう意味があるそうよ」


 私の説明にヌルりとした異物がサッと引っ込む。


「なに、それ? そんな言葉があるの?」

「あったのよ。今は死語だけど、感覚共有がない頃の言葉。己の何気ない言葉や行動が誤解を招く可能性がある時に、他意はありませんって言っていたそうよ」

「へぇ、さすが歴史学を専攻している天才さん。詳しいね」


 軽い口調の褒め言葉。

 感覚共有によってお世辞が意味を成さなくなった現代では、この言葉が本心であることは分かる。

 でも、素直にそれを受け取れない私は逃げるように前を向いた。


「別に、いまどき勉強する人がいない歴史学を研究している物珍しい変人さん、でいいわよ」


 淡々と返した私に対して、柔らかそうな白い頬がぷくっと膨らむ。


「もう、そうやってすぐに卑下しない。それにしても、わざわざそんなことを口にしないといけないなんて、面倒な時代があったんだねぇ」


 そう言いながら友人の視線がふらぁ~と私の背後へ移る。

 つられてそちらへ目を向ければ、生クリームを薄い生地で巻いただけのシンプルなクレープを手にした二人組みが歩いていた。


 そのクレープを大きな黒い瞳が興味津々に見つめる。


「あんなにシンプルなのに、行列ができるほど人が集まるなんて凄いよね。私、行列って初めて見たし、初めて並んだわ」

「私も初めてよ。まあ、みんな刺激に飢えているのかもね。これも昔の言葉だけど」


 私の話に友人の目が斜め上を向いて、何かを読むように動いた。


「刺激って、生体に作用して何らかの現象や反応を起こさせることでしょ? それに飢えてるって何かおかしくない?」


 そこにザザッ……とノイズが入る。


 そして、脳裏に直接浮かび上がる映像。二台の車が正面衝突をして煙をあげており、人々が大きく口をあけて何か叫んでいる。屋外での視覚情報は垂れ流しにされているため、感覚共有独特の異物感はない。


「うわっ!」


 のろのろと列に合わせて歩いていた友人が足を止め、声とともに慌てて耳を塞いだ。

 列に並んでいる何人かが同じように耳を塞いだり、頭を押さえたりしている。


「いきなり大声が響いてビックリしたぁ。ねぇ、ビックリしなかった?」


 胸に手を当てて目をパチパチと瞬く友人。その仕草は長い睫がより強調され、私の心の奥底をツンと刺激する。

 その感覚を共有される前に蓋をして私は平然と答えた。


「私は音声を切ってるから」

「あー、私もそうしておけば良かった」


 私の目に映るのは友人の姿。

 でも、脳裏には正面衝突をした車に駆け寄り、乗っていた人を助けようとする人々の姿も見える。


『○○道で事故が発生。救急隊が向かっております。負傷者もいるため、これ以上の映像共有は不可とします』


 淡々としたアナウンサーの声とともに脳裏に浮かんでいた映像が切れたところで、友人がホッと肩を落とす。


「あー、良かった。このままグロい映像まで共有されるかと思った。あんな事故だから、絶対血まみれの人がいるよね?」

「それなら、さっさと感覚共有を切ればいいのに」

「でも、怖いもの見たさっていうかさ。やっぱり気になるし」

「そういうのを刺激って言うの。いつもの日常と違うことがほしい、体験したい、って思うことを刺激に飢えているって言うの」


 私の説明に友人が大きく頷く。


「そういうことかぁ。でもさ、最近こういうの増えてない? 前は事故とかの目撃情報って感覚共有されてもすぐに切断されていたのに、今は時間がかかるっていうか、切断されるのが遅いっていうか」

「というか、事故が増えて対処が遅れているのかも。もしくは……」

「いや、それはないでしょ。感覚共有で物事は完全管理されているから、そもそも事故が起きるっていうのが……って、順番が来たよ。早く買おう!」


 私の手を引っ張る友人。手のひらから伝わる温もりが私の心にじわりと滲む。


 その温もりを振り切るように顔をあげれば、そこには小さな一軒家があった。


 両開きの大きな窓がある白い壁に赤い屋根が特徴で、こじんまりとした可愛らしさはどこか童話的な雰囲気が漂う。

 そのうちの窓の一つが開いており、そこが注文と商品の受け渡しをする窓口になっていた。


 カウンターに設置された読み取り機に生体認証を翳して注文をする。


「二つください」


 店員も誰もいない空間に響く友人の声。

 この店にある商品はクレープのみだという。しかも種類はない。だから、注文は個数だけ。


『お待たせしました』


 言葉に反して、まったく待つことなく無機質なアームが伸びてきた。

 その先には真っ白なクリームを巻いたクレープ。

 私たちは商品を受け取ると、公園の中へと歩き出した。


「あ、あそこで食べよう!」


 たまたま開いていた公園のベンチに友人が駆け寄る。

 周囲には同じようにクレープを買った人がベンチや芝生に座って食べていた。その表情は様々で、とても同じクレープを食べているようには見えない。


 私たちは大木の下にあるベンチへ腰をおろした。


「でさ、さっきの他意の話なんだけど」


 話を再開した私に対して、クレープにかぶりつこうとしていた友人が口を半開きにしたまま、クリッとした丸い目をこちらへ向ける。


「その話、まだ続いてたんだ」

「もう少しだけ」


 友人がクレープから顔を離してジッと私の顔を覗き込む。


「それはクレープを食べながら聞いてもいい?」

「いいわ」

「うん、じゃあ話して。いただきまーす」


 友人がパクッとクレープにかぶりつく。

 小さな白い歯が肌色のクレープ生地を破り、白いクリームとともに赤い口の中へと引きずり込む。

 そのまま、小さな頬を膨らませてモグモグと咀嚼している姿を見ながら私は話を続けた。


「実は、他意があるっていう言葉もあって、それは何らかの下心や隠れた狙い、邪推を招くような意図がある意味になるそうよ」


 私の話に友人の細くて白い喉がゆっくりと上下する。

 胃に落ちたであろうクレープを想像していると、ぷるんとした魅惑的な唇の端に付いているクリームが目に入った。


「つまり本心が見えないってこと? 何それ、こっわ!」


 友人が軽く肩をすくめながら口の端に付いていたクリームを指の腹で拭い、赤い舌でペロッと舐め取る。

 その仕草に、私は無意識に生唾を飲み込んでいた。

 クリームが付いていたのは自分では気付かない位置。

 たぶん、私の目を通して視たのだろう。


「そう。感覚共有がない頃はいろんな犯罪があったからね」

「犯罪って何?」

「違法な行為、かな」

「違法って法を守らないってこと? それって、できるの?」


 思考の感覚共有が当然になった現代では法に沿わない思考をした時点で察知され修正が入る。

 そのため、犯罪という言葉も死語の一つ。


「だから、感覚共有がない時代の話。その頃は何を考えているか分からないから、人が人を殺すこともあったんだって」

「知ってる! 戦争でしょ? 歴史で習ったわ!」


 ふんっ! と大きな胸を張りながら再びクレープを頬張る友人。

 少し前にネットで流行った胸にドリンクを挟んで飲むというチャレンジをして成功をしていた友人の姿を思い出しながら、私は軽く首を横に振った。


「それよりもっと小さい規模。個人でのことよ」

「個人?」


 私は感覚共有法に抵触しないよう、なるべく軽い口調で言った。


「簡単に説明すると、私が誰かをナイフでグサッとするとか」

「えっ!? なんで、そんなことをするの!?」

「相手の考えていることが分からないからじゃない? 恨みとか妬みとか、感覚共有がない頃は相手の感覚が分からないから、いろいろ問題が起きたそうよ」


 空想の物語のように話したが、友人には刺激が強かったらしい。

 体ごとドン引きしながら、それでもクレープを口に入れた。ただ、一口の大きさは小さくなっている。


「……本当にあったこと?」

「あったのよ」

「うわぁ、恐ろしい世界。今の時代に生まれて良かったぁ」


 心の底からホッとした様子の友人。

 これぐらいのことなら感覚共有をしなくても分かる。


 私はずっと手の中にあったクレープを口にした。


 見た目は薄いクレープ生地で生クリームを巻いただけのもの。



 けど、その味は――――――



 これまで食べたことのない味というのが売りのクレープ。


 感覚共有で味も共有できる時代。そのため、新作の料理が出てもすぐに拡散、共有された。


 そこに彗星のごとく現れたクレープ店。見た目はシンプルなのに味は食べる人によって違う上に、食べたことがない味だという。


 たちまちネットで話題となり、今の時代ではとても珍しい行列が出来る店となった。


「どうだった?」


 友人の質問に私はクレープを差し出した。


「一口食べてみる?」

「別に食べなくても分かるじゃん」


 その言葉とともにヌルりと私の頭に異物感が侵入する。

 ゾクリと体の芯を舐められたような、甘く痺れるような感覚が全身を震わす。


 距離は関係なく繋がる感覚共有。

 それは視覚、聴覚、味覚、触覚だけでなく思考も共有できる。


「へぇ、こんな味なんだ。でも、好みの味じゃなかったんだね」


 納得しながらリップが塗られた唇を舐める赤い舌。ぷるんとして、柔らかそうな唇。

 


 ――――――――それは、どんな感触でどんな味がするのか。



 でも、それらの感覚はどこを探しても見つからない。


「……食べてみたいな」


 ポツリと落ちた言葉。

 それを拾った友人が残り一口となったクレープに視線を落とす。


「え、これを食べたいの? 味なら感覚共有すれば……」


 食べたいのは、ソレじゃない。


 と言えない私は友人の手を掴み、クレープを持っている指ごと口の中に入れた。

Q.あなたにとって〝SFらしさ〟とはなんですか?

A.現代より先にある世界

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