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#匿名SF短編企画  作者: 八雲 辰毘古
▼参加作品
28/33

25:愚者の贈り物

▼あらすじ

地方経済特区:霜桜(そうおう)市では実験的に〈お金〉が存在しない〈贈与〉に基づく経済システムが採択されていた。ほかにもARやブロックチェーン、置き配などさまざまな仕組みが導入され、近未来テック社会の縮図と化した。

ほしいものがあれば、誰かが知らない間にお裾分けしてくれる──そんな地域社会に生きる辰巳滋と七宮ひかりは、恋人関係にある若い男女だ。彼らは今年のクリスマスのプレゼント交換に、あえてシステムに頼らずに互いの「実は欲しかった物」をあてっこするゲームを思い付く。一見単純に見えたこの遊びは、次第にややこしいコトになり……


本当にだいじなモノは、目に見えない? そんなちょっぴりふわっとしたSF恋愛小説。

「メガネをかけても見えなくて、手で()れようとしても(さわ)れないモノ、なあんだ?」


 七宮ひかりはときどきへんな質問をする。ぼくは()()()()棒付き飴を手に持って考えた。


「んー、将来の見通し」

「シゲくん夢がなーい」

「じゃあなんだっていうのよ」

「こ・こ・ろ」

「はあ?」


 ばかをお言いでないよ。げんにきみの付帯情報(インフォグラム)には〈結婚願望強め〉とか、明確に書いてあるじゃないですか。

 もちろんこれは、()()()()()()()()()()()見えてる情報なのかもしれない。けれどもココロが見えないなんてことを意味しない。


 ぼくは可視化メガネ(スペクトラム)を指差した。


「これで見えないモノってあるの?」

「んふふー、ホントにだいじなモノは、目に見えないんだよー」


 出たよ、『星の王子さま』。ぼくはがっくりうなだれた。ひかりのこういうブンガク趣味にはあんまりついていけそうにない。

 ただ、そういうのは嫌いじゃなかった。なにより退屈しない。〈見えざる手〉さまさまというやつなのだった。


 ぼくとひかりの出逢いは、地方経済特区霜桜(そうおう)市においては至って単純でありきたりなマッチングによって成り立った。

 この街ではAIやウェアラブル端末、ブロックチェーンなどの先端技術による人的交流・社会的実装を自治体単位で支援している。その結果、野心的なベンチャー企業や多国籍プラットフォーム企業なんかがこぞって新製品・サービスの実験場として身を乗り出した。中国における深圳(シンセン)市のように、この街も首都圏ではお目に掛かれない、奇怪でユニークな()()()を味わうテーマパークと化したのだ。


 当初は国会で相当()めたっていう話だけど、バブル崩壊以来四十年にわたって遅れを取った国内の産業事情を見て取った当時の内閣が「やれ」と鶴の一声だったらしい。まあ右翼的な政権だったということで、その後の足取りはうまくいかなかったのだけども。


 そうそう、ぼくとひかりの話だった。


 つまりこの街ではあらゆる国家や企業が試したくてたまらない色んなテクノロジーが、ごった煮の鍋の具材のように放り込まれてグツグツ煮えたぎっている。だからこの街では他の市区町村では通じないルールも多い。

 そのひとつに、この街の生活には〈お金〉の概念がないってことがある。ここには日本円も人民元も、USドルもポンドもユーロも、かつての郵便切手のようなレトロ趣味のひとつなのだ。


 じゃあ何が生活を支えてるかって?

 それは──


 ピピピ、とぼくの視界にインフォメーションが差し挟まった。見ると〈あなたたちの要望が届けられました〉とある。ちょっと日本語が怪しいのは許してあげてほしい。でもそれが合図だった。ぼくは立った。


「欲しかったやつ、届いたみたいだよ」

「ほんと? やったね」


 近くの置き配ボックスに向かう。掌紋に反応し、ひかり宛に届けられたモノがロッカーから姿を現す。それは本だった。長編小説を収録した物理書籍で、以前誰かの手によって読まれたベストセラーのひとつだ。


「そんなに読みたきゃ電子で読めばいいのに」

「いやだー、どうしても紙の手触りがいいんだよぉ」

「そんなこと言うから家の一角が〝積み本部屋〟になるんでしょ」

「うう……」

「読まないなら譲る(ギフト)しちゃえば?」

「いやだぁ。まだ読んでないぃ」


 ふーん。ぼくにはわからない感性だった。


「まあ、あの部屋から本が(あふ)れなければ、好きにして大丈夫だから」

「ほんっとすみません」

「いえいえ。ひかりの積み本にはぼくも助けられているので」


 ひかりは祈るように謝るしぐさを繰り返し、それから本の状態を見てから宙空に指を広げた。可視化メガネ(スペクトラム)越しには、その景色は匿名の贈り主への「感謝」のトークン発行画面になっている。彼女はそこに、書籍の購入費用と同じ値段の「感謝」を投じた。


 これが、霜桜市の独自の需給マッチングシステム──〈見えざる手〉だ。


 技術的にはなんてことのない。ただみんなが〈ほしい物リスト〉を公開して、AIがマッチングするというだけ。贈った相手と贈られた相手は匿名性を担保しつつも、その気になればどういう曰く付きかをブロックチェーンで遡ることができる。そういう程よい信頼を発行するシステムによって、ここ霜桜市内では〈贈与〉を中心とした〝お裾分け〟で経済が回るようになっていた。


 ぼくとひかりが出逢ったのも、その一環だった。


 面白いことに、〈贈与〉の対象はモノばかりじゃない。言うなれば〝してほしいコト〟のリストもあって、AIは仕事ばかりで自炊が間に合ってないひかりと、家事が得意なぼくをさりげなくマッチングさせたのだ。

 だから、至って単純でありきたりな出逢いに過ぎない──


「ねえ。今年のクリスマス、どうしよっか」


 ふと、ひかりの声で我に返った。彼女と過ごすクリスマスは三回目──その間に霜桜市の行政は二回のメジャーアップデートと、十四回のマイナーアップデートがあった。

 だからクリスマスのプレゼント交換会では面白い遊びを試みた。最初は「いつか行ってみたかった場所」の交換をした。二回目は〈ほしい物リスト〉の隅っこにある高価なモノをプレゼントし合った。今年はどうしようか。ぼくは天を仰いだ。


「うーん……思いつかない」

「だと思ったよ。そろそろネタ切れとか思ってない?」

「イイエ、オモッテオリマセン」

「棒読みやめてー」


 ひかりは笑った。


「ちょっと思ったの。今年は〈実はほしかった物〉の当てっこしてみようよ」

「〈実はほしかった物〉?」

「そ、実は〈ほしい物リスト〉に書いてないけど、その人が喜ぶこと」

「それこそなんじゃそりゃ」

「それこそ、メガネをかけても見えなくて、手で()れようとしても(さわ)れないモノ、てやつ。なあんだ?」


 こりゃ難問だ──


「それって、気持ちの当てっこ?」

「面白そうじゃない?」


 大事なことを話す時、ひかりはなぜかはぐらかしたり、遠回りなことをしたりする。それがぼくが長く付き合ってて見えてきた彼女の経済的振る舞いだった。


 そういうのは、嫌いじゃなかった。


「じゃ、やってみようか」

「決まりー。答え合わせはクリスマスの朝ね!」



     ※



 決まったはいいが、かえって日々の生活が難しくなったのもまた事実だ。


 べつに腹の探り合いをしてるわけじゃない。けれども、ぼくは彼女のふだん発してるメッセージやインフォが、どれだけ彼女の本心なのか、急にわからなくなったのだ。

 メガネを掛けても見えないモノ──それはぼくらがふだん〈ほしい物リスト〉として言語化もアイテム化もしていないことである。そして、手で触れようとしても触れない、というのは、余計にわからない。


 ネットやAIに訊ねてみたけれど、ロクな答えが返ってこない。「結婚指輪だ」「女の戯言には付き合うな」「愛の言葉よ」「それは愛情表現の不足かもしれません」──などなど。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。なまじ〈贈与〉の仕組みを通じて確かめようとして、かえって不安になって、誰かに訊くのをやめた。


 考えあぐねながら年末進行を過ごしているうちに、ひかりとの会話も少し緊張したものになっていくのに気づいた。


 朝──


「おはよう」

「…………」

「ごはんできたよ」

「ありがとう」

「…………」

「ごちそうさま」

「行ってきます」

「いってらー」


 夜──


「ただいま」

「おかえり。ご飯は?」

「外で食べて来たー」

「そっかー」

「ちょっと籠るー」

「はーい」


 別に仲が悪いわけではない。けれども、少しだけ距離があって、少しだけ近寄りがたくなっていた。ひかりの部屋には「立ち入り禁止」のラベルが貼られ、掃除もしなくなってから一週間が経っている。


 付帯情報(インフォグラム)も表示制限をしているのか、何度更新かけても見えてくる情報に変わりがない。


 それが、なんだかとても複雑で、あいまいで、モヤモヤした。


 心。と彼女は言った。ただ気遣いや心遣いについては、申し訳ないけどぼくの方がよくやってる自負があった。


 なにせ出逢った当初から、彼女の家事は壊滅的だったのだ。


 当初霜桜市における〈贈与経済(ギフト・エコノミー)〉の実装が問題視されたのは、ストーカーのリスクだ。困っている一人暮らしの女性の「需要」を満たすように振る舞ってその人のプライバシーに侵入する《他者》のリスクをどうやって回避するのか、ということに大まじめな議論があったのだ。

 このことに対する回答は信用スコアだった。その人はどれだけ信号を守りましたか、とか、どれだけ贈与における約束を守りましたか、というような社会的な振る舞いについて、記録と監視が付いたのだ。ブロックチェーン技術はこの記録を手堅く扱うのには向いていた。結果、(さかのぼ)って数世代分のログを見て、その人なら異性間の交流でも信用できるとAI側で判断してからでないと接点が持てない。これはこれでかなり厄介な問題を(はら)んでいたけれども、世間は良しとした。まずは霜桜市で実装しよう。上手くいくなら首都圏でも実装しよう。そういう運びだった。


 ぼくは運良く信用という面では高い評価だったらしい。だからなのか、彼女の側がかなり積極的に自己開示をしてくれた。少し悩んだけれども、会うことに異存はなかった。


「七月七日、午後一時。カフェ:ミルキーウェイにてお会いしましょう」


 なぜ七夕だったのかは知らない。ロマンチックなブンガク趣味の彼女のことだから、きっとそれなりの意味づけがあったのかもしれない。ただ、初めて会った彼女は(不思議なことに、もうなんとなく〝彼女〟だとわかっていた)、初めて会った気がしなくて、すごくドキドキしたのを覚えている。

 夏の暑い日だった。黒のヒールの付いたサンダルと花柄のハイウェストのロングスカートを履いて、また黒いブラウスを着ている。思ったよりも大人びてて、ぼくが〝その人〟だとわかった時のほころびた笑顔がやけに印象的だった。


「初めまして。七宮ひかりです」

「辰巳です」

「下の名前は?」


 あっけらかんと訊く距離の詰め方に、ぼくは少しためらった。


「……(しげる)です」

「じゃあシゲくんだねぇ」


 彼女としてはすごく安心感のある人だったのかもしれないが、ぼくにとっては初めて出逢う〝お客様〟という感じで、緊張した。だから、彼女の側から話が進んでいった。


「いつも本当にありがとう。わたし、料理がほんとに苦手で……」


 訊けば、過去はAI機能付きの3Dプリンタで毎日同じ栄養バランスの食事(ミール)を三食分、自動生成していたらしい。


「それって美味しいんですか」

「うーん。まあ、食べれればなんとかなるかなって感じかな」


 べつにしたくてそうしてるわけではなく、仕事と趣味と自炊のバランスを保つのが難しいらしかった。ひかりは図書館の司書をやっていて、一応公務員だった。ただ、個人的な趣味である積読が多すぎて、自炊や掃除に使う時間の余裕がないのだとか。


「霜桜市の〈贈与〉とかでもう少しどうにかなると思ってたけど、どうにもならんね」

「どうにもならなかったんですね」

「うん。ほんとに、どうにもならない」

「ちなみに読んでる本って小説が多いんですか?」

「だけじゃないなぁ。学術書も少なからず」

「……例えば?」


 そこで彼女が挙げた著者のリストに、思わずぼくは身を乗り出した。


「今度、借りてもいいですか」

「いいけど、なんで?」

「修論の参考文献で、ほしくて」

「なんだ、それならいくらでもあるよ。うちに来なよ」


 こうして急速に距離が縮まったなんて言ったら、きっと人は笑うだろうか。

 ただ、驚いたのは初めて入った彼女の自宅があんまりに散らかってたのだ。ちょっとぼく自身、欠片はあったロマンチックな気持ちが台無しになってしまった。


「ごめんこれでも片付けたつもりなんだけど──」


 絨毯に拡がってる読みかけの本の数々と、こたつの周りのビニール袋、さすがに生ゴミは捨てていたけれども、シンクの隠れたところに水垢があったり、脱いだ衣服がシワだらけでしまってあったりした。

 ぼくはさすがに我慢ならなくて、言いたい放題言ってしまった。


「──汚い」

「うっ」

「本はちゃんとしまいましょう。それとビニール袋、なんなんですか。ゴミ袋の予備は畳んだほうがいいですし、シンクも酷いし」

「あー! それ以上はプライバシーの侵害です!!」


 どこがプライバシーだよ、と思ったものの、それが妙に面白くて笑ってしまったのをよく覚えている。


 そういうのは、嫌いじゃなかった。


 それから、色々あって同棲するに至ったわけなんだけど──


「そろそろ部屋、掃除していい?」

「んー、だめ」

「どうして」

「ひ・み・つ」


 にやっと笑う。ひかりの笑顔は、ぼくに向けられているとわかっていても、インフォもメッセージもないこの独特なやりとりが、いつしかぼくにはストレスになっていた。


「このままクリスマスまで続ける気?」

「そうだよー」

「…………」

「なに?」少し声色が変わる。

「いや、なんていうかさ──」


 頬を引っ掻きながら、言葉を選んだ。


「おれはさ、もうすごく幸せなんだよ」

「……?」

「〈実は欲しかった物〉ってひかりは言ってたよね? でも、おれはもう手に入れてるような気がするんだ」


 休日の夜だった。クリスマスまでにはあと一週間──あともうちょっとだけ我慢すればそれは終わるはずなのだ。でも、それは何かが違うような気がした。我慢するというのは、ぼく自身の何かが違うと叫んでいた。


「おれさ、口にしてなかったんだけど、ひかりに構われてるの、結構楽しんでたんだ」


 初めて霜桜市に来た時、ぼくは大学生で、ひとりぼっちだった。〈贈与〉が主体となった社会っていうのは、見かけは良さげに見えるけど、顔も名前も知らない人から無限に親切され続ける気持ちの悪い社会でもあった。最初は面白半分に食べ物や服やゲームを()()()()ばかりいたけれど、そのうちひとりぼっちでいることに耐えられなくて、それで誰かの〈ほしい物リスト〉を見ずにはいられなかったのだ。

 衣食足りて礼節を知る──なんて、そんな大した話じゃない。ヒトは自分が思ってるよりも強くなくて、他人が思ってるよりは利己的ですらないというだけだ。誰かの役に立つというのは、寂しさを紛らわすためには何よりも効果的なアクションだった。けれども顔が見えず、ただ数値に還元されただけの「感謝」を積み重ねても、ぼくには空疎な時間に過ぎなかったのだ。


 そんな中だった。ひかりに逢えたのは。

 逢いたい、と言ってくれた。ぼくを見て笑ってくれた。それだけで、元気になれる気がしていたのに──


「なんか、いまの方が苦しいよ。避けられてる気がする。クリスマスまで待ってられる気がしないし、そろそろ答え合わせしようよ」

「…………」


 ひかりは、黙っていた。リアクションが早くて、よく喋る彼女にしては、ありえない沈黙だった。

 時間が凍ってしまったみたいだ。そういうのは、とても好きになれなかった。


「そんな答え合わせ、したくなかった」


 彼女は唐突に振り返って、自分の部屋に入って行った。勢いよくドアが閉まり、「立ち入り禁止」のラベルが大きな音を立ててぼくの目の前に現れる。その壁ははてしない心の距離にも似ていた。ぼくはドアをノックすることさえできなかった。


「……ごめん。頭冷やしてくる」


 ぼくは自己嫌悪に苛まれながら、家を出た。



     ※



 冬の風が霜桜市のプロムナードを駆け抜ける。ジングルベルの楽曲が鳴り響き、サンタのコスチュームを着た大道芸人が、通り沿いにてジャグリングや曲芸を披露していた。

 ワッと歓声が上がる。観衆から「感謝」トークンを巻き上げているのが目に入った。


〝お困りですか〟


 可視化メガネ(スペクトラム)がAI広告のメッセージを表示する。社会は孤独を許さない。まるでそんな含みを聞いた気がして、ぼくは思わずメガネを外した。


 ひさびさに裸眼になって見る世界はどこか清々しかった。何もない。何も映ってこない。寒々しいほどのモノトーンの夜空に、無数のイルミネーションがカラフルに彩っているばかりだった。なんて無意味なチカチカした輝きなんだろう──その明滅の中に、ぼくは目が潤むような切なさを嗅ぎ取った。


「お困りですか?」


 うっかりぼくはAIと勘違いしそうになったけれども、それは紛れもなくヒトの声だった。ぼくは驚いて、振り返る。


 キツネの面を被った人物がそこにいた。


「……あなたは?」

「通りすがりのものです」

「あの、すみませんが」

「はい」

「ほっといてもらえませんかね。いま、一人になりたい気分なので──」

「いえ、そうはいきませんよ。いちおうこれでも市の職員でして。お困りの方をご案内して差し上げるのが役目なのです」


 ぼくはだんだんイライラしてきた。


「困ってないですよ」

「いやあ、とても困ってらっしゃる」

「困ってないですってば」


 キツネのお面は首を傾げた。


「ではなぜあなたは、一人になりたいんですか?」

「なぜって──」

「たぶんですけど、恋人と喧嘩なさった」

「?!」

「ああいえ、ゲスの勘ぐりというヤツです。特に他意はありません」

「あなた、もしかして〈人探し〉の依頼を受けてるヒトですね」

「ばれちゃいましたか」


 キツネのお面は降参の仕草をした。


「トークン稼ぎをしたいわけじゃないんですが、たまたま近くにいたものですから」

「……これでぼくが帰らなかったらどうなりますかね」

「さあ。たぶんわたし以外の誰かがまた、あなたに声を掛けるだけですよ」

「嫌な世の中だ。一人にもなれやしない」

「そんなことありませんよ。誰かの願いを叶えるのは、誰にでもできるかもしれません。しかしあなたを必要としてる誰かにとって、〝あなた〟の代わりはいない──それってとっても素敵なことじゃありませんか?」


 ぼくは肩をすくめた。かれは続けた。


「かけがえのない存在でいるってことは、とても大事です。譲り合うことも、お裾分けをすることも、大したことないから世の中回ってます。ただ、回ってるだけが世の中じゃないですからね」

「ありがとう」──ぼくはため息をついた。「あなたと話してると、自分でクヨクヨ悩んでたのがバカみたいだ」

「誰しもそういう時はありますよ」


 ぼくは可視化メガネ(スペクトラム)を掛け直し、指を弾いてキツネのお面に「感謝」を二〇〇〇円分のトークンとして支払った。


「これでちょっといいご飯食べなよ」

「ご親切、痛み入ります」


 たぶんかれにもう一回会うことはないんだろう。ただ、こういう通りすがりの赤の他人からもらった親切が、わりと大きな意味を持つなんてことも、〈贈与〉の社会ならではなのかもしれなかった。


 でも、そういうのは嫌いじゃなかった。


「ただいま」と言って帰宅したのは、家出をしてからわずか二時間後のことだった。


 部屋は暗い。ぼくが明かりを付けるまで、ひかりがリビングで虚ろな顔して座ってることに気づきもしなかった。


「うわびっくりした」

「…………」

「あの、生きてる?」

「…………」

「おーい」


 目の前で手を振る。すると急にひかりの目に輝きが戻って、蘇生したゾンビみたいに、ぼくとの距離を詰めた。手を握る。外を出歩いて冷え切った手に、ひかりの手は熱いくらいに体温を感じた。


「な、なに」

「あのね。あのさ、あの……」

「ていうか手汗すごいんだけど」

「もう!」


 手を離した。あ、しまった。またやらかしたような気がする。振り解かれた手を宙ぶらりんにしていたら、ひかりはまたぼくの手を握って、今度は部屋に引っ張った。


「いいから、こっち来てよ」


 それからぼくはひかりの個室に入った。二週間ぶりだった。にもかかわらず、まるで数年間来なかった実家のような、不思議な感覚がぼくを出迎えた。


 相変わらずの積み本の山、小物が散らかる中に、針と毛糸の束がある。ぐるぐる巻きで失敗作と思しきものが山となって積まれるなかに、ようやくそれっぽいかたちの手袋が置いてあることに気づいた。


「これって──」

「そう。つくってたの」

「手編みの?」


 ひかりは、こくりと頷いた。


「わたし、家事とか、やってもらってばっかりだったし、その……カレシに対してなんにもしてこなかったままだったし……」


 だから、と彼女は言った。


「だからね、たまにはわたしがカノジョらしいことしないと、不満なのかなーって」


 想定外の言葉だった。ぼくはなんて答えようか少しだけ考えようとしたが、とっさに出たのは笑い声で、それは止めようとしてもぜんぜん止まらなくて、腹を抱えて笑ってしまったのだった。


「なによぉ」

「だ、だって──」


 ぼくたち、なんてバカなんだろう。


「これが〈実は欲しかったもの〉だって思われてたのかと思うと……」

「え、ちがうの?」

「ぜんぜんちがうよ」

「えー……」

「だいたい、おれひかりに〝カノジョらしさ〟なんて求めてないし」

「そこは求めてよ」

「だったらそれは〝おれの〟〈実は欲しかったもの〉とは違うじゃない」

「…………」


 ここで、ようやくひかりは気づいたみたいだった。急に笑いだした。夜が明けてしまうまで、ずっと笑い転げてるんじゃないかと思うくらいゲラゲラ腹を抱えていた。


 結局──〈実は欲しかったもの〉なんて、お互い最初からあってないようなものなのだ。だって、それは、自分がプレゼントしたかったのは、それこそ、自分自身が〈実は欲しかったもの〉でしかなかったのだから。


 当てっこなんてしようがない。そもそも、自分だって、自分が何を本当に求めているかなんて分かってなかったというのに。


 でも、ぼくらはなぜか、温かい気持ちに包まれていた。


「──メガネをかけても見えなくて、手で()れようとしても(さわ)れないモノ」

「えっ?」

「ひかりが掛けた謎かけ、あれ〝心〟なんかじゃないって」

「じゃ、なにさ」

「〝かけがえのないもの〟だよ」


 ひかりはそれを聞いて、一瞬絶句したようだった。でも、途中で考えるのをやめて、くしゃっと笑みを浮かべた。


「うん、もうそれでいいよ」

「決まりだね」

「勝手に決められたんだけどね」

「負け惜しみだ」

「なにおう」


 そうやってくだらないやりとりをしているうちに、ぼくらは互いのお腹が鳴る音を聞いた。これがぼくらのジングルベルだった。「何食べる?」「あー、たくさんチキン食べたいな」「じゃあそうしよう」「そうしよう」──ぼくらはそれを、互いから互いへの「感謝」のトークンで支払って、デリバリーしてもらうことにしたのだった。


 鼻歌で〝あわてんぼうのサンタクロース〟を歌いながら、ぼくたちはファストフード店のフライドチキンとクリスピーを食べ散らかす。ふたりだけの賑やかな食卓を囲んで、急にひかりは喋りだした。


「ねー、シゲくん」

「なに」

「むかしさ、シゲくん専攻の経済学の話で、この霜桜市の仕組みのことを教えてくれたじゃない。〈贈与〉がどーたらこーたら、てやつ」

「うんうん」

「あれってさー、やっぱりサンタクロースの毎日来る世界のことだと思うんだよね」

「……?」

「だって、〈ほしい物リスト〉を書いて、誰かがいつのまにか届けてくれるんでしょ。その仕組みを初めて聞いた時、わたし、サンタクロースの正体ってきっとこういうモノなんじゃないかって考えてたのとそっくりだったんだよね」


 その話は、ネットで見たような気がする。サンタクロースは無数の見知らぬ誰かが、子供たちの願いを聴いて、プレゼントを用意して、包装して、郵送して、両親も手伝って──そういう製造から配送のラストワンマイルすべてに関わった人たちの総称を〝サンタクロース〟と呼ぶという、そういう話を。


「わたしたちって、そういう未来に住んでるのかな」

「さあ。でも、そういうふうに考えるのってとっても素敵だと思うよ」

「急に素直になるじゃん」

「たまにはね」

「可愛くないなぁ」

「カレシが可愛かったら、カノジョは面白くないでしょ。ロマンチストさん」


 図星だったようだ。照れ隠しにテーブルの下でガンガン蹴ってくる。痛い痛い。


 でも、そういうのは嫌いじゃなかった。

Q.あなたにとって〝SFらしさ〟とはなんですか?

A.「未来を夢見る権利」を行使すること。


そして〝未来〟とは「すでに現実に起きている/起きていたこと」でもある。


"The future is already here – it's just not evenly distributed."

(未来はすでにここにある──それはただ均等に行き届いていないだけだ)


SF作家ウィリアム・ギブスンはこう言った。それは未来の生活を模るサイエンス・テクノロジーは、すでに現在進行形で開発されていて、たんに社会的に実装されておらず、まだその潜在性(ポテンシャル)が世間に知られていないだけだとする、これはひとつの思想でもあった。


そして、同時にこれはまだ、未来が現代社会が見ている〝夢〟のひとつでしかないということを意味している。

それは美しい正夢かもしれない。荒唐無稽で無垢な夢かもしれないし、そうあってほしくないグロテスクな悪夢であるかもしれない。いずれにせよ、それはまだ現実ではないという点で字義通りの「夢」である。ところが古来、夢とは未来の選択を行うにあたって重要な情報であった。現実との直接的なつながりや論理的な結合性はこの際関係ない。その象徴性、意味の含蓄、暗示、思弁、観念や予感の発散こそがもたらす直感的な共鳴と反響──それらが社会の洞穴に投影された時、未来はヴィジョンとなり、物語としてのスペクタクルを築き上げる。


人間にはこの社会の潜在意識の微睡みを、物語として娯しむ権利がある。義務ではなく、権利として、である。それはすなわち行使することによって具現化する一方、怠惰によってすぐに失われる物であるということだ。未来は常に意志と想像力の賜物なのである。


◆主要参考記事

・ハーチ株式会社 2019-4-4

「ギフトエコノミーを体現する。ブロックチェーンを使ったピアボーナス制度「GIFT」を導入しました。」

https://harch.jp/blog/peerbonus-gift.html


・IDEAS FOR GOOD

「ギフトエコノミーとは・意味」

https://ideasforgood.jp/glossary/gift-economy/


・IDEAS FOR GOOD 2018-9-4

「優しい人ほど得をする。OKWAVEが目指す、感謝が通貨になる経済」

https://ideasforgood.jp/2018/04/09/okwave-thanks-economy/



◆参考文献

アダム・スミス『国富論』

アダム・スミス『道徳感情論』

シルビオ・ゲゼル『自由地と自由貨幣による自然的経済秩序』

フリードリヒ・ハイエク「社会における知識の利用」『市場・自由・知識』所収

フリードリヒ・ハイエク『貨幣発行自由化論』

グループ現代『エンデの遺言 〜根源からお金を問うこと〜』

ミヒャエル・エンデ『モモ』

カトリーン・マルサル『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰なのか?』

近内悠太『世界は贈与でできている』

リーズル・クラーク,レベッカ・ロックフェラー『ギフトエコノミー 買わない暮らしのつくり方』

ローレンス・レッシグ『CODE』

東浩紀『存在論的、郵便的』

東浩紀『郵便的不安たち』

福尾匠『置き配的』

小松和彦×栗本慎一郎『経済の誕生 富と異人のフォークロア』


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