表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
#匿名SF短編企画  作者: 八雲 辰毘古
▼参加作品
24/33

21:冥王星の結晶

▼あらすじ

冥王星探査機デルタJP.2238は、冥王星の氷地殻の下にある内部海でただよう結晶生命体ハイドレートと出会う。ハイドレートはデルタと月日を共にするうちに言葉を覚えていくけれど、二つの生命体が共有する時間には限りがあった。ハイドレートはデルタの復活を待ち望みながら、248年の時を数えていく。

 空は氷で覆われている。

 厚い氷は何も通さない。

 太陽の光すらも通さない。

 温かい海の中、彼らはただ揺蕩っていた。

 氷の向こうに何かがあることも知らないで。


 だから〝   〟が空を貫いた時、彼らは氷の向こうに何かがあることを知った。



 〇〇〇



 ハイドレートと名付けられた私は、デルタの家に入りこんだ。たぶんデルタはまだ寝ている。日照時間が短くなっていると言ってから、153時間が経過した。この時間という単位はデルタの家の中にある〝時計〟で知ることができる。デルタはこの時計の針が十二回と少し動けば、また一時間くらい活動できると言っていたのに。


 もうすぐかしら、と私はデルタの寝顔を眺める。デルタは眠る。活動制限があるとデルタは言っていた。活動限界がくる前に光エネルギーを蓄積しないと壊れてしまうとも言っていた。私と違って、デルタは難儀な生き物だと思う。


 でも、そろそろデルタに起きてもらわないと困ってしまう。デルタがまだ見たことのない日々がやってくる。デルタはそれを楽しみにしていたから、起こしてあげないと可哀想。


 デルタは真っ暗だった私たちの空を〝氷空〟と名付けた。デルタは面白いことを考える。〝名付け〟という行為によって、私は同属よりもずっと賢くなったような気になった。だからそのデルタがまだ見たことない光景にどんな名前を付けるのか、私は楽しみにしているの。


「デルタ、起きて、起きて」


 デルタはうんともすんとも言わない。まだ光エネルギーとやらが集まっていないのかも。デルタ、ねぇ起きて。もうすぐアレがくるよ。


 時計を見る。〝時間は進む〟と言うそうだ。時計の針が進んでいく。デルタ曰く『電波もエネルギーもない場所では最終的に螺子巻き時計の使用が推奨されます。要約、惑星活動において螺子巻き時計は便利』なんだって。デルタは難しい言葉を使う。私は同属の中でも一番賢いから理解できるけど。


 私はデルタから時計の針が二周したら螺子を回すように言われていた。そうすればデルタが起きる時間がわかるから。時計の針は進んでいく。でもちっともデルタは起きやしない。


 デルタが起きないので、家の外へと出た。つまらない、つまらない。同属たちは今ごろ、空が落ちてくるのに備えて心地よい寝床を探しているに違いない。空が落ちれば私たちも眠りにつく。そうなる前に、デルタに見てほしいのに。


 空が少しずつ近づいている。重たくなった空はそのうち落ちてくる。今までは見えなかった空。デルタの開けたちっぽけな穴から、空の向こうの景色が差し込む。ひと筋の光。その光があるおかげで、身体が鈍くなるこの感覚が、空が落ちてくるからだと知った。空はゆっくり落ちてきて、地上に浮かぶ。私たちは地下に沈む。見えるようになっただけで、変わらない日々。でもデルタの知らない日々。


 私が今歩いているこの場所を、デルタは一人で歩けない。デルタは家から出ると沈んでしまう。だから外へ出かける時は、デルタの家から〝小型船〟をだして私が引くの。


 デルタは私の歩く場所を〝海〟と名付けた。デルタの言葉で一番近い言葉がそれだったらしい。『原住民であるハイドレートが歩行するので大地や陸と称するべきやもしれませんが、我々の定義として惑星を覆う水域は海と称するのが妥当です。要約、地球人的に言えばこれは海』と言っていた。デルタはたくさんの名前を知っている。


 海を歩く。デルタは私が海と接する面を〝足〟と呼んだ。私の足は三つある。デルタの足は四つあった。でもデルタの足の半分は〝腕〟と呼ぶそうで『冥王星探査機デルタJP.2238は最新鋭のAIを搭載した人間型ロボットです。獣型ロボットではありません。要約、私は二足歩行をします』と怒られた。〝人間〟も〝獣〟も分からないから、デルタのこだわりはよく分からない。


 海を歩いていると、同属たちがひょこひょこと海から顔を出していた。肌がひりつくこの感触を、デルタは〝寒い〟と言うんだと教えてくれた。海の中は〝温かい〟。私たちは氷空が落ちてくる時期、海の中で眠りにつく。同属たちはその準備をしているみたい。


「こんにちは、あなた」


 同属に声をかけてみるけれど、こてりと首を傾げただけ。いつもそう。デルタと対話を重ねて言葉を習得したのは私だけだから、同属へ「空間に発する周波数を聞き分けて意味を汲み取れ」と言ってもできやしない。私の同属はデルタと比べたら〝遅れている〟存在なのだ。


 私は同属と同じように海に沈んでみた。温かい。頭だけをだして、海の中にある同属の足に自分の足を絡ませる。溶けあった。


――眠る。もうすぐ動けなくなる。

――もう少しだけ、外にいたい。


 同属に言葉という概念はない。ただ自分たちの存在を混ぜあって、自分がどうするのか、相手がどうするのかを知るだけ。デルタが言うには『通常ハイドレートに思考機能はなく、分子運動の停滞と流動による結果論的把握です。要約、あなたが特殊なだけ』だとか。私と同属には明確な違いがあるらしい。私にはその違いが分からない。


 同属と別れて海から這い上がる。足をつける。デルタの家に戻ろう。もしかしたら今なら目が覚めているかもしれない。


 そしてデルタに名前をつけてもらうの。

 空が落ちてくることを、あなたはなんて名付けるのかって。






 デルタの家に帰ると、ほんの少しだけ明るくなっていた。〝明るい〟のも、デルタが来たから知ったこと。デルタがここに落ちてきた時はすごく明るかった。


 そう、デルタは落ちてきた。

 今、デルタの家がある場所に落ちてきた。

 氷空を突き破って、空の欠片と一緒に煌々と落ちてきた。


 デルタ、デルタ、デルタ。

 私は名前を呼ぶことを覚えた。あれは何、と聞くと答えてくれる。デルタはすごい。デルタは何でも知っている。だからデルタ。


「おはよう、デルタ」

『光エネルギー充填率39%。バッテリーの劣化、日照時間の不足を確認。活動時間、地球時間にて一時間に限定。要約、おはようございますハイドレート』

「うん、おはよう!」


 やったー、デルタが起きた!

 私は嬉しくて、寝床から出てきたデルタの周りをうろうろする。


『引き続き環境調査及び、長期活動停止準備を行います。要約、今日は忙しいですよ』

「はーい!」


 デルタが起きてくれたから、私はぐいぐいとデルタの身体を押す。寝起きのデルタはちょっと動きが鈍いけど、少ししたらスムーズに歩き出した。


 デルタが歩くとガショガショと音がする。私が歩いてもそんな音はしない。私とデルタの違うところ。私はこの音を聞くと楽しくなる。だってデルタが私とお話をしてくれるから。


「デルタ、もうすぐ空が落ちてくるよ。デルタは初めて見るよね」

『日照時間の減少を確認。現在、外部温度華氏−391度。気圧0.12パスカル。停止期間中の各種外部記録のログを取得。平均より外気温低下を確認。要約、これは冬の到来ですね』

「フユってなぁに?」

『言語バンクを検索、冬について。〝一年の中で最も寒い期間・季節を指す。二十四節気や旧暦のように、一年中で最も太陽の高度が低く夜が長い期間を指すこともある。〟Wikipediaより引用。要約、冬とは一番寒くて、一番太陽から遠い時期のことです』


 やっぱりデルタは難しいことを知っている。私は太陽を見たことがないけれど、空がぼんやりと明るくなるのは太陽のおかげなんだって。氷空に穴が開くとたまに星が見えるけれど、星よりもずっとずっと明るいんだって。


「そっかぁ、これが冬なんだね!」


 それじゃあますますデルタに見せてあげないと!


「デルタ、ほら見て。これが冬だよ!」


 デルタの家を出る。デルタは扉を開けて、空を見上げた。


『前回記録時より氷空の推定高度低下を確認。仮定、上空においてメタンハイドレートの凝固点を下回った結果、氷地殻が厚くなり体積が増加、徐々に氷地殻こと氷空の高度が下がる見込みです。要約、冬の風物詩ですね』


 デルタの言っていることは半分も分からない。でもデルタが楽しそうなので、私はこの景色を見せられたことを嬉しく思う。


「あのね、あのね、デルタ。空が落ちてきたらね、私たち、海に行くの。ほら、海って温かいでしょう? それで、氷空がね、また高くなるまで寝てるんだけど……デルタはどうするの?」


 デルタの頭がピロリピロリと鳴った。デルタがピロリピロリと言っている時は、何かを考えている時だ。私はデルタの言葉を待ってみる。


『現時点で活動環境による制限を確認しました。要約、私も長い眠りにつきます』

「そっか! 一緒に海、行く?」

『経年劣化による耐水性に懸念事項有り。要約、やめておきます』

「そっかあ」


 デルタは一緒に海に行かない。

 それは少しつまらない。


「それじゃあ、デルタはいつ起きる?」

『冥王星到達時点を基点とし、活動環境の制限解除までの日数を計算します』


 デルタがまたピロリピロリと鳴っている。


『冥王星到達より62年が経過。現在協定世界時にて西暦2300年12月29日。冥王星到達時を近日点とし、冥王星公転周期より現在地を計算します』


 いつもよりちょっと長い。

 まだピロリピロリと鳴っている。


『次回の活動制限時間解除は西暦2424年頃を算出しました。懸念事項有り。経年劣化による設備の耐久年数保証期間を上回ります。要約、私は二度と目覚めないかもしれません』


 デルタの中で答えが出たみたい。

 でも、よく分からない。


「デルタ、起きないの?」

『設備の保証期間外になります。自己修復機能も材料の入手が困難なため不可能。要約、起きません』

「本当の本当に?」

『起動条件を再検索します。……ソーラーパネルのメンテナンスにより想定ほど劣化はしておりません。今後のメンテナンス次第では、1%ほど再起動の可能性有り。要約、ハイドレートがお手入れをしてくれたら起きるかもしれませんね』

「本当!?」


 それなら私、お手入れするよ! デルタが寝ている間、デルタのお家を綺麗にしてあげるよ!


『忠告、ハイドレートは冬眠をする種族であると把握。要約、ハイドレートは冬の間、起きていられないのでは?』

「大丈夫! 気合で! 起きる!」


 ピロリピロリとデルタは鳴いた。


『……警告、間もなく活動制限時間です。早急に充電スタンドへと待機。要約、もう眠る時間のようです。ハイドレート、おやすみなさい』

「はい、おやすみなさい」


 私はいつものようにデルタにおやすみなさいを言う。デルタはこれから長い眠りにつくのに、もしかしたら起きないかもしれないのに。おやすみなさい、としか言わなかった。


 だって私は、デルタほど賢くはなかったから。






 デルタの言葉の半分も理解できなかった私は、長い時間をデルタの家で過ごした。


 氷空が落ちると息苦しくなる。空気がずっと重たく感じられて、身体がずっと重かった。海の中のほうがずっと快適だ。でも海の中で眠ると、デルタの家やデルタをお手入れできない。だから、がんばって海の外で起きていた。


 デルタの家を掃除して、眠るデルタをお手入れしながら、何回も何回も、気の遠くなるくらい、時計の螺子を巻いた。


 何回、螺子を巻いただろう。

 螺子が壊れてしまった。


(これじゃあ、何日か分からない)


 私は時計を観察した。

 デルタは『時計の螺子は油を差していれば長持ちします』と言っていた。デルタの言う通りにしていたのに壊れてしまった。どうしよう。


 デルタの言葉を思い出す。たくさん、たくさん、一緒にいた。デルタの言葉を、私はたくさん覚えているよ。


 時計、時計。

 デルタは時計のこと、なんて言っていた?


 時計は部品。部品からできている。螺子が歯車と噛み合って、針が動いていく。だからメンテナンスを怠ってしまうと、時計は壊れてしまうって。


 部品は金属でできている。金属はデルタやデルタの家を作っている素材。とても硬い。温めると色んな形にできるらしい。でも、ここでは見つけることが難しいってデルタは話していた。金属の形を変えるのも難しいって。だってここには熱がないからって。


 私は考える。

 金属じゃなくても、熱がなくても……形が作れるものなら、部品はできる?


 時計を作るのは、金属じゃない。

 時計という仕組み。

 螺子を巻いて、歯車を噛ませて、針を動かす仕組み。


 その仕組みを、形にするには。


「……私は、ハイドレート」


 デルタは私に〝ハイドレート〟と名前を付けた。


『対象の結晶を採取、分析。水分子と未知の原子を検出。水分子と未知の原子の結合はしておりません。包摂水和物と認識。原子の名称不明のため〝ハイドレート〟と仮称します』


 私は〝カタチ〟。

〝ハイドレート〟という〝カタチ〟なんだって。


(私の体なら、私が好きにカタチが作れるのでは?)


 よく分からない。上手くいくかも分からない。どれくらいの時間がかかるのかも。もっと良い方法だってあるのかも。


 そう思って、私は自分の体で、螺子を作ろうと思って。


 三本ある足のうち、一本を切り落とした。

 デルタとお揃いにもなるから、ちょうど良いね。



 〇〇〇



 氷地殻の厚みが増して大気が重たくなろうとも、冥王星の内部海に氷地殻が到達することはない。あるとしても今から数十億年後の話だ。


 西暦2487年12月24日。

 冥王星探査機デルタJP.2238を回収するべく、地球基地より探査機回収ロボットが派遣された。


 しかし、冥王星探査機デルタJP.2238の回収は失敗。探査機回収ロボットは()()()()壊された。


 地球基地はこれにより、冥王星に生命体がいるのではという推測を打ち立てる。その推測の真実を確かめるためにも続々と探査機ロボットが冥王星に送られるが……人類がその答えを知るには、あまりにも冥王星は遠すぎた。


 冥王星の公転周期は約248年。地球人が冥王星の本格的な調査ができるのは、約250年に一回程度。250年もあれば人類の指針はガラリと変わる。現に西暦2735年には冥王星探査どころではなく、地球資源が尽きたために人類は散り散りになって宇宙進出を果たしていった。


 そんな中、冥王星の氷地殻の下では、延々と変わらない光景が繰り返される。


 人の姿のように二足歩行する結晶体の()()()が、冥王星探査機デルタJP.2238の築いた基地のそばを徘徊し続けた。


 静かで暗く寒い惑星の中、カチコチと時計の針の音だけが鳴り響く。


 探査機に搭載した人工知能の目覚めを、その()()()は待ち続けている。


 その()()()が、人類と邂逅するまで、あと何回、秒針は動くのだろうか。

Q.あなたにとって〝SFらしさ〟とはなんですか?

A.SFらしさを語る前に、異世界とSF世界の境界線を引きたいですね。全部ファンタジー、フィクションですから。異世界が「地球とは異なる神話大系の世界」とするなら、SFは「地球と同じ神話大系の世界」でしょうか。じゃあこの神話大系ってなんでしょうか。ギリシャ神話? 北欧神話? 日本神話? 神話とは世界の起源の物語であり、どの神話にも共通して「創世」という概念があります。この「創世」を現実的に言えば、ビックバンから始まる宇宙こそが「地球と同じ神話大系の世界」として定義づけられるのではないでしょうか。というわけで、宇宙を舞台にしたSF小説を書いてみました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
hytnkn20b5154na6bio1iwqq8qlc_urz_8c_6y_29eo.png
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ