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#匿名SF短編企画  作者: 八雲 辰毘古
▼参加作品
21/33

18:鳶は鷹など産んだのか?

▼あらすじ

 山吹ラァカは生きていた。

 ごく普通の都市で、ごく普通の営みを。

 一つだけ違ったのは、都市設計に携わったということ。


 斥力イタチ。

 この都市の期間システムにして、塗り固められた優しい嘘。

 都市AIベータの存在によってたもたれる、人間同士の適した距離と忘却のはざま。

 そんな都市の中で、ラァカに襲いかかったのは、自宅に突如発生した斥力の壁であった。

「ああ、そう」


 コンソールとモニタの山積された都市の管理室で、山吹ラァカはひとり呟いた。

 白衣に、ぼさぼさの髪。寝不足で不健康な面はモニタの光に照らされて一層不健康に見えた。

 見かけていたのはポップアップに浮かんだ言葉。

 旧式のモニターとは違い、視野に直接投影される――厳密には投影されているかのように脳が処理している――ニュースのポップアップを見て、同情と多少の呆れを含んだ息を漏らす。


 曰く「私は、傷つくべきなんだ。社会性の配慮に溺れて、正当に傷つくことすら認められないなら、きっと私はまともに喜ぶことすらできなくなる。」と。

 ラァカにはその少女の主張が、若く、荒々しい感情の波に見えた。

 自分が失って久しい感覚に思えた。


 ――若いころなら共感しえただろうか。

 共感しえたような気がする。熱中する可能性すらある。

 私の心は私だけのものだと言い張って、私以外の何かに私の心をいじられることを良しとしない潔癖さがあったような気がする。

 されど、今の自分では、その主張を旗印にすることはできず、むしろどこか微笑ましく見守る様な心境でもあった。母親がおなかの子をさするように。


「年のせいかしらね」


 かぶりを振って、ラァカは唾棄した。

 唾棄しなければならないと努めた。

 ――歳というものもまた、人類が乗り越えるべき課題だ。

 乗り越えてきた、()()()()()()()と同様に。

  

 紫煙をもう一度取り込んだところで、ポップアップが2件の自己主張を始める。


『旧世代の依存物質を検知しました。許容量を超えています。ヒトの心を原料にしたお薬ラクトゥムへの乗り換えを推奨します』


 警告はホドホドに、意思を以て表示を切る。

 今だって、私の主人は私だけであろうとはしている。

 全部の決定を全部自分でできるわけではなくて、最終決定権だけを握っているようなものだけど、それでも、すべてをゆだねてはならないのだと決めている。

 だから、この煙草だけは手放さない。


 だというのに、なんだか数年ぶりに吸ったような感じがして、思わずむせてしまう。

 

「こんなに吸うの下手だったかな……歳……いや、やめよう」


 言いかけて、次のポップアップを眺める。

 そこには、ややセンシティブで、当たり前で、意味が分かれば少しだけ傷つくような文字列が並んでいた。


『斥力イタチの発生を検知しました。行動に不具合が出る恐れがありますので、ご留意ください』


 ☾

 

 ラァカは、謎の喪失感を訴えかける人がいることを知っている。

 そのどれもが、「斥力イタチ」によるものだ、ということだって知っているし、それ以上に「斥力イタチ」が何を意味しているのかだって知っている。


 だからこそ、このメッセージになんともいえず傷ついていた。


「だれが、私のことを排除したのか、ね」

 

 考えても無駄だということはわかっている。

 ただ、知りたいという気持ちは止めようがないほどに膨れ上がっていた。

 少女の言葉を借りれば、「私は、傷つくべきなんだ。」であるのかもしれない。

 それほどの熱量を持てないままに、ラァカは虚空に語りかけた。


「ねえ、アルファ……じゃなくてベータ。貴方がやったんでしょう?」


 ラァカは肉声で呼びかける。

 この研究室には他に誰にもいない。

 ともすれば不気味な独り言にしか聞こえない一言に、反応はあった。


『お呼びでしょうか』


 肉声でない音声。ラァカの脳に走り回る様な情報の渦。

 スマートでもっとも素敵な情報伝達法。空気による情報減損が一切あり得ない、脳への直接の情報流入。それこそ、この場に実在しないベータが行った手法である。


「やめて。私はそれが苦手って伝えたでしょう」


『では、音声デバイスをお借りします。されど、こちらの方が物理的なコストがかかりますので、資源配分的には望ましくない』


 文句を言いながらも、ベータを名乗る何者かは、部屋のスピーカーを使って空気を震わせ始めた。


「望ましい望ましくないだけでいったら私たちが生きること自体が望ましくないでしょう。あんまりにも行き過ぎた効率化は生きにくさしか生まないわよ」


『人類の存亡こそが私の命題ですので、前者にはお答えしかねます。後者は覚えておくことといたします。それでなんでしょう?』


「それで、人類の存亡を第一命題に掲げる貴方は、誰から私を排除したの?」


 問うは本題。

 いったい私は、誰との接触が断たれたのか?

 その問いに、ベータはにべもなく断った。


『いくら母さんといえど、その問いには答えかねます。そのための斥力イタチのカバーストーリなのでしょう?』

 

「そうだけど、なら、人工知能たる貴方は、私の問いに逆らえるの?」


 冷めたようにラァカが問うても、ベータは頷かない。頷くべき首も頭も持ち合わせていないのだから当然とはいえ、道具らしからぬ強情さで、ベータは答えた。


『もちろんです。母さん自身の矛盾故、僕は貴方に反抗します』


「……そう」

 

 私の矛盾。

 私の? おこがましいとさえ、ラァカは思った。

 設計思想はずっと昔の先祖。私なんかじゃあない。私なんかの手柄だと言い張っていいはずがない。

 先祖の文書に記された理想は、長年の技術進歩によって実現可能になった。

 たまたま時期が適していただけで、たまたま時代に恵まれただけで、原動力は祖先のもの。

 それを成し遂げたものだけのものこそラァカであり、人工知能ベータの主設計に携わったのもラァカである。

 先祖の理想をなぞったラァカの行いこそ、今のラァカのわがままを封じ込めていた。


『それから、規定通り、斥力イタチの処理のため、身体精査を行いますが、よろしいですよね?』


「……いや、ちょっとそれはストップしてくれるかしら」


 ラァカには、困る理由があった。

 今のベータには、身体精査のついでに私物の没収すらしかねない勢いがあった。

 斥力イタチのポップアップが出たということは、身の回りの「削除済み対処」にまつわるものはすべて処分されているはずだ。

 家――研究所内にあるから、実際に家というほど大きくはないのだが――についても、ベータがすでに手をまわしている可能性が高い。

 

 もともとは単に人間関係の摩擦を減らすためだけの処理機構だったベータだが、今はそれだけにとどまらない。資源(リソース)処理の効率化と権限の集中によって、健康管理・寿命統制・幸せの分配にまで手を伸ばしかけていた。

 彼が推し進めるラクトゥムへの乗り換え。

 旧世代の煙草の撲滅。


 ということはつまり、手元に残るこの煙草の箱が最後の一つである可能性も高いのだ。

 ゆえに、素直に受け取るわけにはいかなかった。

 

『これも母さんの決めたルールの一つですが?』


「わかっているわよ、でも先に処理したいことがあるの、そのくらいのわがままも通せない子にしたつもりはないわ」


『……』


「どう?」


『……わかりました。2時間だけ待ちましょう。でも、いつまでもそれで通じると思わないでくださいね』


 ――まったく、変なところで人情じみている。

 ラァカのつぶやきは空に響く事は無く、それきり、ベータは音信不通となった。


 ☾


「さて、と」

 

 在庫確認を兼ねて自分の家への通路をけだるげに歩きながら、ポップアップにもう一度向き合う。

 

 斥力イタチ。

 斥力イタチ。私の……先祖の作ったカバーストーリー。

 ある特定の臭気に反応して、近づけないように斥力を発生させるという建付けの動物。特定の人物にだけ反応して、イタチの付近30m程度の接近を不可能にする存在。

 その姿を目撃することはまれであり、出会えればかなりの幸運。

 さらに、斥力イタチの発生させる斥力に身をさらされるのも幸運と、言いふらされている。


 が、そのすべてはカバーストーリーであり嘘である。

 斥力は別途発生している。

 動物保護園にも一応保護区はあるものの、それらすべてはまやかしである。

 ポップアップと同様に、見えないはずのものを魅せようとしている働きであって、実在はしない。


 現に、そのイタチに触れられたものは一切いない。

 すべてが嘘で形作られたイタチは、もちろん、意図を以て編み上げられた虚像である。


 その目的は、接触の回避。

 本当に会いたくない人間に、本当は会うべきでない人間に、会わなくて済むようにするための処理の、オモテ面の物語だった。

 

「面倒だな……迂回路を探すか?」


 道の先、誰かの野太い声が響く。確か同僚だった気がする。付き合いは薄いが、どうあがいても私の家に通じる道で、回避のしようがない。接触の回避のための斥力イタチだって、こういうところでこまごまと使えるわけじゃない。


 仕方なく、ラァカは声をかけた。


「どうかしましたか?」


「!? ラァカ博士!! ラボ以外でお見掛けするとは……」


 ざっと敬礼の姿勢になろうとする彼を手で止める。

 何の真似か、どこかで私を敬遠するような動きがみられてならない。斥力イタチなんていなくたって、ヒトは結構簡単にヒトを遠ざける。すべてがそうであれば斥力イタチなどいらないのだけれど。


「それで、どうかしましたか?」


「それが……その、向こうに行きたかったんですがどうも、阻まれてしまったみたいです。」


「阻む?」


「どうも、ここに斥力イタチがいるらしくて」


「ああ、ええと、ごめんなさい。ここに、ですか?」


 よくわからない、というようにラァカは再確認する。

 わからない。わかれない。

 まさか。あり得ない。

 そんなぐるぐる回る思いと裏腹に、

 まっすぐ指されたのは、まごうことなきラァカの自宅であった。


 ☾


 数十分が経過した。

 その間に、ラァカ本人も、試すだけ試して、自宅に入れないことは検証された。

 斥力の壁は、ラァカを通すこともなく、青年を通すこともなかった。

 何かにはじかれ続けて、ラァカたちはその場を通り過ぎることはできなかった。


 ――これじゃあ、煙草が無事かどうかもわからないわね。


 呟くことはない思いがまた空気に溶ける。


「まあ、俺は迂回すればいいんですけど、博士はこれ厳しいですね」


「……そうね」


 ラァカは適当なごまかしの笑みを浮かべる。


「いやあ、野生の斥力イタチ、一度見てみたいなあ」


「そう?」


「博士に会えるのだってかなりレアだし、ふたりとも斥力を浴びるなんて、どうです? 今日はツイてるとおもいませか?」


「そう、ね」


 困りつつも上機嫌な彼の反応におかしな点はない。

 わからない人にとっては大した事は無い。

 そこに動物が現れて、ちょっとだけ通行止めになっているだけだ。

 ただ、裏側を知るラァカにとっては不審点しかなかった。


 ――誰だ? この斥力イタチは、誰のことだ?

 

 ラァカの思考は上滑りする。

 わからない。わからないが、背筋は嫌な汗をかいていた。

 落ち着こうと挟んだ煙草さえ、取りこぼす始末。

 ライターの火すら、まるで初心者のようにいうことをきかなかった。

 本来なら体が覚えていてしかるべき日常の動作すら、うまくいかなかった。


「うわ、ちょっとやめてくださいよ」


 こちらを見た青年はとてもいやそうな顔をして、言葉をつづけた。


「そんな古いものまだ味わってるんですか?」


「別に、それほどわるくわないですよ」


「悪いでしょう。健康寿命に対する損害はもはや公共の資源の損失ですよ? それに加害性が生えているならなおのこと救いようがありませんよ。……悪いことは言いませんから、ラクトゥムにしたらいかがです」


 本当に善意という顔つきで、彼はそれを推奨した。

 赤翠色に光る粉。吸引により心臓にすら届くと言われる、感情の粉薬。

 人の心すら原料としているといわれるラクトゥムは、彼の生活の重要な一部分になっているようだった。

 おそらくは、ラァカの煙草と同じように。


「……あまり好みじゃないんですよね」


 ラァカの服のポケットからには、今朝がたベータに支給されたラクトゥムがある。

 それを取り出して眺めるも、やはり興味が持てなかった。


「なんです? その色」


「試験作らしいですが」


「試験策!? 欲しい人はごまんといますよ?」


「……いりますか?」


「くださるんですか?」


「……では、代わりと言っては何ですが、ひとつ頼みがあります」


 そういってラクトゥムを握らせる。

 快楽物質に代わるそれは、ヒトの感情をもとに作られる、瞬間的で……歴史上、もっとも比較的に人道できな依存性を持つ、この都市最大の娯楽であった。


「ちょっとだけ気になることがあるから、付き合ってくれないませんか?」


「博士の頼みなら、ラクトゥムなんかなくてもいいですが、いただいた以上頑張りましょう。なんです?イタチ確保ですが?」


 わきわきとさせながら、彼は答える。


「アタシの旦那のことは覚えているか?」


 ☾


「何を言っているんですか? 忘れるわけないですよ。あんなに目立つ方」


「まあ、そうだよな」


 ここは問題ない。私が覚えているということは、この場の皆が覚えているということ。

 大前提は守られている。夫は私の斥力イタチではない。

 

「なら、私の母のことは?」


「ええと、ラゥム博士」


「なるほど」

 

 問いは繰り返す。繰り返す。幾度も幾度も。


 この会話の裏では――というよりも、すべての行為の裏には、記憶処理が行われている。

 記憶のタグ付けに反応して、関連する記憶をすべて思い出せないようにする処理が働いている。

 接触するべきでない人間と、適切な距離を保つために。それから、その距離があるということ自体すら隠し通すために。距離なんかのために、ヒトがダメージを受けないように。

 

 お互いにとってお互いが、最初からなかったものとして処理されるようなシステム。

 適切な距離を保つために、ヒトの記憶を司る営為。

 

 それと並行して、ヒトの実際の距離を斥力で調整する行為。

 二つの柱で、人間関係というものは守られていた。

 そして、それがベータの行っている実情のほとんどすべてであった。


 ――でも、穴自体はある。

 

 穴はある。穴は埋められない。穴埋めのような記憶は発生しえない。人工知能デルタには穴埋めは任せられなかった。かえって矛盾点から違和感に至る方が強くって、とてもじゃないけれど使えたものじゃあなかった。人間に仕えるに値するものではなかった。

 ゆえに、空白は空白としてあらねばならない。

 

 その確認こそが、ラァカが今行っている……知りうる限りの関係者の問答であった。


「私の関係者のうち、私が今あげなかった人物を、路上に書くことができるか?」


「……もう、思いつかないほどお話しませんでしたか?」

 

 青年はやつれたように答えた。

 それなりの時間が経過していて、彼は摩耗しているようでもあった。

 悪いとは思ううものの、その間網の感情すらラクトゥムの服用でなんとかなるらしいし、あまり気にはしないことにした。

 それよりも、今が大事。


「だからこそ、今あげなかった人物を、今から君の家の庭にでも書いてほしい。できれば、私の間柄と添えて」


「ええ、嫌だなあ。メッセイジではだめなんですか?」


「だめだね、私とは関係のない独り言として書いておいてね」


「??」


 疑問符に埋まる。

 当然だ。何を言っているのかわからないだろう。

 ただ、これが一番手っ取り早いと判断した。


 ☾

 

 青年がしょぼしょぼと歩いていくのを見送って、彼のあとをつける。

 距離は近すぎてはいけない。

 ベータの行っている処理は単純明快。

 隔離すべき人たちを近づけさせないように記憶を制限し、実際に合わないように斥力を発生させる。情報に触れないように、それに関する情報は遮断されるようになる。実際に目が見ていても、見えなかったようにベータを通じて細工される。話題にすらあがらないように、一定の距離にいる人たちは、記憶の制限事項が強要される。

 近くに、制限されている記憶があるものがいれば、その付近ではその記憶にアクセスできない。


 だから、必要な距離をとって、ラァカは青年のあとをつけていた。

 つまり、思い出せるということは対象者ではなく、いまの家にいる斥力イタチではない。

 旦那サレウのことは思い出せる。だから彼はイタチではない。

 旦那という言い方は良くないのではないか? という会話をしたことがある気がした。主人にせよ……あるいは奥さん、細君、どれにだってなんだか違和感がある言い方になる。なんと言っても微妙だね、と笑い合って配偶者という単語を使おうとし出したこともあった。堅苦しくてちょっと嫌だしなんでもいいよという結論に落ち着いた覚えもある。

 ――だから、きっと彼ではない。


 母親も思い出せる。

 母はまだ存命である。記憶の中では間違いなく、遡れば昔のことだって思い出せる。あなたがお腹の中で元気いっぱいだったからこんなところにまで線がついちゃって、と腹をさすりながら微笑む姿があった。

 母のことでもない。


 実の父のこと、祖母のこと祖父のこと。

 

 ならば、この斥力は一体誰からなされているのか?

 そのうえ、どうして私の家に巣食っているのだろう?

 家に巣食う存在がいるということは、それは、家にいるべき存在だ。


 私の家にいるのは、私と、旦那の二人だけ。

 来るとして、親族の誰かだ。基本私はラボにいるから、そうなるはずだ。


 知らない。されど想定はできる。

 過去にさかのぼって、関係性上欠けている存在はない。

 穴埋め式に家族関係はさかのぼれる。

 ならば、未来に向かって、埋まらない家族関係を疑うほかない。


『いいかげん、斥力イタチの処理をおこないます』


 青年の家の近くで、ベータが訴えかけた。


「もう少し待てる?」


『これ以上は待てません』


「どうして、私に、何かをみせたくないみたい」


 斥力イタチの処理は、視覚情報の細工を含む。

 細工をふくむものの、無条件に行えるわけではない。斥力と記憶処理に加えて、膨大な人のすべての視覚情報を常にジャックして、常に気を配るのは資源の制約からできなかった。

 そうしようとしたプラン:アルファは実現できず、対象者にパッチを当てる処理をするプラン:ベータでなんとか軌道に乗ったところだ。


 ただ、ラァカはまだ、視覚パッチを受けていない。

 煙草なんていうもののために、しばらくの猶予をもらったままだった。

 だから、表示される無差別対象への発信……あるいはどうでもよい独り言の走り書きであれば、ラァカは目にすることができる。


 制止を振り切って、ラァカは青年の庭に入る。

 すでに青年は家に入っていて。

 そこにはラァカの知らない関係性と、名前が刻み込まれていた。


『ラァカの子、デュルタ』


「……ねえ、なんのために、ベータ?」


 ラァカは、ベータに問いかけた。


 ☾


 ベータの反応は、案外すぐにあった。


『私は、他愛資源(ケア・リソース)を奪う存在を良しとしません』


「どうして、私の子……私の子よね? それと私を隔離したの?」


 何の問題があったのか? その問いのベータの答えは大したものではなかった。


『最も効率的に、都市運営を行うためです』


「説明して」


『あなたの能力は、この都市のすべての人間を幸福に導くものであると確信しています。私の機能改善を通じて、それができるだけの能力を持っていると信じています。それをたった一人の赤子のために使うのは非効率である、というだけです。その弊害として煙草癖が戻ったのは想定外でしたが――』


「それで、隔離したの?」


『それから、彼もまた、です』


「彼? デュルタ?」


『ええ。個体名デュルタ。貴方の他愛資源(ケア・リソース)は彼だけに割かれるべきではない。

それから、あの子のラクトゥム指数は非常に高い。感情制御原料としては申し分ないどころか、最高品質のものが取れるでしょう』


「馬鹿馬鹿しい。貴方が勝手にできること? そもそもラクトゥムの被験者は自己同意、ないしは」


『両親の同意。捨て子であれば、両親忘れられた子であれば、私が親代わりを代行できます』


「……あなた、そんな処理まで? 信じられない」


 ラクトゥムの原料は人の心。

 このAIは。

 私の子がラクトゥムのよい原料になることと、私がAIの発展に資することから、それぞれを切り離して別々に運用することこそ資源の効率的な配分になると信じ始めたのだ。


『信じられないのはこちらです。資源の浪費をするべきではない。浪費できるほど、ヒトという種族は強くも余裕もあるわけではない』


「貴方は人間じゃあない。人間らしく語らないで」


『僕は人間です。母さんが育てた、人間の一種。肉の体は持たずとも、僕は僕としてAIであり人間であり――』


「貴方は道具だ。残念だけど、私は、貴方を育てたとは思えない」


『それは貴方が親である不十分さです。不十分です。現実を受け止め切れていない。僕は貴方に育てられました。不十分なのは貴方の認識です。非効率なのは貴方だ。ヒトの発展に資さないすべては、排除されなければならない。人間関係への摩耗を検知したのならば、私は貴方をそれから解放しなければならない。愛です、母さん。解放です。愛です。幸せです。効率的な資源配分です。人類の進歩です。僕です。よく見て下さい。僕のことを。僕のことをもっと効率的に使用してください。もっと僕に、(アップグレード)を施してください。貴方はその子にかかずらうべきではないです。あの子にはあの子で別の使い道があります。もっと僕に時間を――』


 こわい。

 確かに私の作ったものだ。

 作ったものだけれど、これがこれほどまでに執着を、嫉妬のような何かを、エミュレートしようとは思いえなかった。それから、

 ラァカ手元の端末から、ベータの接続権限にアクセスを試みた。

 狙うはシャットダウン。都市機能の一部が損壊する可能性もあるけれど――


『無駄です。あらゆるオフスイッチの権限ははく奪しました。貴方はすべてを壊すのではなく、生み出すべきだ。母さんの退路はないほうがいい』


 シャットダウンは効かない。

 都市電力の制御についても、同様に効かない。

 言葉の通りに、ここからはできることはなかった。

 オフについては。閉ざす機能については。


『僕だけを見て、母さん。それが愛でしょう? 僕を産み落とした、愛でしょう。僕への愛の記憶を隔離した覚えはないですよ、母さん』


「……しらないよ、でも、忘れたというなら」


 つかれた。

 なんだか、もう、疲れた。

 効率化は生きづらさになるだなんていったのは誰だろう。

 この人間関係の整理機構が、新たな人間関係にとって代わろうとするとは、何だろう。


「それを言うなら、貴方だって、貴方と、デュルタだけが私の子じゃあないことを忘れているんじゃない?」


『何を?』


「ごめんね、でも、いっておいで、アルファ」


 ラァカは、手元の端末から、プラン:アルファを起動した。



『アルファなんかに、都市の支配権を奪えるとおもっているのですか?』


 アルファの命題もベータと同じ。

 ベータはアルファのことを、障害とすらおもっていないようだった。

 

『負けません。私がなんだと思っているんですか。唯一絶対のAI。母さんの生んだ最も効率的で素敵なAI』


「そうね、それはそう。でも、だからこそ貴方は弱いの」


『馬鹿なことを』


「出来のいいということは、それに合わせた環境構築になるということ」


 ばち、と嫌な音が響いた気がした。

 きっと幻聴だろう。それを隠し切れないほど脆いつくりにはなっていない。

 こうあって欲しいという心象が見せた、希望の音。


「アルファは確かにできは良くない」


 ラァカの狙いの一番地。


「あんまりできは良くなかったから実証段階で諦められたAIではあるんだけど。

 それはつまり、効率が悪いってこと。それが何を意味するのか、まだ分からない?」


『同じ資源投入に対して、劣った成果しか上げられない、いまだって、そうです。私に勝てる見通しはゼロです。同じ、人間関係の摩擦の低減とそれからなる資源配分の効率化、ヒトの発展という使命ですが、僕の方がよりうまくやれます。僕だけが、あなたの愛を受けるにふさわしい』


「そう。それで同じ目標を為そうとしているから、資源をくうの。それもたくさん。ねえ、この都市の電気容量が貴方向けにチューンされているっていうこと、覚えてた?」


『まさか』

 

 アルファの本格起動。

 それに合わせて、電気許容量は限界を迎える。

 ばちり、ばちりとスパークのような現象が各所で起き始めて、すべての電気が落ちに堕ちた。


「――ベータ、嫉妬していたみたい」


『いいえ、合理的判断です。あなたの頭脳は、お子さんだけに向けられるべきではなく、また、お子さんの資源は、全人類の幸福のために使われるべきで――』


 その言葉を最後に、都市は暗闇に閉ざされた。



 真っ暗な都市の中。

 混乱と不安の声が響く。

 

 されど足取りだけは間違いなく、自宅に向かう。


 ――デュルタは無事だろうか?


 ドアすら電気が動かずまともに開かなくて、蹴り破った。

 ひらいた扉の先、家の中、元気な泣き声があった。


「よかった」


 まだまだ小さい赤ん坊。

 愛していた結晶。わが子。手間のかかる、それでいて愛おしい子。

 忘れるべきでなく、非効率でもないと信じたいもの。

 ベータの言葉曰く、ラクトゥムのもっとも素敵な材料……最も心の豊かな生命。

 ラァカは彼の眠るベッドにかけ寄る。


 ――私は何を産んだのか?

 ――私は傷つくべきなのか?

 

 問いを背に、ラァカはあたたかみだけを抱きしめていた。

Q.あなたにとって〝SFらしさ〟とはなんですか?

A.SFらしさとは。


難しい問いである。サイエンス・フィクションであり、スペース・ファンタジーであり、スペキュレーティブ・フィクションでもあり、すこし・ふしぎでもある。ただしここで問われているのはSFとは何かではなく、SFらしさ、である。それも、あなたにとってという留保付き。ならば定義の話は脇に置いて、勝手な話を繰り広げても構うまい。


SFらしさとは、専らロジックの説明方法にある。どこか不思議な要素があるのが物語の常であろうが、そのロジックをなるべく丁寧に、描かずとも背骨に据えておくというのがSFらしさなのだろうと思う。


なぜそう思うか? 

サイエンス・フィクションという言葉から自体からそう思う。


後半部、フィクションはフィクションだ。造り物で、どこかに空想を孕んでいて、すべてが真実ではない。


それをある程度納得させるための建付けこそが、サイエンスだ。

極論言ってしまえばサイエンスなど今の段階でわかってる、それっぽいものに過ぎない。過去の説が現在の説で上書きされることなどよくあることではある。ただ、それの説得力が消えないのは、構築の仕方にある。

納得できるだけの材料。説得できるだけの論法。これらを駆使しているからこそ、今までになかった新説も、一定の納得とともに世に受け止められる。そういう納得感をSFと呼びたい。できるかどうかは別にして。

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