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#匿名SF短編企画  作者: 八雲 辰毘古
▼参加作品
19/33

16:八雲さまがみてる。

▼あらすじ

⭐︎ やくみて ⭐︎

 人類はしぶとい。第三次世界大戦により世界中で大量破壊が行われ、地上から建造物、知識、歴史、そして人を含む動植物の命が多く消失した。けれど、それでも被害を免れた一部の人類が営みを絶やさずに地球上で暮らし――今年で戦後100年となる。


『では次のニュースです。我が国、日本(ひのもと)代表の武士たちが岐埠羽嶋空港からYASUKEに出場するべく今朝、出国いたしました。今年の開催地は米国(コメリカ)主都、ワンシントとなっており――』


 この戦争による被害は過去最大、世界中の首都機能は壊滅、各国の主要な政治家たちは様々な理由により命を落とし、賠償額は天文学的な数字に膨れ上がった――結果、責任を取る者がいない痛み分けでの終戦となった。


 勝者不在のこの戦争は歴史・宗教を含めた領土問題と、擦りすぎたお金の、資本主義のリセットをもたらした。かつて存在していた国々は国名を変えてその賠償を全てなかったことにし――同じ過ちを犯さぬよう、かつて仮想通貨と呼ばれたものに使われていた技術を用い、正式な共通新通貨と改変不能な歴史認識を統合共有することで遺恨への不可逆的平和を実現した。そしてそれは今も続いている。


「おっ、今年のYASUKEに王谷(おおや)が出るってよ」

「へー、王谷さんが出るなら応援しようかなー。あっ、トリュフフォアグラキャビア松茸入りカフェオレ! こんなのあるんだ。ねぇ、この一番高いの頼んでいい?」


 小さな箱の上に投影カードを一枚テーブルに置き、腕時計型デバイスから飛ばした[梅干しの国旗を振っている国民に見送られながら代表らが旅客機に乗り込む]ニュース映像を見ているカップル客を前に、この喫茶店で働くバイト店員の私、白澤(しらさわ)涼音(すずね)はただただ注文を待っていた。

 

「さすがに勘弁。てか高級食材を混ぜりゃいいってもんじゃないだろ。それよりもこっちのアールグレイにしない?」

「えー、今日はアールグレイの気分じゃないんだけどー」

「……あの、ご注文が決まってから呼んでいただいてもよろしいでしょうか」


 バカップルの決まらない注文を待つのも限界を迎え、口を挟んでしまった私は今でも疑問に思う。半世紀前はタブレット端末からの注文が普通だったそうだがどうして世界は時代に逆行したのだろうか……と。


「あ、わりーな。もうちょっと時間かかるわ。また後で頼むよ」

「目移りしちゃってごめんねー? どれもこれも飲んでみたいのばっかりなんだよねー。素敵()なお店よ、まったく♪」

「……では、失礼します。今度は注文が決まってからお願いしますね」


 頭を下げてカウンター内へと戻るとマスターから「はい、これをあちらのお客さまによろしくね」とすぐさま別の仕事を振られた。今日のシフトは私一人なのでマスターも私を待っていたのかもしれない。給料に見合うようその後も指示された仕事をこなしているとあっという間にバイト契約終了の時間になった。


「はい、今日の給料。1,030円の6時間で6,180円だよ」

「ありがとうございます」


 マスターから差し出された給料明細を指でなぞる。日払いの給料が数字として空中に浮かび、指先から体の中へと取り込まれ、私という存在に6,180円の価値が加算される。正確には白澤涼音というデータベースの価値がその分だけ上がるのだが、同じことだ。生体認証で起動できる個人証明カードを起動すると更新履歴に[マスターより給与+6,180円]と記載されていた。


「……確かに受け取りました」

「浮かない顔だね。悩みがあるなら話くらい聞くよ?」


 私たちは生まれた時に埋め込まれた生体認証チップにより人生を資産価値と共に“八雲”に記録されている。

 

 かつてG7と呼ばれた主要7カ国は歴史、国債を第三次世界大戦で国ごと清算した。そして、戦争の理由となった資源、宗教、そして歴史の軋轢(あつれき)を取り除くため、生き残った各国のエンジニアたちは協力してまっさらなクラウドに共通新通貨と共通の歴史認識を創造し、そこへ各国保有のクラウドからリアルタイムで同期・自動更新が行われる仕組みを作ったのだ。


「私は何のために働いているのかな、と」

「お金のため……という答え以外を、白澤さんは求めているのかな?」

「はい。戦後の復興、発展は先人のテクノロジーあってのこと。それこそ人類が一つとなって築き上げたのが八雲ですよね?」


 旧G7、それぞれの歴史、技術、資産の全てを纏めたそのデータバンクは、8つ目のビッククラウドと、幾重にも重なった雲という本来の意味が込められた“八雲(やくも)”と名付けられ、各国の持つクラウドサーバーのみをアクセスポイントにして共に宇宙へと打ち上げられた。戦後もデータを蓄積しつづけたそのクラウドに保存された知識があれば人は自由に生きられるはずだ、なのに。


「……今日いらしていたカップルのお客さまもそうですけど、どうしてムダに人の時間を奪うのかなと。労働の対価に金銭が発生するのなら、技術が叢雲(むらくも)や八雲にあるのに最適化されていない業務は何のためにあるのか考えていました」


 世界の共通財産である八雲はともかく自国のクラウド(叢雲)から便利な技術を再現していいはずだ……なのに私たちはムダな仕事をしている。マスターの実年齢は知らないが、穏やかな男性で歳は60後半くらいだと思う。色々と経験してきたであろうこの人なら答えをくれるのではないかと期待を込め、少し迷ったが、自分の中に生まれていた疑問をマスターに投げかける。


「ムダに時間を奪う、ですか。喫茶店という場所代も料金に含まれているので白澤さんのその時間にもちゃんとお客様からお金は支払われていますよ」

「……その発想はなかったです」

「叢雲の閲覧をさせないのは、この国は人の繋がりを大事にしているからでしょうか。接客も大切な繋がりですからね――はい、いつも頑張ってくれている白澤さんにサービスです」


 マスターはミルクを差し出して座るするように促した。私はそれに従い着席し一口、口をつける。少しだけ暖かなミルクだ。控えめで優しい甘さが口の中に広がってすごく落ち着く。マスターはそれを見て満足そうな顔をしてから「この国はやりすぎかもですが、どこもそうですよ」と話を続ける。


「あとは――そうですね、最適化され自動化した世界を見てきたから今の為政者たちは利便性を制限してムダを生み出した、なんてこともあるかもしれませんね」

「見てきた……クラウドに人類の全てが保存されているから……」

「えぇ、利便も過ぎれば毒となります。白澤さんの問いに私なりに答えるなら“人が人であるため”――ただ生きているだけの家畜にならないようにするため、ですかね」


 長袖が濡れないよう腕に防水布を巻いた状態で食器を洗いながらマスターは「ここからは私の見てきた景色で主観ではあるのですが」と一言だけ加えて、そのことについてマスターの見てきた時代を聞かせてくれた。


 半世紀前は今よりも便利な世の中で、人々はただただ遊んでいるだけだった。新種のミドリムシから発見された新再生エネルギーは文字通り、永遠のエネルギーとなり娯楽は生成AIにより自己完結となった。そんな世の中では人々が出会う(、、、)ということもなく労働によって価値を生み出すことなく。、それどころか出生率も急激に低下していったらしい。


「そんな状況で国はどうなるかわかりますか?」

「国力の低下……ですか」

「そうです。人の価値を貨幣換算し国力、人財力として国の信頼と為す。共同通貨となったことで国債の発行は人財力を参照に各国で上限が決められています」

 

 旧G7各国は生体認証チップにより国民の管理をしている。表向きは八雲への記録データのバックアップと先に自国のクラウドにデータを保管するため。国とは人だ、という理念のもとに現在ある国々では国として存続するためには国民の過半数の支持を要求されている。その過半数(51%)を維持するのは国を守るためなので管理が必要というのが建前だ。そしてもう一つの理由が各国が自国の力を人財力として競うためだ。

 

「浪費しかしない国になってしまうのを防ぐためにでしたが、まあ……なってしまったわけですね――なので私の子どものころの時代では当然、資産価値など大半の大人にはなく、人の存在は無価値と成り果てました。生きているだけで偉いなんてことはないんです。必死に生きている人が偉いんです。これは自論ですけどね」


 そう言って徐ろに腕まくりをする。マスターが水洗いをする時でも腕を見せない理由がそこにあった。


「その焼印……」


 現れたのは梅干しの焼印。その怠惰な時代に人財力を底上げする裏ワザとして、自国のクラウドを八雲に挟まないことで他国の情報を人間を介して取得し、その能力を持った国家直属の人財を国旗の焼印を入れて働かせたらしい……と噂があったが、マスターの焼印を見て事実だったと悟った。

 

「えぇ、八雲に保存された優秀な方の技術をいくつか脳と神経に刻まれて生み出された被験者です。とはいえ、こうして今では自由を買えているので悪くはないですが」


 効率よく働くことも、ムダなことも、体を休めたり遊ぶことも。人間には全て大切な要素だとマスターは言う。けれど、それはマスターが生きてきて得たことだ。だからきっと今、喫茶店という休むための場所を提供しているのだろう。


「私にも自分らしい生き方が見つかるでしょうか?」

「見つかりますよ。視野を狭めずに何事にも興味を持ってください。旅をする、なんてのもいいかもしれませんね」


 ◇


 そんな会話をしたのを“八雲”に残った自己記憶領域にアクセスして思い出す。あのバイトをしていた学生時代は平和だった。マスターの勧めもあり、浮遊するバイクに乗り旅をした。


 バイクや車が浮いていたのは道路を痛めないため、けれど力場の定期メンテナンスなんかは人の手だった。畑仕事も人力と機械化、バランスをとっていて――人は労働というものにだけ人生を捧げなくていい、けれど自らも価値を示せるようになっている素敵な時代(世界)だと、旅をしてマスターの言葉を噛み締めた。


「若かったわね。私も――けれど、素敵な時代だった……」


 けれど今はどうだ。人は再び自動化を、怠惰に生きることを願い、旧G7のうち3カ国が自国の持つクラウドから八雲への自由アクセスを次々と解放していった。その結果がこれだ。大型の機械が並んだ部屋には巨大モニターがあり、何かを分析しているのか文字が凄まじい速度で流れている。


「おい、灯里(あかり)! マスターピースはどうなった!」

翔太(しょうた)、まだ灯里ちゃんは接続が繋がってるかもしれないしの! 激しくしないで!」

「けどよ! 早くしないと御雲教団(みくもきょうだん)の連中が!」

「――っ! 灯里? 私は涼音……うっ!」


 国際的宗教となった教団は働かなくていい(怠惰な)環境を提供する代わりに生体認証チップの委譲を信者に求め、現在では3カ国の実権とともに、八雲へのアクセスポイントも兼ねているセブンス・クラウド(旧G7のクラウド)を掌握。それにより、八雲へ保存される情報を好きに書き換えられる割合までもう少しという、51%の攻撃(悪意)の脅威に晒された。だから私たちは……っ!


「八雲が乗っ取られる前に解放する、私は……喫茶店のアルバイト……」


 違う、彼女の記憶に引っ張られるな!


 私は十守雲景(じゅっしゅうんけい)の実行部隊、“うね雲”の一員として教団の51%掌握は阻止しないと……なのに白澤涼音の記憶という情報の波に晒されたためか頭がぐわんぐわんする。ここは教団が保有するクラウドに納められた知識を検索する施設なのは覚えている……けれど名前が思い出せない既視感のある見知らぬ男女に灯里と呼ばれている……私は……誰?


「ところで……あなたたちは?」

「なあ、嘘だろ? 正気に戻れよ! 灯里っ!」

「――っう。うる……さい……」


 翔太(、、)が私の肩を掴んで必死に叫ぶが、そんな耳元でやらないで欲しい。余計に気持ち悪くなる。……そう、彼は五十嵐翔太だ。そして私は花守灯里(、、、、)、だけど……記憶にある白澤涼音、彼女の時代の様子が重なって視界に映り、画面酔いのような状態でうまく立てずにふらつき、しゃがみこんでから頭を押さえる。


「ちょっと大丈夫!? 仕方がない。翔太、灯里ちゃんにちゅーしなさい」

「ちゅーだとっ!?」

「だってあなた、ちゅー1回は50,000円って言われたんでしょ? ならちゅーで人財(お金)のやり取りが発生するわ。だからちゅーしなさい、翔太」


 ――記憶が徐々に整理されて私が花村灯里だというのを思い出す。両親が教団へ全財産を寄付し、私を残してコールドスリープによる夢の世界へと旅立った。私は家族を取り戻すために組織へ入ったのだ。こんなところで倒れるわけにはいかない。


「お……かーさん……おとーさん……待って……て……」


 頭を押さえて蹲っている間に美彩(みさ)さんは弟の翔太へとんでもないことを吹き込み始めた。けれど頭痛がひどくて反論ができない。必死に自分を保ちながらも二人の会話に耳を傾ける。


「お金からデータベースにアクセスしてこれなのよ? あんたからお金を受け取れば灯里ちゃんの意識が戻るかもしれないわ」

「なるほど! 確かに俺と金銭交換をすれば灯里が戻って来るのかもしれない――けど! ちゅーはないだろバカ姉貴!」

「何に金銭が発生させられるか彼女から提示されてないのよ? 記憶の混乱も見られるし確実な方法で急いだ方がいいわ」


 翔太が葛藤していると美彩さんが先ほどの演技とは違い、本気で真面目に急かす。周囲の音に気を配るとモーターの駆動音のようなのが聞こえ、何かが近づいてくる気配を感じた。


「焦ったいわね! 隠れるわよ!」

「あっ」

「いきなりなにすんだバ――」

『『イジョウケンチ、イジョウケンチ、ゲンバチョウサ、ゲンバチョウサ』』


 美彩さんが私と翔太の腕を取って物陰に隠れると、すぐに二体の円柱型のロボットが姿を見せた。どうやら生体認証チップで侵入者を探しているようで、私たちの存在は国や八雲とは現在接続されていない私たちの存在には姿を直接見てないため気付いていないみたいだ。


「くそ、やるしかないのか……灯里、ごめん!」

「はぁ……、私の弟のくせに判断が遅いわ。灯里ちゃん、もう平気なんでしょ?」

「あ、はい。白澤さんからの記憶汚染は治りました。本部にマスターピースを送信しておきますね」

「なら早く言えよ!」


 翔太をイジるのは美彩さんの趣味だ。確かにキスしたら50,000円と昔に言ったことがあるが、それをこのタイミングで引っ張ってくるとは思わなかった。なんとか自力で落ち着けたけれど、もしあのまま記憶の上書きがされて白澤涼音としての私になっていたと思うとゾッとする。


「静かに。それと灯里ちゃんが怖がってるじゃない。私も前にやったけど、自分が自分じゃなくなりかけたって気付いた瞬間は本当に恐ろしかったわ。もっと優しくしてあげてもいいんじゃない?」


 その人が稼いだお金は生きた証だ。人から人へと移動するそれを、私たちは金銭交換を用いてお金に刻まれた個人情報を集めている。その際、人生の追体験がさきほどのように発生することがある。そうこうしてマスターの稼いだお金の51%取得することで叢雲(日本のクラウド)にある彼の生体認証チップへのアクセス権を獲得し、マスター本人の能力(ちから)を解析、それを元に八雲へ直接アクセスするのを目的として結成された。

 

十守雲景(じゅっしゅうんけい)の存在はまだ知られるわけにいかないわ。万が一の時は元の叢雲(むらくも)に個人情報を戻しすのを忘れないで」

「はい、わかり〈ドーンッ!!〉――っ!」

『『グワーーー』』

 

 チームリーダーである美彩さんの指示に返事をしようとした時、壁が爆発して見回りのロボットが吹き飛んだ。ころころ転がっていく


「お主ら何者じゃ? 信者、ではないようじゃが――妾の国で何をしておる」


 その壊された壁から現れたのはピンク髪で背の高い美しい女性で、今、世界で一番の有名人だった。

 

「……教祖、桜田ミリファ」

「である。はよー答えよ」

「確かに教団の設備を使わせてもらったけど、お前の国じゃねーから」


 桜田(さくらだ)ミリファ。御雲教団の教祖であり年齢不詳の女性で、生体認証されたデータが残っているのは戦後50年あたりから。すでに200年近く生きている計算になるが姿は一切変わっていないらしい。


「生意気なガキめ。お主らが129年前にこの図書館へ立ち寄った、白澤涼音という人物のデータにアクセスしたのはわかっておる。何を企んでおる」

「言うわけないだろ? 大体、なんでそんなことまでわかるんだよ。昔に存在した機械人(アンドロイド)でもあるまいし、ずっと回路が繋ぎっぱなしとかだったりするのか? いや、噂の年齢が本当なら機械人か。人間だったら延命治療は最低限だもんな」


 翔太がミリファを挑発しながら私に逃げろと目配せをする。一方で美彩さんはポケットに手を入れたまま一言も発さず、ことの成り行きを見ているように感じた――が、ミリファは美彩さんの方をギロリと睨んだ。


「おい、そこの女、《4989 889》とはどういう意味だ?」

「さあ、なんのことかしら?」


 ミリファが知らないそれは私たちが見つけたすでに失われた機械(ロストガジェット)、ポケットベルで使われた独特の文字法則での暗号文。その数字の意味は《四苦八苦(困ってる)、早く》で、本部からの救難信号を受けて近くにいる諜報部隊の“いわし雲”と援護部隊の“巻雲”あたりがすぐに来てくれるはずだ。


 ――そう思っていると不意に、ブンッという音と共に見知った人の顔が映し出された。


「美彩、もういいわよ」

「……え、沙月さん?」

「へー、あんたがこいつに顔を晒すってことは終わったんだ」


 穏やかで優しそうな顔をしているその人、紫雲寺(しうんじ)沙月(さつき)は髪を掻き上げ、赤に染めたインナーカラーを見せびらかす。この仕草は何度か見たことのある――勝利宣言だ。

 

「灯里ちゃん、最後のピースをありがとう。おかげで目標に届いたわ。マスターと呼ばれる人物の解析終了、直接のアクセスにより私たち十守雲景の持つ10のクラウドが八雲に繋がり、17あるクラウドの51%以上を掌握しました。この意味、あなたならわかりますよね?」


 先ほどまでとは打って変わり、余裕のない表情を見せたミリファとは対照的に沙月さんがどんどん種明かしをしていく。彼女が解放した三つのクラウドも閉じられ、自分の中にインストールした(入れた)情報しか使えなくなっているらしい。


「八雲は人類の叡智! 妾でも閲覧できぬのにどうやって好き勝手しておるのだ!」

「人工知能にはわからないかもしれないけど、過去の叡智なんて人はいつか越えるわ。それが私たちだっただけよ」

「人は怠惰に暮らすべきなのだ。でなければ私の存在理由がガGA――」

「八雲で調べてたわ。あなたは機械人、日本と同じように労働力不足を補う為、露子亜(ロツア)が開発したロボットよ。ちなみに、生体認証システムに記録が残るようになったのは死人からチップを奪ったからね」


 想定外の事態に文字通りフリーズした教祖ミリファから一瞬、黒い目の光が失われたが、すぐに赤い瞳となって輝きを取り戻す。

 

「……八雲様はいつ、いかなる時も我々を見ていらっしゃる。我々の祈りが届いた時、その神の如き知識は解放され、楽園に辿り着く。約束の日は近――」

「そんな日は来ません! 働かなくてよくなるのは素晴らしいことかも知れない、けど! 生きる目的も失われちゃう!」


 再起動したミリファに私らしくない強い言葉で断言する。白澤涼音、彼女の人生を見てわかったのだ。人も自らの価値を世界に示してこそ生きていると言えるのだと。それがたとえ――どんな過酷なものだろうと、生きるのも死ぬのも、全部ひっくるめて選択の自由なのだと。

 

「なら永遠に眠るといい――お前の両親のよ――」

「残念〜♪ 八雲から逆アクセスしてあなたの生体認証をクラウドネットワークから外させてもらったわ」


 私に手のひらを向け、何かを放とうとしていたミリファは沙月さんによって言葉を遮られる。恐らく先ほど壁を爆破した何かを起こそうとしたのだろうがその言葉を聞いてミリファは固まってしまった。


「ニトログリセリンでも配合しようとしたの? もう演算して狙った化学反応は起こせないでしょ。終わりよ」

「……コロシテヤRU。ヤクソク ヲ ジャマスル ヤツラハ ミナゴロシ DA!」

「きゃっ!」

「――させるかよ!」


 ヤケになったミリファの腕が裂けて2本の刀が姿を現し、そのまま勢いよく私へと突っ込んでくる。けれど、壊れた棒状の機械部品を手にした翔太がその間に割り込んで攻撃を防いだ。

 

「その二刀流と動き、もしかして王谷さんのマネか? 情報だけ手に入れても無駄ってのを自分で学ぶってのは皮肉だな。いや、学ぶ、ということもわからないか」

「ぐがAaaa!!!」


 そのまま反撃に転じ、翔太が滅多撃ちする。人が儚い存在だからだろうか、人に擬態した機械人は脆かった。生体認証によりロボット三原則の外にいる彼女はすでに自己矛盾の塊だったが、このような行動を起こしたのは人とロボット、両方の幸福を目指した結果のように思えた。


「俺は武士として鍛えてきたんだ! いつか王谷さんを超えるためにな! 偽物なんかに負けるわけねーだろっ!!!」


 胴に入った鋭い一撃を翔太が最後まで振り抜き、勝負は着いた。回路がショートしたのかバチバチとその凹んだ部分から聞こえる。まともにもう動くことはできないだろう。


「どんなに凄い人が凄い記録を作ってたとしても、いつかそれを塗り替えるのが人間なんだよ。機械にはわからねーかもだけどな」

「翔太……それさっき沙月さんが言ってたよ」

「ギギ……ガガ……わ……り……」


 私たちは世界の危機を知って人類を救おうとしたわけではない。結果がただそうなっただけだ。データ共有の行き着く先にあるのは自他の境界線の破壊、それは翔太や沙月さんの言うような成長を止めるという意味もあるが――。


「わからないなりのドキドキは――私だけの気持ちだから」


 それが私たち、十守雲景の戦ってきた理由だ。自分という存在を守り、そして――大切な人たちの存在を守る。そうすることで個としての気持ちを持ち続けるこたができるから。


「それってどういう意味かしらね〜?」

「っ! 美彩さん!?」

「灯里ちゃんが義妹(いもうと)になってくれると私も安心するな〜」


 独り言を拾われ焦っていると翔太が近付いてきた。

 

「おい姉貴! 灯里が襲われたっていうのにどこに行ってたんだよ! 灯里、大丈夫か?」

「う、うん。翔太が守ってくれたから平気。それよりも美彩さん、本当にどこへ行っていたんですか?」


 翔太と桜田ミリファに目を奪われていたが、確かに美彩さんの姿を私も途中から見ていないことに気付いた。おまけに後ろに知らない人が二人いる。それについて尋ねると「彼らに後処理の依頼をしに行ってたの。いわし雲と巻雲の二人よ」と紹介してくれた。


「こいつが何するかわからないし、早いとこ拘束して溶鉱炉に突き落としとかないとね」

「ki、きさまら――」

『『ゴミハッケン、ゴミハッケン。イジョウハイジョ、カイシ、カイシ』』

「こら、何をする! 妾はゴミではな――〈ぽんっ〉」


 スッとやってきた見回りロボットは合体して巨大なゴミ箱となりミリファを閉じ込めた。


『『ショウキャク、ブンカイ、ブンカイカンリョウ』』

「……さ、帰ろか」

「はい。いこう、翔太」

「お、おう」


 私たちの戦いは終わった。あとは他のメンバーがなんか上手い感じにどうにかしてくれるだろう。


 その後――。

 

 十守雲景と旧G7が持つネットワークの全てから八雲への閲覧権を切り離した。アクセス権を放棄しなかったのは人々の生きた証をこれからも保存していってほしいという私からの願いが聞き届けられた形だ。両親はすでに他界していて戻ってこなかったけど――私のこれからを見せてあげたいから。まあ、本当は通貨混乱の回避と、各国からの要請だろうけど結果として願いが叶ったのならそう思っておくことにする。


「いらっしゃいませー!」

「おーい、灯里! 3番テーブルの注文とってきてくれー!」


 数年後、私たちは喫茶店を経営し始めた。白澤涼音さんとマスターのような、そんな運命的な出会いの場を作りたかったからだ。


「あの、頼んだものと違うんだけど……私の注文したのはアールグレイよ」

「あっ! すみません! すぐにお持ちしますね!」

「おい、また注文間違えたのかよ」


 人は過ちを犯す。それはこうした小さな事だったり戦争だったり、大小の違いはあれど何度も過ちを犯す。けれど、それでも――。


「次は間違えないから!」

「はいはい。じゃあ、これ持っていって。間違って出したのは内緒でサービスってことにしてさ」

「お客少ないのに大丈夫?」

「大丈夫だろ。たぶん、きっと。イヤな気分よりお得な気持ちってな」

「ほんと翔太って調子いいよねー」


 人類はしぶとい。何度間違えても自分たちでなんとかする力があるはずだ。そんな私たちの頑張りを、地球上の出来事を、宇宙のどこかを彷徨うクラウドデータバンク“八雲”がこれからも記録し、人類の歩みを見続けていくことだろう。

Q.あなたにとって〝SFらしさ〟とはなんですか?

A.進化した科学の中にある人間性

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