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#匿名SF短編企画  作者: 八雲 辰毘古
▼参加作品
23/33

20:沈降する鯨たち

▼あらすじ

少年ブルーは仲間たちと海中都市マリアナから遺跡探索をする生活を送っていた。ある日、深海の海底都市を探索する機会が巡ってきた。トラブルに見舞われる彼らは無事に探索を終えることができるのか。

 薄暗い海の中、一人の少年が泡を蹴飛ばす。極度の水圧を逃す頑丈な深海服でも隠せない落胆が見て取れる。

 海中移動都市マリアナの水灯が届くギリギリまで立ち止まると、少年は引き返してまた泡を蹴った。


 彼――ブルーは深海服が旧式だからという悲しい理由で振られた。

 気を紛らわせる為の運動で少しは心を立て直すことが出来たが、まだ傷は癒えない。


 しかし、いつまでもこうしてはいられない。

 道を蹴って白い波(ヴァーグブラン)と表記された建物まで泳ぎ、水圧調整室をくぐった先で深海服を床に脱ぎ散らかした。乾ききってない青髪を手櫛で払う。


「なんか面白いもん、ねぇの?」


 彼の切れ目の三白眼はともすれば相手に威圧を与えかねない。しかし、机上に硬貨のタワーを作る少年は慣れたもので、最後の1枚を積もうとしていた。


「っておい、ルージュ、聞いてんのか」


 机を叩くと衝撃で硬貨たちが浮く。特に動揺の見られない彼は赤くうねる髪を撫でつけ崩れた硬貨を再び積み直す。


「君の面白いは僕のつまらないが多いから。例えば恋愛とか」

「んなこと話してねぇだろう!」


 幼馴染みのルージュに見透かされた事実に、彼は羞恥で耳まで赤くなった。


「相変わらず分かりやすいね」

「お前は、皮肉屋だ」

「お褒めいただきどうも」


 昔はもっと素直だった彼の変貌ぶりとプレゼントしたゴーグルを変わらず身に着けている様子に、ブルーは複雑な思いを抱く。

 そのせいか、そばに人が忍び寄っていることに気づかなかった。


「じゃじゃーん!」


 ブルーの肩に手を掛けた青年はジョーヌ。深海服姿のまま遺物とおぼしき黒色の立方体が握られている。


「南方でコレを発見したよ。あと、服はちゃんと扱わないとねー」


 手土産を丁寧に棚へ並べた彼はしっかりと乾燥させた深海服の紐を解いて吊りベルトに掛ける。

 甘いマスクのジョーヌは女子に人気がある。そこはかとない劣等感をやり過ごして、ブルーは言われた通りに深海服を干した。


「さ、お二人にはこの遺物の同定をお願いして、と。私は役所への報告書と食事の準備に勤しむことにしよう」


 金属板に遺跡探索の内容を書き連ねる姿は楽しそうだ。その様子を横目にブルー達は遺物と資料を見比べる。

 太古の技術で作られたこの都市マリアナはいつまで現状維持ができるか分からない。そこで、放棄された都市群から独自の遺失技術を探すよう政府が探索者を職業として認めた。

 ブルー達はその探索者として日々暮らしている。といっても、ジョーヌ以外はまだ見習いだ。


「都市寿命は延びるかなぁ」

「延ばすんだろ、俺達で」


 仕事終わりの一杯を飲む師匠にブルーは答えた。第二の故郷となったこのマリアナまで沈ませない。それが彼の決意だ。



 ※



 そんな日々を送る彼らに一報が舞い込む。


「海底都市の合同探索か……」


 その言葉にブルーは同定の終わらない立方体からジョーヌに視線を移した。彼は金属板を確認して難しい顔をしている。


「海底型は技術の集積所だから、成果を持ち帰れば研究の一助にはなりますよね」

「なら志願しようぜ」


 ルージュの言葉に即答するブルーはやる気に満ち溢れている。一方で師匠のジョーヌは数度筆記棒を動かし未だに難しい顔のままだ。


「気乗りはしないなー、この都市、深海層上部でしょ。マリアナが下降できるギリギリの場所はなぁ」


 海中移動都市は水圧の制限を受ける。そして、探索用の母船と小型船も同様だ。いつ爆縮が起こるか分からない。


「海底都市だろ、だったらむしろ慣れてる」


 ブルーは肌身離さず持っている硬貨を握る。

 唯一故郷から持ち出せたチタン製のそれは、同じ都市出身者に配られた遺留品。

 海底都市は海溝に巻き込まれる形で沈む。

 彼らの出身都市はその運命に抗えなかった。都市が機能不全を起こし、維持できなくなったためだ。


『元気に暮らせよ!』


 そう笑顔で別れを告げた父親を思い出す。

 大切な家族だった。

 マリアナを降ろすには水圧が強く、より頑丈な母船も一度だけの下降しかできなかったそうだ。大人達は我が子をマリアナに託し残ったという。

 当時は何故子ども達だけマリアナに引き取られたのか、両親は見捨てられたのかと恨みもした。


 ルージュは物心ついたばかりでブルー以上に理解できなかった。


『おかあさーん、いやだ、一人にしないで!』


 飛び出そうとする彼をブルーが引き留め宥めすかした。弟のように感じていたから守らねばと気が張っていた。

 ルージュのことは今でも家族のように思っている。これ以上、誰かを失いたくはない。

 その為ならば危険も厭わないとブルーは考えている。


「まあ、まだ辛うじて機能してる都市とは書いてあるけど」

「なら都市内はマリアナと同じだろ」

「でもねー、難易度は変わらないし」


 ジョーヌは椅子を軋ませながら言い淀む。

 業を煮やしたブルーは申請板をひったくり記入事項を埋めた。そして、取り返される前に着替えを済ませたルージュに投げる。

 水圧調整室は一度起動すると数分は出入りが出来ない。一方通行のため先に入った人間が出ていく仕組みだ。


 お互いを理解しているからこその連携プレイ。ブルーは鼻を鳴らしてにやりと笑う。


「俺達一人ひとりは小さな白波程度でも、みんなで合わせりゃでかい波だろ。何でも出来るさ」


 深海服を着こみながらそう嘯く彼にジョーヌは折れた。


「そう言われちゃね、出ないわけにはいかないよねー」


 肩をすくめて自らの深海服を装着する彼もまたあの時の遺児だ。そしてルージュは恐らくジョーヌが一人で申し込むと踏んで先回りをした。三人ともあの光景を繰り返したくないという想いは同じ。その為にこうして足掻いている。



 役所に到着したブルーは深海服のヘルメットを外し、いつもの赤髪を探す。ルージュの癖毛が奥の方に見えた。しかし、そちらは志願者の列ではない。

 不審に思って近づいた彼はルージュ以外にも数名の人影に気付いた。不穏な雰囲気に様子を伺うと、ガタイのいい男がルージュを突き飛ばす。


 瞬間の爆発した怒りにブルーは相手へ飛びかかった。


「おいなにしやがるんだてめぇっ!?」

「やめろブルー!」


 腕を掴まれ寸前のところで殴れなかった彼は男を睨みつける。

 下卑た表情で二人を見下ろし仲間と笑う彼にブルーは見覚えがある。最近、遺跡探索で成果を上げているイライジャだった。


「こいつみたいなヒョロガキに探索なんて無理だろ、早くママのとこに帰りなって親切に教えただけだぜ。あ、ママがいねぇんだったな、ははは!」


 過ぎた侮辱に再度飛びかかろうとしたブルーは騒ぎを聞きつけた職員に咎められた。


「探索者の方々ですね。傷害沙汰の場合は当局に連行しますよ」

「ああ、待ってくださいって。俺達はこの少年が危険な目に遭わないよう説得していたんですわ」


 手慣れた口調でイライジャが説明する。

 確かに未成年の探索は推奨されない。それは事実だ。しかし、この男はルージュの身を案じてあんな事を言ったはずがない。ブルーには分かる。あの目は彼等を見下している目だ。


「こいつは俺達を侮辱したんだ!」

「証拠でもあるのか、お前さんよ」


 証言者になりうる第三者はいない。歯ぎしりをするブルーはこれ以上騒ぎを広げれば不利だと悟り無言になる。

 大分遅れてやってきたジョーヌが二人に頭を下げさせることでこの場は収まった。


「ごめん、走るのは得意じゃなくて。歳かなぁ」

「遅いんだよ!」


 ブルーは辛うじてそれだけ吐き捨て、本題の登録を済ませに並ぶ。それからいそいそと白い波(ヴァーグブラン)に戻る。

 ぎこちない沈黙を破ったのはやはりジョーヌだった。


「本当に面目ない。面倒事になれば私達の方が悪者にされる可能性が高くて謝ってもらったけど、向こうが仕掛けてきたのは分かっているよ」

「だとしても陰湿だろ」


 まだ同定ができない遺物をいじりながらブルーは憤る。ジョーヌの対応が処世術として間違ってはいないと理解はしている。しかし、感情は別物だ。


「あいつらは僕が気に食わないんだ」


 ルージュが眉をしかめて切り出した。


「学生の一部は探索者が稼いでいると思っていて。イライジャの弟が告げ口でもしたんだろう、進学しながら探索者をしている僕の方が目立ってるって難癖をつけてきた」


 ゴーグルの奥で冷めた目をしている彼をブルーは頭の痛い表情で見つめる。


「なら言い返せよ。お前、だんまりだったろ」

「知性のある相手なら話し合うよ」

「それも煽ってる原因だろう!」


 身内以外には優しさが半分以下になるルージュの髪をかき乱して、ブルーはため息をついた。

 やはり一緒に進学するべきだったかと悩む。しかし、さっさと働く方が得だと決めたのは自分だ。ある程度はルージュに成長してもらわないとならない。


「念のために合同探索では区画を離してもらうようお願いしたから一旦は忘れよう」


 いつの間にか役所に話をつけていたらしいジョーヌにブルー達は手際の良さと頼もしさを感じた。


「それで、その遺物の正体は?」

「わかりません。調べたらマンガン団塊を加工したみたいです。継ぎ目もありますが開き方は不明です」


 二人の会話にブルーは手元を見る。

 今までの遺物は建物の一部が欠けたものばかりだった。しかし、自然のマンガン団塊とは異なり光沢のある黒い立方体。そもそも建材に用いられることはない素材だ。


「割ればいいんじゃねぇの?」

「人工物ということは遺失技術の研究に役立ちそうだから却下」

「ふーん。じゃあ、さっさと研究所に提出しようぜ」


 ブルーが粗雑にジョーヌへ遺物を投げる。受け取った彼は少しして首を傾げた。


「この模様は発掘時にはなかった気がするけども、君達が傷つけたのかい?」

「模様なんてありませんでしたよ」

「亀裂じゃねぇの」


 万力で締め付けた覚えのあるブルーはそう結論づけて帰り支度を始めた。あとの仕事は二人に任せるに限る。



 そして探索の日を迎えた。

 急遽、ジョーヌは別グループと行動することになり、下降する母船の中でブルー達二人は小型船の点検を入念に行う。

 イライジャも同乗している。視界に入れないよう努めるブルーに遠くからジョーヌが近づいてくる。


「気にしないで自分のことに集中するんだ」

「分かってる」

「そうそう。ルージュ、これを荷物に入れておいてもらえるかな」

「はい……え?」

「いざという時には、チタン硬貨と一緒に持ってね」


 ルージュの戸惑う声が聞こえたブルーは注水の号令に慌ただしくなり、中身を確認する時間が取れなかった。


 そのまま小型船で遺跡内に降り立つ。

 静謐な遺構の造りにブルーは感心しつつ柱へ触れた。海中で採掘出来ない岩石で作られている。加工も地上で行われたのかもしれない。

 ルージュに懐中水灯を向けられ意識を戻す。時間は限られている。このボンベ内の酸素が尽きるまでに母船に戻らねばならない。


『手早く済ませるぞ』


 海洋手話で合図をし、二人は遺跡の奥に向かう。鯨骨がまばらに転がる街道の残骸は死の都に相応しい装いだ。


 この骸と同類になるかもしれない。


 ブルーはよぎった恐怖をやり過ごして指定された建物内へ入る。大まかな探索は既にされたため、残っているのは優先度が低いものか未発見のものに限られている。

 床に散らばるマリンスノーが水流に巻き上げられて光に照らされた。

 先に石造りの箱を開けるルージュは首を振り次の部屋に移った。


 他のグループは新たな遺物を見つけただろうか。離されたジョーヌのことも気がかりだが、思考を中断してルージュの元へ泳いでいく。


『何もない』

『この辺りは調べ尽くしたか』


 取りこぼしがないように泳ぎ回り、時間切れになった。

 わずかな落胆と徒労感に包まれながら二人は小型船に向かう。


 しかし、停泊位置に船は無かった。


 地面を照らすと繋がれていたはずの錨が途中で断ち切られている。

 すぐ間近に迫る死の気配にブルーは全身が震える。必死に心を落ち着かせ普段から教えられた内容を思い浮かべる。

 まずは現状を冷静に把握すること。

 隣のルージュに目配せすると彼もまた緩慢な動きで泳ぎだす。


 酸素の残量はまだ余裕があるが、救援を待つには足りない。懐中水灯の光も遠くまでは届かない。

 どこかに供給ポイントがあれば生存率は上がる――二人の出した結論は、遺跡内のガス供給室に留まることだった。

 海底都市の構造を思い出しながらどうにか供給室にたどり着いた。


「あれは明らかに人為的なものだ!」


 ヘルメットを投げ捨て珍しくルージュが取り乱す。極度の緊張から解放されたブルーはその様子に同意しつつ冷えた体を温風に当てる。


「動物が当たってちぎれたって線は……やっぱねぇよな」

「海流も遮断されていたはずなんだ、そう簡単に大型動物が来ることはない!」


 相方が激昂すると案外冷静になると発見したブルーは座り込んで彼を見上げる。


「この後どうする。ずっとここに居ても食料もほぼなしじゃ助からないし」

「考えても浮かばない!」


 苛々と赤髪をかきむしるルージュは道具袋を逆さにして漁っている。

 少しして手元に黒い立方体が転がってきた。亀裂がブルーの目にもはっきりとしていて壊れないかの方が心配だ。

 自分の装備に状況を打破するものなど心当たりがない彼は、形見の硬貨を取り出した。

 不思議と感情は凪いでいる。

 両親もこんな気持ちだったのかもしれない。


 とにかくルージュを脱出させる方法を彼は考える。自らの酸素ボンベを渡して探索者がいそうな場所まで行けばあるいは彼だけは助かるかもしれない。


 立ち上がろうとしたブルーは硬貨が擦れる音で遺物の存在を思い出し――光ったことに気づいた。


 そして、声が響いた。


『――、――、――、こんにちは』


「遺物が話して、る?」

『言語確認終了いたしました。こんにちは、鯨骨深海都市補助ユニットです。あなたは都市バレヌの市民ですね。お会いできて光栄です』


 立方体は女性の声のようなものを発する。感情の籠もらない平坦な声だった。


『都市ホエール西部酸素供給フロア。都市機能の稼働状況低。都市内の生存人数、十名』


 呆然と聞き流すブルーと対照的に、ルージュは飛びついた。


「人数と位置が分かるの!?」


 立方体からの肯定が返ってきたところでブルー自身にも希望が蘇った。

 こうして遺物の指示により二人は無事ジョーヌと合流したのであった。



 ※



 ブルーは今日も白い波(ヴァーグブラン)の扉をくぐる。


『鯨骨深海都市構想は西暦2100年国際宇宙生命科学フォーラムにて発表され――』

「お、ノワールを起動してるのか」

『こんにちは、ブルー』

「会話途中で割り込まないで」


 遺物改めノワールと向かい合うルージュが口を尖らせる。彼はもっぱら彼女から聞き取った内容を書き残す作業で手一杯になっている。


「いいじゃねえか、別にまた質問すりゃ答えるだろ」

「未知の知識だらけで追いつけないんだ」


 そう答えるルージュにブルーは適当な相づちを打つ。

 本来ならば研究施設にノワールを送るべきだが、彼らの手元にある理由はこの前の小型船の襲撃だ。

 犯人はイライジャ一味だと錨に取り付けられた記録カメラで明らかになった。はっきりとした証拠と悪意にブルー達はほとぼりが冷めるまで成果を上げるのをためらったのだ。


 それにしても。ジョーヌが密かにあの状況を仕込んだと自白した時に二人は衝撃が走った。

 さらに、真っ先にジョーヌと会えたのも彼がブルー達の動きを予測して救助に向かったからときた。

 ノワールをたまたま起動できたからいいものを、あの時は本当に死ぬかと彼らは絶望しかけたのだ。

 ブルーは怒りを通り越して呆れ混じりになった。


「どんだけ腹黒なんだあいつ」

「ジョーヌさんだからね」


 このまま師として仰いでいいのか疑念が芽生えたブルー達だったが、今回は許すことにした。次は事前説明がなければ彼らは師弟からライバルになるつもりだ。


 ブルーとルージュはお互いに顔を見合わせて――楽しそうに笑った。

Q.あなたにとって〝SFらしさ〟とはなんですか?

A.SF──それは『未知への探求が根底にあるもの』

あるいは『科学技術による変革』


ロマンを追い求める人々の姿はいつも眩しいですね!

全力前進で障害を越えていきましょう!

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